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2、

 唯一の絶対者である「テュラニスのキング」ユエ・イェンリーには、管理体制の伴わないS・C・O(社会統制機構)上層部を叩く事は、そう手を煩わすものではなかった。が、己の手の平で溺れる様を見ていたかった。

 在りし日を懐かしむ大老どもの足掻きを鼻で笑い、二度と浮かび上がる舞台の無いことを徹底的に知らしむ必要があった。

 役に立たない消す。それはこの「ティラニス」では当たり前のはずだった。が、…

 (捨て切れぬものがある…)

 眉を寄せたユエ・イェンリーはフィオーレに火を付けた。

 リュウを想った。

 じっくりと味わった肢体の感触の余韻が未だに指に口唇に残り、消えることは無かった。

 リュウの身体は、四年前からは成長し、少年の荒々しさよりも、しっとりと艶めかしさが目立つようになり、より極上のものになったと言えよう。

 生まれついての器量と線の細い肢体、きめこまやかな光沢をもった白い肌は、より一層の色香を増し、彼自身の心のように、決して大人の男へとは成長しないことを示していた。


 この四年間の間、必死に探していたわけではなかった。それど頃ではないほどに、ユエ自身が忙殺した日々を送っていた。だが忘れられるわけがない。

 あのリュウ・エリアードのことを。

 そして、やっと手に入れた。

 再会の感慨は思いもかけぬほどに熱かった。

 ユエの差し出した手を掴み、自ら身体を開いたのはリュウの方だったのだ。

 四年間の空白を埋めるように、湧き上がる情欲のままに、際限なく求めあった。

 光に透ける絹のようなやわらかにゆるく流れる白金の髪。透きとおった薄紫の水晶の双眸。少女めいた清楚な美貌。

 開きかけた口唇を合わせ、まさぐると身体を小刻みに震わせた。時折見つめあう瞳が、言葉の代わりに甘い睦言を語りかけていた。


「伸びたな…」

 掬い取った指にゆるく絡む金の髪に口づけた。

「…おまえと同じ長さにしたかっただけだ」

 ユエの胸に頭をもたげたまま、リュウは甘えるような仕草でその肌に口唇を押しつけた。

 顔を上げ、ユエの顔を見つめたリュウは髪を弄ぶユエの指に自分の指を絡ませた。

「知ってる?俺の髪、おまえの髪に交わると、消えてしまうんだ。おまえに吸い込まれるみたいに…さ」

 蠱惑な媚態にそそられ、細い身体を組み敷く。

「あ…ん」

 ぞっとするほどの微笑。悪魔の目がユエを捉える。

 (これは…俺のものだ。もう二度と誰にも手出しさせるものか…)

 自ら足を開いてユエの身体に絡みつくリュウを、ユエは怖れはしなかった。 ただ、この天使の顔をした悪魔の男に、決して心を許すべきではないと、刻み込まねばならない自分自身が、酷く空しく、いつまで辛苦を舐めたら気が済むのかと、己をあざ笑うのだ。

 

「リュウ…おまえを連れ戻した理由を知らないとは言わせない。どんな罰でも受ける覚悟はあるんだろうな」

「…」

 黙ったまま目を逸らすリュウを嗤い、ユエは汗の滲むリュウの身体を容赦なく凌辱した。

 泣き叫び、「許してくれ」と、哀願しても許さなかった。

 刑罰のようなセックスに意識を失ったリュウを、ユエは決して許さなかった。頬を叩き痛めつけ、ユエの気力が続く限り、貪り続けるのだった。



挿絵(By みてみん)


 窓の外に目をやったまま動かないユエ・イェンリーの横顔は、いつもより艶めいて見えた。

 机の上のキーボードにはICカードが散乱している。

 眺めの金髪を目深に下ろした眉目の整った若者はユエ・イェンリーの第一秘書、アルバート・ルードと言う。

 彼の敬愛する王の一挙手一投足を見のがさぬ様、薄青の瞳でただ一心に注き続けた。

「…それで奴の動向は判っているのか」

 かき上げる漆黒の長髪の奥に、冷徹な光が宿る。

 見つめられたアルバートは思わず目を伏せた。

「…はい。モーロックはレーヴィタル島鉱山の膨大なアクセスチャージを要求しています」

「一端のテレポート気取りめが…。怖いもの知らずの新参者にはそれなりの躾が必要のようだな。徹底的に締めあげろ。この世界で息をしたいのなら、礼儀をわきまえてもらおう」

「 S・C・Oのネットワークと手を結び、秘密裏に動いている気配がありますが…」

「…ほう。 S・C・Oも相変わらず呑気なものだ。そろいも揃って頭上のハエも払えぬおいぼれどもが…まあいい。モーロックは叩き潰す。ティラニスの許可なくして S・C・Oとの関係を保とうとする馬鹿者を見過ごすわけにはいくまい。だが S・C・Oには構うな。こちらで圧力をかける。『力の均衡』は必要だが、主導権は常にこちらが手にしておくのが我が定石だ」

「わかりました。それから…」

 躊躇いがちにアルバートは続けた。

「システムバンクのファベル様の夜会のご招待はいかがなさいますか?」

「今夜だったな。お招きに預かろう。丁度いい。リュウを連れて行く」

 返答もしないままに訝しげにユエを見つめるアルバートを、ユエは楽しんだ。

「どうした?何か言いたいことがあるのか?」

「…」

「構わない。言ってみろ」

キングは本当にリュウ・エリアードを王の後継者になさるつもりですか?僕は納得できません。あの一件にあの男が関与していたのは周知の事。リュウ・エリアードの不始末で誰よりも苦労なされたのは王であるあなたです。僕には理解できない。何故今更彼を…」

「リュウ・エリアードは先王のただひとりの養子である。当然の権利を有すると思うが…まあ、本人は不本意のようだが…」

「ですが…」

「あれの身体を捨てるのが惜しいからだ。…そう言えばおまえは納得するのか?」

 あいまいな微笑さえ、今までに無い色香が潜んでいる。

 (本気で…惹かれているのか?あの裏切り者に…)

 戸惑いと嫉妬がアルバートの胸をざわめかせ、制御できないほどに痛みを感じた。

 その口唇の震えを見たユエ・イェンリーは、クスリと嗤う。



 閉ざされたカーテン越しに差し込む光でさえ、この薄暗い一室の澱んだ空気を暖めてはくれない。

 ベッドに肢体を投げ出したまま、リュウは枕元の煙草に手を伸ばした。たったそれだけでも身体のどこかが悲鳴を上げる。傷ついた身体は泥底深く沈んで、引きずり上げる術がないほど、朽ちていた。

 震える手で火を点け、肺の奥まで染み渡るように、深くゆっくりと吸い込んだ。

 フィオーレの強い苦みに眉を顰めながら、頭を振る。


 ここへ来てどれくらい経ったのだろう。リュウには判らなかった。外出はおろか、部屋から一歩も出るなと、命じられたまま、一日中部屋でじっと息をこらし、夜が来るのを待った。

 夜はユエ・イェンリーを呼ぶ。

 今やユエ・イェンリーだけがリュウの生きる糧だった。

 (これが俺の望んだ生き方だったのか…)

 幾度となく繰り返してきた自問。

 リュウは己を呪いながら嗤う。

 だが、たとえ抱き人形でしかない堕ちた自分を嘲笑うには、この想いはあまりにも切なすぎた。

 

 この四年間、リュウは望んだ自由を手に入れた。

 確かに望んだものだったのだ。

 真の自由とは…なにひとつ枷のない個の実体であり続ける事。

 しかし心は乾ききっていた。途方もなく心もとない夜。

 日中の楽しさなど跡形もなく消してしまう喪失感。

 手に入れた自由とは一体…

 

 鬱屈した心のひだを隠し、ただ世間の陽を煌々と浴びていた。それと同時に心と身体に繋がれた糸を自らの手で断ち切る覚悟さえなかったことを、嫌と言うほど見せつけられた。

 あの時、ユエ・イェンリーの姿を見た時、彼の手が差し伸べられた時、その胸にしがみついた時に…リュウは答えを出してしまったのだ。 

 心臓を鷲掴み、息をも止めてしまうその手が欲しかった。縛りつけ、自分の薄汚れた欲望を突きつけられることを、望んだのだ。

 (あれほどに憎み、この手で殺してやりたいと…思っていたのに…) 

 リュウは己の心変わりが不思議でならなかった。



 初めて抱かれたのは13の時だった。

 それまで、砂漠の町にひっそりと隠れるように住んでいたリュウは、突然「テュラニス」という組織に連れ去られ、アジトを焼かれたばかりではなく、仲間を殺された。

 「テュラニス」のキングの前に差し出されたリュウは、養父と言うジャック・エリアード、即ち王の命により、ユエ・イェンリーに差し出されたのだ。

 いたぶられ、意地も誇りも剥ぎ取られ、屈辱だけを与えられた。ユエ・イェンリーの足元に這い蹲るしか許されなかった。そして淫らな色情魔に仕立て上げたユエを、リュウは心から憎悪した。

 僅かな反抗さえ許されぬのなら、残された感情は憎しみしかない。

 ほどなくリュウは王の愛玩物になった。

 (いつか殺してやる…王もユエ・イェンリーも、いつか、きっと…)

 苦悶に喘ぐ様を楽しむ王とユエ・イェンリーの残虐な技が続く中、止める事のできない叫びの声を上げながら、リュウは復讐を誓うのだった。


 しかし、今のリュウに昔の憎しみなどどこにもなかった。

 (あれほど泣き叫んだ痛みが、今では甘い痛みに変わる。ユエ・イェンリーとのセックスが俺の救いになってしまうのは…どういうことなんだ。なぜ俺はユエを求める…)

 胸に疼く想いがユエ・イェンリーへの愛だとは、リュウには到底思えなかった。だが、締めつける胸の痛み、湧き上がる熱い感情を抑えることができないのだ。

「馬鹿な…」

 リュウはベッドに埋めた身体を縮め、自分を抱きすくめた。

 理解できない感情が恐ろしい魔物に見えた。


 突然、開けられたカーテンの間から差し込んだ光に、閉じた目を薄く開けた。

「夕刻が近いのに、裸のままなのか?連日連夜のご公務にさぞやお疲れなんだろうけれど…」

 逆光の影に映し出された男の姿に見覚えはなかった。身体を捩らせ、リュウは眩しげにその男の顔を見た。

「誰?」

「三日前、自己紹介したはずだけど…忘れたのか?…覚える気もないか」

「…」

「ユエ・イェンリーの第一秘書のアルバート・ルードだよ」

 名前を聞いても思い出せない。しかしその薄青の瞳が暗く輝き、明らかに敵意の込められた眼差しというのは理解できた。


「そのあんたがここに何の用がある」

 リュウは裸の身体を起こし、ベッドの端に腰掛けた。

「支度をしろよ…今夜、夜会へ出席するようにと王からの命令だ」

「俺が?」

「君がだよ、リュウ・エリアード。ユエ・イェンリーは君を正式なパートナーと認めた。…おめでとう。君は次代のキングとなる」

 アルバートの言葉に、リュウは肩を竦めた。

「そんなもん…」

「そう、君には相応しくない。この世界を統べる我がティラニスの王にはね。だがユエ・イェンリーが決めたことに僕らが意義を唱えることはできまい?」

「くだらねえな…」

 片膝を抱え込んだリュウは、窓からの光を眩しそうに浴びた。

 その酩酊した揺らぐ紫水晶アメジストの幻惑。

 紅光を浴びたリュウの裸体に、アルバートはギクリとした。

 たおやかに艶めいた姿態。けだるい、朽ちていく瀬戸際の、しかし無辜なる美にさえも愛でられた、性など超越してしまう…聖物が在った。


 アルバートは湧き上がる己の情欲が信じられなかった。

 (見てはいけない)

 だが視線を逸らすこともできぬまま、吸い込まれるようにリュウのベッドへ近づいてしまう。

 それと判る赤い痕が、リュウの身体中に残されていた。それを恥じらいもせず、むしろ誘うようにリュウは胸を広げ、髪を掻きあげる。

 その姿に誘われたアルバートは、リュウの顔を撫でた。

 次第に嗜虐的な感覚が、身体中を襲う。

 (このまま凌辱し、こいつを泣かせたい…)

 おかしい話だった。アルバートにはリュウへの思慕は一切無いというのに…


「覚えておくがいい、リュウ・エリアード。ここへ還ってきたことを後悔させてやる。僕は…君を殺すよ」

 アルバートの告白に、薄紫の目は涼やかに、楽しげに笑うのだった。



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