第四話 バーリ王国――闇への誘い:壊れざる男同士の誓い
ダファンは、それでもマリアネラ王女を諦めたくなかった。
――その死を信じたくなかった。
騎兵隊どもは、何故かその一人になるまで命を捨てるような余りに異様な戦いをして――、ダファン達はそれを屠るしかなかった。
だから結局、マリアネラ王女の行方を知ることは出来ずに……、それ故に、彼女が向かったと予想される大荒野へ向かって馬を奔らせていた。
そうして、日が昇りきった時に、街道の脇にある街道沿いの宿に、半ば壊れたバーリ王国馬車が置かれている姿を見た。
ダファンはそれを見て、焦りを覚えながらも馬を降りて――、そしてその宿中へと足を踏み入れた。
「……」
そこにマリアネラがいた。見知らぬ黒髪の男と一緒だったが、それは視界に入らなかった。
そのマリアネラは――、静かにダファンを見つめて……。
――そして驚くべき言葉を放った。
「……貴方も……、追っ手なのですか?」
その言葉に絶句するダファン。――熱くなっていた頭が冷えて、そして俯いて苦しげな表情を浮かべた。
――当然と言えば当然……。マリアネラ王女はある意味【鬼哭党】の内情を正しく理解している唯一の貴族である。
でも、このクーデターと言う状況の中で――、一番その黒幕として見られるのは【正しく反政府組織である鬼哭党】なのだ。
たとえ、黒幕でなくともクーデターに一噛みしている可能性も考えなければならない。
それは――、まさに正しい疑い。
(……エルンスト)
その時、かつての記憶がダファンの心に蘇ってくる。
それは――【抜け駆け】したエルンストを……怒りのままに殴った直後の話であった。
◆◇◆
生まれついての戦士ゆえに、疲れた素振りも見せないダファンを、華奢な呪霊族であるエルンストが静かに見上げる。
ダファンは――先程までの怒りは消えて、少し困ったような、悲しがっているような表情でエルンストを見下ろしている。
――そんなダファンに向かって、エルンストは口の端の血を指で拭いながら、――静かに笑った。
「いやあ……、思いっきり殴られたね……」
「……悪い。つい、カッとなった……」
「いいよ、当然さ……」
そう言ってから……、エルンストは目を瞑って言葉を続ける。
「僕が……、男同士の約束を違えたんだし……」
ダファンはそれを聞いて眉を寄せる。
「エルンスト……」
「でもさ」
エルンストは腫れた顔のまま、それでもどこか優しく――そして悲しげに笑った。
「君が怒ったのは、僕が抜け駆けしたからだけじゃないだろ?」
「……」
「君、最初から諦めてた」
その一言に、ダファンの肩がぴくりと揺れた。
「自分は貴族じゃない。だから、マリアネラの隣には立てないって。そう思って、一歩引いてた……」
「……。……うるせえよ……」
「……うるさくない……」
エルンストは静かに言った。
「君は、そうやって自分で退いて……それで平気なふりをしてた。だから、僕があんな真似をした時、余計に許せなかったんだ……」
ダファンは何も言えず、ただ拳を握る。
――エルンストは少し苦しそうに笑った。
「……僕だって、譲りたくなかったさ……」
「……!」
「でも……、君の顔を見たら分かってしまった。……ああ、駄目だなって。――僕ではダメだって……」
林の中に、しばし沈黙が落ちた。
――そして、やがてエルンストは、ゆっくりと身を起こしながら言った。
「……だから、もう一度約束しよう。今度は絶対に違えないやつだ……」
ダファンは少し困惑気味にエルンストに問う。
「……何をだ?」
エルンストは真っ直ぐにダファンを見た。
「もし将来、どちらかがマリアネラと共に生きられなくなったら――」
一度、そこで言葉を切る。
「共にいられる方が、――彼女の隣に立つ。――彼女を最後まで支える。そういう約束だ……」
「……エルンスト?」
「身分だとか、立場だとか……そんな泣き言は無しだからね?」
――エルンストは、痛む頬を気にするように少し顔をしかめながら、……それでも笑った。
「君が駄目になったなら、――僕が支える。僕が駄目になったなら、――君が支えるんだ……」
ダファンはしばらく俯いていた。
――しかし、やがて、――低く、噛みしめるように答える。
「……わかった」
――そしてエルンストの顔を真っ直ぐ見つめて答えた。
「その誓い……俺は違えねえ……」
エルンストはその答えに――満足そうに笑った。
「うん。そうでなくちゃね……」
そうして二人のあいだに、――不壊の男同士の誓いが結ばれた。
◆◇◆
――ダファンは、静かに顔を上げる。そして、少し哀しげに自分を見つめるマリアネラ王女をまっすぐ見て――、そして答える。
「……俺は……」
マリアネラ王女を庇うように黒髪の男がその鞘に収まった剣を向ける。
そんな様子に、色めき立つ反政府組織【鬼哭党】の配下たちをその手で制して――、そしてダファンはマリアネラ王女のその目前で跪いた。
――その姿を、少し驚きながらマリアネラ王女は見つめる。
「……【鬼哭党】頭領ダファン……。そして我ら鬼哭党一同……」
――マリアネラ王女様をお守りすべく……、
――馳せ参じました!!
その言葉に【鬼哭党】配下の兵たちも膝をついて頭を下げる。
「……あの災害の後……、ただ一人、クソ貴族どもとは違い……我らを見てくださったマリアネラ王女様――」
――我らはそのためにならば……、戦えます!!
黒髪の男――総司は、跪くダファンの声音に偽りがないことを感じ取り、――静かに剣を下ろした。
マリアネラ王女は――、
その目の端に涙を貯めて――、そして答えた。
「……ダファン……、みんな……」
かくして、ここに――、マリアネラ王女を旗印とする【新政府に対する反抗勢力】が生まれたのである。




