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異端(仮)  作者: vastum
戦争編
25/103

第18話

風向きの話


 港に、戦火の匂いはまだ届いていない。


 だが、風向きは確実に変わっていた。


「……最近、依頼が妙だな」


 酒場の隅で、カイがグラスを傾けながら言った。


「妙って?」

 レナが聞く。


「内容が薄い」

「割に、数が多い」


 掲示板には紙が何枚も貼られている。

 どれも似たような文言だ。


護衛

偵察

補給路確認

危険度:低〜中


「戦争が近づくと、こうなる」

 ユウが淡々と説明する。

「“戦争じゃない仕事”が増える」


「でも」

 レナが眉をひそめる。

「戦争の外側って、いちばん危ないよね」


 フェリスは黙って地図を広げていた。


 港から内陸へ伸びる街道。

 補給路。

 小さな村。

 目立たない砦。


 どれも、帝国が“拡大する”と決めた場所だ。


「今日は受けない」

 フェリスが言う。

「様子を見る」


「珍しいな」

 カイが笑う。


「戦争は、様子見を許さない」

 フェリスは静かに返す。

「だが、“様子見をさせない相手”が出てきた時が一番厄介だ」


 俺は、その言葉が妙に引っかかった。



 昼過ぎ。


 港の外れで、ちょっとした騒ぎがあった。


「冒険者が……」

「一人で、砦を落とした?」


「帝国側の砦だぞ?」

「守備、百はいたって」


 噂は噂として、酒場より速く広がる。


 俺たちは距離を保ったまま、話を拾う。


「また盛ってるだろ」

 カイが言う。


「百人は嘘だな」

 ユウが即座に修正する。

「でも、砦が落ちたのは事実らしい」


「帝国の?」

 レナが聞く。


「帝国の」

 ユウは頷いた。

「ただし、正規軍じゃない」


 フェリスが顔を上げる。


「冒険者か」


 その一言で、空気が変わる。


 戦争において、冒険者は異物だ。

 正規軍の指揮系統に乗らない。

 命令も、理屈も、利益も違う。


「……名前は?」

 フェリスが聞いた。


 答えは、すぐに返ってきた。


「ランクSだって」

「帝国所属の」


 酒場が一瞬、静まった。


 ランクS。

 その言葉は、戦況を変える。


「所属……帝国?」

 レナが声を落とす。


「珍しくない」

 ユウが言う。

「帝国は冒険者を嫌うが、力は否定しない」

「管理できるなら、使う」


 フェリスは地図を指でなぞる。


「砦の位置は?」

「ここです」


 指された場所は、

 俺たちが“通り道”として認識していた場所だった。


 だが、今は違う。


「……帝国が、戦争を冒険者で動かし始めた」

 フェリスが言う。


 カイが肩をすくめる。


「じゃあ、そいつが今回の大物か」


「可能性は高い」

 フェリスは否定しない。

「ただし、今は触らない」


「正面からやる相手じゃない?」

 レナが聞く。


「正面からやると、戦争になる」

 フェリスは淡々と答えた。

「個人対個人の話ではなくなる」


 俺は、無意識に剣の柄を握っていた。


 ランクS。

 帝国所属。

 一人で砦を落とす。


 情報だけを並べれば、

 これまで戦ってきた相手とは格が違う。


 だが――


「……すごいですね」

 俺は素直に言った。

「一人で、そこまで」


 ユウが俺を見る。


「羨ましいか」


「……分からないです」

「ただ」


 言葉を探す。


「その人も、戦争の中で戦ってるんだなって」


 フェリスの視線が、俺に刺さる。


「どういう意味だ」


「帝国の命令で、帝国の戦争をやってる」

「それって……」


 俺は言葉を切った。


 良いとも、悪いとも言えない。


 ただ、

 **俺たちとは違う“立ち位置”**だと感じただけだ。



 夕方。


 港に戻る途中、

 混成国家の住民たちが、いつも通りの生活をしている。


 エルフが船を繋ぎ、

 ドワーフが荷を運び、

 三つ目の子どもが走り回る。


「……守りたい場所がある戦争って」

 レナがぽつりと言う。

「ずるいよね」


「だから、強い」

 フェリスが答える。

「理由が、明確だ」


 俺は、空を見る。


 雲の流れが、少し速い。


 風向きが変わっている。


「隊長」

 俺は言った。

「そのランクSと……」

「戦うことになりますか」


 フェリスは、即答しなかった。


 少しだけ考えてから、言う。


「同じ戦場に立つことはある」

「戦うかどうかは――」


 一拍。


「相手次第だ」


 その言い方が、

 逆に現実味を帯びていた。


 戦争は、選べない。

 だが、戦い方は選べる。


 港の灯りが、ひとつ、またひとつ点る。


 今日も、リュミエラは平和だ。


 だからこそ、

 この静けさの裏で動いているものが、

 ひどく大きく感じられた。


 帝国の参謀は、冷静だ。

 上は、迷わない。

 そして――


 ランクSの冒険者は、

 すでに戦場を歩いている。


 異端ノイズが、

 まだ気づかない場所で。


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