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四畳一間の怪獣退治 renew!!  作者: やまみひなた
第一章――宇宙人の恩返し編――
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最後の決戦、そして

 その僕の目論見通り、画面右端に怪獣の粒子反応を示す赤色が灯っている。僕は左手で画面を数度叩き、地図を表示させた。中央研まで、あと三〇キロメートルといったところまで、超竜は近づいていた。

 中央研に到達するまでの最後の山間部――そこで超竜の移動速度が遅くなっている。そしてそこなら、人々に危害を及ぼさずに敵を倒すことが出来る最後の機会をもった場所だ。

 僕はSP1のブースターの加速を更に上げた。次第に赤色が中央に近づいていく。それが重なり合った時、モニターにあの灰色に赤い眼の化け物が映り込んだ。

 僕がゆっくり降り立つと、超竜は自らと同じ巨体をしたものが現れたことに驚きを覚えたのだろうか、感情の灯らない顔が動揺したように震えた。

 僕はSP1の腕を上げた。超竜は素通りするように、SP1の横を抜けようとする。

 SP1の腕を振りかぶり、超竜へと殴りかかっていく。超竜はとっさに構え、その腕を取った。そしてすかさず目を光らせ、光弾を放っていく。

 この至近距離で敵の反撃を計算に入れなかったのはまずかった。悔悟してももう遅い。僕は目を閉じ、SP1の爆発を待った。だがいつまで経っても危機を示す音は何も聞こえない。

 モニターに文字が浮かんでいた。パッシブ星の文字で書かれたそれが何を示しているのかは分からない。だが全身を示すアイコンが輝いていた。

「……バリア?」

 僕がそう呟くと、超竜は焦ったのか、再び至近距離で光弾を連発する。だがそれはすべてSP1の目の前でかき消えていく。

 かつてのSP1とはかけ離れた高性能に僕は息を飲んでいた。一方超竜は、光弾が無理と悟るとSP1に組み合い、殴りかかってきた。

 丸太のような腕を、SP1は受け止める。だがまるで格闘の心得があるかのように、超竜はすかさず膝をSP1の胴体へ叩き込んだ。

 SP1の巨体が吹っ飛ばされる。大きな音を立て、地面にSP1は背中から倒れた。昔から衝撃吸収のシートは付いているが、こんなものを何度も食らえばSP1ではなく僕の体が先に潰れる。僕は目に炎をともし、再びSP1を立ち上がらせた。

 僕とこいつならやれる。やらなきゃいけない。僕はSP1を走らせ、超竜へ拳を突き出した。

 超竜が両腕でSP1の拳を受けようとする。だが受け止めたはずの超竜が、SP1の怪力に押され今度は逆に吹っ飛んでいった。

 このパワーならいける。僕の顔に希望が灯った次の瞬間、僕の目は違う色に変わった。

 後ろに倒れた超竜は、糸に引かれたように、腕も足も使わずすいと立ち上がったのだ。重力を完璧に無視した動きに、言葉さえなくなる。地球を侵略するためではなく、破壊するために送り込まれた最後の一匹。僕はその意味をようやく理解した。

 だから、なおさらこの場で倒さなきゃいけない。僕は再び闘志を燃やし、向かってくる超竜を待ち構えた。

 肘を突き入れようとすると、超竜はすかさず体を曲げ、ダメージを受け流す。そしてSP1の肩口を掴み、巴投げの要領で後方へぶん投げた。

 またもやSP1のコクピット内が派手に揺れる。僕の頭もシートに叩きつけられた。

 強い。こんな化け物とギアで戦おうとしていたなんて、無茶にもほどがある。

 でもこいつとは違うけれども、鈴埜さんは多くの怪獣達と戦ってきた。ゼロエックスの部隊の人達も怪獣と戦ってきた。怪獣頻出期には、多くの民間のロボットが有償無償に拘わらず、幾つも出撃して時に大破しながらも、怪獣を退けた。

 そして、その中にSP1と長野宗徳がいた。長野宗徳はもういない。でもSP1は帰ってきた。僕は今、ようやく何かが見えてきた気がした。

 英雄なんていない。そんな称号はいらない。でも守りたい人ならいる。だから僕は戦える。

 立ち上がったSP1は、超竜の顔をぶん殴った。超竜も体勢を崩しながら、SP1を殴り返そうとする。そこへすかさずSP1の体をぶつけ、完全にその体を倒す。

 モニターには様々な武器の表示が並んでいる。かつてのSP1にはなかった、内蔵型ミサイルやガトリング砲、腕に仕込まれたナイフなど、全身に戦うための術が用意されていた。

 でも僕は、それに触れなかった。きっとそれは彼女の求めたSP1の姿ではない。

 どんな苦境でも、敵を殴り、殴り返され、それでもあの頃銀色の巨体は立ち上がり、腕っ節だけで怪獣を倒してきた。その姿に憧れた優花さんに僕は面倒を見てもらい、その巨体に助けられた鈴埜さんと僕は共に戦った。

 そして何より、その戦いがなければあの少女がここへ訪れることはなく、僕が今こうして過去と向かい合うことはなかった。

「手柄、半分ずつな……リュウカの分も入れて、三等分か」

 僕はそっと笑った。超竜がまた糸に引かれたように立ち上がる。だがその動きは完全に鈍くなっていた。

 僕は目を閉じあの夕暮れ時のアパートを思い出していた。茶碗を手に夕食にがっつく金髪の少女が何年もいたように思える。記憶の中のその光景は、きっといつまでも消えないのだろうと、僕の心にさざなみをよせた。

 僕は目を開け操縦桿を一気に倒し、ブースターを最大出力にした。

 奇しくも、神嶋室長がかつてのSP1から奪い取ったオリジナルの右腕が、敵を狙って上を向く。そしてSP1は胸に照準を合わせると、加速をつけ貫くように突進した。

 真っ直ぐ突き出された拳は、まるで鋭利な刃物のように超竜の背までえぐる。

 黒い腕に着いた緑の血が、滑りながらSP1の腕に絡み、また雨に流される。

 超竜の赤目が数度光る。化物の太い腕がわずかに動き、SP1の体を捕らえようとした。だがすぐにその腕は落ち、化物は膝を突いた。そして断末魔一つ残すことなく超竜はそのまま物言わぬ骸へと化けた。

 SP1の腕を超竜の体から引き抜くと、超竜だったものはSP1にしなだりかかるように倒れた。ほのかに輝いていた体は、蛍の最後のように淡く光を消していく。

 もう、超竜は現れない。この超竜が全てを奪ったのが本当なら、ウミガメも現れない。怪獣の危機は、この国から消え去った。

 でも僕は多くの人達を救えたはずなのに、何の感慨もなくぼんやりとコクピットの天井を見ていた。あれだけ抱いていた父への複雑な思いも、戦って人を守りたいという思いもわき上がらない。

 もしリュウカが、色を変えられたとはいえSP1が超竜を倒す姿を見ていたら、どれだけ喜んだだろう。僕が最後の超竜を倒した、その事実に歓喜してくれただろうか。

 ありえないこと、リュウカがずっと見せてきた笑顔を思い出すと、何もなかった心の中ににじみが生まれ、目元を淀ませてきた。

 気付くと僕は――コクピットの側壁を殴っていた。目から幾つも滴が落ちる。どんな人だって怪獣から守りたかった。でも僕はリュウカを守る、リュウカの英雄になることが出来なかった。こんなの、何の意味もない。押し殺していた嗚咽が止まらなくなり、人目がないのをいいことに僕は泣き声を上げていた。

「お前が……お前が一番頑張ってただろ……何でお前が……」

 僕がコクピットに突っ伏していると、通信のアラームが入った。基地で何か動きがあったのかもしれない。僕は慌てて目を拭い、モニターを見た。

「長野くん、大丈夫か?」

 画面の向こうで、鈴埜さんが声をかけてくる。彼女がこうして通信できるということは、通信室の制御を取り戻せたはずだ。それに答えるように、鈴埜さんが息をつきながら画面越しからねぎらいの言葉をかけてきた。

「施設のコントロールは取り戻せた。捕らえられていた人間もほとんど解放されたよ」

「……そうですか。あ、超竜倒せました、これで終わりですね」

「ああ……そうだな」

 鈴埜さんの顔もどこか暗い。リュウカのあんな姿を目の前で見て、最後の超竜を倒せて万歳なんて普通は言えないだろう。彼女の至って常人の感覚に、僕の心は不思議と癒やされた。

「それで……その、長野くん、リュウカのことだが……」

「分かってます。仕方ないですから」

「い、いや……その」

「はい! 雲雀さん! とってもかっこよかったですよ!」

 耳に妙に聞き慣れた声が響く。鈴埜さんに、リュウカの声真似をするような特技があっただろうか。僕は首を半回転させ、画面を見た。

「……鈴埜さん」

「うん……まあそういうことだ」

 鈴埜さんが苦い顔をしながら横に退く。するとカメラの前に、倒れたはずのリュウカがいつものような勢いで飛び出してきた。その姿はおおよそ死からは遠く、かすり傷すら怪しいものだった。

「鈴埜さん、どういうことですか」

「私もリュウカに聞いたんだが、簡単に言えば、宇宙人と地球人の違いらしい」

 ああ、そうかと僕は乾いた笑いをこぼした。思えば超竜戦の初戦、ギアを装着して怪獣の元へ向かった僕に対し、リュウカは足にブースターをつけて僕の元へ駆けつけた。その時点で地球人の常識と違う肉体を持つと考えなければいけなかったのだ。

「本人の運動神経は鈍いが、なんだな、パッシブ星人というのは体力の回復力には長けているらしい。ちょっと眠るというのもそのままの意味だったわけだ」

「じゃあなんで神嶋室長はあんなに震えてたんですか……」

「パッシブ星の貴族にとって、格下のものに自ら手を下すというのは、己の敗北を意味する行為だそうだ。つまり室長は、憎しみで動いたが故に王としての誇りを失い動揺したわけさ」

 と、彼女は大きなため息をこぼした。

「その敗北を感じたおかげで、室長は奪った軍の施設を無抵抗で解放した。ま、詰まるところ君に突き動かされたんだ」

 ようやく硬い顔を続けていた彼女が笑った。それにつられて、僕もおかしげに笑い声を漏らしていた。

「お疲れ様、長野くん」

「いえ、みんな無事だった、それで何よりです」

 僕が鈴埜さんに答えると、画面いっぱいに映るリュウカが頬を膨らませかみついてきた。

「どうして私を無視するんですかっ!」

「あのなあ! どんな気持ちになったか分かるのか! 本当に――」

「え? 本当に……どうかしたんですか?」

 リュウカは分からないという顔で画面越しに僕を見る。僕もつい先ほどまでの、リュウカを失ってしまったという感情を思い出し、思わず涙ぐんでしまった。

 リュウカが生きていてくれた。それだけで僕は救われた。


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