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挿絵(By みてみん)


6、

 リュウがフランシス・ユージィンの死を知ったのは、ホテルを飛び出した一週間後だった。


 テュラニスの王が暗殺されてひと月半、後継者として新しいキングが誕生したと、街のあちこちで繰り返しニュース放送が続けられた。

 新しい王、ユエ・イェンリーの姿を、リュウはスラム街の街頭ヴィジョンで見た。その事には何の関心もなかった。が、捨てられたニュースペーパーに小さく載っていた記事を読んだリュウはさすがに動転した。

 テュラニスの王を暗殺した犯人は、組織を裏切ったフランシス・ユージィンであり、その犯人を捕獲し、処刑したとあった。

 (フランシスが投降したのか?しかも王を殺した犯人として処刑されただと?…一体どういう話になっているんだ。まさかフランシスは俺を庇う為に自ら罪を背負った、と言うのか…)

 何よりリュウが不信に思うのは、後継者であるはずのリュウ自身の事が何も書かれていないことだった。

 こうなると「ティラニス」がフランシスを王殺しの犯人として本当に処刑したのかさえ、疑わしい。

 (一体ユエ・イェンリーは何を考えている。俺をおびき出す囮としての情報ならば、迂闊には戻れない。フランシスにジャック・エリアードを殺す動機が無いのは誰もが承知している。ユエはジャック殺しの犯人は俺だと知っているはずだ。それでもフランシスを処刑したのか?見せしめの為に?もし…フランシスが本当に処刑されたのならば…それを下したのはユエ自身だろう。そしてユエにフランシスを殺させたのは…この俺ということになる)

 (…ユエ・イェンリーは、絶対に俺を許さない)

 リュウは「ティラニス」に戻ることを諦めざるを得なかった。



「…フランシスが本当に死んでいたのだと知ったのは、大分経ってからだ。だがフランの死を知ってもあの時の俺にはなにも…哀れみすら感じなかった。それよりも『ティラニス』に戻れない状況に愕然としたな…ユエは俺を本気で殺したいんだろうな…とかさ。今頃血眼になって俺を探し回っているんだろうな…ってね。組織の連中なんて馬鹿ばかりと侮っていたけれど、最低の下種は俺だったのかもな…」

 けだるそうに髪をかき上げたリュウは、人事のように嗤った。

 何故こんなにもリアルな人間としての存在感に欠ける男なのだろうか。

 手の届く距離にいるはずのリュウが、アルバートには虚ろな亡霊にしか見えない。だがその亡霊は確かに見た者を惑わす魔性のあやかしが纏わりつき、今にも理性のたがが外れそうになるのを必死で押さえつけなければ、この誘惑する者に襲いかかってしまう自分の幻覚を見るのだ。

 しかもそれには恋心ではなく、征服欲と粗暴な欲情でしかない。

 フランシスがリュウに狂わされた理由わけを、アルバートは今になって初めて身体で感じていた。

 (リュウ・エリアードが魔性の者なのはこの男が望んだものではない。だが、誰しも心の奥底では、嗜虐的な快感を味わってみたい、美しく気高く高慢な者を自分の足で踏みつけたいと望む心が潜んでいる。そして、自分の中にそういうおぞましい感情がある事をこの姿を持って、嫌と言う程見せつけられてしまうのだ。だから、フランシスは…)


「僕は…君がここへ来た時、君を殺す、と言ったね」

「ああ、そうだったな」

「僕は…フランがユエに撃たれて死んでいくのを目の前で見たよ。彼は自分に銃口を向けるユエ・イェンリーに微笑んでいた。何故だかはわからない…その微笑みが僕には耐えられなかった。引き金を引いたユエは…号泣し続けた。僕にはわかる。だって彼らはあんなにも愛し合っていたじゃないか。何故、愛する者を殺さなきゃならない。何故、愛する者から殺されなきゃならない。ジャック・エリアードを殺したのは…フランじゃないって…わかっていたんだ。…なのに何故…」

「…すべては俺の所為だとおまえが思うのなら、俺を殺せばいい」

「リュウ。何故…ここへ戻ってきた。何故今更…君だったら逃げおおせたはずだ」

「そうだな……もう充分だと思ったからだよ」


 テュラニスから出奔した4年間、リュウはスラムの下町で暮していた。

 自分の存在を特別視しない環境に、リュウは驚き、日常を必死に生きることの意味をリュウは思い出した。

 (そうだった。あの組織に連れられる前は、ただ毎日を必死で生きていた。決して裕福ではなかったし、子供にしてはしんどい仕事をさせられていた。けれど人間らしい生活だった。俺は生きてる幸せを感じていた。たった…たった四年間で俺はあの頃の豊かな生活を忘れてしまっていたのか…)

 「ティラニス」で生きていた日々がどんなに異様だったのか、外の世界に生きて、改めてリュウは思い知らされるのだった。

 リュウは次第に感覚を取り戻し始めた。そして自分がしてきた過去をひとつずつ思い返していくのだ。

 すると奇妙なことに気づく。

 一体誰がこの社会を動かしている。

 「S・C・O」と「ティラニス」に二大勢力はこの世界をどこへ導くつもりなのだろう…と。

 リュウが継がなければならない「ティラニス」を、ユエ・イェンリーはどの未来に歩いて行こうというのだろう。

 外から見る景色は、中からとは違うものに見えた。

 正しい方向性など、誰にもわからない。

 わからないのだ…


「俺みたいな人間が何を言っていると笑うだろうが、世の中の誰もが未来を考えているのだと、俺は初めて知ったよ。そして、外で暮していくうちに、自分がフランシスに吐いた暴言を後悔したんだ。…ああ、ここへ戻った理由だったな…そうだな…もし、俺が言った言葉でフランシスが死のうと思ったのなら、俺は罰を受けなきゃならない。そんな気持ちもあった。だがな、いつだって俺の心を占めているのはユエ・イェンリーだったんだよ」

「…」

「身体が、心が疼くんだ。あの男をたまらなく欲しがる。抱いてくれと、滅茶苦茶に犯してくれと求める…どうしてなんだ?どうしてあの男にそこまで囚われなきゃならない。…21年生きてたったの4年だ。その4年で俺をこんなにしてしまったあの男が…憎い。だが、どんなに憎んでも俺はあの男に渇望する。どんなに自由で友人は優しく温かい言葉を貰おうと、ユエ・イェンリーの与える痛みに餓えてしまう。あいつでなければ俺は、眠ることすらできない…」

「リュウ…」

「あの男が憎い。だが、ユエ無しでは生きていけない。ならば、俺は殺されるしかない…だから、戻ったんだ」

 我が身を抱きしめ、震えるリュウの異様な姿に、アルバートは自身の恨みを忘れていた。これがリュウ・エリアードの本当の姿ならば、どうすれば救うことができる。

 (救う?僕が?…フランシスを殺した憎い男を…だけど、この男の罪は一体どこにある…リュウの存在が人を狂わせたとして、それが罪になるのか?ユエ・イェンリーだけを求めるこの男に…)


「…リュウ。僕は君を殺したいと思っていたよ。でもね…フランシスが銃殺された時、残された僅かな時間だけど、僕は言葉を交わすことができた。彼は『許して欲しい』と、言うんだ。それは、僕を残して死んでいくフランシスの詫びの言葉だと今まで解釈していたよ。でも、本当は…フランシスはリュウ、君に言ったんじゃないのかな」

「え?」

「僕個人の君への恨みを許すようにとの意味もあるだろう。けれどフランシスの一番の想いは…君を苦しめたことを、ユエ・イェンリーの元へ君を届けなかったことを、許して欲しいと言う事じゃないのかな…僕はそんな気がしてならないんだよ」

「…バカな。あの男はどこまでお人よしなんだ。何故、どうして…俺なんかに関わった。俺は…フランシスを信じていたかっただけだ…」

 リュウの後悔の念が、アルバートに流れていた。

 もういいのだと、リュウへの憎しみは消えたのだと、アルバートは目を閉じた。


「家庭教師の役目は終わったね。僕は君を許すよ。君を恨み続けたら、フランシスの二の舞になりそうだから」

「アルバート、俺は…」

「だけどね、君が危険な存在であることには変わらないよ。君がそうでなくても、君の魔性が人を狂わす。…ユエ・イェンリーを破壊してしまう」

「…どうすればいい」

「彼を、愛すればいい」

「…愛などいらない。俺が欲しいのはそんなものじゃない」

「君が欲しがっているのは…ユエ・イェンリーの『愛』だよ」

 リュウは驚いたようにアルバートの顔を見つめた。そして、眉根を顰め頭を抱え、俯いたまま何も言わなかった。

 しばらくしてリュウは搾り出すような声でひと言、吐いた。

「そんなもの…俺には与えられない」

 誰に言うでもない。ただリュウはすすり泣くのだ。

 伏せた顔から落ちた涙がテーブルに滲む。

 頭を抱えるリュウの姿は、艶かしく、その震える肩に今にも飛びつきたい欲望にかられる。

 アルバートは目を閉じ、逃げるようにその部屋から出た。

 

 結局、リュウ・エリアードは、手にした者を破滅に導く「禁断の実」でしかないのだ。




 ユエ・イェンリーが仕事の為に未開地へ赴くと聞いた時、フランシス・ユージィンはリュウ・エリアードも連れて行くものと思い込んでいた。 

 だがユエはフランシスに自分の代わりにリュウの世話を頼むと言うのだ。

「しばらくは手を焼くかもしれないけれど、おまえなら任せても大丈夫だろう」

「ユエ、どうしてそんな辺鄙な場所へ行く必要がある。君がやるべき仕事でもないはずだ。リュウを置いて行くと言ったが、あの子は君無しでは生きていけない。それは君が一番知っているはずだろう。…そんな風にしてしまったのは君自身なのだから」

「悪かったな。俺は根っからのサディストなんだよ。それにリュウを調教しろとのキングの命だったのだから仕方が無いだろう。おまえは連れて行けというが、あの子はリョウ・アヤセの子供だ。ジャックは絶対に手放さない」

「だったら尚更あの子に傍にいるべきじゃないのか?」

「…後継者選びは熾烈を極めている。俺でさえその渦中に巻き込まれている。しばらく本部から離れて、今度の動きを見極めたいんだ」

「二年前のリュウを知っているはずだよ。あの子の精神状態はどうだった?今君が離れてしまったら彼が壊れてしまう」

「その壊れた心を救ったのはおまえだろう。だからあの子を頼んでいるんじゃないか」

「救ったのは、僕じゃないよ…」

 (リュウは人を殺す道具を使う喜びを知っただけだ。それは歪んだ嗜好でしかない。だが彼はそれをしがみつくしかなかった…)

 リュウに必要なことは、自分を解放する道具と、そして、縛り付ける力を持ったユエのような男なのだとフランシスは悟っていた。だが、フランシスには自信がなかった。

「僕はリュウを君みたいには扱えない」

「リュウを狂わせたのが俺ならば、おまえが元に戻してやればよかろう。無責任だと思われるだろうが、俺はリュウをああいう風にしか扱えない」

「君はあの子から逃げるのだね」

「…それが一番良い選択だと思うからだ」

「君の本音はもっと別なものだよ、ユエ。君は…リュウを本気で愛しているんじゃないのか?それが怖いからじゃないのか?」

「やめてくれ。俺があの子を愛するわけがない。俺が愛しているのはフランシス、おまえだけだ」

 その言葉を疑うフランシスではなかったが、リュウを請け負うには荷が重いと、正直うんざりとした気分になったのは確かだった。

 最後の夜、ふたりは存分に愛し合った。

 お互いがお互いを求めあい、余すところ無く楔を繋ぎ、それまでと同じように永遠に愛していると何度も誓い合ったのだ。


 ユエ・イェンリーが去った後のリュウは、フランシスが懸念したように少しずつ狂い始めていった。だが、ユエを求めて泣くリュウが愛おしいと思った。

 リュウにとってフランシスが安全な保護者であるという認識しかないことをフランシスもわかっていたし、その役目を務めようと努力した。

 売られたリュウを客室へ迎えに行くことも、世話係としてのフランシスの役目ではあったが、彼にとっては苦痛でしかなかった。

 散々と凌辱され、屍のようにベッドに横たわるリュウの姿を見ると同情や痛々しさを超え、怒りが募る。フランシスもユエも少年時代は嫌というほど客の相手をしてきた。だが、このように酷くいたぶられることは少なかった。

 なぜこの子がこんな目に合わなければならない。この子が何をした。

 だがフランシスにもわかっていた。

 この少年の「魔」がそうさせてしまうのだ。

 傷ついた身体を抱き上げ、部屋へ連れ、風呂に入れる。感情を出して泣くのならまだいい。リュウはロウ人形のように黙り、されるがままに身体を委ねてくる。

 どんなに痛めつけられた肌も、翌朝には輝く珠の肌に回復する。朝の気だるさがリュウを一層純粋でいたいけな供物にさせていた。

 フランシスは自分にユエのようなサディステックな部分があるとは今まで思ったことがなかった。だが確かにリュウを見ていると嗜虐的な気分になる自分がいることを認めざるを得えなくなっていた。

 (神からも悪魔からも選ばれた、あの高貴な姿と内部なかの妖艶さを味わってみたい…)

 

 リュウが王ジャック・エリアードの眉間にその弾丸を撃ち込んだ後を確認したフランシスが一番にしたことは、リュウを逃がすために組織から出て行くことだった。

 呆然と立ち尽くすリュウの手から銃を離し、貫通した弾を拾い、ドアノブの指紋を拭いた。リュウを親殺しの罪人には出来ないと思った。

 リュウを車に乗り込ませ、ティラニスからできるだけ遠くに逃げることしか考えなかった。

 逃げた時点で自分達に疑いがかかることは百も承知していたが、リュウの意識は朦朧としたまま「ユエに会いたい」としか言わない。

 これ以上あの組織にリュウを置くことが、フランシスには出来なかったのだ。




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