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フランシス・ユージィンはリュウにとって、この「テュラニス」で唯一安全な居場所だった。
フランシスはリュウを性的欲望の対象にはしなかったし、彼の接し方は良き指導者の域を決して超えなかった。
孤児の頃から常に一緒だったフランシスとユエ・イェンリーが義兄弟であり、誰にも入り込むことを許さない確固たる絆で結ばれていることをリュウは知っていた。
彼らはまた濃密な恋人同士であり、実際彼らが交わるのを目の当たりにもした。
その時、ふたりの行為を眺めていたリュウは、ユエを抱くフランシスに嫉妬をしている自分自身に驚いたのだ。ユエが自分以外に誰かを求めている事実がいまいましく、リュウはそれまで以上にユエを憎んだ。
フランシス・ユージィンがいつリュウに対して執拗な執着を持ったのか、リュウは全く気がつかなかった。
ユエの悪趣味に付きあわされ、リュウを挟んで三人でプレイした時も、フランシスは乗り気ではなかった。リュウを犯すようにユエに強要され、フランシスは仕方なしにリュウを抱いたのだ。
その時でさえ、リュウにはフランシスが自分に執着するほどの情熱があるとは思えなかったのだから。
フランシスはユエ・イェンリーを愛している。
だからリュウには絶対傾くことは無い…と、どこかで思い込んでいた。
だが、性的な感情抜きでもフランシスはリュウに優しかった。
リュウのすべてを奪い引き裂きながらも支配される心地良さをユエに覚えてしまった心と身体だったが、逆にフランシスはリュウを決して束縛しないし、甘すぎない優しさをくれる人だった。
「人を信じるなとユエは俺に教えた…だけど、俺はフランシスを信じてしまった。フランシスは俺をより良い場所へ導こうとしてくれていた…」
リュウの言葉にアルバートは同調した。
彼もまた、フランシスによって拾われ、保護され、慈しまれた者だった。アルバートの将来の為に、人を殺める道ではなく、またアルバートが売り物として扱われないように、彼を研究所へ薦めたのもアルバートを思ってのことだった。
アルバートはフランシスを敬愛していた。彼ほどの高潔な人格はいないと信じていた。
別な意味で今の主であるユエ・イェンリーもまた、アルバートにとって尊敬する王だった。
今でも目に浮かぶ。
ユエとフランシスがふたり並んで顔を寄せ合い微笑んでいた光景…美しい絵画のようだと、何度も思った。
そのふたりが逃れられないのが、目の前にいる見目麗しき魔性の者リュウ・エリアードなのは、宿命なのだろうか…
アルバートは初めてリュウへの憎しみよりも、宿命の過酷さに項垂れた。
「何故…フランシスは君と一緒に『テュラニス』から出奔したのだろう」
「…」
17になろうとしていたリュウに、突然ユエ・イェンリーは王の命を受け、開拓の為、まだ荒れ果てている西方へ行くと別れを告げた。
しばらくは戻れないというユエの言葉にリュウはうろたえた。
「今後のおまえの世話は、フランシスに頼んでいるから…王の後継者として励めよ、リュウ」と、言い残しユエはリュウを捨てた。
リュウは震えた。
「何故…俺から離れようとする。俺はおまえじゃなければ…おまえがいなければ息をすることもできない」
愛ではなかった。
リュウの心と身体の依存は、ユエ・イェンリーにより仕立てられたものだ。それが無いと生きてはいけないリュウにしたのはユエ・イェンリー自身ではないか。
ユエ以外に抱かれてもリュウの身体は満足を得られない。
ユエ・イェンリーでなければ飛翔することができない…
いくら憎んでもユエは戻らない。リュウの身体を温めてくれない。
誰かに抱かれながら、ユエを想ってもリュウには空しいばかりだった。
何度も手紙を出したけれど返事は来ない。王にどれだけ頭を下げ、頼んでも聞き入れては貰えない。
ジャック・エリアードは、リョウ・アヤセの代わりとしてのリュウを、愛玩する自分だけの所有物として傍らに置き、自由を与えなかった。
故に…リュウは、ジャックを恨み、そして殺した。
フランシスはジャックを撃ち殺した現場へいち早く赴き、呆然と立ち尽くすリュウをその場から連れ出し、かくまった。
「ユエに会わなければ…ユエのいるところへ連れて行ってくれ」と、リュウはフランシスに泣きながら頼んだ。
その言葉にフランシスは「わかったよ、リュウ。一緒に行こう」と、約束したのだ。
それなのに…
平穏な逃避行は一週間も続かなかった。
「ティラニス」の追っ手から隠れるように安ホテルを転々とした。すると、ふたりだけでいる時間が多くなる。
リュウはただじっとユエ・イェンリーに会えることだけを考えていた。
或る夜、包まった毛布を剥がされたリュウは、襲い掛かるフランシスから強姦された。レイプなど男娼のリュウにとって珍しくもない。だが、リュウはそれまで信じていたフランシスからの裏切りを許さなかった。
リュウが嫌がれば嫌がるほど、逆らえば逆らうほど、フランシスは狂い、リュウを犯し続ける。
それでもリュウは、フランシスがユエ・イェンリーの元へ連れて行ってくれるのではないか、と信じていた。それを頼るしかリュウには無かった。
凶暴なセックスが終わった後、フランシスはリュウに優しくなる。それを見計らって、リュウは尋ねた。
「いつになったらユエに会えるの?」と。
フランシスは言った。
「ユエには会わせない。君は俺のものだよ、リュウ。誰にも渡さない」と。
リュウは激怒した。
「何故?約束してくれたじゃないかっ!ユエのところに連れて行ってくれるって、そう、おまえは俺に言ったはずだっ!」
「君がユエに会っても、ユエ・イェンリーは君を幸せにはしてはくれない。あれは君よりも『ティラニス』と、言う組織を取る男だ。俺は君を大事にする。俺が君を守る。リュウ…愛しているよ」
(バカな…)と、リュウは目の前の男を嘲笑った。
(俺を愛しているだと?この男はなんて頭の悪い奴だろう。俺が欲しいのは「愛」ではなくユエとのセックスだ。ユエ以外の男に価値が無いことを、こいつはわかっていない)
「愛している。リュウ、愛しているよ」と、繰り返すフランシスを、リュウは憎み、罵った。
結局は力ずくで犯す下らぬ男なのだと、リュウは悟った。
フランシスを殺して逃げることも考えたが、殺し屋としてのフランシスに隙などない。その上、フランシスはリュウを監禁し、自分が出かける時はリュウを紐で拘束した。
(この男のやることはユエ・イェンリーの二番煎じだ)と、リュウは苦々しく唾を吐いた。
一方的なフランシスの愛欲に塗れた日々は、ひと月続いた。
リュウはフランシスに犯されながら、ユエ・イェンリーが自分を助けにくるのではないかと妄想し、何度も部屋の戸を眺めた。
(ジャック・エリアードが死んで、俺達が消えてひと月も経っているんだ。あいつらが動かないはずはない。絶対にユエは俺を助けに来る)
そう信じたかった。
いつものようにフランシスの凶暴な行為の後、リュウは圧し掛かったままのフランシスに切り出した。
「フラン…いつまでこうしている気だ。このまま組織から逃げおおせるわけでもない。…一度『ティラニス』へ一緒に戻ろう」
「無理だよ、リュウ。今、帰ったら僕らは殺される。君は王を殺したんだからね」
「どんな罰を受けても構わない。俺は…ユエに会いたい」
「…ユエは君を許さないよ」
「それでもいいんだ。ユエの奴隷でもなんでもいい。傍にいられるなら…」
「それほどまでに、君は…ユエを愛しているんだね」
「違う…何度も言ったろ?俺はユエに依存しなければ生きていけない様にされたんだ…だから…」
フランシスは、その胸に抱いたリュウに見惚れながら、その頬を優しく撫でた。
「ユエが君から離れたわけを知ってる?」
「…知るもんか」
「ユエは…僕が君を愛してしまったことを知って、君を僕に譲ったんだよ」
「…え?」
「ユエは何も言わないよ。だけど言わなくてもわかる。…ユエ・イェンリーはそういう男だから。だからこれからは俺が君を愛し続けるよ、リュウ。約束する」
(バカな…)
またもや怒りしかない。
(こいつらは俺に感情があるのを知らないのか?おまえらの勝手で好きにされる俺が、どれだけの憎しみを持って生きているのか…こいつらは…)
(おまえらだって好き勝手な感情で動いているくせに。どうして俺にだけこれほどの苦痛を与える。その権利がある…おまえら、みんな…)
(死ねばいい)
「フランシス…俺を殺してくれ」
「…リュウ」
「そうでなければ、今すぐに俺の前から消えてくれ。…おまえなんかちっとも好きじゃない。おまえのセックスなんか少しも気持ち良くない。俺はおまえの愛なんかいらないんだよ」
「…」
「フランシス・ユージィン、今すぐにここから立ち去れっ!…おまえなんか、消えて無くなればいい。死んでしまえっ。…死ねよ、フラン。…二度と、俺に触れるな」
フランシス・ユージィンは呆然とリュウを見つめた。
激昂するリュウの姿に見惚れていた。
そして、リュウの言葉になにひとつ返さず、ベッドから降り、身支度を整え、部屋から出て行った。
フランシスが消えるのを確認した後、リュウもまたそのホテルから逃亡したのだ




