第六話 至高の剣神
その時、総司はその心に落ち着きを取り戻しつつあった。
かつてヴァロナ商会の本社がある交易都市ブライラスにおいて深い交流を得たその少女・スクリタ。
その彼女が敵である幻竜八姫将として出現したことで、その光景を見た総司はどうしてもその事実を否定しようとしていた。しかし――。
(……僕は……、僕は魔王だ……。皆を……、天魔族を……、世界の人々を守る義務がある!!)
そう心に決めて、総司は心の中に占めつつあった嘆きを、その心の奥へと飲み込んだ。
あの日、スクリタがなぜ平和に、楽しげに街を楽しんでいたのかはわからない。でも――、それでもそんな彼女が、仲間の、人類の敵として立ちはだかるなら、苦しくてもそれを乗り越えても示さなければならない使命があるのだ。
そして意を決してその魔王剣を手に、プリメラの元へと総司は走った。それを、少し心配そうに見つめて、そしてレパードも後を追った。
「魔王様……」
「すみませんプリメラさん……、少しの間取り乱していました」
「……大丈夫なのか?」
総司は静かに頷いて、そして目前のスクリタを睨んだ。
その視線を受けてスクリタは――、一瞬目を伏せた後に、ほほ笑みを浮かべて総司を見た。
「……ふふふ、いい目ね……。それでこそ殺しがいがあるわ……」
「スク、リタ……。いや……、サーガラ……」
二人の視線が交錯し――、そしてお互いを強い意志で睨む。
『……ありがとうね総司』
あの時の言葉が総司の心にリフレインする。でもそれを総司は首を振って振り払った。
そして、総司、プリメラ、レパードの三人が揃って武器を構えてスクリタの乗る【機竜】の前に立つ……、それをスクリタは余裕の微笑みで見下ろした。
――そうして、揃った三人だがその中でプリメラは一人、次の一手を考えていた。
この場で三人揃って対応しても、まさしくジリ貧でしかない。
この状況をどうにかするには、友軍を戻して対応するしかない。あの【機竜】の防御領域がどれほど強固かはわからないが、少なくともルーチェの固有権能を防げるほどとは思えない。ならば、少なくともルーチェをこの場に呼ばなければならないのだ。
魔王権能【帰召】を使用することも考えた。が――、その機能はこれまで使用することもなく過ごしていたので、試しとして登録したプリメラ自身しか登録されていない。
(油断が過ぎた……か)
プリメラは舌打ちして、そして――。
(……魔王様……)
プリメラは小声で総司に言う。
(これより魔王様は一旦レパードと共に領域を離脱してください)
(え? でも……)
(大丈夫……、あの巨体……、動きが鈍いのは明白……。ならばレパードの翼、そして私の俊足ならば、アレを振り切ることは可能でしょう)
そう――、相手の動きが遅いならば、即座にその場を離脱して仲間を呼ぶべきである……、それは当然の考えであり。
(……私が合図するので、私が足止めしている間に離脱を……。それを見届け次第私も離脱します……)
その言葉に静かに総司は頷いた。
――と、そんな事を小声で話す二人を、スクリタは静かに見つめ、微笑んで、――そして言った。
「……逃げる算段かしら……?」
「……」
プリメラは黙ってスクリタを睨む。気づかれていても逃げられる自信はあった。
――そして……。
「【機竜】薙ぎ払え……」
「……!!」
その【機竜】の腕が動き始める。プリメラはこの瞬間こそ好機だと判断した。
――しかし、スクリタの口が何かを紡ぐ。
――補助術式【超加速】――。
その瞬間、【機竜】の腕が視認できないほどの速度で空を斬った。
「……な!!」
その瞬間、プリメラは判断した。近くに立つ総司とレパード……、その身体に神速の蹴りを放ったのである。
ドン!
「ぐ!!」「キャ!!」
そのまま二人は吹き飛び……、そしてその【機竜】の腕が走り抜ける空域を離脱する。
その自身もその反動で反対方向に離脱して、そして足から着地した。
「く……!!」
プリメラは即座に飛ばされた二人の安否を確認する。
総司は呻きながら何とか立ち上がり……、レパードは気絶して意識を失っていた。
その光景にプリメラは眉を歪め、そして【機竜】を睨んだ。
「……ふふふ、さすが黒猫さん、咄嗟の判断は凄いわね。あのままだと私の【機竜】の腕に吹き飛ばされて……、下手をすると二人とも……。だからあえて自分でなるべく安全に吹き飛ばした……」
「ちい……、まさか……、貴様、その【機竜】をただ操るのではなく……」
その時になって、やっとプリメラは自身の目算の甘さを理解した。
眼の前のこの【生誕のサーガラ】は、この竜頭巨大人型機械【機竜】を自律する武器として操作し、そして補助術式によってそれを様々に強化して戦う【戦術召喚術師】であったのだ。
スクリタは静かにプリメラを見下ろしながら言う。
「ならば……、そうね。貴方のその判断力に敬意を評して……。もう少し正しい判断が出来るように情報を開示しましょう」
「なに?!」
スクリタはプリメラを見つめながら、その言葉を静かに紡ぐ。
「……【機竜】……、竜炎重砲準備……」
【――Yes, ma'am.】
その瞬間、その竜頭の口が開いて、その牙と牙の隙間から紅蓮の炎が見え始める。
「……今回は彼らに当てる必要はないわ……。そうね東北方面にすこし遠目に曲射砲撃……」
【――Yes, ma'am.――Energy boost……70%……80%……90%……100%…….――Fire!!】
そしてその口から巨大な炎球が斜め上方へと打ち出される。そのまま放物線を描いて地面に落下し――。
ズドン!!
着弾点を中心に爆炎を広げて――、そして、その大地を広く深く融解させたのである。
その光景を見て、総司もプリメラも絶句する。
「……とまあ、これがこの【機竜】の――、通常攻撃の最大火力。まあチャージが必要だからほぼ近接では役立たずだけど……」
――私から逃げたら容赦なく打ち込むわよ。
そのスクリタの言葉に一瞬思考が停止するプリメラ。そして――。
(……だめだ!! 逃げるわけにはいかん!! あの火力は……、おそらく我らの単体攻撃固有権能と同じくらいはある!! ……それが、チャージ有りとはいえ、連続で飛んでくれば我らに生き残るすべはない!! 先程の爆発でルーチェらが我らの事に気づいていればいいが……、おそらくオラージュの対地爆撃などでほぼ気づくことはあるまい……)
そして――、プリメラは覚悟を決めた。
「魔王様……」
「……は、はい……」
「レパードを背負ってなるべく離れて、魔王権能で私を援護してください……」
その言葉に総司は目を見開く。
「……それって……」
「この場は……、この【機竜】の相手は……、このプリメラが務めます……」
そうしてプリメラは静かに姿勢を低く保って、……その腰だめに長剣を構えてスクリタを睨んだ。
「……ふむ、やっと覚悟は決まったようね?」
「そうだな……。と、もう一度名を聞こう……」
そのプリメラの静かな問いにスクリタは真剣な表情で答えた。
「私は幻竜八姫将……【生誕のサーガラ】……貴方は?」
「……私は……、天魔七十二姫、序列1番、【プリメラ・ベール】。天魔族戦闘指導教官……」
――いざ、参る!!
そしてプリメラは――、【機竜】を目指して神速で駆けたのである。
◆◇◆
そして――、戦闘は続いていた。
始め、【機竜】に立ち向かうプリメラに【冥加】の魔王権能をかけた総司は、それ以降いつでも【冥護】によるダメージ軽減ができるように待機していた。
その全能力を強化されたプリメラは、スクリタが補助術式【超加速】によって強化した神速の薙ぎ払いを回避しながら、その【機竜】の各所へ斬撃を打ち込んでいた。
ガキン!!
脚部に斬撃が打ち込まれそのまま命中せずに止まる。
(――ここもダメ!!)
そこに振り下ろされる打撃を回避しつつ地を駆け抜けて、側面から腕を足場に胴中央へとその身を飛ばした。
ガキン!!
(――やはりダメか!!)
胴中央部にかすかに見える【機竜】の動力部――、【竜炎心臓】に刃を通そうとするが……それも空中で止まった。
そこに、加速された【機竜】の腕が振り抜かれた。
ガキン!!
その腕に刃を打ち込んで身を守りつつ、そのまま後方へと吹っ飛んでゆくプリメラ。そのまま空中で身を翻して、そのまま吹き飛んだ方向へと向き直って、そのままの勢いで地面を駆けてゆく。
「な!!」
その動きに驚愕しながらもスクリタは【機竜】に指示を出す。
――補助術式【超加速】――。
「薙ぎ払え!!」
そのままの勢いで真正面からプリメラ目がけて【機竜】の腕が振り抜かれる。が――
「く!!」
その身を最大限に低くしたプリメラがその腕の直下ギリギリを走り抜けて、そのまま後方へと抜けてその身を空へと飛翔させた。
ガキン!!
再びその刃がスクリタのすぐ頭上に振り下ろされる。その瞬間、プリメラとスクリタの視線が交錯した。
(――やはり、この人――。……強い!!)
スクリタはまさしく尊敬の念を目前のプリメラに向けざるを得なかった。
――はっきり言って、こちらにチート臭い防御領域がなければ、一息も持たずに、即座に敗北していただろうと理解した。
だがこれは戦い……、命のやり取り故に卑怯だの何だのは言っていられない。
そのままプリメラは【機竜】を足場に飛翔して、そして地面に着地する。そして……、思考した。
(……よし! あの【機竜】の動きはだいたい把握した! あれは確かに強力な戦闘機械で、それを強化した動きは恐ろしく早いが――)
――その動きはそれほど定まっていない、大雑把な動きだ。
(おそらくは、アレはあくまであの竜炎重砲を発射するための移動式プラットフォーム……。移動砲台なのだ……)
ならば……、
そうしてプリメラは振り向いて【機竜】を睨む。そのまま腰を低くして――。
グルルルルルルルル……。
その牙を向いて唸り始めた。
「――!」
その光景を驚きの目で見つめるスクリタ。
そのプリメラの各所の筋肉がもりあがり、その目が野獣そのものの鋭さへと変化する。
その手の爪が伸びて――、その全身の黒毛が逆立ち始めた。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そのまま今迄よりも早く、そして強い足取りで、――そのまま【機竜】へと突っ込んでいった。
「く!!」
その速度にスクリタは反応できない。そのまま――、プリメラは大地を蹴ってその【機竜】の胴中央へと、その身の出来る最大威力、速度、そして数の斬撃を叩き込んだのである。
ドン!!
「な?!」
スクリタは驚愕の目で自身の乗る【機竜】を見る。
その機体がはっきりと後方へと吹き飛ばされていた。その勢いでその身を回転させて着地したプリメラは、さらに神速で奔ってそのまま突撃を敢行する。
ドン!!
再び【機竜】が後ろへと吹き飛ばされた。
(……な!! この人……。この【機竜】の防御領域が、自身の刃を通さないことを逆に利用して……)
――この巨体を吹き飛ばしてる?!
そして――。
ドン!! ドン!! ドン!! ドン!! ……ドン!!
そうして【機竜】は押し込まれてゆく。その身の体勢を正す暇がなく、そのまま突撃を受けてたださがってゆくしかなかった。
「はあ……はあ……」
荒い息を吐きながらもプリメラは突撃を繰り返す。その光景にスクリタは嫌なものを感じた。
(……なぜ、ここまでして……。……あ!!)
そしてスクリタは後方へと視線を送る。その先にはオラージュたちが戦っている、大空洞へと続く洞窟が口を開けていた。
(……ああ、そう……。どうやらここに来て、私も他二人みたいに心の底で侮りがあったようね……)
それでも突撃を続けるプリメラをみて、静かに目を瞑って呟く。
「……武で相対してきたから、武で答えたのは私のミス……」
そしてスクリタはその言葉を紡いだ。
――補助術式【炉心放電】。
バリ!!
いきなり空中【機竜】を中心に細かな雷が広がる。その威力は小さいものだが、突撃に集中していたプリメラの神経に一瞬だけ打撃を与えて、その身に僅かな隙を生み出した。
「【機竜】……構わないわ。振り払え……」
その身を大きく傾けながら、僅かに意識が停止したプリメラのその側面から彼女を打撃する。何とか意識を向けたプリメラはその刃で防ごうとするが――。
――補助術式【超加速】。
その動きが速度を増して直撃してその身を吹き飛ばした。
「プリメラさん!!」
援護のために離れて付いてきていた総司が叫ぶ。
しかし……。
――補助術式【超加速】。
その吹き飛ぶプリメラを追うように【機竜】も大地を奔った。
「く……は!!」
許容量を超える術式行使に、胸を押さえて苦しむスクリタ。しかし、その呻くような言葉で【機竜】に命令した。
「そいつを抑え込め!!」
ドン!
そして――。
「く……あ」
プリメラはそのまま【機竜】の腕の下敷きになって抑え込まれてしまった。
そうなればもはや身動きなど取れるはずもなかった。
(……く、うご、かん!!)
どう足掻こうとしても【機竜】の腕は持ち上がらない。それはプリメラでは――、いや他の天魔族でも無理な話だった。
流石の総司もその場に駆け寄ろうとして――、背中のレパードを見てその場に留まった。
「……これで終わりね黒猫さん……」
「く、あ……」
「申し訳ないけど……、このまま……」
その言葉を聞いてプリメラは思う。
――ここで終わり? ここまでで終わり?
――今までの研鑽も……、千年に渡る修練もここで終わる?
――魔王様も……、弟子たちの未来も……、このまま見ずに終わる?
――このまま……。
そして思考が真っ白に塗り替えられてゆく。そのままプリメラは来たるべき死を待つしか無かった。
――……。
――……。
「おお!! 見て! 師匠ってばやられちゃってるよ!! すっげー……珍しいもん見た!!」
「……あのね、それってヤバい状況に来ちゃったってことじゃないの……」
いきなり脳天気な会話が聞こえてくる。
その会話を聞いてその場にいる全員が聞こえた方向を見た。
――そこにそいつらがいた。
「おおおお!! かっけー!! 人型ロボ!! 人型ロボだよマオちゃん!!」
「あんたってば本当にああいうの好きだねシオン……」
巨大な騎獣である重装戦熊の背に乗った熊娘【シオン・プルソン】が心底楽しそうに叫ぶ。
それを見ながら呆れた様子で首を振るのは銀髪の猫娘――、【マオ・プロケル】である。
それは、かつての総司とメディアの激突で、プリメラ師匠にぼろ負けして泣いていたあの二人であった。
さすがのプリメラもしばし呆然としてから、そして二人に向かって言った。
「おまえら……、呼ばれたメンバーでもないのに、何故ここにいる?」
その言葉にシオンは、頭を掻きながら首を傾げて答えた。
「え……と、――戦場見学?」
その意味のワカラン回答に、その場の全員、――もちろんスクリタを含めた全員の思考が停止した。




