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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
56/103

閑話①

カイが一番ひどいやらかしをした日の話


 その日、俺たちは――平和だった。


 いや、正確には「平和っぽかった」。

 異端旅団ノイズが平和な時ってだいたい、「嵐の前の静けさ」か「嵐の途中の錯覚」の二択なんだけど、あの日は後者だった。


 街は中規模。人も物もほどほどに流れていて、飯屋も多い。

 つまり――カイの目が輝く環境だ。


「なあシオン、聞いて驚け」

 カイが俺の肩を組んできた。肩を組む必要はない。


「何?」


「この街、祭りがある」


「へえ」


「そして祭りってのはだな」

 カイがにやっとする。

「財布の紐が緩む」


「最悪の発想やめろ」


「誤解するなよ?」

 カイは胸を張る。

「俺は盗むんじゃない。流れに乗るだけだ」


「その“流れ”って何?」


「客のテンションという名の洪水」

 カイが真面目な顔で言った。


 横でレナが無言でカイの後頭部を見つめている。

 殺意ではない。多分。

 たぶん、教育的指導の準備だ。


 ユウは地図を眺めながらぽつりと言う。


「問題が起きる確率、上昇」


「問題って、俺?」

 カイが即座に聞く。


「主語は省略した」

 ユウが淡々と返す。


「ほぼ俺じゃねえか!」


 リィナは串焼きを両手に持って、口いっぱいに頬張っていた。

 王女だとかそういうの以前に、食いしん坊の顔だ。


「んふっ、んん……!」

 口に物があるまま何か言おうとして、レナに無言で止められる。


「飲み込んでから喋りなさい」


「ん、んん……うん!」


 フェリスは淡々と歩き、淡々と言った。


「必要な物を買う」

「余計なことはするな」


 その言葉に、カイが満面の笑みを浮かべる。


「余計じゃないことはしていいってことだな!」


「違う」

 レナが即答。


「違う」

 ユウも即答。


「違う」

 俺も即答。


 フェリスは振り返らない。

 それが一番怖い。



 祭りの屋台通りは、人で溢れていた。

 音。匂い。笑い声。

 そして、カイのテンションが限界まで上がる。


「見ろよ! あのデカい鍋!」

「見ろよ! あの肉の塊!」

「見ろよ! あの“無料試食”の文字!」


 最後が一番まずい。


「カイ、無料試食は一口だけだぞ」

 俺が釘を刺すと、


「分かってる分かってる」

 カイはにやにやしながら言った。

「一口だけだよ。十口くらい」


「増えてる増えてる」


 レナが前に出て、冷たい声で言う。


「一口です」

「それ以上やったら、あなたの“口”を塞ぎます」


「物理的に!?」


 ユウがぼそり。


「可能」


「可能じゃねえよ!」


 リィナが楽しそうに笑う。


「カイ、がんばって!」


「応援すな!」


 フェリスは屋台の列から離れて、必要物資の売り場へ向かっている。

 薬草、乾燥肉、布、針、火打ち石。

 ……まともだ。


 俺はまともな買い物に付いていこうとした。

 でもカイが俺の袖を引いた。


「シオン、付き合え」


「何に」


「これだ」

 カイが指差したのは、簡易ステージ。


 看板にデカデカと書かれている。


『大食い競争! 優勝者に金貨五枚!』


 俺は嫌な予感がした。


「やめとけ」


「なんで」


「お前、食うの遅いだろ」


「失礼だな」

 カイは真顔で言った。

「俺は“味わう派”だ」


「大食いは味わう競技じゃない」


 レナがすっと横に来て、カイの腕を掴む。


「行きません」


「行く」

 カイが即答。


「行きません」


「行く」


 押し問答が始まる。

 リィナが間に入って、妙に真剣な顔で言った。


「ねえ、金貨五枚って強いよ?」


「やめろリィナ、煽るな」

 俺が言うと、


「だって!」

 リィナは言う。

「金貨五枚あったら、触媒が三つ買えるよ!」


「買うな!」


 ユウがさらっと言った。


「参加すれば、問題が起きる」

「参加しなければ、問題は起きない」


「正論すぎる」

 俺が呻くと、


「なら参加しない」

 フェリスが淡々と言って戻ってきた。


 よし、これで――と思った瞬間。


 カイが笑った。


「参加しないのは俺じゃない」

「参加するのは――シオンだ」


「は?」


 俺は理解できなかった。

 理解できないうちに、カイがステージの受付に走り、紙を一枚ひらひらさせて戻ってきた。


「登録した!」


「誰を!?」


「シオン」


「勝手に!?」


「大丈夫!」

 カイが親指を立てる。

「お前は戦闘の天才だろ?」

「食い方も洗練されてるに決まってる」


「論理が飛躍しすぎだろ!!」


 レナがため息をついた。


「……あなた、今日一番の罪は何だと思う?」


「え、俺?」


「当然」


「いやでも!」

 カイは必死に言う。

「金貨五枚だぞ!?」

「これ勝ったら、今夜の飯が豪華になる!」

「レナの料理以外が食える!」


 その瞬間、空気が凍った。


「……え?」

 カイがゆっくり振り返る。


 レナが笑っていない笑みを浮かべた。


「あなた」

「今、何と言いました?」


「いや、違う」

 カイが汗をかく。

「“以外”ってのは、つまり“追加”って意味で――」


「言い訳が下手」

 ユウが即評。


「止め刺すな!」


 フェリスが短く言った。


「参加するなら勝て」

「負けるなら降りろ」


 俺は頭を抱えた。


(何で俺が大食い大会で戦う羽目に……)


 だが、ここで降りると屋台通りの視線が痛い。

 妙に煽られている。

 人は群れると無責任になる。


 カイが俺の背中を叩く。


「頼む!」

「この街で“金の匂い”を嗅いだのは久しぶりなんだ!」


「金の匂いって何だよ」

 俺が言うと、


「自由の匂い」

 カイが真顔。


 ……たまに、いいこと言うのが腹立つ。


「分かった」

 俺はため息をついた。

「でも負けたらお前のせいな」


「勝ったら俺のおかげな!」


「都合良すぎだろ!」



 ステージの上。

 俺の前に並ぶのは――山盛りの肉丼。


 司会が叫ぶ。


「さあさあ! 大食いの猛者ども! 腹は減ってるか!?」

「優勝者には金貨五枚! そして名誉! そして――胃もたれ!」


 最後いらない。


 隣の参加者がガタイのいい男で、拳を鳴らしている。

 さらに隣は細身の女で、目がギラギラだ。


(やばい、ガチ勢だ)


 下でカイが手を振る。


「いけー! シオーン!」

「お前ならいけるー!」


「急に応援団になるな!」


 レナは腕を組んでいる。

 目が冷たい。

 多分カイへの。


 リィナは楽しそうに跳ねている。


「がんばれー!」

「勝ったら触媒買っていい?」


「ダメ!」


 ユウはぼそり。


「胃袋の線を越えるな」


「線の使い方おかしいだろ」


 開始の合図。


 俺は、食う。

 食うしかない。


 でも――戦闘の時みたいに“洗練”は出ない。

 ただ噛む。飲み込む。噛む。飲み込む。


 横のガチ勢が速い。

 すごい。怖い。


(これ、無理だな……)


 と思った瞬間、下からカイの声が飛んできた。


「シオン!」

「“剣を振るう時”みたいにいけ!」


「食事に剣の理論持ち込むな!」


 だが、なぜかその言葉で頭が切り替わった。


(……動作を無駄なく)


 箸の運び。

 口に入れる角度。

 噛む回数。

 飲み込みのタイミング。


 ――洗練。


 俺は自分でも分かるくらい、食い方が変わった。

 速くなったというより、“詰まらない”ようになった。


「おおおおお! この参加者、急に動きが美しい!」

 司会が叫ぶ。


「それ褒めてるのか!?」


 だが、追い上げる。


 周囲の観客が沸く。


「いけるぞ!」

「なんだあの食べ方!」

「無駄がない!」


 俺は笑えなかった。

 必死だ。


 そして――


「終了!」


 司会の合図で、俺は箸を止めた。

 胃が重い。

 視界が揺れる。


 結果発表。


 俺は――


「第二位!」


「くっそおおおおおお!!」

 カイが下で叫んだ。


「お前が悔しがるな!」

 俺が叫び返す。


 優勝者はガチ勢の男。

 当然だ。あいつは人間じゃない。胃袋が別生物だ。


 俺はステージを降りる。

 そこで終われば良かった。


 ……終われば。



 問題はここから起きた。


 カイが、司会に詰め寄ったのだ。


「なあ、第二位にも何かあるだろ!?」

「参加賞とか!」

「努力賞とか!」


 司会が苦笑して言う。


「参加賞は……こちらの“記念木彫り人形”です!」


「木彫り!?」

 カイが叫ぶ。

「金じゃねえのかよ!」


「金貨五枚は優勝者だけでーす!」


 カイが俺を見た。


「シオン、木彫りでいいのか?」


「いいわけないだろ」

 俺は真顔で言った。


「だろ?」

 カイが頷く。

「じゃあ取るしかない」


「何を!?」


 カイが優勝者の肩を叩いた。


「なあ兄ちゃん」

「金貨五枚、半分くれ」


「は?」

 優勝者が顔を歪める。


「だってシオン、第二位でめっちゃ頑張ったし」


「知らんがな!!」

 優勝者が怒鳴る。


 観客がざわつく。


 俺は頭を抱えた。


(こいつ、何やってんだ……!)


 レナが無言で前に出る。

 フェリスも一歩動く。

 ユウの目が細くなる。


 これはまずい。


 そして最悪のタイミングで、警備の男たちが寄ってきた。


「おい、揉め事か?」


「違う違う!」

 カイが笑顔で手を振る。

「交渉してるだけだ!」


「交渉内容が強盗に近い」

 ユウが淡々と言う。


「近くねえよ! 心の共有だよ!」


「意味が分からない」


 レナがカイの襟首を掴んだ。


「撤退します」


「待て待て待て!」

 カイが必死に抵抗する。

「ここで撤退したら俺のプライドが!」


「プライド捨てろ」


「捨てたくない!」


 フェリスが短く言った。


「捨てろ」


 その一言に、カイが急に大人しくなる。


「……はい」


 なのに――


 カイは大人しくなっただけで、諦めていなかった。


 撤退しながら、どこかの屋台の箱をひょいっと持ち上げた。

 中身はパン。

 大量のパン。


「何してんの!?」

 俺が言うと、


「フードロス対策」

 カイが真顔で言った。


「言い訳が雑すぎる!!」


「いやほら!」

 カイが必死に続ける。

「このパン、余ってた!」

「俺が持ってくと、みんな幸せ!」


「店の人は幸せじゃない!」


 案の定、店主が怒鳴った。


「泥棒!!」


 警備が動く。


「捕まえろ!」


「やばい!」

 カイが叫ぶ。

「逃げるぞ!」


「お前が原因だ!!」


 俺たちは走った。


 ……ここまでが、カイの“最悪のやらかし”の前半である。



 逃げ込んだ路地裏。


 カイはパンの箱を抱えたまま息を切らしている。


「なあ、これさ」

 カイが言う。

「俺、悪くないよな?」


「悪い」

 レナが即答。


「悪い」

 ユウも即答。


「悪い」

 俺も即答。


 フェリスは一言。


「愚か」


「満場一致で刺すな!」


 リィナが箱を覗き込む。


「わあ……パンいっぱい」


「食うな」

 レナが言う。


「ええ……」


 カイが箱を抱えて、急に真剣な顔になった。


「でもさ」

「俺、思ったんだよ」


「何を」

 フェリスが問う。


「このパン」

 カイが言った。

「孤児院に持ってけばよくない?」


「……は?」

 俺が言う。


 カイは妙にまっすぐだった。


「路地入る時に見たんだよ」

「子どもがさ、屋台の匂い嗅いで、腹鳴らしてた」

「祭りの日ってさ」

「金ないやつ、余計に苦しいんだよ」


 その言葉に、誰もすぐ返せなかった。


 レナが小さく息を吐く。


「……盗んだものを善意で正当化しないで」


「正当化じゃない」

 カイは言う。

「“補正”だ」


「補正で済む問題じゃない」


 ユウが淡々と結論を出す。


「返すべき」

「そして、必要なら買うべき」


「金ない」

 カイが即答。


「……ある」

 俺が言った。


「え?」

 カイが俺を見る。


 俺は、さっきの参加賞の木彫り人形を見せた。


「これ、売れば少しになる」

「……たぶん」


「木彫りが!?」

 カイが叫ぶ。


「価値はあるかもしれないだろ!」


 フェリスが言った。


「解決策」

「店に謝罪し、弁償し、孤児院には“買ったパン”を届ける」


「完璧」

 ユウが頷く。


「地獄」

 カイが呻く。

「謝るの苦手」


「今やれ」

 レナが冷たく言う。


「うう……」


 そうして俺たちは、パン屋台に戻った。


 警備の視線が刺さる。

 店主の怒りが刺さる。

 カイのプライドが死にかける。


「……すみませんでした」

 カイが頭を下げた。

「俺が悪かった」


 店主が睨む。


「当たり前だ!」


「弁償します」

 俺が言った。

「これで足りるか分からないけど……」


 木彫り人形を差し出すと、店主は一瞬、表情が揺れた。


「……それ、祭りの記念品だろ」

「悪くない彫りだ」


 買い取ってくれた。

 金貨にはならないが、銀貨数枚。

 それでパンを買う。


 カイはまだ頭を下げている。


「……孤児院に持ってきたい」

 カイが言った。

「買ったやつで」


 店主はしばらく黙ってから、ため息をついた。


「……余りもある」

「持ってけ」


「え?」

 カイが顔を上げる。


「祭りの終わりに捨てるくらいなら」

「腹減ってるやつにやる」

「ただし二度と盗むな」


「はい!」

 カイが勢いよく頷く。


 レナが小さく言った。


「……良かったね」


「レナ、今ちょっと優しい」

 カイが嬉しそうに言うと、


「勘違いしないで」

 レナが即戻る。


 ユウがぼそり。


「結果として、救われた」

「原因は最悪」


「原因の話やめて!」



 孤児院は、街の端にあった。


 大きくない建物。

 子どもたちが門の近くで遊んでいる。

 祭りの音は遠い。匂いも薄い。


 俺たちがパンの袋を抱えて現れると、子どもたちの目が一斉に輝いた。


「パン!」

「うそ、パン!?」

「おじちゃんたち、くれるの!?」


「おじちゃん言うな!」

 カイが反射で叫び、

すぐに咳払いして言い直す。

「……兄ちゃん、だ」


「どっちでもいい!」

 子どもが笑う。


 リィナがパンを配り始める。

 手際が良い。

 配りながら、子どもたちの頭を撫でている。


 レナは壁際で見守っていた。

 表情は変わらない。

 でも、目が少し柔らかい。


 ユウは周囲を確認して、逃げ道や危険を計算している。

 フェリスは院長らしき女性と短く会話して、必要があれば支援に繋げるための情報を得ている。


 カイは――子どもに囲まれていた。


「ねえねえ、パンもっとちょうだい!」


「待て待て、順番!」

 カイが焦る。

「一気に食うな! 喉詰まる!」


 子どもが笑う。


「おじちゃん優しい!」


「だからおじちゃんじゃない!」


 俺はその光景を見て、やっと思った。


(こいつ……ほんとに、ただの悪党じゃない)


 悪党なら、ここまで面倒を背負わない。

 面倒を背負うから、面倒なんだ。


 配り終えた後、院長が頭を下げた。


「ありがとうございます」

「……祭りの日は、余計に子どもたちがつらくて」


 カイが、少しだけ気まずそうに笑った。


「いや、その……」

「俺がやらかした結果なんで」


 院長が首を傾げる。


「やらかした?」


「……聞かないでください」

 カイが真顔で言った。


 院長は笑った。


「分かりました」

「でも、結果が優しさなら、子どもたちは助かります」


 その言葉に、カイが少しだけ黙って、頭を掻いた。


「……次は、最初からちゃんとやる」


「それは無理」

 レナが即答。


「ひどい!」


 フェリスが言った。


「無理でも、やれ」


「はい……」


 ユウがぽつり。


「次は最初から謝ればいい」


「それだ!」

 カイが指を立てる。

「謝るのが先!」


「学んだのそこ?」

 俺が笑う。


 リィナが俺に近づいてきて、小声で言った。


「ねえ、カイって」

「バカだけど、いい人だね」


「バカが先に来るんだな」

 俺が言うと、


「先に来るよ」

 リィナが真顔。


 カイが遠くから叫ぶ。


「おい! 二人で俺の悪口言うな!」


「悪口じゃない」

 俺が言う。


「褒めてる」

 リィナも言う。


「褒めてるならもっと分かりやすく褒めろ!」


 俺たちは笑った。


 祭りの喧騒は遠い。

 でもここには、別の温度がある。


 帰り道、カイがぽつりと言った。


「……なあ」

「俺、今日さ」

「最悪だった?」


「最悪」

 レナが即答。


「最悪」

 ユウも即答。


「最悪」

 俺も即答。


 フェリスは短く。


「愚か」


「四方八方から刺すな!」


 でもカイは、笑った。


「……でもさ」

「子どもたち、笑ってた」


 その一言で、俺たちは少し黙った。


 カイのやらかしは最悪だった。

 でも、最後に残ったものは――悪くなかった。


 異端旅団ノイズは、今日も平和じゃない。

 けど、平和じゃないなりに、誰かを笑わせる。


 そういう集団だ。


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