長野雲雀のそれから
それから、リュウカが旅立つまでの二週間、僕の周りはめまぐるしく動いた。
ギアの撤退は大きな問題とならなかったが、SP1の出撃とそれを準備していた神嶋室長は政府内で大きな波紋を広げていた。
政府による「怪獣絶滅宣言」が発表されると、国の中はにわかにざわついた。あわせてゼロエックス部隊も解散することとなり、鈴埜さんはいずれ軍の別の部隊に配属されるであろうという話になった。
宇宙人がいることを地球人は知っている。だが宇宙人に地球人が手助けされたことも、宇宙人が政府の中に入り込んでいたことも一般人は知らない。
でも僕にとって、それはどうでもいいことだった。鈴埜さんが言った通り、リュウカはリュウカでしかない。
神嶋室長は抵抗することなく素直に捕らえられたと聞く。現在彼の処遇に関して検討されている最中らしいが、功罪合わせてもたらしたものの大きさから、どうなるのか少し不安はある。だが僕は彼が心の底で悪人になりきれなかった善人であると知っているし、父に憧れたのならなおのことその優秀な力を正しく使ってほしいと願っていた。彼にどのような思惑があったにせよ、一頃この国を守る手段だったギアの部隊を編成し、鈴埜夕陽というよりどころを見いだしたのだ。きっとそれに気付いた時に、彼も自分の道を手に入れる。僕はその日が来ると自然と信じることが出来た。
一方リュウカは、残りわずかとせまった地球生活を楽しんでいた。僕も鈴埜さんも、学校に退学願いを出した。ゼロエックスの部隊が解散したのだから鈴埜さんのそれは仕方ないとはいえ、僕の退学は事情を知らない人間から驚きの目で見られた。もっとも、休みが多くなっていたがための自主退学、そう見られる向きに僕は安堵した。
全てが終わって、僕は優花さんに今まで隠していたことを打ち明けた。ギアに乗っていたことも、リュウカが宇宙人であることも、何もかもを話し、黙っていたことを謝った。すると彼女は目を細めながら僕に囁いた。「宗徳さんも、抱え込む人だったわ」と。一緒にされたくはなかったが、どうやら血は争えないもので、僕は嫌悪ではなく過ぎ去った景色を見つめるように、父と過ごした頃を思い出した。
毎日のように、マスコミが僕の元へやってくる。かつて父が駆り、その生涯を終えた金属の棺桶がもう一度動き出したのだから、僕の元へ来るのは至極当然だった。
もしかしたら――僕はその言葉を彼らに語ることはなかった。リュウカや鈴埜さんだけでなく、様々な人々の心の中にSP1がいた。中の人間がどうであったとか、そんなものは後からついてきた話で、大切なのはSP1がその人達にとってどのような思い出であったかだと僕は考えた。父の作ったSP1のイメージを潰したくない。そして僕は、パッシブ星へSP1に乗ってきた長野雲雀として歩み出したかった。
それを優花さんや鈴埜さんに話すと「偉大な父を持つと大変だ」と少しからかわれた。
優花さんにかくまってもらいながら、軍のごたごたで偶然休みを得た鈴埜さんとリュウカの三人で地球で最初で最後の日常を楽しんだ。もちろん、あんな人が遊園地に行けば目立つのは当然だ。だから近場に歩きに行くとか、僕の作った弁当を食べて話をするなどあまりにも他愛もなく地味な過ごし方をした。
でも僕達は悲しくない。ばらばらに離れていても、互いの笑顔が目の前に浮かんでくる。宇宙だろうが地球だろうが、違う国だろうが隣町だろうが関係ない。僕達の心は、いつもすぐ側にある。
以前神嶋室長に話したように、僕は父の死に興味はない。僕も同じように戦って分かったことがあった。それはきっとあの人も英雄だとかたくさんの人を守るとか、大げさなことを考えていたわけではなく、ただ何か見過ごせなかっただけだったのだ。その身勝手な動きに色んな人達が英雄だの何だのと名前をつけて動かすのだから、やっぱり凄い人で、やっぱり迷惑な人だと、僕は久方ぶりに訪れる父の墓前で苦笑いしていた。
二週間なんて短い。そう思っていたのに、それを遙かに上回る慌ただしさであっという間に時間が過ぎた。
優花さんの管理するアパートから荷物を引き払い、宇宙に持っていけないものの一部は仕方なく捨てた。とはいえ、元々持ち物の少ない人間だから、それほど困ることはなかった。
時計の針が一〇時を示す。僕とリュウカは鞄を手にして、開店準備を行う優花さんに頭を下げた。
父が死んでから以降世話になりっぱなしだったクロサキに金は返せていない。借金を踏み倒すように宇宙へ行くのが嫌で、いつか返しに行く、そう告げると彼女は手で制した。
「SP1は多くの人を救ってくれたじゃない」
そしてこう続けた。
「クロサキがSP1に関する商標を全部抑えているのよ? あの大活躍で商売がはかどるわ」
やっぱり優花さんも、何だかんだ言いつつたくましい人なのだと僕は安心した。
「それじゃ、いつ帰ってこられるか分かりませんけど……宇宙に行ってきます」
僕が頭を下げると、横にいたリュウカもちょこんと頭を下げる。優花さんは僕の頭を撫でると、そのぬくもりを確かめるように自分の手のひらを重ねた。
「最初に会った時、私はまだ学生で、雲雀くんは本当に小さかったのに。でも自分で道を見つけられるまであなたの面倒を見られたことは私の誇りよ」
彼女は少し寂しげに時計を見る。幼い頃に見た綺麗なお姉さんのまま、僕の中の黒崎優花は変わることがなかった。
「意地張ってたり、そんな僕を我慢強く育ててくれたのは優花さんです。長い間ありがとうございました」
「そんな永遠の別れみたいに言わないでよ。いつか宇宙と地球を自由に行き来できる日が来るわ。その時は雲雀くん達にお土産買ってきてもらわないと」
そうですねと相づちを打つと、優花さんは横に置いていた鉢植えをリュウカに渡した。
「そっちの星で検疫とかどうなってるのか知らないけど、大丈夫だったら地球の花でも育ててみて」
機械は得意だが生命体の世話を苦手とするリュウカの目が泳ぐ。リュウカは作り笑いを浮かべながら、抱きかかえた鉢植えに目をやった。
「ま、まあ何とか頑張って……枯らさないようにします。あの、何の花ですか?」
「スズラン。うまく育てたら綺麗な花が咲くわよ」
彼女はそのまま、横に置いてあるモップを手にした。この去りゆく日に、その花を選んでくれる優しさが嬉しかった。
リュウカが僕の服の端を引っ張る。時間が来ている。僕が優花さんに行ってきますともう一度告げると「行ってらっしゃい」といつものように送り出された。
先日の戦いとは違う綺麗な晴天に寂しさはない。タクシーの運転手は僕が何者か気付くこともなく、指定された場所へと車を走らせていく。
当分この景色を見ることもないのだと思うと、当たり前だった光景がほのかにきらめきだす。あの並びにある商店街や、スーパーなんかも毎日のように通っていたのに、しばらくのお別れを言わなければならない。
遠目で外を眺める僕に、リュウカがバックミラー越しに目を合わせてくる。
「今ならまだ戻れますよ?」
彼女の言葉に、僕は鼻息を漏らして一蹴した。
「ちょっと遠い引っ越しするだけだろ」
「雲雀さんの引っ越しはスケールが大きいですね」
と、リュウカはおかしそうに口を閉じた。僕も窓際に肘をつきながら、その流れていく光景を今一度噛みしめた。
長い時間をかけて走行した車が静かに止まる。代金を払って僕達は鞄を持った。いつものキャリーバッグが、本当にキャリーバッグとして使えることに、今更ながら驚きを覚える。
歩き出した僕達の先に、見慣れたフェンスの出入り口が見えてくる。その傍らに立つ軍服姿の人間が僕達を見つけると、通信機に手を宛がって一言二言喋った。それから彼はまた直立不動になる。でも僕と目が合うと、一瞬口元をゆるめすぐさまきりりとした顔つきに変貌した。
行ってきます。横を過ぎる際に、一つ口にする。この二週間で何度も口にした言葉。でも何度言っても足りないと思える言葉だ。
そして次は、初めましてが待っている。あの人があの人であったように、何処へ行っても僕は僕でしかない。だから僕である必要がある。僕は横で歩くリュウカと、そのアスファルトで舗装された大地の先へ目を向けた。
軍の制服を着た鈴埜夕陽が、僕達を迎えるように立ち、微笑んでいる。そしてその後ろにはリュウカが山に隠していたUFOと、宇宙航行装置を装着したSP1が並んでいる。
僕が頭を下げると、鈴埜さんは大きく頷いた。彼女との間に別れの感傷はない。最後の二週間をリュウカと三人で過ごし、つらさを覚える日もあった。でも最後に旅立つ日は笑顔でいようと約束した。その約束を今、互いに果たしている。
「やあ。旅立ちの日だがよく眠れたか?」
開口一番、彼女は僕達の体調を案じてきた。幸いにも緊張は三日ほど前がピークで、昨日の段階では軽いやる気で過ごすことが出来た。リュウカは久しぶりの寝袋が嫌だと言っていたがその割には夜になると随分と気持ちよさそうに眠っていたものである。
「いよいよかあ」
鈴埜さんが後ろにある二機を眺める。父が乗っていた頃のSP1と同じ銀色のUFOと、その頃とは色が変わってしまった黒色のSP1。でもこの黒のSP1が「僕の色」であると言われるようにしたいと、心の中で小さな願いが生まれていたのも事実だった。
「鈴埜さん、一緒に戦えたこと、本当に光栄でした」
「いや、君に出会ってなかったら私は色々と勘違いしたまま終わったのかもしれない。君に出会って変えられたのは、私の方だよ」
鈴埜さんの柔和な顔つきは、最後のこの瞬間まで変わることがない。一方で、リュウカの鈴埜さんを敵視するような厳しい目も最後という今でさえ変わろうとしなかった。
「ま、これで終わりです」
リュウカが悪態をつく。僕は困ったように頭をかいた。鈴埜さんもおかしげに笑うが、リュウカの素っ気ない態度は変わらない。
「私の勝ちです。ま、お前じゃはなから勝負にならなかったわけですけど」
リュウカが唇をとがらせながら、鈴埜さんを少し睨む。鈴埜さんは軽く受け流すように、その目にあえて笑みをたたえ、視線を交わらせていた。
「確かに、今の段階だと私の負けかもしれないな。でも私はリュウカが思っているほどあきらめのいいやつじゃないぞ?」
「どうしようもないのは事実じゃないですか。軍でおとなしくやってろってことです」
「軍で戦うのも悪くはないが、違う星の架け橋となる仕事も悪くない。長野くんやリュウカばかりに格好をつけさせるわけにもいかないだろ?」
彼女の言葉に僕は「え?」と目を丸くした。リュウカも彼女の言葉の意味が捉えきれず、目をぱちくりさせながら鈴埜さんのしたり顔に引き込まれていた。
「す、鈴埜さん、どういうことですか!」
「政府が宇宙……まあパッシブ星に向け、使者を送ろうという方針を打ち出してね。その第一陣に名乗りを上げたんだよ」
「パッシブ星にですか?」
「元から室長との取引で政府はパッシブ星についてよく知っている。なら、隠した接触ではなく、堂々と外交を結ぼうとなったのさ」
「それじゃあ鈴埜さんは……」
「どうなるか不安だったんだが、採用されたよ。軍を退任して、私も宇宙へ行くことになった」
と、鈴埜さんは申し訳なさそうに苦笑をこぼした。リュウカは大仰に息をつき、鈴埜さんに冷ややかな視線を飛ばした。
「まだ第一ラウンドが終わったばっかりだ。次から逆転させてもらう」
「いい度胸です。そうじゃなきゃ張り合いがないってもんです」
そしてリュウカは硬い調子から一転し、破顔一笑で鈴埜さんに向かった。
「何より、鈴埜は地球で出来た初めての友達です。パッシブ星に来たら、歓迎しますよ」
「ああ。私もリュウカと長野くんに、一日でも早く会えるように頑張るよ!」
リュウカと鈴埜さんが納得したように相好を崩してうなずき合う。僕は「よし」と呟きSP1の背部に荷物を詰め込んだ。
コクピットには缶詰など様々なものが並んでいる。地球からパッシブ星には三日ほどで着くという。その間見える宇宙の景色がどんなものか、そしてその先で出会う人達がどのようなものか、僕は胸を弾ませていた。
もちろん、そこにはここでの日々がある。怪獣と戦った日々も、今となっては懐かしい。でもそれが、僕を確かに成長させてくれた。
リュウカがUFOへ向かっていく。僕も荷物を詰め終え、鈴埜さんと今一度向かい合った。
「それじゃあ、しばらくお別れだ。君と出会えたことは嬉しいし、これからも嬉しさに変えていくつもりだ」
「ええ、僕も楽しみにしています」
「リュウカによろしく伝えておいてくれ!」
鈴埜さんが脇を締め敬礼する。僕は頭を下げ、縄ばしご伝いにコクピットに乗り込んだ。
ハッチが閉まり、コクピットの明かりがつくと低いモーターの起動音が響いた。
モニターが後方にいるリュウカのUFOの離陸を映し出す。僕も青い空めがけ、スイッチを入れた。
手を振る鈴埜さんがあっという間に小さくなっていく。白い雲を抜け、空の色も少しずつ薄くなっていく。色々な思い出の詰まった日々が一つ幕を下ろし、また新しい日々への小休止が訪れる。
自動航行モードに切り替え、僕はモニターを眺めた。リュウカから音声のみの通信が入った。
「雲雀さん、特に何もないと思いますが、三日間気をつけてください」
そんなことを心配してくれるのかと、思わず表情を崩してしまう。
「着いたら色々頑張らないと」
「そんなに気負わなくていいですよ」
「リュウカにできたことができないのは、ちょっと嫌だから」
リュウカのむくれたような声が聞こえる。でもそれがちょうど心地よかった。
宇宙人の少女に僕は運命を変えられた。その少女の運命を変えるほどのことができるかは分からないけれど、その少女のためになることならいくらでもしたいと思える。
一番嫌いだったロボットと共に、僕は宇宙を駆ける。その機体は一番好きだった機体で、ようやくまた好きになれた。
僕に色んな光景を見せてくれた異星人の少女は、僕が異星人となった番にどんな光景を見せてくれるのだろうか。
僕はリュウカと共に歩み出す数日後を思い浮かべ、宇宙に灯る光の数々を破顔しながら眺めていた。
わーいまたコピペミス見つかったよ……。
もう自分の作品見返したくない……。修正作業ばっかりだよ……。
本当に、最期まで読んでくださった方、ありがとうございます。こんな間抜けで申し訳ございません。
と、思っていましたが、唐突に続編を作りたくなってきたので、適当な時期から続編が始まります。またヨロシク。




