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異端(仮)  作者: vastum
分岐編

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閑話

王女がいない朝


 その異変は、あまりにも静かに始まった。


「……王女殿下?」


 竜石の回廊に、足音が響く。

 朝の定刻。

 いつもなら、もう起きている時間だった。


「失礼します」


 返事はない。


 扉を開けた瞬間、護衛長は“違和感”を覚えた。


 寝台は乱れていない。

 衣装も、装飾品も揃っている。

 争った形跡は――ない。


 ただ一つ。


 王女がいなかった。


「……殿下?」


 部屋を一巡して、護衛長は即座に判断する。


 拉致ではない。

 侵入の痕跡がない。

 結界も破られていない。


 ――つまり。


「……転移、か」


 背中に、冷たい汗が伝った。


 竜人王国の王城は、外界から隔絶されている。

 王族が許可なく外に出ることなど、あり得ない。


 あり得ない、はずだった。


「第一警戒を発令」

 護衛長は即座に命じる。

「王族区画、封鎖」

「転移痕跡を探せ」


 部下たちが散る。


 護衛長は、寝台脇に残された小さな欠片を見つけた。


 ――ダンジョン用の転移触媒。


「……やはり」


 最悪の予感が、確信に変わる。


 玉座の間は、静まり返っていた。


「王女が、いない?」


 玉座に座る竜人王は、低く問い返した。


「はい」

 護衛長は跪いたまま答える。

「転移装置の暴走による可能性が高いかと」


「暴走、だと?」


 王の声に、怒りはない。

 その代わり、深い疲労があった。


「……あの子は」

 王は呟く。

「好奇心が、強すぎる」


 側近が口を挟む。


「殿下は、制御下にありました」

「転移系ダンジョンへの立ち入りも――」


「禁止していた」

 王は言った。

「だからこそ、隠れて行ったのだろう」


 沈黙。


「痕跡は?」

 王が問う。


「座標は特定不能」

 護衛長が答える。

「ただ……人族圏に近い反応が」


 空気が、ぴり、と張り詰める。


「人族圏……」

 王はゆっくり息を吐く。

「帝国か?」


「不明です」

「ただ、戦争が終わった直後の地域と一致します」


 その言葉に、側近の一人が顔を上げた。


「……異端旅団ノイズ


 王の視線が、そちらに向く。


「最近、各国で噂になっている五人組です」

「帝国と混成国家の戦場に現れ、生還したと」


「偶然か」

 王は言った。


「分かりません」

 側近は首を振る。

「ですが、“不確定要素”であることは確かです」


 王は、しばらく考え込んだ。


「追うな」

 やがて言う。


「陛下!?」

 護衛長が顔を上げる。


「追えば、目立つ」

 王は淡々と続けた。

「王女の失踪を、世界に知らせることになる」


「ですが……」


「探せ」

 王は言い直す。

「だが、“静かに”だ」


 竜の王は、知っている。


 力ある者ほど、

 見えない場所で動くことの恐ろしさを。


「もし」

 王は低く呟く。

「あの子が、自分の意思で外に出たのなら」


 拳を、玉座の肘掛けに置く。


「……連れ戻す必要はない」


 側近たちが、息を呑む。


「ただし」

 王は続けた。

「“利用される”なら、話は別だ」


 護衛長は、深く頭を下げた。


「必ず、見つけます」


「見つけるな」

 王は静かに訂正した。

「“見つけたふりをするな”」


 その言葉の意味を、全員が理解した。


 ――王女は今、

 世界に出てしまった。


 竜人でも、魔人でも、王女でもない、

 一人の少女として。


 その事実が、

 この国にとって吉と出るか、凶と出るか。


 まだ、誰にも分からない。


 ただ一つだけ確かなのは。


 世界はもう、動き始めている。


 そして、異端ノイズという名は、

 竜人王国の奥深くにも――

 静かに刻まれた。


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