表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
001  作者: Nora_
9/18

09

 期末テストは無駄な人間との関わりをやめたおかげで問題なく終了した。

 残りの10日間は全て午前中のみで終わる毎日なので、寂しい気持ちを抱くことなく通えそうだった。

 テスト返し、清掃、講座、訓練、ただいるだけで終わるのは本当に素晴らしい。

 あれだけ「何でお前はそうなんだ」と言われたところでテストの点数は全て80点超え、見返せた気がして帰ろうとする僕の足取りは軽かった。


「皐月」


 と、渉君に呼び止められる前までは。

 ちなみに、僕と長崎君は同じクラスで、朝日と渉君が一緒のクラスだった。


「お前、俺と祐のせいでまた消えてほしいと願ったって聞いたけど……本当か?」

「本当のこと。だって分からない、気持ち悪いから捨てようとした。普通でいて聞いただけなのに渉君も怒ってきた。僕が悪い。だから記憶が消えれば近づかなくなる、迷惑かけることもなくなる。それだけ」


 で、「記憶が消えればいい」と願えば怒られる、と。

 生きていくって何でこんな難しいんだろう。

 他人はもう少し上手くやっているような気がするけど、僕のは違うみたい。

 普通でいるのに責められて無様に涙流して悲しんで。

 怒るくらいなら一緒にいなければいいと思う。


「でも、すぐに戻ったんだろ? 違う……あの時は悪かった! 皐月が淡々と質問だけしてくるのがむかついて……格好悪かったよな」

「ん? 見た目は格好良いと思う」

「は? ち、違う、今はそういう話じゃなくてさ、他の誰かじゃなくて皐月の! 水着姿が見たかったんだよ……なのにさあ朝日とかさ鏑木のこと言って逸らして、しかも事あるごとに祐の名前出すしさ!」

「え、最後に名前を出したの渉君」

「そりゃ……とにかくプール……海でもいいからさ、行ってくれよ」


 でも、無駄に踏むこむのはやめようって、無駄な人間関係に疲れるのはやめようって決めたのに、行ったら口先だけの女になってしまう。


「もうやめた、人といるのは。家に帰ればお母さんがいる、それだけでいい。怒られるのは嫌だし、自分で自分を守らないと誰も守ってくれないから。結局信用しても長崎君みたいに『関わるのが無駄』って渉君もどうせ言う。だから行けない、一緒にいたくない。ばいばい、もう話しかけないで」


 そういうことに関するやる気は地に落ちていた。

 プラスになるどころかよりマイナスになると知っていてするなんてマゾだろう。

 僕が渉君に対して怖がりだと言ったのは本当のことで、だからこそ心を再び土足で荒らされないよう守らなければならない。


「分かった……プールとか海には行けなくもいい」


 話しかけないでって言ってるのに。


「行けなくてもいいから、側にいさせてくれないか?」

「だから一緒にいたくないっ。友達じゃなかった……1人で勘違いして馬鹿やってた、だけ」


 ここで答えるから増長させる。

 そうだとしてもはっきりとここで言っておかなければ、きっとしつこくされてしまうから。


「お前と関わって無駄なんて俺は言わねえよ」

「信用できない、僕は渉君といたくないから時間を重ねての証明もすることはできない。それこそ無駄なことにしかならない、やめておいた方が渉君のため」


 朝日でも誰でもいい、魅力的な女の子は沢山いるのだから。

 母が言っていたことは渉君にも当てはまる。

 僕1人と関われなくなったくらいで大して人生に影響は与えない、与えないのだからっ。


「土下座すれば、近づかないでくれる?」

「しても近づくのはやめねえよ。というか、させねえ」


 な……何でこんな廊下で抱きしめるの?

 周りには人だっているのに、実はさっきからちらちらと見られていたのに。

 別に構わない、それくらい覚悟があるって、渉君は伝えたいのだろうか?

 正直、僕じゃなければセクハラ認定されて今頃先生に怒られていただろうけど。

 というか、身長差がありすぎて少し大変そうだなというのが今の感想だ。


「長崎君もそうだけど、抱きしめるのが流行ってるの?」


 解放されたので聞いてみる。

 渉君は「くそ……先にされてたのかよ」と口にして複雑そうな顔をしていた。


「皐月、側にいさせてくれ」

「んーそれは難しい頼み」

「何でだよ……」

「分からないことだらけだし、長崎君という例がある。僕でも傷つく、心があるから上手くいられない。渉君に僕は必要ないし、多分僕が弱っちいからいまは気になるだけ。大丈夫、これから強くなるつもりだし」


 それにテストの結果も80点以上だったし!

 これだけ言えば納得してくれるはずだ、優しい渉君なら。


「認めてくれるまで離れない」

「何回もするなら先生を呼ぶ」

「別にそれでもいい、分からず屋に1人じゃないって言いたいだけだからな」

「んー! じゃましないでっ」


 この脅しにも屈しないなんて今回は本気のようだと分かってけど、それだけでしかない。


「皐月が意固地にならなければ邪魔なんてする必要もないんだぞ?」 

「渉君は朝日が好きだった、僕に拘る理由はない!」

「だから他の女は関係ないって言ってるだろ!」


 そろそろ別の意味で先生がやってきそうだ。

 しかも、野次馬の中に長崎君がいることを僕は知っていた。

 渉君の向いている方角的に気づけるはずもなく。

 そして、長崎君が静かに僕達を眺めているということに、少し恐怖を抱いている自分に気づく。

 それは、所詮お前は口先だけなのかと言われているようで……。


「やめてっ、もう帰る!」


 母に会ってこのドロドロに汚れた心を綺麗に触れて戻したい。

 野次馬むこうをこれ以上見ていたら駄目だ、足が竦んで動かなくなってしまうから。

 靴に履き替えて外に出る。

 幸い、渉君は追ってこなかったため、走って帰ることはしなかった。


「ねえ、平池君にも手を出してるんだ皐月ちゃん」


 あー面倒くさいなと思いつつ振り返る。

 相手のせいなのにいつだって自分から動いていると勘違いされるのか。


「鏑木の好きな長崎君にしているわけじゃない、なんで気にする?」

「気にする? 私様はあくまで皐月ちゃんが最低な人間だな~って思っただけだけど?」

「最低な人間? べつにいい人間なんて言ってない。最低なら最低でいい」


 抱きしめられて喜んでいたとでも思っているのかこいつは。

 話しかけるなって言っても話しかけられて、帰ろうとしたら抱きしめられて。

 正直、嫌悪感しか抱かなかったというのに。

 関係なくても、何でもかんでも難癖をつけたいお年頃なのだろうか。

 ただ、いい加減、


「うざいはこっちのセリフ、鏑木がなにをしたいのか分からない」


 何でもかんでも雑魚だからって肯定して逃げると思った大間違いだ。


「ん~皐月ちゃんってつまんない……ネチネチ言っても全部肯定しちゃうし~。もういいや、つまんないから関わるのやめるよ。安心して、もう何か言ったりしないからさ~」

「今日までありがと、ばいばい」

「ばいば~い。……皐月ちゃんのばか……」

「え?」


 何か聞こえた気がして聞き返したら、鏑木は頬を膨らませて「ばいばい!」と叫ぶ。


「ん、ばいばい」


 外の世界は分からないと怖さしかないと分かった1日だった。




 7月の最終登校日。

 僕らは長い校長先生の話を聞いて、体育館から教室に戻る。

 HRもいつも通り“羽目外すな”という内容の通達で、すぐに終わりを迎えた。

 鞄を持って教室を出る。

 最近は母のできたてお昼ご飯が食べられるから幸せで、ついつい家に帰る前からテンションが上がってしまい、恐らく傍から見ても分かるくらいの雰囲気を纏っていると思う。

 靴に履き替え外に出ると、より暑い空気に包まれた。

 生温い風が僕に当たりながら通り過ぎていく。

 ぼさぼさな髪が揺れるのを抑えつつ、ゆっくりと歩き始めて。

 同じように歩く子達も長期間の休みにテンションが上がって、楽しそうに話をしていた。

 校門から出れば今日は何も起こらないまま、平穏なまま終わりを迎えられる……はずだった。


「皐月」


 またこれかと辟易とする。

 多分顔とか雰囲気とかに思いきり表れているはずだ。


「あのさ、髪をもう少し整えろよ」

「余計なお世話、ばいばい」

「……せっかく綺麗なんだからさ!」

「お世辞はいらない」

「俺、皐月のことたまに綺麗って思うけどな」

「侮辱」


 舐められているのだろうか?

 それとも僕が滑稽だから『可愛い』とか『綺麗』なのだろうか。


「あーもうっ! 俺がこうして近づいてくる理由が分からないんだったよな?」

「うん」

「それは……お前が好きだからだよ!」

「僕は好きじゃない」


 優しいし側にいると落ち着くのは本当だけど、守らなければいけないから。


「女として好きなんだっ」

「男しても好きじゃない」


 今はこっちの機嫌を直したいだけだから甘い言葉を呟いているだけだ。

 どうせこっちが少しでも意識を変えたら、また怒ったり無駄とか言われるだけだろう。

 必要ないって切り捨てた、渉君達にもそうして欲しい。

 女として好きなんてありえないことだから。


「渉、告白なんてやめなよ」

「ゆ、祐!?」

「どうせ皐月に何かを言ったところで響かないから」


 現れたと思ったら急にそんなこと、どこまで自分勝手なんだろうか。


「俺は諦めないぞ、振り向いてもらえるまで頑張るだけだ」

「だからって帰ろうとしていた皐月を抱きしめて無理やり止めるの?」

「み、見てたのかよ……」

「見てた、そして皐月があそこで帰った理由は俺だよ」

「う、自惚れだろ? ど、どうなんだよ皐月!」


 僕は確かに長崎君に見られたくなくて逃げた。

 口先だけだったけど、口先だけの女だと思われたくなくて。

 でも、ここで正直に言う必要はない気がする。

 だから僕が「違う、自意識過剰」と言ったら、憐れむような笑みを浮かべて長崎君がこちらを見た。


「渉と関わっている時だけは正直に言えないんだね、俺と2人の時は全部話してくれたのに」

「は? 全部って何の話だ?」

「渉としたこと、話したこと全部教えてくれたよ?」

「ま、まじかよ……」


 困惑といった表情を浮かべ渉君がこちらを見る。

 美味しいご飯を早く食べたかった僕は「勝手に幻滅しておけばいい」と答えて歩きだした。

 今にして思えばどうして律儀に受け答えなんてしていたんだろう。

 そしてこれから長期間の休みって時に無駄な感情は抱えたくない。

  

「逃げないでよ皐月」

「鏑木といいなにがしたい? あ、僕を馬鹿にしたいだけなら、すればいい」


 実際に馬鹿だったわけだし。

 馬鹿だったからこそこうして動いているということも理解してほしいけど。


「それにこれはルール違反、一緒に帰っちゃってる」


 できる限り守ろうとは動いている、そう思っていたからこそ彼も来なかったのではないだろうか。


「違うよ、あっさりと乗り換える皐月にむかついただけだよ」

「乗り換える……渉君にってこと? 終わりを告げたのは長崎君、なのに」

「中学の時と一緒なだけだよ……近づこうとすればするほど難しさに気づいて距離を置こうとした。皐月の他の子と違う点は、完全にそれを鵜呑みにして行動してしまうことだよね。押して駄目なら引いてみるってあるでしょ? それを実行したらこんな結果だから悲しいよ」

「一緒にいたくないから長崎君は言う、もう勘違いしない」


 「いるのやめよう」と言われたから僕はこうしているだけだ。

 他人と自分がそう望むならと動いているだけで、「悲しい」とか言われても響かない。

 悲しい? それは僕の方なのに。

 信用しようとしていたのに対象の彼が消えてしまったら意味がないのだから。


「抱きしめられて嬉しかったの?」

「帰りたかったのにじゃまされた、嬉しいわけがない」

「でも格好良いって言ってたよね?」

「思ったことを口にしただけ」


 渉君もそうだったのだろうか?

 思ったことを口にしただけで、お世辞ではなかったとしたら申し訳ないことをしたかもしれない。


「俺には言ってくれないの?」

「この流れで言われて嬉しい?」

「嬉しいよ、言ってくれないかな?」


 長崎君は渉君と違って少し弱いところがあるけど、他人のために動けるのが格好良いと思う。

 だけどそれは顔にではなく雰囲気というか行動にだから、それを言ったらまた怒られるかも……。


「顔じゃなくて人のために動けるのが格好良いと思う……お、怒らないで」

「嬉しいな」

「へ……」

「見た目についてお世辞を言われるより、自分がしたことを褒めてもらえる方が嬉しいよ」

「だ、だけど側にいるなら僕にだけ優し――な、なんでもない!」


 雰囲気に流されて馬鹿みたいなことを口走った。

 恥ずかしすぎてつい速歩きになる。

 いや、本当に空気に影響されただけで、今でも無駄だと考えているから焦る必要はないのに……。

 何で恥ずかしいと思っているの?

 何で逃げようとしているの?

 それに好きな女の子に言われても無理だと断った長崎君が、聞くわけがない。


「残念だけど皐月にだけってのは無理かな」

「……知ってるっ。ほら長崎君の家に着いた、ばいばい!」


 明日から1ヵ月は彼らの顔を見なくて済んでよかった。

 けど、鈍関係主人公のように聞き逃してほしかった。

 いちいち拾って無理を突きつけるなんて酷い人だと思う。


「今日は皐月を帰したくない」

「だ、抱きしめるの……ブーム?」


 後ろからだとより犯罪者のような気がするけど……。


「これは渉に負けないための上書き行為だよ」

「え、でも……お母さんのご飯っ」


 どうしてここで渉君の名前が出てくるの?


「じゃあお昼ご飯を食べたら連絡して、迎えに行くから」

「お、お母さんといたいっ」


 母といたいのは本当……しかし、少し揺れていたのかもしれない。 


「また泊めてくれる?」

「だ、だめ……」


 許可をすれば完全に口先だけ女になって求めてしまうかもしれない、甘えてしまうかもしれない。


「なら離さない」

「わ、分かったっ……早く帰りたい!」

「うん、ありがとう皐月」


 何でここまで拘るんだろうか。

 「分かった」と言ってしまったことを後悔しつつ、家まで走って帰った。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ