表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

25話 入学準備


 姿勢を正した猫娘。ぬるくなったお茶をすする鍛冶屋に、訴えかける。


「にゃ。赤の特異点の少女は、赤と黄の魔法使いです。精神感応魔法に属する魅了魔法や、思考制御の魔法を使うようなのです。

事実、私の兄には魅了魔法をかけられ、親戚には思考制御の魔法がかけられていました」

「……魅了魔法? ああ、あれか。

アホが、なんでも自分の思い通りになると勘違いするやつだな。人間が使うには、強大すぎる。未来で待っているのは、自身の破滅だぞ」


 猫娘が思っていたのは、魅了クッキーで一時的に狂った兄。それから、思考停止され人形のようになっていた、従姉の公爵令嬢。

 鍛冶屋の脳裏に蘇ったのは、職人通りで聞いた、風のささやき。魅了魔法をかけようとした傾国の美女と、青の世界の理に守られた剣士の会話。


「だから、魅了魔法とかに対抗できる魔道具を作ってください!」

「あのな、クリス。僕は東の者だ、本来、西のことに手出しはしない。そういうのは、親方や、ジルに頼むのが筋じゃないのか?」

「にゃ……」


 猫耳を伏せて、泣きそうな顔になる猫娘。鍛冶屋の言い分は分かる。けれど、納得できない。

 口を一文字に結び、必死で涙をこらえる子猫に、鍛冶屋はため息をついた。

 妹の仕草は、万国共通かもしれない。東の故郷に居る妹も、同じように兄を困らせた。


「あーもう……、今回は特別だぞ。ユーインが絡むから、力を貸してやる。青の祝福を受ける血筋のあいつに何かあれば、青の世界の理が荒れるだろからな」

「にゃ? ユーインですか?」

「聞いてないのか? ユーインも、僕らと一緒に体験入学するぞ。ワード侯爵家からは、ユーインの制服の注文が届いたからな」

「初耳です! さっき、おじ上たちは、何も教えてくれませんでした!」

「おじ? 国王のシャルルか?」

「違います。公爵家のアンリおじ上です」

「……アンリ? あー、そうだったのか。アンリに悪いことをした。あいつは、女を喜ばせることにかけては、追随を許さないやつだからな。あんたを驚かせて、喜ばせるつもりだったんだろ」


 王族の女性の誕生日には、あの手この手で、色々と仕掛け、喜ばせる現宰相。

 女性を口説く癖は、妻に正されたが、女性を喜ばせる行動は磨きをかけていた。


「おい、クリス。あんた、家でユーインの事を知らされたとき、大袈裟に驚いて、喜ぶなんて芸当できるか?

アンリの事だ。きっと、あんたの家族も巻き込んでいる。あんたのお袋のジャンヌなんて、娘の笑顔を想像して、楽しみに待っているはずだ」

「大丈夫です、母上を悲しませるわけにはいきません!」

「よし、頼むぞ。それから、僕があんたにバラしてしまったことは、内緒にしてくれ。念のため、さっきの僕の契約書に、契約文を追加しておくぞ」

「にゃ、了解しました!」


 猫耳を立てて宣言する、気まぐれ子猫。さっきの泣き顔は、どこへやら。

 大好きな母が、娘の喜ぶ姿を楽しみに待っている。

 そして、鍛冶屋も、わざわざ代弁者の契約書を呼び出してまで、誠心誠意を見せてくれた。

 猫をかぶりとおし、皆の期待に答えてみせる。小柄な体に、大きな決意を固めた。


「とりあえず、相談の続きだ。黄色魔法に対抗する魔道具は、僕の魔力だけでもつくれる。青の世界の理は、黄の世界の理の力を押さえ込むからな」

「にゃー、黄色は聖獣さまの力なのでしょう? ノア殿の力では、難しいのでは?」

「……相手が代弁者の力を使うなら、こっちも代弁者の力を使う。僕には、その力がある。ちいっと、青の理の力を借りて……」

「にゃ? ……代弁者の契約書ですね!」

「……まあ、僕に任せろ」


 猫耳を立てたまま、叫ぶ猫娘。突然の大声に驚いた鍛冶屋は、言動を止める。

 数瞬の後、口元を緩めて笑った。

 向こうが聖獣……代弁者の力を使うなら、こっちも同じ代弁者の力で対抗するまで。


「にゃー、問題は赤ですね。ノア殿の青は、赤と親和性が高いから、赤の力を強める可能性があります。そして、私の白は、赤に弱いから、押さえ込まれてしまいます」

「はあ? 対抗策なんて、簡単だぞ。僕は鍛冶師だし、あんたは白の世界の理の愛し子だろ。そして、相手も、赤の世界の理の愛し子だ。あの気配は間違いない」

「にゃ? さっぱり分かりません」


 突拍子のないことを言い出す、鍛冶屋。のどが渇いたのか、のんきにお茶をすする。

 猫娘は猫耳を伏せた。鍛冶屋の意図することが、理解できない。


「うーん、あんたに理解できるようにか……。

例えば、植物は青の世界の理に属する。だが、中には他の属性を持ち合わせる物も、あるんだ。

栗は黒の属性だし、桃は白の属性を併せ持つ。鍛冶師の扱う金属の中にも、他の属性を持ち合わせるやつがある」

「にゃ……青金でしたっけ? 王家のおば上の鎧は、金属だけど青の属性を持ち合わせるから、空飛べるって言っていました」

「……イザベルの鎧か」


 お茶を飲みながら、目を細める鍛冶屋。三十年前、古き友人のイザベル王妃のために、青い鎧を作った事が思い出される。

 当時は、まだまだ未熟な弟子で、ゴールドスミス親方にどやされながら仕上げた鎧。それでも、自分の最高傑作と、胸を張れる作品だ。

 軽やかに空を舞う「風の戦乙女」は、神聖帝国との戦争終結まで、フォーサイス王国の騎士たちを導き続けたのだから。


「にゃ。私は金属の元になる、白い宝珠を作れば良いのでしょうか? そうすれば、ノア殿が加工してくれるんですよね?」

「……さあな、僕が加工するかどうかは、あんた次第だ。あんた自身の力で、白の世界の理に働きかけろ。

あんたが正しい生き方をするのなら、正しい世界の理の流れは、あんたの思いに必ず応えてくれる」


 鍛冶屋の青い瞳は、子猫を鋭く見つめる。見極めようとする。

 西大陸の理の流れを捻じ曲げる原因の一つ、白の特異点を。


 青い瞳の一族は、見守るのが仕事だ。

 あらゆる成長や可能性を信じて、見守る。慈愛をもって、すべてを受け入れようとする。


 だが、見守るには、限度がある。青の世界の理が司る感情は、怒り。

 相手が世界の理の流れを大きく捻じ曲げるなら、遠慮なく動き、排除する。

 慈悲深いが、怒らせると怖い。それが、青い瞳の一族。



******


 おやつを食べ尽くした猫娘は、鍛冶屋と真剣なやり取りをしていた。


「にゃ。リリー嬢が気に入ったのも、こちらのデザインでした。売り出し時の煽り文句は、『エルフも認めた美しさ』で、決定ですかね」

「ジルとリリー、二人のエルフが選んだんだから、問題ないだろ。嘘は言ってない。売れるかどうかは、やってみんとわからんが」

「少なくとも、前評判は上々のようです。舞踏会やお茶会で、噂になったそうなので」

「おい、王族が使えば、話題になって当然だろ。まあ、宣伝は、あんたに任せていたから、文句は言えんが。

とにかく明後日、土曜の試験販売は、二十個だな?」

「にゃ。四日後の本格的な販売のときは、試験販売の売れ方で、置かせてもらえる数が決まります」

「わかった。じゃあ、商談成立だ。契約書に署名する。ノア・ゴールドスミス」

「にゃ、署名を確認しました。契約締結です。閉鎖結界を解きますね」



 相談と商談が終わり、閉鎖結界を解いた猫娘。背伸びをしながら、猫耳を動かした。聞き覚えのある声がする。


「でさー、学校の勉強、復習しなくちゃいけないんだよね」

「あら、ユーイン君は、お勉強が嫌いなの?」

「……だって、俺、軍事学校の最終学年だよ? ようやく来年の春卒業して、六年間の学校生活が終わるのにさ。また学校で座学なんて、耐えられる自信がないよ」


 子猫は猫耳を伏せると、鍛冶屋に向けて話しかけた。


「ユーインの声が聞こえます」

「制服、取りに来たんじゃないのか?」

「にゃ、困りました……。ユーインと鉢合わせしたら、母上を喜ばせられません」

「クリス、そういう時は、さっさと帰るんだ。『用事ができて、先に帰った』って、リリーには言っといてやる」

「リリー嬢を置いていけません。今夜、うちのおじいさまと面接して、保護者の契約を結んでもらわないと、リリー嬢が体験入学できなくなります」

「じゃあ、僕がリリーを呼ぶのを口実にして、先にユーインと顔を合わせる。ユーインを裏口から帰らせるから、あんたはここで大人しくリリーを待ってろ。

リリーには、クリスを驚かせるために、ユーインのことを黙っておけって、言っておくから」

「にゃ……うちの家族と親戚のために、大変お手数をおかけして、本当に申し訳ありません」


 鍛冶屋の提案に、深々と頭を下げる猫娘。

 家族と親戚の幸せな気持ちのためにも、黒髪剣士との遭遇を、どうにかして回避しなくてはならない。


「謝らなくていい。しかし、あんたみたいに頭が良いと苦労するな」

「家族や親戚、そして、国民の期待に応えるために努力するのは、王族として当然です。

『常に余裕を持ち、困難を前にしても、微笑みを浮かべて乗り越えなさい』って、母上が言いました。

『王族たるもの、国民が不安になるような振る舞いをしてはなりません』って、おばあさまも言いました」


 頭をあげると、王家の微笑みを浮かべる子猫。外見に似合わぬことを、言ってのける。

 威厳のある小さな王族に、鍛冶屋は軽く笑いを浮かべるしかなかった。応接室の入り口から出ていきかける。


「ジャンヌとアグネスの言葉か。生まれついての王女の、あいつららしいな」

「にゃ……ずっと気になってましたが、ノア殿は王族を呼び捨てにするんですね。うちの使用人に聞かれたら、不敬罪の適応になると言い出しかねませんので、注意してください」

「はあ? この国じゃあ、長寿の年上が年下を呼び捨てにするのは、当たり前だろ?」

「にゃ?」

「うん? ユーインやリリーには言ったが、あんたには言ってなかったか?

僕は百九十三だぞ。この国の人間や獣人は、全員、年下だ。問題ない」

「にゃ!?」


 ひらひらと片手をふりながら、廊下に消える鍛冶屋。しっぽを膨らまし、硬直した子猫が、部屋に取り残される。

 目をまん丸にした猫娘の耳に、離れたところの会話が聞こえてきた。


「おい、リリー、話は終わった……ユーイン? 来てたのか?」

「あー、聞いてよ、ノア君! ユーイン君たら、学校に行きたくないんですって。せっかく子猫ちゃんと一緒に行けるのに、ひどいでしょう!」

「ちょっと、リリー、黙って!」

「ユーイン、リリー、大きな声を出すな。クリスが起きる!」

「クリス? 昼寝してるわけ?」

「子猫ちゃん、またお昼寝中なの? 本当に良く寝るのね」


 しっぽを膨らませたまま、長椅子の上に横倒しになる猫娘。鍛冶屋の中では、子猫はお昼寝中の筋書きのようだ。


「もう仕方ないな、俺が起こすよ」

「ちょっと待て、ユーイン、寝る子を起こすな。裏口から、そっと帰れ」

「なんで? 明日、皆で高校の説明見学に行くんだから、打ち合わせしておいた方が……」

「あー、そのー、なんだ。どうもクリスの中で、ユーインは行く仲間に入ってないようだぞ。

僕とリリーと行く体験入学が楽しみだって、さっき言っていた。まだ知らないんじゃないのか?」

「あら、じゃあ、教えてあげないと。きっと驚くわよ♪」

「リリー、明日、学校で顔合わせした方が驚いて、大喜びすると思わないのか? クリスには、黙っておけ」

「えー、なんでよ。教えてあげましょうよ」


 言葉の端々に焦りが乗った、鍛冶屋の声が聞こえる。鍛冶屋の筋書きが、狂ってきたようだ。

 鍛冶屋に、思わぬ助っ人が現れる。箱舟を運転していた、ベイリー男爵家の使用人。


「……学校の案、面白そうですね。大旦那様でしたら、もろ手を挙げて賛成すると思いますよ、ノア様」

「あー、ダニエルなら、間違いなく実行するな。そういうやつだから」


 古くからベイリー男爵家に仕える使用人は、鍛冶屋を覚えていた。二十年前と年恰好の変わらぬ、青い瞳の青年を。


 ……否。やっと思い出した。

 青の世界の理に思い出すのを邪魔をされ、ゴールドスミス親方とその息子ジル。そして、剣士の父親である、ミシェル騎士団長にしか、認識できていなかった青年を。


「ユーイン様、リリー様。ノア様のご提案に、賛同していただけませんか?

驚いた後のクリス様の無垢な笑顔は、高等学校の方々にも、ぜひ見ていただきたいです」

「子猫ちゃんの無垢な笑顔? まあ、見たいわ、見たいわ! あのふわふわの耳としっぽ、どのようになるのかしら?」

「それは、見てのお楽しみです、リリー様」

「ユーイン君、どうやって驚かそうかしら? びっくりするような登場が良いわよね!」

「……もう、仕方ないな。じゃあ、エドに相談しておくよ。そういう演出は、エドが得意だから」

「ユーイン様。明日は、大旦那様も、高等学校に行きたいと言い出すかもしれませんので、お心積もりを」

「えー、じゃあ、チャールズ先王様も来る可能性も出てくるよ? それなら、うちのおじい様も引っ張り出されるかも」


 どんどん進む会話に、膨らんでいた猫しっぽがしぼむ。先っぽが床に向かい、長椅子から垂れ下がった。

 猫娘に求められる猫かぶり度が、どんどん上昇していく。男爵家の使用人の気遣いと、猫耳しっぽの魔力にかかったエルフ娘のせいで。


「……クリス、頑張ってくれ。もう僕の手には負えない」


 風に乗せられた鍛冶屋の懺悔が、猫耳に届く。子猫は、もう聞きたくないと耳を伏せた。膝を抱え込み、丸くなる。


「俺、もう帰るよ。父様や王宮に連絡しないといけないみたいだからさ。クリスの方の連絡は、よろしく」

「お任せください」

「またね、ユーイン君」

「……ユーイン、またな」

「それじゃあ、ノア君、子猫ちゃんを起こしましょう!」

「……ああ、たぶん、すぐ起きると思う」


 鍛冶屋とエルフの声が、段々と近づいてきた。

 目を閉じて、祖母と母の教えを、何度も胸の中で反芻する猫娘。


『王族たるもの、常に余裕を持ち、困難を前にしても、微笑みを浮かべて乗り越えること』

『王族たるもの、国民が不安になるような振る舞いをしてはならない』


 どうやら王族として、狸寝入りならぬ、子猫寝入りから始めなければならないらしい。

●作家の独り言

もう! 子猫ちゃんたら、ひどいわ!

あたしたちが知恵を出し合ってドッキリを仕掛けたのに、前もってドッキリって知ってるんだから……。

猫かぶりが過ぎるわよ!


商談のことをノア君に取材したときに、ポロリと真実知らされた、あたしの気持ち、分かる!?

小説内のノア君が追加した契約は、「子猫ちゃんがバラさない」って内容なの。

ノア君がばらすことは、想定してなかったって、笑ってごまかすのよ!


悔しいから、国民の人たちにもバラすわ。

この小説を読んで、ユーイン君たちも同じ衝撃を受けたらいいのよ!

当時の学生や先生たちも、巻き添えにしてやるわ!


……まあ、王家の小説だから、王女である子猫ちゃんの威厳を損なわないように、書いたつもりだけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ