38話「素敵な贈り物」
――翌日、ルミナリア公爵家のアリーゼの部屋――
今日もいつもと同じように、自室で領地の特産品などについて調べています。
机の上には、領地の地理や、歴史や、農業に関する本が並んでいます。
「お嬢様、どうかされたのですか?
今日はお勉強に身が入られてないようですが?」
ロザリンが紅茶を机の上に置きながら言いました。
「先ほどから、ほとんどページが進んでおりません」
「えっ……」
いつもと変わらずに過ごしているつもりだったのですが、全く集中できていなかったようです。
「昨日、街を歩いたお疲れが出たのではありませんか?
今日ぐらい、ゆっくりお休みになられてはいかがですか?」
ロザリンが心配そうにそう尋ねてきました。
「大丈夫よ。
ちょっとぼーっとしていただけだから……」
何もしていないと、王弟殿下のことを考えてしまいます。
殿下に握られた手の感触、彼のはにかむような笑顔、彼に抱き締められた時の体温……そんなことばかり思い出してしまうのです。
殿下の手は大きくてゴツゴツしていて、剣だこがありました。
きっと、日夜剣術の鍛錬に励まれているのでしょう。
それに抱き寄せられた時の彼の胸板は、鍛えられていて、とても逞しくて……。
髪に口付けされた時は、心臓がドクンドクンと音を立てて……。
彼の唇が別の所にふれていたら……私ったら何を考えているのかしら?
はしたないわ!
「お嬢様、お顔の色が赤いですよ。
熱があるのではありませんか?
やはり今日は休まれた方が……」
「大丈夫よ、ロザリン。
何でもないの……!
心配しないで!」
気を抜くと、殿下のことばかり考えてしまいます。
もっと本に集中しなくては……!
その時、部屋の扉が四回ノックされました。
「はい、どなたでしょうか?」
来訪者にはロザリンが対応しました。
「あら、執事長様。
そのお荷物は……まぁ、大変!
お嬢様……!」
ロザリンが弾んだ声で、私のことを呼びました。
何かあったんでしょうか?
ロザリンが部屋の扉を大きく開けると、執事長を先頭に数人の執事とメイドが部屋に入ってきました。
彼らはシルバー製のトレイや、花や、木の箱や木製の取っ手のついたバスケットを手にしています。
「ええと……皆、どうしたの?」
今日は私の誕生日でも、感謝祭でもないわよね?
「お嬢様に、お手紙を預かっております」
シルバー製のトレイを私に差し出しました。
サルバの上には上質な紙で作られた、白い封筒が乗っていました。
私は手紙を手に取り、裏面を確認しました。
手紙には王家の蝋印が押されていました。
国王陛下が使う蝋印とも、王妃殿下の蝋印とも、ベナット様の蝋印とも違います。
この印は……もしかして……。
差出人の欄にラファエル・グレイシアと記されていました。
彼の名前を目にした時、心が躍る感覚がしました。
シルバー製のトレイからペーパーナイフを取り、封を切りました。
封を切る時、手が震えているのが分かりました。
封を開けると手紙から甘い香水の匂いがしました。
上質の紙に、黒いインクで美しい文字が綴られていました。
「拝啓
親愛なるアリーゼ・ルミナリア殿
昨日は、僕の城下町散策に付き合ってくださりありがとうございました。
あなたとご一緒出来たので、とても楽しい時間を過ごすことができました。
お礼に、ささやかですが贈り物をさせていただきます。
気に入っていただければ光栄です。
あなたの友 ラファエル・グレシアより」
短い文章ですが、殿下の温かい心が伝わってきました。
殿下は護衛も兼ねて、街の案内をしてくださいました。
お礼をしたいのは、私の方です。
どうやら、先ほど使用人が部屋に運び入れたものが、殿下からの贈り物のようです。
使用人は、花束や、箱や、木製の取っ手のついたバスケットを、テーブルの上に置きました。
ピンクのチューリップの花束、光沢のある赤い靴、ふわふわのくまのぬいぐるみ……これらのものは、私が殿下と街を歩いてる時に、目が止まったものです。
木の取っ手のついたバスケットの中には、クッキーとマフィンとスコーンとフィナンシャが入っていました。
バスケットに入っていたお菓子のデザインには、見覚えがあります。
殿下と入った、お洒落なカフェで売っていたお菓子です。
気になっていたのですが、いくつも手にとってはしたないと思い、諦めた商品でした。
それから箱に入っていたのは、花の彫刻が施された木製のオルゴールと、桃色の陶器のティーカップでした。
最初に寄った雑貨店でロザリンと「可愛い、こういうデザインのオルゴールやティーカップが欲しいわ」と話していた品です。
殿下は私の目の動きを見て、会話を聞いて、私の欲しいものを探っていたのですね。
心臓がドクンと音を立てました。
彼にずっと見られていたなんて、少し恥ずかしいです。
「お嬢様、オルゴールに、昨日王弟殿下からいただいた髪飾りを入れてはいかがですか?」
「良いアイデアね」
ロザリンに言われオルゴールの蓋を開けると、昨日と同じ優しいメロディーが流れました。
この中に、アメジストの付いた銀色の髪飾りを入れたらきっと素敵ね。
「お嬢様、王弟殿下へのプレゼントのお返しを考えなくてはいけませんね」
「そうね」
でも困りました。
殿下に何を贈ればいいでしょうか?
お金で買えるものは何でも持っている方です。
生まれた時から高価な品を目にしてきた方ですから、目利きもできるはず。
下手な品物は贈れません。
「お嬢様の刺繍入りのハンカチなど、贈られてはいかがですか?」
「そのようなお返しでいいのかしら?」
刺繍は得意だけど、これだけのものをいただいて、お返しがハンカチだけというのは……。
「値段の高い品物がその人にとって価値があるとは限りません。
教会で刺繍をしているお嬢様の姿を、王弟殿下は愛おしそうに眺めていましたよ。
きっとお嬢様の刺繍入りのハンカチをプレゼントしたら、殿下はお喜びになると思います」
ロザリンが瞳をきらきらさせながら言いました。
「愛おしそうだなんてそんな……ロザリン、憶測でものを言ってはだめよ」
勘違いだったら恥ずかしいもの。
「すみません、お嬢様。
ですが傍で見ていた私にもわかるくらい、殿下がお嬢様に向ける眼差しは、とても優しいものでしたよ」
ロザリンが真剣な眼差しで言いました。
「お嬢様、自信を持ってください!」
ロザリンに励まされてしまいました。
べナット様に婚約を破棄されたことで、男性と接することに、臆病になっているのかもしれません。
「そうね。
王弟殿下のお気持ちはともかく、ハンカチに刺繍をして贈るのはいいアイデアだと思うわ」
殿下に刺繍入りのハンカチを贈る時に手紙を添えましょう。
手紙には「きちんとお礼をしたいので、殿下の欲しいものを教えてください」と記しましょう。
時間はたっぷりあります。
殿下のために、真心を込めて、刺繍入りのハンカチを作りましょう。