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『日鳥風夏』
私達の住む町には古い慣習があった。
神聖な山が近くにあるせいだろう。
その街では時々、怪異の様な物が起きて、この世ならざる化け物が人を食うという。
そんな噂話が絶えないからだ。
だがそれらの話は、大抵の者は暇つぶしとして口ずさんでいる。
誰も信じないし、真に受けるわけでもない。
しかし、ほんのひと握りのものは驚く事に、本気でその話を信じているようだった。
山の中には異界に繋がる場所があって、そこに住む災と言う神がおかしな現象を起こして、異形の化け物を私達の世界に遣わしているのだと。
彼等はそんな現象を止めるために、慣習を実行する。町で生贄になる人間を選んで山の中にある……異界に繋がる場所だと考えている洞窟の中に隠すのだ。
一度ではなく、何度も何度も、誰にも知られないように、巧妙に、定期的に。
馬鹿げていると思った。
本当にそうだ。
今どきそんな事を信じているなど、ありえない。
だから、当然の様に私達はそれを止めることにした。
それが悲劇を引き起こすきっかけになるとも知らず。
古戸零種という生贄にされた若者を助け出し、こんな事は間違っているのだと実行した者達に訴えた。
けれど、彼らは聞く耳を持たない。
その内に今度は私達が標的になってしまった。
身の危険を感じた私達は、その地から逃亡するのだが、どこからか彼らは私達の居場所を嗅ぎつけてやって来る。
各地を移動していたせいでお金も無くなってしまった。
けれど、そんな中、私達の間には、子供が出来たばかりだ。
小さな赤ん坊。名前もまだ付けてない。
けれど、きっとその存在が知られれば危険に曝されてしまう。
私達は泣く泣く子供を施設に預けなければならなくなった。
ちゃんとした名前を付けてあげられなくて、悲しかった。
地元の町の公園、賑やかな祭りの音を聞きながら子供を手放す。
手放すならこの日でなければ駄目だ。
全ての問題が片付いて再会できる様になった時に、自分の子供かどうか分かる様に。
私達は別れを告げた。
神隠しでの一件以来、親交のあった古戸零種と合流し、地元の様子を教えてもらって、今後の事を相談してからもう一度子供と別れた場所に戻ったが、そこにはもう赤ん坊の姿はなかった。
そして、その日の夜。
私達は、地元の町の人間に捕まり、山の洞窟の中に閉じ込められた。
神隠しの生贄用に作られた牢屋の中に閉じ込められ、外界と遮断されてしまう。
それから何日か過ぎて、最初に牢屋から出されたのは彼だった。
私に安心させるように笑って、そしてそれから二度と戻ってこなかった。
それからまた数日が経った。
私達を追い掛け回した人間がやって来て、古戸零種を捕まえたと言った。
そして、大切な彼と同様に、その人も神への生贄にしたという。
二人も捧げた彼らはそれで満足したようで、私の事は保留にする解いていたが、喜べなかった。
私達のした事に意味などなかったのだから。
結局皆不幸になってしまった。




