6話ー③
「はじめまして、ネロ士長。」
物思いに沈んでいると、急に声がかかった。見れば相手は2人組の夜会服姿の男性だ。服装こそ見慣れないが、見覚えのある顔である。
「あぁ、ノワールのとこの。」
3日に一度ノワールに会いに行くうちにすっかり顔見知りになっていたけれど、改まって挨拶をするのは初めてだろう。
彼らはノワールと同じ部署の、つまりノワールの部下の魔法士だ。
こうして並ばれると、先輩と後輩といった風情だった。
世慣れた雰囲気の先輩さんと対照的に、後輩くんはかなり初々しい。
「いつも取り次ぎをありがとう。」
苦笑して頭を下げたネロに、後輩くんはピンと背筋を伸ばした。
「あ、あの!」
「ん?」
「ノワール魔法正を、よろしくお願いします!」
「えっ」
「ばかお前!」
面食らったネロの前で、先輩さんが後輩くんの肩をどつく。
「何言ってんだよ!」
「ノワール正は!無愛想に見えるかもしれませんが!」
「やめろって!すんません!」
寸劇のようなやり取りにネロは笑った。
「いや、いいよいいよ。」
むしろ続きが見たい気もする。
「ばか…。ネロ士長はノワール魔法正の同期なんだぞ。」
「えっ!?」
「挨拶に行きたいって言うから連れてきたのに…あーあ。」
ネロが笑っているのを見て、先輩さんはちょっと肩の力を抜いたように見えた。俄然焦り始めた後輩くんを嗜める声も、本気で怒っているように見せかけて半分からかい調子だ。
ちょっと乗っかることにして、ネロはわざと先輩さんに不満げな表情を向けた。
「止めなくていいのに。続きが聞いてみたかったな。」
「あ、あの…すいません…。」
すっかり小さくなった後輩くんを見つつ、先輩さんと2人で笑う。
「今年入ってきた人?」
「そうなんすよ。…同期に天恵持ちがいたらしくて、ノワール正に対しても、なんか妙に意気込んじゃってて。」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
この後輩くんがノワールを嫌っているようには見えないから、むしろ分け隔てなく仲良くしなければと意気込んでいるんだろう。想像するのは容易い。魔法士団ではあまり気にしなくていいことだけれど、かわいい気遣いだ。
「ノワール、怖いでしょ?」
「っ!いいえ!」
ネロの問いかけに、彼は大げさなくらいに首を振る。
「いやぁ、俺は正直取っつきにくいと思いますけどね。…あなたの話も聞くに聞けなくて。」
先輩さんのほうは、そう言って肩をすくめた。
「聞いたの?あいつに?」
ネロが会いに行ったとき、ノワールが疲れた顔をするのは、案外この先輩さんのせいかもしれない。
「ちょっとだけ。仕事には関係させないって、素っ気ない感じでしたけど。」
言いそうだ。
「想像つくなぁ。まぁ、話せることは特に無いよ。残念だけど。」
「…そこをなんとか!」
その一声をノワールに言えてれば、もうちょっと返事は返ってくるんじゃないかなぁ、と思いつつ、ネロは苦笑する。
まぁノワールは威圧感あるし、この人の上司だし、難しいだろうけど。
「何もないって。学園時代の同期なのは知ってるんだろ?あとは家同士の話で決まっただけだよ。」
「そーですかー?」
「劇的な馴れ初めとか期待したの?」
ちょっと意地悪く笑ってみせると、先輩さんはバツが悪そうに頭を掻いた。
「いやぁ…」
単なる野次馬に教えてあげるつもりが無いのは伝わっただろう。ネロは曲者王子が上司なのもあって、こう言う話題を躱すのは得意だ。
「あの…」
ネロと先輩さんとのやり取りを、目を白黒させながら聞いていた後輩くんがおずおずと口を開く。
「ノワール正、優しいですよ。…仕事では厳しいですけど…でも、冷たい人なんかじゃないんです。」
ネロは銀色の目をちょっとだけ見開いた。
そうか。この子はノワールのそういう評判を気にしてくれていたのか。
あまりにも可愛すぎる、優しい主張だ。
銀色の目は、柔らかく細くなる。
「知ってるよ。…ボクが言う事でもないけど、ノワールのこと、よろしくね。」
後輩くんが言ってくれたそれを、そのまま投げ返す。
途端に、目の前の2人が息を呑むようにして黙った。
「?どうかした?」
「い、いえ…」
「いや、その、何も。」
後輩くんだけでなく、先輩さんまで歯切れが悪い。でも何もないと言われてしまえば問い詰めるわけにも行かない。
「?そう。」
首をかしげつつ、あきらめて周囲を見渡す。参加者はいつの間にか疎らになってきていた。もうそろそろ夜会もお開きの時間だ。
ノワールはまだ、ウィーネとカーニスと話をしているようだった。
「そろそろ、ボクは帰ろうかな。2人とも、後は楽しんで。」
「え、は、はい!」
「お気をつけて。」
「ありがとう。」
ネロは軽く手を振って賑やかな夜会に背を向けた。ノワールの部下の先輩さんと後輩くんが、その後ろ姿に目を奪われながら見送る。
「なんか、どっち?って感じの見た目だけど…」
「きれいな人、でしたね…」
「ちょっとドキドキした。」
「先輩!?」
「冗談だ。」
背中でそんな会話が交わされているとはつゆ知らず、ネロは控えていた従僕に、家の馬車を呼んでもらえるよう声をかけた。
フリーセス邸は王宮から大して離れていないから、歩いたって良いくらいだけれど、こういう夜会では馬車を使うのがしきたりだ。
エントランスへ出る。
12月の夜風は冷たくて、吐く息が白く煙った。




