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労働局にようこそ

港湾施設管理部の係官である遠藤康二は、進んだ気がしない書類作成を切り上げることとした。ろくでもないミスの後処理を行っていたらすっかり遅くなってしまった。その上、原因を作ったくせにさっさと帰った上司。ふざけてやがる。悪態をつきながらオフィスのセキュリティを設定する。遠藤以外はとっくに退勤している。

階段を降りる際、ふと3階から窓の外を見たときに違和感を感じた。停泊区画C-7。臨時荷受けレーンに動きが見えた。今日は夜間の搬入はない予定だ。だが、その夜は2台の見慣れない白いバンが停まっていた。それに加え、警備ロボを保守している会社の大型コンテナ搬送車が、ほとんど間を置かずに同じレーンへ入ってくる。

警備機材の点検交換にしては遅い時間だ。手元のデバイスで受け入れ予定を検索する。保守部材一式の搬入許可が出ている?正式なものだ。電子申請上はそういう名目だった。しかし申請を受諾した記憶はない。遠藤は確認するために声をかけようと近くに行こうとして、とっさにコンテナの陰に隠れることとなる。

白い搬送車の後部が開き、子どもが二人降ろされた。いや、降ろされたというより、出された。年は十にも満たないだろう。

一人は裸足だった。もう一人は眠っているのか、ぐったりと職員の肩に預けられている。乱暴ではない。だが、丁寧でもない。物を扱う時の速さで子どもを動かしていた。そのすぐ脇で、保守会社の作業員が大型コンテナの封印を外す。中には警備ロボの外装フレームらしい部材、梱包材、固定具。そういうものが並んでいる。

だが、積み下ろしの順番が妙だった。先に保守資材を下ろし、奥のスペースを空ける。そのあと、白い搬送車側から、子どもたちをそちらへ移す。遠藤は無意識に、息を止めていた。だが、作業する人物の言葉はやけに響いた。


「記録は後で合わせればいい。さっさと閉めろ」


合わせる。何を。コンテナの扉が閉まる。固定具が噛み合う。封印コードが打ち直される。子どもが設備資材のコンテナに入れられた。

遠藤はその場で通報しなかった。港の人間は知らなくていいことを知ったとき、たいがい姿を消す。警察に持ち込めば、まず港湾管理へと照会が行くだろう。港湾管理に話が行けば、その日のうちに自分の名前も端末履歴も全部洗われことも考えられる。だから、いったん持ち帰ったのだ。見なかったことももちろんできる。だが……手の震えが収まってから、どこへ持っていくべきか考えた。胸の内に秘めるには夢見が悪い。そして、彼は一晩考えあぐねた結果、労働局のビルの前に立っていた。


---


国家労働局。近年、国際的な企業複合体による既存の規制すべき側の機関との癒着、骨抜化、圧力によるもみ消しなどが頻発、労働者の生命や権利軽視が横行していた。それらを見かねた聖女アルテミシアの働きかけで設立された行政機関だという。聖女アルテミシア、愛と戦という権能をつかさどる神に愛された女。神はいる。俺たちのような木っ端労働者が目にすることはないが。

だが噂によれば、彼女の周りに集まったのは清廉な支持者ばかりではなかった。勝ち馬に乗りたい者。聖女の名で箔をつけたい者。彼女を都合のいい旗印にしようとした者。そうした有象無象を、彼女は追い払うのではなく、呑み込み、まとめ上げ、シンパとして飼いならし労働局という組織にしてしまった。その話が本当なら、アルテミシアは美しいだけのお飾り聖女ではない。なんだか三文記事のようだ。遠藤はそう思い鼻で笑った。

労働局本局は、威圧感のある建物ではなかった。新しいが、派手さはない。

企業群の持つガラス張りの大庁舎とも、古い省庁の石造りとも違う。急ごしらえの実務棟を無理やり積み上げたような、機能重視の建物だった。無骨なコンクリート造のエントランスは、明るい朝の光が差し込んでいた。昨夜のあの光景との落差になんだか現実感が薄れるような気がした。

正面玄関のわきには人型の警備ロボが直立不動の形で立っており、労働局のマスコットをイメージしているのだろうか?長い耳と、しっぽが取り付けられている。なんだこれは?

遠藤はそのちぐはぐさに足を止める。いやこんなことをしている場合ではない。そう思いなおすと自動ドアをくぐり、正面受付に向かう。受付には一人のスタッフが座っており、うつむき気味にカウンターの端末を操作していた。


「あのすいません……」


遠藤は遠慮がちに声をかける。その声に気が付いたのか、慌ててスタッフは立ち上がり頭を下げた。


「労働局へようこそ!」


彼女はにこやかに言った。慌てたのを取り繕っているのが筒抜けだ。だが、そんな彼女を見た遠藤は少しだけたじろいだ。

白に近い金髪。磨かれた氷のような碧い目。白い肌。穏やかな目元が優しさを映しているようだった。窓口でペンを持つ姿だが妙に馴染んでいる。まるで、美術館の神像が書類仕事を覚えたみたいだった。

遠藤は一瞬、来る場所が間違っているのではないかと思った。もっと殺伐としていて、もっと高圧的で、もっと窓口っぽいものを想像していたからだ。それに加えこの顔どこかで……


「あの……?」神像が固まった遠藤を見て困ったように眉を下げる。


「総裁!?また窓口に出てるんですか!」


制服姿の若い職員が、半ば駆けるように飛び込んでくる。遠藤は固まった。総裁とよばれた女は、少しだけ困ったように目を丸くしてから、遠藤の方へ向き直った。


「気にしないでください」


気にしないでよい単語ではなかった。そこで遠藤は思い出した、国家労働局総裁。愛と戦の聖女。アルテミシア。相反するような権能をつかさどる神に愛された聖女。ニュースや公聴会映像で見た顔が、いま窓口の向こうに座っている。


「あの……聖女アルテミシア様……ですか」


「えーと……そうです……すみません」


アルテミシアはばつが悪そうに目を背けながら言う。その後ろで、若い職員が頭を抱えている。


「では、遠藤さん」


聖女アルテミシアは何事もなかったかのように話を進めることとしたようだ。


「奥へどうぞ。お話を聞かせてください」


それだけで、遠藤はようやく座った。ここへ来てよかったのかどうかは、まだわからなかった。ただ、もう引き返せないことだけは、はっきりしていた。

武装労基という概念を知った時から何か書いてみたかった。

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