第17話
正しさは、上から降ってくる
ヴァルグラント帝国首都、ヴァル・エルディア。
参謀補佐官オルデンは、提出された報告書を静かに閉じた。
机の上には、三つの書類が並んでいる。
一つ目。
捕獲部隊・第一次接触報告。
二つ目。
港湾都市リュミエラでの小競り合いに関する外交覚書。
三つ目。
――上からの通達。
オルデンは、深く息を吸った。
「……失敗ではない」
そう呟いたのは、誰に聞かせるでもなく、自分自身に向けてだった。
捕獲部隊は壊滅していない。
死者も出ていない。
情報も、最低限は持ち帰った。
戦争において、これは失敗ではない。
“想定外”が起きただけだ。
「対象は、やはり単体ではない」
オルデンは淡々と分析を始める。
「五名で一個の機能」
「統率・判断・制圧が分業されている」
報告書の余白に、ペンを走らせる。
・指揮役:冷静、感情を排す
・前衛:殺意低、制圧志向
・側面処理:致命打を避ける
・支援:過剰な破壊を抑制
・核心:測定不能
最後の一行で、ペンが止まる。
「……測定不能」
嫌な言葉だ。
だが、正直でもある。
オルデンは“感情”で軍を動かす男ではない。
怒りもしない。焦りもしない。
帝国がそれを許さないからだ。
「参謀補佐官」
部下が、控えめに声をかける。
「捕獲部隊の指揮官から、再出撃の要請が来ています」
「却下」
即答だった。
「同条件で再投入すれば、同結果になる」
「数字が増えるだけだ」
「では……どう対処を?」
オルデンは、三つ目の書類に視線を落とした。
――上からの通達。
封蝋はすでに割れている。
内容は短く、冷たい。
件名:非定義存在への対処方針
当該存在を
・個人として扱うな
・英雄として扱うな
・敵として“特別視”するな
戦争の枠組みに組み込め
以上
オルデンは、目を伏せた。
「……なるほど」
帝国は、学習が早い。
捕まえられないなら、
潰せないなら、
“戦争そのもの”で包み込む。
「対象を戦場に引きずり出す」
オルデンは言う。
「例外としてではなく、現象として」
「現象……ですか」
「敵兵でも、味方でもない」
「ただ“そこに居ると戦況が変わる何か”」
部下は黙って聞いている。
「それを“英雄”と呼べば、混成国家が持ち上げる」
「それを“異物”と呼べば、恐怖が拡散する」
オルデンは、淡々と結論を出した。
「なら、どちらも否定する」
「英雄にするな」
「異物にもするな」
ペンが、紙に線を引く。
「戦争を、拡大する」
部下の喉が鳴った。
「……戦線を?」
「共和国――いや、アウレア連合の周縁」
「港だけではない」
「内陸、補給線、街道」
オルデンの声には、怒りも快楽もない。
「選択肢を潰す」
「彼らが“止める場所”を、増やす」
それは、
“止めることを選ぶ存在”にとって、最悪の戦い方だった。
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一方、リュミエラ。
夕方の港は、昼よりも騒がしい。
「……なんか」
レナがパンをかじりながら言った。
「変な静けさじゃない?」
「分かる」
カイが頷く。
「嵐の前ってやつだ」
「言うな」
ユウが即座に返す。
俺は、港の外――街道の方を見ていた。
人は多い。
生活は続いている。
だが、流れが少しずつ変わっている。
「隊長」
俺は小さく言う。
「来ます」
「何が」
フェリスが聞く。
「“一気に”じゃないやつです」
「じわじわ、逃げ場を削る」
フェリスは、少しだけ目を細めた。
「……帝国の参謀だな」
俺は頷いた。
「多分、捕まえようとはしてきません」
「殺そうともしない」
「一番、面倒だな」
カイが肩をすくめる。
「はい」
俺は正直に言った。
「俺たちが“止める”たびに」
「別の場所が、壊れます」
レナが黙る。
ユウが地図を取り出す。
フェリスが、ゆっくり言った。
「つまり――」
「私たちに、選ばせないつもりだ」
帝国は、正しさを疑わない。
正しさが壊れそうなら、世界を歪める。
俺は剣を見る。
刃は、相変わらず静かだ。
だが、分かる。
次の戦いは、
今日みたいに“ここで終わる”戦いじゃない。
「……隊長」
俺は言った。
「一つ、提案があります」
「言え」
「俺たちが“止めに行く”んじゃなくて」
「向こうが“止まる理由”を作る」
フェリスは、すぐには答えなかった。
だが、口角がほんの少しだけ上がる。
「……面倒なことを言うな」
「だが、悪くない」
港の鐘が鳴る。
今日も、生活は続いている。
その上で、
戦争は、静かに形を変えた。
参謀は参謀のまま。
上は、迷わない。
だからこそ――
異端は、
より大きな音を立てることになる。




