第五話 バーリ王国――闇への誘い:王女の御旗
ダファンと鬼哭党の、跪き礼をとる姿にマリアネラ王女は目頭に溜まった涙を拭う。
しかし、その表情を真剣なものに変えて、ダファンたちに答えた。
「ダファン……、そしてみんな……。貴方がたが追っ手でないことは確かに理解いたしました……。でも……」
「……?」
ダファンは、マリアネラ王女の少し困ったような表情に疑問を得る。
「……な、なにか? マリアネラ……様?」
「……、この王国の窮地に私のもとに集ってくれたあなた達ですが……、一旦、協力を保留としていただきたいのです」
「え?!」
ここに来てのマリアネラの言葉に苦しげな表情になるダファン。
——やはり自分たちを信用してはくれないのか……と、一瞬思うが……。
(……よく考えれば当然の事か……。どう取り繕おうと俺達は反政府組織でしか……)
ダファンはかつての事を思い出す。
——自分の身も顧みず、自分という存在を信じて敵前に現れたマリアネラ王女の姿を。
元々——、このバーリ王国には歪んだ政治構造があった。
そして、それが最悪の形で顕現したのが、
——かつて起こった【幻魔災害】であった。
父王の時代に溜まった貴族たちの散財を切っ掛けとした財政難……、それの改革を現国王イバンは行った。
そうして貴族たちへの締付けは強くなり、元々、庶民的で領民想いのイバン国王への、貴族たちの反発心は肥大化していった。
——そうした流れの中で起こった【幻魔災害】。当時、天魔族内での混乱によって遅くなった救援……。
そして国王は、王城内へ避難民を出来る限り収容して……、それを守るために、逃げ遅れた一部の領民を見捨てる決断をするしかなかった。
——それはある意味でどうしようもなかった事。正しく補償を行えば、その後の領民の反発が大きくなることもなかったかもしれない。
しかし、そこに貴族たちは介入した。
「国王の正しさを理解しない叛心を持つものは国民ではない」
「これ以上貴族を蔑ろにして、民を優先するならば……」
——そう、明確に脅しをかけてきたのである。
貴族たちにとっては、単にかつての自由を取り戻すための行動でしかなかったが、そうして追い詰められたイバン国王は、災害後の混乱を早く収束させるために、半ば貴族たちの言いなりになってしまった。
あの日——、イバン国王には、城外に残された全ての民を救う術がなかった。それは正しい事実であった、……が。
だが、災害が去ったあと――生き残った彼らを救うために、王として出来たことはあったはずである。
貴族たちの脅しに屈する形でその責務から目を背けた時、やむを得なかったはずの決断は——民にとって許しがたい裏切りへと変わってしまった。
——そのために「イバン国王に見捨てられた……」という領民たちの想いは、まさに真実となってしまった。
そうした背景があっての反政府組織【鬼哭党】の誕生があった。
しかし、それもマリアネラ王女の努力と対話によって、反政府組織としての側面を抑えた非合法治安維持組織へと変化する。
マリアネラ王女は、当時彼らに憎悪されている貴族の一人でありながら、彼らと正しく対話を望んだ。
そして——、正しく彼らに謝罪し……、そして背後にあった経緯を説明して説得した。
——無論、そういった政治的背景があったとしても許せない者たちもいたが……、そのマリアネラ王女の誠実な行動に憎悪の矛先を無闇に向けない方向へと移った。
もちろん、それですべて解決したわけではない。
なぜなら、イバン国王を思い通りにした貴族たちが勝手を初めており、彼ら【災害時に見捨てられた民】をまとめて【叛心ある者】としてはっきりとした差別を行っていたからである。
それは当然——、イバン国王への牽制や、何より国王への嫌がらせにも似た一般領民への貴族たちの悪意がその背景に存在していた。
彼らが治安維持活動ですら非合法に動かねばならないのも、たいていの場合貴族やその子息の集まりである騎士団からの圧力があったためである。
要するに——、【鬼哭党】の評判が上がれば貴族にとって、騎士団にとって、気に入らない状況になる——、ということである。
マリアネラ王女はそれを止めるために動いていたが……、イバン国王はもはやすべてを諦めており、さらに貴族たちは「マリアネラ王女は叛心あるものたちの代弁者だ」と考えてあらゆる妨害を行うようになっていった。
——そのような背景があって……結局【鬼哭党】は治安維持組織としての側面を持ちながらも、反政府組織という看板を自分たちですら下ろせなくなっていた。
バーリ王国の実質的支配者である【貴族たち】がそれを望んだからである。
領民想いのイバン国王と領民の間を切り裂いて、彼を諦めに沈めるために。
——二度と国王による貴族への圧力強化を行わせず——、自分たちが正しく自由に楽しく暮らせるように……。
ダファンは、【鬼哭党】の者たちは、なによりマリアネラ王女を信じた。——だからこそのマリアネラ王女への礼であったが……。
「……」
俯くダファンに、マリアネラ王女は優しく笑って言う。
「ごめんなさい……。別に貴方がたを信用しない……というわけではないのです。バーリ王国の王女として……容易い判断をしてはならない、ということではありますが……」
「マリアネラ様……」
「その前に……、私は魔王城を目指さねばなりません……」
その言葉にダファンたちは首を傾げる。
マリアネラ王女は笑顔を消して頷いて話を続ける。
「……現在、王室に関係の深い連絡官が行方不明になっています……」
「連絡官って……、天魔族様方への連絡役の? それって……」
「確証も、証拠もありませんが……、今回のクーデターを起こした者たちによって……、排除……、されたのでしょう……」
その言葉にダファンは納得した表情を浮かべる。
「そうか、だから……マリアネラ様は……、このように王国から離れようと……。魔王城に直接向かおうとしている?」
「ええ、そうです……。あと……」
ダファンの答えに回答したマリアネラ王女は、少し沈んだ表情でダファンらを見つめる。
「私のもとで戦うならば……、多分、クーデターの首謀者側の王国騎士団や貴族らとの闘いになるでしょう……。そして、貴方がたは……彼らに少なくない恨みを抱いている……」
「む……」
「そのまま進めば……、貴方がたは……、彼らへ憎しみを返す……、そういう戦いになるかもしれない……」
ダファンは一瞬、苦しげに顔を歪めてマリアネラ王女へ言う。
「だが……恨みを抱くのは……」
ダファンはそう言いかけて——そして俯いて黙り込む。
マリアネラ王女はそれを真剣に見つめ返しながら答えを返す。
「……ええ、貴方がたの恨みは……、私が理解しているとおり正当なものでしょう。それを晴らそうとするのは……仕方がないのかもしれない……」
——でも……、
「私は国を預かる国王の娘として……、王国の政治——国家の安定に携わるものとして……。その復讐を許可するわけにはいきません……。なにより……」
——私がこれから行うべきは……、
そういった過去の清算も含めて……、
正しくこの国の歪みを正すことなのですから。
ダファンと【鬼哭党】の者たちは、驚きの目でマリアネラ王女を見つめる。
——マリアネラ王女は真剣な表情でさらに語る。
「もちろん、……私は、貴方がたを苦しめた者の罪を、見逃すつもりはありません……」
「あ……」
「けれど、それを裁くのは怒りのままに振るわれる刃ではなく——、王国の法と、正しい裁きによってなされるべきことなのです」
「……」
「私は、その法が正しく働く国に、——バーリ王国を戻したいと、そう考えています」
その言葉を聞いてダファンは正しく納得する。
彼女が今目指しているもの——、それは単に天魔族への救援を望むだけではなかった。
【国王と王国と貴族と——、そしてダファンたちの過ちすら引き受けたうえで、バーリ王国全てを救い守ろうとしていた】のだ。ならば——、個人的な報復行為など許されるわけがない。
彼女は過ちを犯した者たちすら正すべく動いているのだから。
ダファンたちはもう一度互いの顔を見合わせる。
そして——、今度こそ正しくマリアネラ王女に礼を尽くすべく頭を下げた。
「分かりましたマリアネラ様……。このダファン……、そして【鬼哭党】一同は、貴方のその想いを裏切らないことをここに誓います……」
「ダファン……」
その答えにやっとマリアネラ王女は満面の笑顔を作る。
そういったやり取りを静かに見ていた総司とリィフは、頷きあってそしてマリアネラ王女らに言った。
「どうやら僕たちも正しく仕事をこなす必要があるみたいですね……」
そういう総司にマリアネラ王女とダファンが首を傾げる。
総司は、その二人に笑顔を見けて——、そして隣に控えるリィフに言った。
「……リィフ……礼のものを……」
「ハイ……旦那様……」
リィフは総司の言葉に答えて、懐から何やらカードのようなものを取り出して提示する。
それを見て——マリアネラ王女は驚きの表情を作った。
「マリアネラ王女……。先程貴方は、僕の力を見て……、魔王城までの護衛を引き受けてほしいとおっしゃいましたね? そしてそれは……、魔王城へ救援要請を求めるためだった……」
リィフの提示したカード——、【巡回連絡官証明】を見て……、そして、その証明の持ち主であろう総司を見つめて、マリアネラ王女は笑顔を作る。
「貴方は……、巡回連絡官だったのですね?」
「ええそうです……、先程貴方に語った僕の身分……。異国のある王族の三男であり諸国外遊の旅の最中……ってのは、巡回連絡官という身分を隠蔽するための仮の身分なのですよ……」
【巡回連絡官】は、その性質上身分を隠しての行動を行うことが多く、そのための仮の身分を持つのが通例となっている。
——そして何より、【連絡官】であるならば、それなりの実力者が選ばれるはずで……、総司の強さの理由を、そのためだとマリアネラ王女は考えた。
「ああ! 何という幸運!! 貴方が【巡回連絡官】だなんて……」
「……はい、安心して下さい……。これより一旦魔王城への連絡を開いて……、そして僕自ら【第一次介入】に入ろうと考えています……」
その総司の言葉に、マリアネラ王女は安堵する。
ここまでくれば……、後は一旦王都へ戻って【連絡官】に現地調査を行って貰うだけである。
そうすれば——……。
マリアネラ王女は、見えてきた希望の光に嬉しそうに笑ったのである。
◆◇◆
そうしてマリアネラ王女らが希望を見出していたその時、王都ととの周辺都市では領民らに困惑が広がりつつあった。
その原因となったのは——、王都の王城からの公的な通達であった。
その通達にはこうあった——。
【イバン国王は現在——重い病に伏し、王国軍総司令官ガイエン将軍が国家統治の全権を預かった】……と。




