おまけ 異世界で最後に笑う人
最終話が少しふんわり過ぎたので、『おまけ』として、その後の三人を書いてみました。お付き合いいただけたら幸いです。
あれから1年が過ぎた・・・。
眠らせて欲しいと言った私は、眠る事もなく、それなりに平穏に暮らしている。まあ、その平穏をくれるのは、いつもサイモンさんなのだけれども・・・。
もちろん、王妃になったシャルロッテさんと、たまにお茶をしたり、クレアの優しさに癒される事も多いけどね。
・・・そんな訳で、休職の期限も過ぎ、明日からノルムさんは研究に復帰するそうだ。
ノルムさんは、楽しみで堪らないのか、毎日カレンダーを見つめてソワソワしていたのを、私は知っている。
ちなみに、ノルムさんが復帰する事で、サイモンさんも忙しくなってしまうそうだ。だから、サイモンさんの家庭教師も、今日でおしまいになるらしい。・・・「お休みの日にデートしようね。」って言ってくれたけど。
いつものように、庭の東屋でノルムさんと無言のお茶会をしながら、サイモンさんを待つ。・・・この無言にもだいぶ慣れた。ノルムさんが黙っているのは、不機嫌だからではない。顔を顰めているのも、だ。
ノルムさんは・・・何か考えているのだ。
私にはよく分からない、難しい魔術についてや、薬草や薬の事を暇さえあれば考えているらしい。だから、どーしたって眉間にシワが寄ってしまうらしいのだ。
私は再び咲いたノウゼンカズラが風に揺れるのを、穏やかな気持ちで眺めていた。
◇◇◇
サイモンさんは、何故かやたらとビシッとしたスーツ姿でやってきた。・・・最後だから、卒業式みたいな感じ、なのかな?
「サイモンさん、どうしたんですか?素敵な格好ですね?」
私がそう言うと、サイモンさんは照れた様に笑う。
「知佐都・・・。先輩、お話があります。」
難しい事でも考え込んでいただろうノルムさんが、顔を上げる。
「なんだ?」
「先輩、知佐都を僕に下さい。・・・知佐都、どうか僕と結婚して欲しい。必ず、幸せにするから。」
ノルムさんにそう言うと、私に向き直りサイモンさんは言った。そして、後ろ手に隠し持っていた、ロセウス草の大きなブーケを、私に差し出す。
「・・・サイモンさん!」
私はブーケを受け取り、泣きそうになる。
今や、このロセウス草がどれ程、珍しいものなのか、私は良く知っている。・・・それをこんなに集めて、こんな大きなブーケにしてくれたのだ。
「これ・・・僕と、知佐都のきっかけかなって思ってて・・・プロポーズする時に、渡そうって思って、ずっと集めてたんだ。先輩のレア図鑑の真似をして、魔法で保管しながらだけどね。」
「嬉しいです。・・・はい。喜んで。」
私がそう笑顔で答えると、ノルムさんは深い溜息を吐いた。
あ・・・。
忘れてました。結婚するには、ノルムさんの許可がいるんでした。
「・・・先輩、ダメ、ですか?」
サイモンさんが恐る恐るという感じでノルムさんに聞く。
ノルムさんは、サイモンさんも運命の人かも知れないと分かって、最初こそゴネたが、少しすると急に大人しくなった。ここ暫くは、サイモンさんと出かける事も、容認してくれていた。
・・・外泊や遅くなるのは、絶対にダメだって言われたけど。
「・・・サイモン、チサ。いくつか条件がある。それが飲めるなら、結婚を許可しよう。」
ノルムさんは静かにそう言って、私たちを見つめる。
「・・・条件、ですか?」
思わず聞き返す。
・・・かぐや姫みたいな、無理難題、言わないよね???
「ああ。・・・まず、サイモン、お前はクラメル家に婿に入れ。」
「・・・え?」
サイモンさんは、ポカンとなる。伯爵家の次男が、公爵家の婿なるなど・・・逆玉もいいとこだ。これは、サイモンさんにとっても、サイモンさんの家にとっても、むしろ良い話だろう。
「・・・『落ち人』のパートナーはすべて公爵家以上の者だ。チサだけ伯爵家になど出せん。・・・いいな。」
「はい・・・。」
「それから、二人には結婚後も、ここに住んでもらう。私とチサは、私の事情でそう離れられない。・・・たから、同居だ。」
・・・新婚さんなのに、同居はちょっと嫌だが、お屋敷は広大だし、ノルムさんの生死に関わる事だ。・・・これは仕方ないだろうと、前から内心は思っていた事だ。
サイモンさんも、素直に頷く。
「・・・そして最後に、チサ。」
「は、はい?」
「もし、サイモンが先立つ様な事があれば、チサは私と必ず再婚して欲しい。たとえ、お互いに老人になっていても、だ。運命の人であるチサを奪われた私は、一生を独身で終えるだろうしな。」
ノルムさんはキリリとした顔で、そう言った。
いや・・・ノルムさん、一生独身とか言っちゃってますが、元々が、あまり異性に興味無いタイプですよね・・・。そもそも、結婚したがるタイプじゃないし、ある意味、すでに薬草とか魔術と結婚してますよね?・・・私とサイモンさんが、結婚して公爵家に入るなら、「俺はもう、結婚しなくても良いよな。」とか考えてますよね???
でも、サイモンさんが亡くなったら、ノルムさんと結婚???
「・・・えっと???」
「誤解が無いように言わせてもらえば、別に私がサイモンを害する気など、無いぞ。・・・ただ、もしサイモンがチサを残してこの世を去るなら、それは許し難いと思ってだな。」
「・・・先輩???どう言う意味でしょう???」
サイモンさんも首を傾げて、ノルムさんを眺める。
「・・・サイモン。お前が死んだら、チサはすごく悲しむだろう。サイモンは、チサを幸せにするなどと言っておきながら、そんな悲しみを与える気か?・・・なら、私が悲しむチサを貰おう。スペアであるはずの、お前に一旦は負けたとしても、私もチサの運命だからな。」
ノルムさんの言葉に、サイモンさんはハッとする。
「・・・知佐都より必ず、長生きします。」
「まあ、せいぜい頑張る事だ。・・・ちなみに、私は暫く前から健康にかなり気を遣っている。」
!!!
そう言えば、暫く前からノルムさんはやたらと『健康』とか『長寿』に良いと言われる食べ物や健康法に夢中になっていた。マイブームなのかなって思ってたけど・・・そ、そう言う事?!
「まあ、チサの最後の最後を看取ってやるのは、この私だ。・・・これこそ、運命の男に1番ふさわしいでは無いか。最後に笑う男は、きっと私だ。・・・チサ、最後は私がこの冷たい手で、お前の目を閉じさせてやろう。きっと、やたらと暖かいサイモンの手より、気持ちいいぞ。」
ノルムさんはそう言うと、満足そうに微笑んだ。
サイモンさんは、ちょっとだけ悔しそうに、自分の手を見つめている。
・・・。
最後に、私を見送る手は、どちらだろう?
・・・冷たい手?暖かい手???
・・・私は少し考えて、そして、言った。
「サイモンもノルムさんも、私が送りますよ。・・・だって、最後に笑うのは、私です。」
・・・と。
先の事なんて、本当は良く分からない。
運命だってピンとこない。
サイモンさんのプロポーズを受けてなお、まだ元の世界が恋しくて、心が痛む・・・。
だけど・・・もし、本当に運命があるのだとしたら・・・この人生の終わりに、私は二人を見送って・・・きっと満足して笑うだろう。・・・幸せだったなって、思いながら。
だから・・・最後に笑うのは私でありたいと、そう思うのだ。
そう言うと、ノルムさんとサイモンさんは少しだけ困惑した顔してから・・・盛大に破顔した。




