第27話
旅は拾いものから始まる
朝は、思ったより普通に始まった。
鳥の声。
焚き火の残り火。
昨夜と同じ空気。
――一人、増えていることを除けば。
「おはよー!」
やけに元気な声がした。
目を開けると、少女――リィナが焚き火のそばに立っていた。
なぜか、俺の水袋を持っている。
「……それ、俺のじゃない?」
「うん!」
「返して」
「だめ!」
「だめなの!?」
朝一番の理不尽に、頭がまだ追いつかない。
「喉乾いたんだもん」
リィナは悪びれもせず言う。
「あとで返すよ」
「あとでって……」
「ほら、半分残してある!」
ほんとだ。
半分くらい、雑に残っている。
「……まあ、いいけど」
「やさしいね!」
リィナは満面の笑みだ。
カイが横で腹を抱えて笑っている。
「朝から懐かれてるな、シオン」
「これもう拾い犬だろ」
「犬じゃない!」
リィナが即反論する。
「もっと賢い!」
「自分で言うな」
レナが近づいてきて、リィナを上から下まで観察する。
「……ほんとに大丈夫?」
「ふらつきとか、魔力酔いとか」
「平気平気!」
リィナはぴょんと跳ねた。
「ほら!」
――跳ねた瞬間、足元の石につまずいて転びかける。
「危なっ」
反射で俺が腕を掴む。
「ほら言った」
レナがため息をつく。
「無理しないの」
「無理してないもん」
リィナは不満そうだ。
「ちょっと元気なだけ」
「それを無理って言うんだ」
ユウは少し離れた場所で、周囲を見ていた。
「追跡はない」
淡々と報告する。
「少なくとも、今は」
「追跡?」
リィナが首を傾げる。
フェリスが地図を畳みながら言う。
「心当たりは?」
「ないよ?」
リィナは即答する。
「……たぶん」
「“たぶん”は心当たりがある言い方だ」
カイが突っ込む。
「うー……」
リィナは目を逸らした。
フェリスはそれ以上追及しなかった。
「出発する」
「南だ」
俺たちは歩き出す。
街道を外れた山道。
人の気配は薄いが、魔物は出る。
リィナは、やけに物珍しそうに周囲を見ていた。
「へえ……」
「人間の山って、こんな感じなんだ」
「人間の?」
俺が聞き返す。
「う、うん」
リィナは慌てて言い直す。
「この辺りの、って意味!」
「雑だな」
カイが笑う。
歩きながら、リィナは質問攻めだった。
「それなに?」
「どうしてそんな剣?」
「ねえねえ、昨日の戦争って本当?」
「話すな」
フェリスが短く言う。
「はい……」
リィナは一瞬しょんぼりして、
「……でもちょっとだけ!」
結局、少しだけ話した。
戦争の話は、ぼかして。
名前も、規模も、深くは言わない。
それでも、リィナの目は輝いていた。
「すごい……」
「みんな、すごいね」
「すごくない」
カイが言う。
「生き残っただけ」
「それがすごいんだよ」
リィナは真面目に言った。
昼過ぎ、魔物が出た。
小型だが数が多い。
囲まれると厄介なタイプ。
「止まれ」
フェリスが指示を出す。
俺とカイが前へ。
「リィナ、下がって!」
レナが声をかける。
「わ、分かった!」
――分かった、はずだった。
魔物が一体、思ったより速く動いた。
進路が、リィナの方へずれる。
「あっ」
その瞬間。
リィナの足元が、淡く光った。
――一瞬だけ。
魔物の動きが、明らかに鈍る。
「……?」
俺は違和感を覚えながらも、剣を振るった。
数秒で片付く。
戦闘が終わり、沈黙。
リィナは、何事もなかった顔をしている。
「……今の」
レナが小声で言う。
「見えた」
ユウも短く言う。
フェリスは何も言わなかった。
ただ、リィナを見る目が少しだけ変わった。
「ごめん」
リィナが急に言った。
「足、滑っただけ」
「滑ったにしては、地面が光ってた」
カイがにやにやする。
「気のせいだよ!」
リィナは強く言い切った。
――嘘だ。
でも、誰も追及しなかった。
それがノイズだ。
「次は気をつけろ」
フェリスはそれだけ言う。
「うん……」
夕方、野営地に着く。
焚き火を起こしながら、リィナはぽつりと言った。
「……ねえ」
「なに?」
俺が答える。
「あなたたちって」
「どこにも属してないんだよね」
「まあ、そうなる」
俺は苦笑する。
「いいなあ」
リィナは焚き火を見る。
「自由で」
「自由って、楽じゃないよ」
俺は正直に言った。
「責任が、全部自分に来る」
「……それでも」
リィナは小さく笑った。
「今は、ちょっと羨ましい」
その言葉に、胸の奥が少しだけざわついた。
この子は、
帰る場所があって、
それが重い。
だからこそ、
今ここにいる。
焚き火が爆ぜる。
異端の旅は続く。
拾いものを一つ増やして。
そして同時に――
どこかで、誰かが失くしたことに気づいている。




