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セツナ  作者: 空き缶文学
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第三十一話

「君がカナンだね?」

 保住健児は車内の中で隣に座っている少女の名前を確認します。

「はい……」

 先程まで政府本部の邸宅の前で立ち尽くしていたカナンは元気の無い声で返事をしました。

 舗装された道路を進んでいく大きなバス。

 首都から避難する人々で混雑しています。

 二人は一番後ろの座席にいました。

 窓は全てカーテンによって仕切られて、景色は見えません。

「俺はセツナを信じてるよ、だから君も彼女を信じてほしい」

「信じたいです、でも、そう簡単に……生きて返ってこれるなんて」

 俯くカナンを横目で眺め、健児は微笑みます。

「セツナは死なないよ、地面が割れたぐらいじゃ傷ひとつもつけられない」

「根拠があるんですか? 街の建物が沈むくらいの地震だったのに、いくらセツナさんが特殊クローンでも限界があります!」

 健児を睨む青く澄んだ瞳は幼さを失い、苛立っていました。

「根拠なんてないよ。でも、なんとなくわかるんだ」

 落ち着いた健児の声と優しい漆黒の瞳に、カナンはまた俯きます。

 不安が胸を締め付けて、押し潰されそうで、安心なんてできません。

「セツナさん……」

 バスに乗っていない人物を呼び、瞼を強く閉じました。

 暗い世界の中で浮かび上がったのは、淡い桃色の花弁が舞い散る景色。

 花畑を覆い尽くす紫色の空、一本の巨木が太く深く草原の地に根を張って勇ましく立っています。

 懐かしい温もりに笑みを零しながら、名前を呼ばれたセツナは瞼を開けました。

 紅玉の瞳は無表情です。

 白銀の刀を腰に差して、静かに花畑を眺めていました。

 木の根元で手を後ろに組んで待っているのは悲劇の聖母として名を遺したカノンの姿。

「不思議ね、この楽園を創ったのは私なのに入り口が複数あるんだもの」

 花畑から距離があるのに慈愛に満ちたカノンの声は紫色の空から降るようにはっきりと聞こえてきました。

「この刀に宿っている子供達の声が私にそうしろと言っていた」

「ふーん、何が望み?」

 カノンは嬉しそうに微笑んでいます。

「街に戻してほしい」

 花畑を抜けて、セツナは根元まで足を運びました。

「じゃあ、ひとつだけ……あの時みたいに私を刺して」

「刺してどうする? 何をするつもりか、説明してほしい」

 そう簡単にできるようなことではありません。

 セツナは眉をしかめて、カノンを睨みます。

「交代よ。娘にも会えたし、この楽園を制御するには貴方のような存在じゃないといけないの」

「私は街に戻りたい、それだけだ」

「街には戻れるわ。セツナが支配者になっても、いつだって戻ることができる」

 そう言われても、鞘から刀身を抜くとはできません。

 距離を縮めてようやく対面を果たしますが、セツナは無言でした。

「私を転生させてほしいの。普通の人間として生まれ変わりたい、そして、もう一度あの人と別の形で会いたい」

「あの人……?」

 カノンは微笑みを崩さずに俯きます。

「あの人はね、特別な人だった。酷い悪人だったけど、それでも深く私を愛してくれたわ」

 自らの胸を抱き締めるカノン。

「これで刺せば、転生できるのか? 死ぬわけじゃないのか?」

「ええ、生まれ変わることができるの。錬成の力をもつ武器なら、ね」

 眉をしかめて数秒悩んだセツナは鞘から白銀の刀身を抜きました。

 切っ先を前に出して、カノンの胸を狙います。

 カノンは両手を広げて受け入れる準備ができていました。

「街に戻る前、少しだけここから世界を覗いた方がいいかも、クローンが一体何のために存在して、人間がどうしてクローンを生み出すのかを」

 切っ先が音を立てずにカノンの胸へ沈みます。

 感触もない、セツナは空気を斬ったかのような錯覚に疑問を浮かべながら、ゆっくりと刃を引き抜きました。

 カノンの体が光に包まれて空へ昇っていき、形を失っていきます。

 姿が消えて、一人取り残されたセツナ。

 気付けば周りは球体となった光が浮いていました。

 軽く触れれば光は蒸発していき、空へと消えます。

「クローンが人間に生まれ変われるのだろうか……いや、祈るしかないのか」

 セツナは呟きました。

 楽園にしばらくいる事に決めたセツナは他者の記憶を共有しながら、祈るしかありません。

 ただ、街に戻る気があるのかはわかりませんが、セツナは静かに少女らしく柔らかく微笑んでいました。


 終わり

ありがとうございました。

読んでいただければ幸いです。

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