第18話
風向きの話
港に、戦火の匂いはまだ届いていない。
だが、風向きは確実に変わっていた。
「……最近、依頼が妙だな」
酒場の隅で、カイがグラスを傾けながら言った。
「妙って?」
レナが聞く。
「内容が薄い」
「割に、数が多い」
掲示板には紙が何枚も貼られている。
どれも似たような文言だ。
護衛
偵察
補給路確認
危険度:低〜中
「戦争が近づくと、こうなる」
ユウが淡々と説明する。
「“戦争じゃない仕事”が増える」
「でも」
レナが眉をひそめる。
「戦争の外側って、いちばん危ないよね」
フェリスは黙って地図を広げていた。
港から内陸へ伸びる街道。
補給路。
小さな村。
目立たない砦。
どれも、帝国が“拡大する”と決めた場所だ。
「今日は受けない」
フェリスが言う。
「様子を見る」
「珍しいな」
カイが笑う。
「戦争は、様子見を許さない」
フェリスは静かに返す。
「だが、“様子見をさせない相手”が出てきた時が一番厄介だ」
俺は、その言葉が妙に引っかかった。
⸻
昼過ぎ。
港の外れで、ちょっとした騒ぎがあった。
「冒険者が……」
「一人で、砦を落とした?」
「帝国側の砦だぞ?」
「守備、百はいたって」
噂は噂として、酒場より速く広がる。
俺たちは距離を保ったまま、話を拾う。
「また盛ってるだろ」
カイが言う。
「百人は嘘だな」
ユウが即座に修正する。
「でも、砦が落ちたのは事実らしい」
「帝国の?」
レナが聞く。
「帝国の」
ユウは頷いた。
「ただし、正規軍じゃない」
フェリスが顔を上げる。
「冒険者か」
その一言で、空気が変わる。
戦争において、冒険者は異物だ。
正規軍の指揮系統に乗らない。
命令も、理屈も、利益も違う。
「……名前は?」
フェリスが聞いた。
答えは、すぐに返ってきた。
「ランクSだって」
「帝国所属の」
酒場が一瞬、静まった。
ランクS。
その言葉は、戦況を変える。
「所属……帝国?」
レナが声を落とす。
「珍しくない」
ユウが言う。
「帝国は冒険者を嫌うが、力は否定しない」
「管理できるなら、使う」
フェリスは地図を指でなぞる。
「砦の位置は?」
「ここです」
指された場所は、
俺たちが“通り道”として認識していた場所だった。
だが、今は違う。
「……帝国が、戦争を冒険者で動かし始めた」
フェリスが言う。
カイが肩をすくめる。
「じゃあ、そいつが今回の大物か」
「可能性は高い」
フェリスは否定しない。
「ただし、今は触らない」
「正面からやる相手じゃない?」
レナが聞く。
「正面からやると、戦争になる」
フェリスは淡々と答えた。
「個人対個人の話ではなくなる」
俺は、無意識に剣の柄を握っていた。
ランクS。
帝国所属。
一人で砦を落とす。
情報だけを並べれば、
これまで戦ってきた相手とは格が違う。
だが――
「……すごいですね」
俺は素直に言った。
「一人で、そこまで」
ユウが俺を見る。
「羨ましいか」
「……分からないです」
「ただ」
言葉を探す。
「その人も、戦争の中で戦ってるんだなって」
フェリスの視線が、俺に刺さる。
「どういう意味だ」
「帝国の命令で、帝国の戦争をやってる」
「それって……」
俺は言葉を切った。
良いとも、悪いとも言えない。
ただ、
**俺たちとは違う“立ち位置”**だと感じただけだ。
⸻
夕方。
港に戻る途中、
混成国家の住民たちが、いつも通りの生活をしている。
エルフが船を繋ぎ、
ドワーフが荷を運び、
三つ目の子どもが走り回る。
「……守りたい場所がある戦争って」
レナがぽつりと言う。
「ずるいよね」
「だから、強い」
フェリスが答える。
「理由が、明確だ」
俺は、空を見る。
雲の流れが、少し速い。
風向きが変わっている。
「隊長」
俺は言った。
「そのランクSと……」
「戦うことになりますか」
フェリスは、即答しなかった。
少しだけ考えてから、言う。
「同じ戦場に立つことはある」
「戦うかどうかは――」
一拍。
「相手次第だ」
その言い方が、
逆に現実味を帯びていた。
戦争は、選べない。
だが、戦い方は選べる。
港の灯りが、ひとつ、またひとつ点る。
今日も、リュミエラは平和だ。
だからこそ、
この静けさの裏で動いているものが、
ひどく大きく感じられた。
帝国の参謀は、冷静だ。
上は、迷わない。
そして――
ランクSの冒険者は、
すでに戦場を歩いている。
異端が、
まだ気づかない場所で。




