表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端(仮)  作者: vastum
戦争編
23/110

第16話

ふつうの朝と、正しい足音


 朝の港は、塩とパンの匂いがした。


 リュミエラの朝は忙しい。

 船が入る。荷が下ろされる。笑い声が飛ぶ。喧嘩も起きる。

 でも、誰もそれを“異常”扱いしない。

 ただの生活として流れている。


「……なんか、腹減る街だな」

 カイが伸びをした。


「港町はだいたいそう」

 レナが言いながら露店の串焼きを覗く。

「あと、朝から人が強い」


 実際、強い。


 ドワーフが値切り合いをしている横で、三つ目の商人が堂々とぼったくり、獣人の子どもが笑いながら走り回り、巨人が小屋の屋根を直している。

 視界が忙しくて、笑うしかない。


「俺たちが普通に見えるの、変な感じですね」

 俺が言うと、


「ここでは、お前の方が“普通寄り”だ」

 ユウが淡々と返した。


「それ、褒めてます?」

「評価だ」


 フェリスは俺たちの少し前を歩き、道の端の掲示板を確認していた。

 仕事を探しているわけじゃない。

 街の空気を見ている。


「隊長」

 レナが小走りで戻ってくる。

「これ見て」


 彼女が指差したのは、掲示板の隅に貼られた小さな紙だった。


迷子探し

港の倉庫街

特徴:三つ目、耳が長い、よく転ぶ


 俺は思わず笑った。


「特徴、雑すぎません?」

「本人が書いたんじゃない?」

 カイが言う。


 レナがにやりとした。


「手伝う?」

「本編に関係ないやつだよ?」


「関係ないのがいい」


 フェリスが少し考え、短く言った。


「三十分だけ」

「この街の“普通”を見ておけ」


 許可が出た。



 迷子は、倉庫街の端で見つかった。


 三つ目の小さな子――いや、見た目は子どもだが年齢は分からない。

 港の柱にしがみつき、荷車を避けるたびに「うわっ」と声を出している。


「いた」

 レナが手を振る。


 迷子は、三つの目をぱちぱちさせた。


「……知らない人」

「でも、怖くない」


 その言い方に、俺は妙に胸が温かくなった。

 王都じゃ絶対に出ない言葉だ。


「おう、帰るか」

 カイがしゃがみ込む。


「帰り道、わかんない」

「じゃあ、わかる人のとこ行く」


 迷子はカイの手を取ろうとして、一瞬ためらい、結局掴んだ。


「……おじさん?」

「お兄さんな」


「おじさん」

「こいつ……!」


 レナが笑い、ユウが小さく肩をすくめる。

 フェリスは微妙に視線を逸らした。笑いそうになったのだと思う。


 その時だった。


 港の奥から、音がした。


 規則的な足音。

 硬い金属の擦れる音。

 人の流れが、潮が引くみたいに避けていく気配。


 迷子がぴたりと止まる。


「……やだ」

「来る」


 声が小さく震えている。


 フェリスの目が、細くなった。


「……帝国だ」


 俺は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


 港の喧騒の中に、

 **場違いな“正しさ”**が混ざる。



 現れたのは、十数名。


 全員、人間。

 鎧は統一。

 動きも統一。

 旗は小さく、でもはっきりと帝国の紋章を示している。


 人間だけの列は、混成の港に、まるで異物みたいに刺さった。


 指揮官らしき男が前に出る。

 視線は真っ直ぐで、周囲の住民を“見ていない”。


 そして、俺たちを見た。


 いや――俺たちというより、俺を見た。


「……対象を確認」

 男が部下に告げる。

「所属不明の五名」

「武装あり」


 言葉の選び方が、王国と似ている。

 でも温度が違う。

 王国は測る。

 帝国は、決めに来る。


 フェリスが一歩前に出る。


「用件は」


 指揮官は礼もなく答えた。


「貴様らの身柄を確保する」

「抵抗は許可されない」


 周囲がざわつく。

 港町の人々は距離を取るが、逃げない。

 見守っている。


 この街の住民は、誰かが理不尽に連れていかれるのを、ただ見捨てる文化じゃない。

 だから、空気が張りつめる。


 カイが笑った。


「確保って、俺たち何かしたっけ?」

「戦争を終わらせた」

 指揮官が即答する。

「帝国の戦況を歪めた」


 俺の背中が、ぞくりとした。


 フェリスが冷たく言う。


「証拠は」


「必要ない」

 指揮官は淡々と返す。

「帝国がそう定義する」


 ――来た。


 定義。


 言葉で人を殺せる国の言葉だ。


 レナが迷子を庇うように後ろへ下がらせる。


「この子、関係ない」

「下がって」


 迷子は泣きそうな顔で、俺の袖を掴んだ。


「……連れていかないで」

「いやだ」


 俺は、剣の柄に手を置いた。


 刃は静かだ。

 でも、空気が尖っていくのが分かる。


 フェリスが言った。


「拒否する」

「私たちはどこの軍にも属していない」


 指揮官は眉一つ動かさない。


「属していないなら尚更だ」

「秩序の外側は、帝国に不要」


 その言葉が、港の空気を凍らせた。


 巨人が一歩前に出ようとするのを、獣人の老人が止める。

 住民たちは怒っている。でも、武装した帝国兵に突っ込めるほど無謀でもない。


 だから――

 俺たちが動くしかない。


 フェリスの声が低くなる。


「無力化」

「殺すな」


「了解」

 ユウが即答する。


「うわ、最悪の相手だな」

 カイが笑う。

「殺すな縛り、好きだぜ」


「好きじゃないでしょ」

 レナが呆れる。


 俺は、迷子の手をそっと外す。


「ここにいて」

「動かないで」


「……うん」


 そして、一歩だけ前に出る。


 フェリスの視線が来る。

 止めろ、という意味じゃない。

 ――位置を守れ、という意味だ。


 俺は“止める位置”に立つ。



 最初に動いたのは帝国だった。


 号令は短い。


「確保」


 兵が三方向から迫る。

 動きが揃っている。訓練された捕獲隊。


 カイが前に出て、踏み込む。


 斬らない。

 殴る。

 肩で押す。

 足を払う。


 勢いだけで来た兵が二人、地面に転がる。


「……!」

 帝国兵の目が揺れる。

「殺さない……?」


 ユウが側面から入る。

 剣は抜かない。

 肘を入れ、関節を極め、動きだけを奪う。


「うわ、容赦ない」

 レナがぼやく。


「容赦している」

 ユウが淡々と言う。

「生きている」


 レナは魔術を張る。

 光と音を歪ませ、隊列を崩す。

 混乱を作らない。

 分断だけ作る。


「隊長、やりやすいよ」

「ならいい」


 フェリスは全体を見て、最短で指示を飛ばす。


「右、二人残ってる」

「カイ、押せ」

「ユウ、止めろ」


 俺は――動かない。


 いや、動けない。


 帝国指揮官が、俺だけを見ている。


 視線の圧が、違う。


「貴様だ」

 指揮官が言った。

「戦略兵器を崩したのは」


 俺は眉をひそめる。


「……知らないです」

「俺、そんな自覚ない」


 本音だった。


 だが指揮官は笑わない。


「自覚がなくても、結果は同じだ」

「帝国は結果を回収する」


 剣を抜く音。


 指揮官が、俺に向けて剣を構える。

 その動きが、妙に“正しい”。


 正しい剣。

 正しい姿勢。

 正しい殺意。


 俺は一歩、半歩、体をずらす。


 斬らない。

 斬らせない。


 最初の一撃を、剣の腹で受け流す。

 次の突きを、角度だけで外す。

 足を滑らせ、間合いを崩す。


 指揮官の眉が僅かに動いた。


「……避けるだけか」


「殺さないって決めたので」

 俺は言う。

「それに、ここで殺したら」

「あなたの“正しさ”が完成する」


 言ってから、自分でも驚いた。

 こんな言い方、どこで覚えたんだろう。


 指揮官の顔が冷える。


「正しさは完成している」

「帝国がそう定義する」


 また定義。


 俺は剣を握り直す。

 刃が静かなままなのが、逆にありがたい。


 次の一撃。

 俺は踏み込む。


 刃は当てない。

 当てるのは、柄だ。


 指揮官の手首を軽く叩き、剣を落とさせる。

 その瞬間、俺は剣先を地面に突き立てた。


 ――壁。


「動くな」

 俺は低く言った。


 指揮官が初めて、表情を動かす。

 驚きでも怒りでもない。


 理解できない、という顔だ。


「……なぜ殺さない」

「なぜ、勝てるのに終わらせない」


 俺は息を吐いた。


「勝ったら、続くからです」

「終わらせたいんです」


 その言葉が自分の口から出たことが、少し怖かった。


 背後で、カイが笑う。


「うちの規格外、いいこと言うな」

「言うな!」

 レナが即座に突っ込む。


 フェリスの声が鋭く飛ぶ。


「撤退を選べ」

「ここは混成国家の領内だ」

「帝国が踏み込めば、外交問題になる」


 指揮官は、周囲を見る。


 倒れている兵。

 動けない兵。

 しかし死んでいない。


 そして、港の住民たちの視線。


 敵意ではなく、拒絶。


 帝国にとって一番嫌いな種類の視線。


 指揮官は剣を拾い、ゆっくり後退した。


「……覚えておけ」

「帝国は定義を曲げない」


 フェリスが答える。


「曲がらないなら、折れるだけだ」


 短い沈黙のあと、捕獲部隊は撤退した。

 整列したまま、港の喧騒を割るように去っていく。


 正しい足音が、遠ざかる。



 しばらくして、港の空気が戻った。


 迷子が俺の袖を掴む。


「……行った?」

「行ったよ」


「……よかった」

 小さく笑う。


 獣人の老人が近づいてきて、フェリスに言った。


「面倒を呼び込んだな」

「だが、礼は言う」


「礼はいらない」

 フェリスはいつもの声で答える。

「通り道だっただけだ」


 老人は笑った。


「英雄みたいなことを言うな」

「この国は、それを嫌いじゃない」


 俺は、胸の奥がひやりとした。


 英雄。

 その言葉が、もう鎖みたいに感じる。


 レナが俺の肩を叩く。


「大丈夫?」

「……大丈夫です」

「でも」


「でも?」

「ここ、居心地いいからこそ」

「壊されたくないなって」


 カイが大げさに頷く。


「分かる」

「だから、また面倒になる」


「なら、どうする」

 ユウが言う。


 フェリスが結論を出す。


「情報を集める」

「帝国がどこまで踏み込んでくるか」

「そして――」


 フェリスは俺を見た。


「シオン」

「今の動き、覚えておけ」


「はい」


「次は、今日みたいに“終わる”とは限らない」


 剣を布で拭く。

 刃は静かだ。


 でも、俺の中で何かが確かに動いていた。


 正しい足音が、世界を壊しに来るなら。


 俺は、

 “止める暴力”を選ぶしかない。


 そういう戦争に、

 入ってしまったのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ