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『幻影が紡いだ一手』
一人の少女の心の内部の世界。心域。
その世界に存在する浮遊大陸のどこか、その地下の奥深くにある暗い地下牢の中にで、焦げ茶色のくせ毛の髪の少年、未来が走っていた。
向かうのは、奥。そこに目当ての人物がいるはずだから。
かつて未来は、前の世界では当たり前のように生きていた。だがその存在が消失している今は、この世界ではいるはずのない人間となっている。
それなのに、なぜ少女の記憶の中……心域に存在しているのか。考えてみたが分からない。
少し前に、どこかの世界から迷い込んだミライと名乗る少年が真実の塔に滞在していたので、もしかしたらその影響かもしれない。
どうにも、内部の正確な事情が頭に入ってこないようだった。
通常とは異なる手段で存在している為に、この心域に存在しているエムという正規の住人とは違って、記憶に不備あり分からない事の方が多いようだった。
それでも、己の成すべき事は理解している。
辿り着いた地下牢の奥で、牢屋の中には金髪の女性が閉じ込められていた。
「毒姫か……」
「……」
声をかけるが返答はない。
彼女はこちらを一瞥したのみで、言葉を交わそうとする気配はなかった。
不快そうに表情を歪めるだけ。
現実の未来が何かしたのか、記憶はないがこちらは向こうに嫌われているようだった。
牢獄を確かめてみるが、鍵穴らしいものはないし、扉らしいものなど一切なかった。
これは……この世界に余計なちょっかいを出しているらしい存在、氷裏の影響だろうか。
「ふぁぁ、変な夢がまだ続いてるよぅ。はうっ、誰かいるっ!」
そこに遅れてやって来たのは、そそっかしそうな雰囲気を纏った小柄な少女だった。
「ええと、どなたですか。スズネと言います。ミライさんに似てるような?」
「未来だ。だが、おそらくお前の知っているミライとやらではない」
「なるほど、あれですね。同姓同名さんですかね……? 塔にいたあんなちっちゃなミライさんがいきなりこんなに大きくなるわけないですし」
微妙に異なる解釈をしているかもしれないが、それについて詳しく会話をする気はなかった。相手をするのが、面倒そうだというのもあるが。
「未利さんの夢ってホントにいろんな人が出てきますね。夢なのに、すっごくリアルだし……変な感じ」
考え込むスズネとやらだが、今はその疑問に付き合ってやる時間がない。
「牢屋を開ける方法を知らないか」
「牢屋……? わ、大変じゃないですか。誰かが閉じ込められてる! ひょっとして犯罪? あわわ、どうしましょう」
慌てるだけだった。どうやら何も知らないらしい。
ため息をついて呆れながら、どうしたものかと考えるのだが、そんな様子に気づいたらしいスズネがむっとした様子で、牢屋の前まで近づいてく。
「むむっ、ミライさんと同じような感じで馬鹿にしないでください。私もう指輪を飲み込むほどお馬鹿さんではないんです、成長したんですから。頭もよくなったんですから」
どうだか。
とても見た目からは信じられない。……と、思ったが言わない。
「牢屋が開かないなら、土を掘ればいいんですっ」
えへん、という感じで胸を張るが、残念ながらその方法には致命的な弱点がある。
「そうか、なら掘ってろ」
「私一人で!? はっ、人の手で掘ったら手が大変な事になっちゃう!!」
どうやらこの少女、頭が悪い事に気が付かないほど、自分の頭が致命的に悪いらしい。
「うぅ、せっかく間接的にミライさんと未利さんを見返せるチャンスだったのに……」
しかしこれでは困った。
問題を解決する方法がまるで見つからない。
「誰かー、助けてくださーい」
何一つ進んでいない状況にいら立ちが募ってくるの、その場に新たな登場人物がやって来る。
まさかスズネの声を聞きつけたからというわけではあるまい。
やってきたそれは純白の鳥だった。
羽を動かして、地下空間を飛翔してきた鳥は牢屋の隙間へと入り、毒姫の元へたどり着く。
そして、くちばしに挟んでいたビー玉を渡すのだった。
「アスカね。ありがとう」
毒姫は、その来訪者に向かってようやく言葉を口にした。
彼女はその鳥には敵意がないらしく、表情を笑みへと変えて礼を述べる。
そして、そのビー玉を手のひらの上へ置いて別の手で包んだ。
「ごめんなさい。結局娘の力に頼ってしまうわね。……お願い、私達に力を、危機に瀕しているあの子を助ける為の力を」
悲しみの混じった声でそう呟けば、未来達は一瞬で別の場所へと移動していた。
そこは真実の塔と言われる建物の近く。
「あ、星の塔だ……。戻って来ちゃった」
スズネにとっては、そういう名前だろう。別のミライにとっても。
そして、そこから少し離れた場所、騒がしい喧噪を見せる空気へと目を向ければ、数人の男女と獣が戦っている所だった。
毒姫は真っ先に、そちらにいる赤髪の少女がいる勢力の方へ救援に向っていった。
「まさか、未来までこの世界にいるなんてねー。なんだろうね、これ。未練とか保護欲とかかな。まさか執着心って事はない……?」
代わりに話しかけてくるのはエムだ。
曖昧な表情を浮かべて首をひねっている所を見ると、彼女にも未来が存在している理由はよく分かっていないようだった。
「スズネちゃんはもう帰った方がいいねー。どう状況が転がるにしても、ここにいたら危ないしー」
「へぅ?」
そう言ってスズネの姿が消えていく、あっけない退場だった。
彼女は彼女の物語があったようなので、そのついでにこっちの事情に紛れ込んだだけにすぎないだろうから当然と言えば当然なのだろうが。
「未来は……、まぁもうちょっとここにいてもいいかなー。難しい事かもしれないけど、上手く行った場合ちょっとだけあたし達が時間稼ぎしてあげなくちゃいけないから。お母様……毒姫がいてくれれば、本当は良かったんだけど長くは活動できないからねー」
見つめる視線の先では、力を使った毒姫が消えて行く所だった。
心域のを作る本人に、その人物の記憶が無いのだから当然と言えば当然だろう。
それを見届けたエムは、話を続ける。
「何かあった時は時間を巻き戻して、未来はこの世界から消える。それがたぶん未来の役割。一度世界から消える事を選択した身にとってはきついかな?」
「いや、当然の事だろう」
「そっか」
それきり、会話が途切れる。
沈黙の合間にも、物語に関わる権利をもった正当な登場人物たちが、敵に抗い続けている。
「だが、最後に今のあいつと言葉くらいは交わしたい。本物の俺は、知る事が出来なかったからな」
「そっか……」
やがて、タイムリミットがやってきて、世界は崩壊する。
しかし、それは見かけだけ。紙一重の力によって再生の機会が維持され続けている状況なのだが、そんなことを知らない登場人物達は、少しだけもめ始めているようだった。
「立ち直れるかな。それとも未来みたいに挫けちゃうかな」
さあな。
「……」
どうあっても、こちらからは干渉できない。
今、手を出してしまえば、状況をひっくり返せなくなるからだ。
だが、心配は杞憂に終わりそうだった。
ややあって意気を取り戻した彼女らは、再び運命に抗う事を決める。
「俺の出番か」
赤色の銃を出現させて、その手に持つ。
掲げるのは……今はなくなってしまった天空。
チャンスを呼び戻す一手を、抗う為に立ちあがる者達への機会を。
その為に、未来は引き金を引いた。
同時に自分が消えていくのが分かる。
遠くどこかで、揺れ動く魂の気配を感じ取って思いを伝える。
「生きろ」
未来が望むのはただそれだけだ。
それ以外にあるとすれば「幸せになれ」だが前の世界で少女の幸福よりも生存を望んだ自分にかけられる言葉ではない。
ああ、だが一声かければ次の言葉もと欲が出てしまうのは何故だろう。
それ以上を望むのは分不相応だと分かっていながらも、己の身の丈に合わないものを望み続けるのは。
だから……、
「――」
思いを言葉にして、届ける。
そう、伝えた言葉は届いただろうか。
前の世界でも、彼女は結局自分で積極的に生きようとはしなかった。
そんな人間にどうしてやるのがいいのか、未来はかなり頭を悩ませていた。
頑固で、我が儘で、意地っ張りで、のんびりした見かけによらず活発で、臆病で、泣き虫で、甘ったれで。
一度言い出したら聞かない本気の言葉を曲げたのはたった一度で、ある感情の意思表示しかなかった。
この少女にも伝わるのかどうか分からないが。
願わくば伝わっていて欲しいと、そう思った。




