39話「王弟と護衛騎士」王弟視点
――王弟・ラファエル視点――
一方その頃、王宮にあるラファエルの自室では――
「アリーゼ嬢、僕が贈ったプレゼントを喜んでくれたかな?」
僕は書類の手を止め、彼女の住まいがあるルミナリア公爵家の方向へ視線を向けた。
この窓の向こうの、その先に彼女の家がある。
アリーゼ嬢と街を散策した時、珍しいものを見ては瞳を輝かせる彼女が可愛くて、
ゼアンに命じて彼女が瞳を輝かせた全ての商品を購入し、ルミナリア公爵家に送るように命令を出した。
花屋のバケツに生けられていたピンクのチューリップ。
靴屋の店頭に飾られていたエナメルの赤い靴。
雑貨店のショーウィンドウに飾られていたくまのぬいぐるみ。
アンティーク雑貨と手作り工芸品の店で、彼女が瞳を輝かせていた花の彫刻が施された木製のオルゴールと、陶器製のペアのティーカップ。
お昼に寄ったカフェで彼女がじっと見つめていたクッキーと、マフィンと、スコーンと、フィナンシェ。
「贈り物が多すぎただろうか?」
彼女の喜ぶ顔を想像したら、どれか一つに絞るなんてできなかった。
俺は部屋の隅に控えていたゼアンに問いかけた。
彼は僕の机の前まで歩いてきた。
「そうですね。
初めてのプレゼントですし、花とお菓子を送るくらいが丁度良かったんじゃないでしょうか?」
ゼアンは、花やお菓子を贈るのはいいが、靴やオルゴールやティーカップ等を贈るのはやり過ぎだと言いたいらしい。
時々、彼の言葉には毒があるし、割と失礼な事も言ってくる。
まぁ、僕の護衛はそれぐらい言える度胸がないと務まらないのだが。
「ちなみに、俺はロザリン嬢に白いガーベラとクッキーを送りました」
ゼアンは頬を染め、にこにこと笑いながら言った。
「ゼアン、君はいつの間にロザリン嬢と親しくなったんだ?」
ロザリンとは、アリーゼ嬢のメイドの名前だ。
二人は先日知り合ったばかりだ。
いつの間に、花や菓子を贈る間柄になったのだろう?
「殿下とルミナリア公爵令嬢の数歩後ろで、
お二人を見守っている時に、
それとなく彼女の個人情報を聞き出してたんです」
意外と抜け目のない奴だ。
「ロザリン嬢、可愛いですよね。
おっちょこちょいでドジなところもありますけど、そこも彼女の魅力の一つといいますか、愛嬌があるというか」
ロザリンの事を話すゼアンは、完全に鼻の下が伸びていた。
「彼女、サマービル子爵家の三女らしいんですよ。
ヨハネス伯爵家の三男である俺と、身分の釣り合いが取れると思うんですよね」
ゼアンは喜色満面で答えた。
「ゼアン警告しておく、絶対にロザリン嬢を泣かすなよ!」
僕の護衛であるゼアンが、アリーゼ嬢のメイドであるロザリンを泣かせたら、彼の雇い主である僕の評判まで落ちてしまう。
「そんなことしませんよ。
俺は殿下と同じで一途ですから」
ゼアンがむっとした表情で答えた。
「そうだといいが……」
僕はジト目で彼を見た。
「それに、俺がロザリン嬢と仲良くなるのって、殿下にとってもプラスだと思うんですよ!」
ゼアンが意味ありげな顔で口角を上げた。
「それはどういう意味だ?」
「知りたくありませんか?
殿下からのプレゼントを受け取った時、
アリーゼ嬢がどんな表情をしていたのか?」
彼は得意げな表情でにたりと笑った。
それはとても知りたい!
「ロザリン嬢はルミナリア公爵令嬢専属のメイドなんですよ。
殿下からのプレゼントを受け取ったとき、
ルミナリア公爵令嬢がどんな表情をして、
どんな言葉を発したのか、
ロザリン嬢はその一部始終見てるんですよね」
ゼアンは得意げな顔でふふんと笑った。
アリーゼ嬢は、僕のプレゼントを喜んでくれたと思う。
だが彼女がその時どのような表情をしていたか、どんな言葉を喋ったかは、その場所にいないと分からない!
「それに、俺がロザリン嬢と仲良くなったら、彼女からルミナリア公爵令嬢が今夢中になってるものや、好きなものを、さり気なく聞き出すこともできますよ」
ゼアンがフフッと笑う。
「殿下もルミナリア公爵令嬢に贈り物をしやすくなりますよね?
俺の方からも殿下のお好きなものを、それとなくロザリン嬢にお伝えできます。
ねぇ、俺とロザリン嬢が付き合うのって、殿下にとってメリットしかないでしょう?」
そう言って、ゼアンがにこりと笑った。
彼の言う通りだ。
アリーゼ嬢の情報は喉から手が出るほどほしい!
「分かった。
お前とロザリン嬢が付き合うことを認めよう。
だが、絶対に彼女を泣かすなよ!」
僕はゼアンの顔を見てそう釘を刺した。
「そんなヘマはしませんよ。
うまくいったら給料上げてくださいね」
まさか、それが目当てでアリーゼ嬢のメイドに手を出した訳じゃないよな?
「僕が金でアリーゼ嬢の情報を買うとでも思っているのか?」
僕はゼアンをじろりと睨んだ。
「え!? 殿下は、屋敷でルミナリア公爵令嬢がどのように過ごしているか知りたくないんですか?」
知りたいに決まっているだろ!
彼女の部屋のカーテンや絨毯の色、部屋の配置、身に着けているアクセサリー、よく着るドレスの色……全部知りたい!
どんな本を読んでいるのか、昼間は何をして過ごしているのか、朝食に何を食べたのか、そういう些細なことにも関心がある!
アリーゼ嬢は、寝る時はパジャマなのか、ネグリジェなのか、シュミーズなのか、そういうことにも興味がある!
「まあ……ゼアンがロザリンから聞いた面白い世間話をしてくれるというのなら、聞いてやらないこともない。
その話が僕の心に刺さったら、給料を上げてやらないこともない」
僕は言葉を濁しつつそう伝えた。
「殿下、言質は取りましたからね」
ゼアンは性格が軽いが、顔はまあまあ良い方だし、何より強いし、有能だ。
ああ見えて一途な性格だし、アリーゼ嬢のメイドを泣かせることはないだろう。
僕がアリーゼ嬢の心を射止めるより、彼がロザリンの心を射止める方が早いかもしれない。
それは主として悔しいが……。
ゼアンと話して喉が渇いたので、僕は紅茶を一口口に含んだ。
紅茶は、話しているうちに冷めてしまっていた。
だが、飲み干すにはちょうどいい温度だった。
「殿下のお使いのティーカップ、昨日立ち寄った雑貨店で購入したものですよね?」
ゼアンが僕のティーカップを見てそう言った。
僕の手には、青い花の絵柄が描かれた陶器製のティーカップがある。
「そのティーカップは確かペアだったはず?
二つセットで、ルミナリア公爵令嬢に贈ったと思っていたのですが……。
ティーカップの片方だけ、なぜここにあるのですか?」
ゼアンが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「一つはアリーゼ嬢に贈り、一つは僕が使っている。
彼女とお揃いのカップを使っていると思うと、それだけで気分が高揚するんだ」
アリーゼ嬢は、僕が届けたティーカップを使ってくれているだろうか?
彼女がティーカップを使っているところを想像するだけで、顔がにやけてしまう。
僕の想像の中のアリーゼ嬢の桃色の唇がティーカップに触れる……ああ、僕もティーカップになりたい!
「うわー! それは……キモい……ゴホン、ゴホン! いえ、何でもありません!!」
僕が睨むとゼアンは口を閉じた。
「このことはロザリンには伝えないように。
もしこのことが彼女の口からアリーゼ嬢に伝わったら……君の給料下げるくらいじゃ済まないからね」
僕が冷たい目で見つめながら低い声で伝えると、彼はブルリと肩を震わせた。
「護衛騎士の誇りにかけて、このことは決して口外いたしません!」
彼は背筋を正し、敬礼した。
物分かりがいい護衛でよかった。
読んで下さりありがとうございます。
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