序章
その日、森に集められた子どもたちは、誰もが「戦士に選ばれる日」だと信じていた。
けれど――。
ただ一人だけ、そうではなかった。
泉のほとり。白い石畳の上に、十六を迎えた子どもたちが輪になって座っている。ざわめきは小さく、けれど消えることはない。期待と不安が、同じだけ混じっていた。
藤川麻乃は、その輪のいちばん後ろで膝を抱えていた。
なるべく目立たないように。誰にも見つからないように。それは、今日に始まったことではない。物心ついたころから、いつもそうしてきた。
ただ、胸の奥だけは、どうしようもなく騒がしかった。
風が止み、ざわめきが、すっと引いた。
輪の中心に立つ老女が、一歩、前に出る。
一番巫女、シタラ。
白装束に包まれたその姿は小さく、今にも崩れそうに見えるのに、誰一人として目を逸らすことができなかった。
「……始めようかのう」
静かな響きでありながら、その一言だけで空気が変わる。
麻乃は思わず息を呑んだ。シタラの目が、まっすぐにこちらを見ている。大勢の子どもがいるはずなのに、その視線は、はじめから麻乃だけを捉えていた。いつもの、あの目だ。何かを知っているような、それでいてどこか申し訳なさそうな――他の誰にも向けられることのない目。
その視線に全身が冷えていく。心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。
この日、誰が選ばれるのか。
(あたしは――)
護りの三日月か。
(それとも――)
蓮華か。
次々に呼ばれる名前。洗礼の儀式を終えた子どもたちの、歓喜の声、安堵の声、悲嘆の声。顔を伏せてそれを聞きながら、自分の番を待つ。
膝を抱える手が、いつのまにか緩んでいた。とっさに何かをしようとするとき、いつも左の指先が先に動く。麻乃はそれを、右手でそっと押さえた。幼いころから続く、癖のようなものだ。
――なぜだろう。呼ばれるより先に、もう分かっている気がした。今日という日が、これまでのすべてと、違ってしまうことを。
「藤川麻乃」
「――はい」
シタラの呼ぶ声に、麻乃は立ち上がった。




