29.異世界の星
ポカンとなって、間抜けな顔になったノルムさんを見れるなんて・・・なんかちょっと愉快な体験だ。
「えっと・・・チサは私を選んで、この世界に残ってくれるのでは無い・・・のか?・・・私に思いを寄せてくれたの・・・では無いのか???」
不思議そうにそう尋ねられるが・・・。
・・・。
えっと、何度も言う様に、私が好きなのは、サイモンさんです・・・。サイモンさんが先に好意をくれて、興味を持ってくれたから・・・ってのはあったけど・・・。
今は、私もサイモンさんが好きなんです。
あれから・・・サイモンさんとは帰る、帰らない騒動で、ちょっとギクシャク、ゴタゴタしましたが・・・その分、2人ですごく話し合って・・・むしろ関係も絆も深まったと言いますか・・・。・・・サイモンさんは、すぐに言葉に詰まる私に根気よく気持ちを聞いてくれた。私も、サイモンさんに頑張って気持ちや本音を話したし、サイモンさんも自分の本心を包み隠さず伝えてくれたと思う。
そうして、私たちは仲直りして・・・結局、2人で星を見に行ったと言えば分かりますでしょうか・・・星が白むまで。
・・・て、照れますね。
「違います!この1週間、色々とあったんですよ?!・・・ノルムさんと話そうにも、ノルムさんは部屋に鍵をかけて閉じこもってしまって、どんなに声をかけても出てきてくれませんでしたよね?・・・私やクレア、サイモンさんだけでなく、シャルロッテさんや王子様まで来たんですよ?」
「そ、そうか・・・???私は集中してしまうと、時間も音も感覚が無くなるたちで・・・。な、何があったのだ?」
私に責める様に言われ、ノルムさんは気まずそうに顔を逸らす。
「・・・『魔力有りの落ち人』が、すごい人・・・だったんです。少し年配の男性だったと言う所まではノルムさんも、ご存知ですよね?・・・最初は少し混乱されてて、分からなかったのですが、なんでも異界の、とある国の宰相様らしくて、頭が良くて腕も立つってお方だったんですよ。・・・元の世界には、魔法なんて無かったらしいのですが、魔王を倒したら帰れると分かった途端に、あっという間に、すべての魔法をマスターされてしまって・・・。剣術に関しては教える事が無い程だったそうです。」
「そ、それはすごい人が来たんだな。」
・・・そう。
『魔力有りの落ち人』さんは、超が付く程のチート人間だったのだ。その上、『自分は帰れるなら手段は選ぶつもりは無かったし、国の危機なら少しの犠牲は致し方ない。自我も崩壊し周りに迷惑をかけ続けるくらいなら、私が救ってやろう。哀れに思うなら、せめて国葬にでもして弔ってやれ・・・。』とか言ってしまう、合理性と強メンタルの持ち主だった。
どうやら姪の結婚式と、大事な議会のある来月末までには戻るつもりらしく、それに向けて綿密な計画やら試算を始めており・・・王子様すら振り回されている。
「はい。それで、その方の推測では・・・私は帰れないのでは無いかとの事でした。」
「・・・なぜだ?」
「ダイキさんとすり合わせしたそうなのですが、私がいた世界と、宰相様がいた世界はまるで違う様なんです。・・・つまり、迎えに来る光に入ると、今度は私が宰相様の世界に行ってしまうのでは無いかと言われました。」
そう・・・。
そんな剣術に長けた宰相様が現代にいる訳もなく・・・。ダイキさんが宰相様の世界について、くわしく聞くと、やっぱりそちらも異世界らしく・・・。
宰相様によると『私を迎えにくる光だ。私の世界に誘うのでは無いだろうか?・・・別々の世界に戻る可能性もあるが、それは極めて低いだろうな・・・。』との事で・・・。
なら、行かないってなりますよね、それ。
「・・・つまり、チサは戻らない?」
「戻れないとも言いますけどね・・・。・・・それから、宰相様はデタラメな強さで、魔物にも魔王ですら怯まないお方なので、ノルムさんも王子様もそう生命力を削らずに済みそうです。・・・宰相様曰く『私も魔王と言われているくらいだしな。』と軽くおっしゃってました。・・・だから私、ここに居て、サイモンさんとノルムさんのお帰りをお待ちしてます。きっとお祭りまでには、お戻りになられて、パレードでお薬撒きもできますよ?・・・討伐は最大で3週間の予定だそうです。」
「・・・あ、ああ。」
ノルムさんはそう言うと、引きつった笑みを浮かべた。
◇◇◇
翌日の早朝に、ノルムさん達は王都より出立した。
私やサイモンさん、シャルロッテさんにダイキさん・・・そして沢山の人がその勇姿を見送った。
異界の宰相様は王子様、いや下手をしたら王様なんかより貫禄に満ちあふれ、素晴らしく良い姿勢で馬に騎乗し、ノルムさんたちを率いて、見送りに来た者たちに高らかに宣言した。
「私が、この世界に安寧をもたらす事を約束しよう。討伐は3週間以内に必ず終わらせる。安心して、日常に励むが良い。その日常を続ける民の努力こそが、国を支えているのだ。」
・・・と。
見送りに出てきた民衆は沸いた。
その様子を宰相様は満足気に眺めると、笑顔を浮かべた。
笑うと・・・年齢はいっているが、可愛らしいお顔立ちなのが分かり、声援には黄色い声が混ざる。
「なんかさ・・・ウィリアム殿下が霞んでしまう人気ぶり、ですわね。」
シャルロッテさんが顔を顰めてそう言う。
「まー、いーんじゃない?宰相様は異界に帰るんだし。・・・無事にウィリアム殿下が帰ってくるのが大切、だろ?」
ダイキさんも苦笑い混じりにそう言う。
「・・・そう言えば、皆さん宰相様ってお呼びしてますが、何と言うお名前の方なのですか?」
サイモンさんが二人にそう尋ねると、二人は困った顔で見つめ合う。
「名前は言わないそうです。」
「え・・・?」
「ただの言い伝えかもしれないが、異界で真の名を語ると帰れなくなると聞いた事があるらしく、名乗りたく無いとおっしゃって・・・。」
「そう・・・なんですか?」
サイモンさんはそう言うと、暫く考え込んでいた。
その間にも、宰相様率いるノルムさん一行は遠ざかっていき・・・王都の入り口の門を越えて見えなくなって行った。
ノルムさん、どうかご無事で・・・。
私は心の中でそう祈ると、サイモンさんに向き直り言った。
「サイモンさん、クラメル家の屋敷に戻りましょうか。クレアがサイモンさんの分の朝食も頼んでおいてくれると言ってたんです。まだですよね、朝食・・・って・・・え?」
サイモンさんは、私を素早く抱き寄せ胸の中に閉じ込める。
「・・・藤原 知佐都さん。・・・僕とこの世界で生きてください。・・・どうか帰らないで、僕の側にいて・・・。」
・・・私はその名を呼ばれ・・・彼の胸の中で、静かに頷いた。
宰相様が言う様に、異世界で本名を呼ばれたら・・・本当に帰れなくなってしまうのかも知れない・・・なんて考えながら・・・。
私は、サイモンさんの、何となく甘い香りにただただ酔っていた。




