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Give'em Enough Rope

第九話 硝子張りの監査(二)

武器保管庫は、拍子抜けするほどきちんとしていた。地下区画の二重扉。生体認証と物理鍵の二重管理。貸与簿、返却記録、点検記録、保管責任者の署名。壁面ラックに収まった火器と、申請済み武器等装備品一覧の番号もおおむね一致している。温湿度管理も適切。弾薬保管庫との区分も明確。監視カメラの死角も少ない。

ナディアも橘も、ここにはさほど期待していなかった。この規模の会社が、わかりやすく雑な違反を見せるはずがないのと、どのみち目的は揺さぶりだ。

ハブ施設が強襲されたことは、すでに真船も把握しているだろう。その直後に、自分の顧客筋に労働局が現れた。これで自身に捜査の手が伸びていることくらいは察しているはずだ。だからこそ、新華月警備株式会社を叩くこと自体が目的ではない。ここで誰が何を知っていて、誰が何を知らないのかを切り分ける。そこから新たな点とつないでいくのだ。そのための臨検だった。

ナディアは保管簿を閉じた。


「管理状態は概ね適正です」


梁瀬の肩から、わずかに力が抜けた。


「ただし、点検者印の記載漏れが一件。装備貸与簿の返却時刻に空白が二件あります。後日、報告書で指摘しますので、是正をお願いします」

「承知しました」

「今後も安全のために、正確な管理をお願いします」


それだけだった。嫌味もない、圧もない、拍子抜けするほど淡々としていた。梁瀬はかえって訝しげにナディアを見る。もっと強く来ると思っていたのだろう。保管庫で一点でも不備が見つかれば、そこから営業停止だ、処分だと詰めてくると思っていたのかもしれない。だが、ナディアはもう保管庫から興味を失っていた。

「では、会議室へ」


---


会議室には、紙の束が積まれていた。テーブル二つ分。港湾施設警備の契約書、配置表、教育記録、資格者証写し、再委託承諾書、警備ロボの保守点検記録、夜間巡回報告、入退構記録、装備貸与簿。ナディアはそれを見て、わずかに目を細め、眉間にしわを寄せる。前時代的な紙の束だった。おそらく嫌がらせと時間稼ぎを兼ねている。呉法務部長はさも申し訳なさそうに言う。口の端に、隠し切れない淀みが笑みとして張り付いていた。


「正確な情報は紙が一番かと思いまして」


それに対しナディアは特に気にした様子もなく答える。


「問題ありません。橘さん、スキャナーありますか?」

「ああ、持ってきている」


橘は鞄から折り畳み式の高速スキャナーを取り出し、会議室の端に置いた。念のため持ってきてよかった、とナディアは内心で思う。臨検を喜ぶ経営者はいない。意趣返しとしては割とよくあるものだった。全くうれしくない経験則であるが、今は助かっている。


「ずいぶんと準備がよろしいのですね……」


悔し気な表情を取り繕いながら、呉法務部長は絞り出すように言った。


「よくあることですので」


バッサリと切って捨てるナディア。

厄介な紙束は次々に読み込まれていき画像化される。資料は本局のサーバーへ送られ、OCR《画像解析》にかけられ、項目ごとに正規化されていく。数分もすれば、ナディアの端末から契約番号、従事者名、資格者証番号、勤務日、保守記録、車両番号、入退構時刻を横断して問い合わせられるようになる。サポートAIによるセマンティック検索の精度は高い。

だが、それだけでは足りない。監査項目に対しての突き合わせは自動的に開始される。資格者証と配置表。配置表と入退構記録。入退構記録と保守作業申請。保守作業申請と車両搬入記録。数字と文字は機械が拾う。しかし現場での違和感は、今も昔も現場の調査官にしか見抜けな部分が確かにある。

ナディアは端末に視線を落としながら、適時質問を挟んでいく。橘は書類整理を始めた。紙を右から左へ移すように見せながら、同席者の表情を観察する。呉法務部長、梁瀬警備部長、港湾警備主任、総務担当、記録管理担当。誰がどの言葉で反応するか。誰が何を聞かれた時に呉を見るか。誰が梁瀬の顔色を窺うか。

ナディアは話題を一定にしない。資格者証番号の確認をしていたかと思えば、急に再委託承諾書へ飛ぶ。夜間巡回記録を尋ねた直後に、保守車両の搬入口を問う。その次には、港湾施設の契約年度を確認する。相手に予想させない。言葉尻を拾い、端末に打ち込む。ただの確認のふりをした尋問だった。


「聖歴九三五年度港湾施設警備及び機械保守業務委託契約について確認します」


ナディアは本題に入るべく紙資料の一枚を軽く持ち上げた。


「この契約では、警備業務の一部または全部を、発注者の承諾なく第三者へ再委託してはならない、とありますね」

「はい」


呉が答える。


「承諾がある場合も元請としての監督責任は残りますが、そのあたりの認識はいかがでしょうか?」

「弊社としましてもその認識で一致しております」

「監督者として反社会的勢力、非合法武装集団、身元不明者、その他危険団体との関係遮断義務があります」

「当然、遵守しております」

()()……ね」


ナディアはその言葉をそのまま端末に打ち込む。それを見た呉の表情がわずかに固くなる。


「港湾施設を含む重要施設警備には、特定施設警備作業従事者証の携帯が義務づけられています。対象区画での巡回、監視、出入管理、制止、搬送監督、警備機器操作、緊急対応、保安区域立入管理。すべて該当します」

「承知しております」

「ちなみに停泊区画C-7も担当範囲に含まれますね。最寄りの第三搬入口の夜間作業についてお伺いいたします」


ナディアは何気ない調子で、以前人身売買の様子を遠藤が目撃した箇所を質問に織り込む。


「こちらの配置表では、補助作業員扱いですね」


警備課長が冷汗をかきながら答える。


「はい。警備作業ではなく搬入補助です」

「搬入補助」


また端末へ打ち込む。


「入退構記録から録画記録を本庁に確認させたところ、この補助作業員が搬入口で車両停止指示、セキュリティチェックを行っています。出入管理に関しては補助者に職務権限として含まれていないのでは?」


警備課長の目が、一瞬だけ梁瀬へ向いた。橘はそれを見る。梁瀬は表情を変えない。


「現場の安全確保のため、一時的に誘導したものと思われます」

()()ね」


ナディアは打ち込む。


「なるほど。違反ではないとおっしゃりたいのですね。わかりますわ」


ナディアは優しく微笑んだ。


「言葉の選択は大事ですものね」


それは笑顔というにはひどく攻撃的であり、会議室の空気がさらに冷たく乾いていく。

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