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24話 東方の青い瞳の一族

 猫娘とエルフの乗る箱舟は、職人通りを進む。もうすぐゴールドスミス親方の鍛冶工房に到着だ。


「ノア君、待っててくれて良かったわね」

「にゃ♪ どんなおやつなのか、とっても楽しみです!」


 エルフは箱舟の外を見ながら、猫娘に話しかける。猫しっぽを楽しげに揺らしながら、子猫は答えた。


 静かに箱舟の動きが止まる。工房の入り口には、金細工が美しい看板が見えた。その下には、王室御用達の看板も。

 箱舟を運転していた男爵家の使用人が、先に玄関に進む。猫娘たちの来訪を告げた。

 国宝職人の業物に彩られた、工房の玄関の扉が大きく開かれる。見目麗しい、銀髪エルフの少年が出迎えた。


「姫様、ようこそいらっしゃいました」

「にゃ。こんにちは、ジル殿。遅れて申し訳ありません、出迎えに感謝します」


 優雅にお辞儀をする猫娘。王家の微笑みを浮かべ、エルフ少年をねぎらった。


「通信したように、ノア殿に面会したいのですが、可能でしょうか?」

「台所で仕込みをしているので、しばらく時間がかかると言っていました」

「了解しました。それから、こちらを受け取ってください。イザベルおば上の作ったクッキーです」

「台所? ノア君、何をしてるのかしら」


 猫娘からお土産のクッキーを受け取った、エルフ少年。金髪ポニーテールのエルフに、物珍しそうな視線を送る。


「姫様、こちらの方が、お連れ様ですね?」

「にゃ。ノア殿と共通の友人、リリー嬢です」

「わかりました。皆様、どうぞお入りください」


 エルフ少年に案内され、工房の中へ入る。奥まったところにある、応接室に通された。

 王室御用達だけあり、椅子も机も立派な品が置かれている。すべてに自慢の金細工が施されていた。

 エルフ少年は、ちらちらと金髪ポニーテールを眺める。エルフの娘に、興味を持ったようだった。

 それは、本好きのエルフも同じ。部屋に入るなり、案内してくれた少年に話しかけた。


「ねえねえ、あなたもエルフよね? 何て名前、いくつ? 住み込みのお弟子さんなの? どのあたりの出身?

あ、相手に物を聞くときは、自分から名乗るものよね。あたしは、リリー・ファウラーよ、百五十七才になるわ。北の大樹の森の出身よ」

「えっと、僕はジル・ゴールドスミス、五十才です。ここの工房の息子で、金細工鍛冶師をしています」

「息子? あなた、エルフでしょう? ノア君の親方さんは、ドワーフだって聞いたわよ」

「にゃ、ジル殿は、正真正銘ゴールドスミス親方の息子です。隔世遺伝というもので、ひいおばあさまのエルフの血筋が出ただけです」

「まあ、そうなの。まだまだ修行中なんでしょう?」


 ドワーフの両親から生まれた、エルフ少年。魔法医師である猫娘は、不思議そうな相手に隔世遺伝だと説明する。

 わかったような、わからないような顔になるエルフ娘。少年をねぎらっていると、鍛冶屋が入ってきた。


「そんなことない。ジルはこう見えても、独立を許された一人前の鍛冶師だぞ。ユーインの親父の装備は、ジルが作ったんだからな」

「あら、ノア君。おじゃましてるわよ」

「ノア殿、こんにちは」

「よう、クリス、リリー、よく来たな。飲茶の準備をして、待ってたぞ」

「にゃ? やーちゃ?」

「おっと……僕の故郷のお茶会のことだと思ってくれ」


 鍛冶屋の持つお盆には、湯気を上げる物体。東の大陸で使われる、竹で作られた丸い蒸し器が乗っていた。

 机の上に、並べられる蒸し器。蓋を取ると、甘い菓子パンの蓮蓉包れんようほうが姿を現す。

 そして、急須の中では、東方で作られた緑茶が出番を待っていた。


「にゃー、美味しそうです!」

「ほれ、出来立てだぞ。猫舌の子猫には熱いから、冷ましてから食べろ」

「まあ、見たことないお菓子ね」

「僕の故郷の食べ物だ。こっち風に言えば、甘い蒸しパンだな」


 大喜びの子猫とエルフに、得意そうに答える鍛冶屋。エルフの少年に視線を投げかける。


「おい、ジル。僕はこのまま商談に入るから、後は頼む」

「えっ……はい」


 鍛冶屋が頼むと、残念そうになるエルフ少年。鍛冶屋は、考えを変える。


「あー、ジル、リリーを親方の所に連れて行って、高校の制服を作ってもらってくれ。こっちの商談がまとまったら呼ぶから、それまでリリーを頼む」

「はい、兄さん! ファウラーさん、こちらへどうぞ」

「あら、リリーで良いわよ。あたしも、ジル君って呼ぶわね」

「リリーさん、北のエルフって、どんな暮らしをしてるんですか?」

「そうね……今の時期は、森で木の実を集めてるわ」


 楽しそうな会話をしながら遠ざかるエルフたち。鍛冶屋は、軽く笑みを浮かべる。

 生まれた直後から知っている、弟分のエルフ少年。フォーサイス王国で育った少年は、フォーサイス王国のことしか知らない。エルフ国育ちのエルフ娘は、よい刺激になるだろう。


「ノア殿、もう体験入学の件をお聞きなのですか?」

「さっき、王宮から、うちの工房に依頼が入った。クリスの制服を準備してくれってな。

ほら、あんた、元々うちに来る予定だっただろ? それにリリーも一緒に来たなら、ついでだついで」

「にゃ、了解しました」

「まぁ、あんたも制服を見たいなら、先に行ってきてもいいぞ。後でお茶でもしながら、商談するか?」


 鍛冶屋に言われ、入り口と机を見比べる猫娘。目の前の机には、湯気の上がるお菓子が置かれている。

 制服への好奇心より、東のお菓子への好奇心が勝った。


「にゃ……リリー嬢を待たせるのも、悪いです。おやつ食べながら、商談をしましょう」

「クリス様、おやつの食べ過ぎではありませんか? エステ公爵家で、あれほどお食べになられたと言うのに。栄養が片寄りますよ?」

「にゃ……太りたくありません。控えます。あ、あなたもリリー嬢と一緒に、私の制服を作って貰って下さい。持って帰って、おじいさまに見せます」

「承知しました。あまり食べ過ぎないように。制服が合わなくては困りますから」

「にゃ……了解しました」


 耳を伏せる腹ペコ子猫。口うるさい使用人に命じて、席をはずさせる。

 ダイエットは、明日から開始すればいい。今はおやつが大切だ。


「にゃ、それではノア殿。代弁者の契約書を準備するので、しばらくお待ちください」


 猫舌の猫娘、熱々の蓮蓉包れんようほうは食べられない。冷えるまでに、商談をまとめたかった。

 椅子に腰かけると、力持つ言葉を唱える。代弁者の契約書を作るための魔法陣を、描き始めた。

 猫娘の正面に座り、様子を眺める鍛冶屋。軽く目を細める。思わずこぼれる、台詞。


「白い契約書か……」


 つい、考えてしまう。白い契約書を扱う、古き友人を。猫娘の祖父を、父親を。

 二十年前に故郷へ帰ったとき、もう会うことはないと思っていた、寿命の短い友人たち。


 古き友人たちに、鍛冶屋は黙っていた。半年前、フォーサイス王国に帰ってきたことを。

 別れの辛さは知っている。二十年前に思い知ったから、今回は黙っていた。

 人間や獣人の寿命は、エルフやドワーフに比べると短い。もし、友人たちが死んでいたらと思うとつらかった。

 だから、ゴールドスミス親方の工房へだけ、ドワーフの工房にだけ顔を出した。人間や獣人の王族たちには知らせないという約束で。


「にゃー! ノア殿、ノア殿、聞いていますか? 意識消失発作ですか?」


 物思いにふけっていた鍛冶屋は、我に返る。子猫が服を引っ張って、にゃーにゃー呼びかけていた。


「うん? あー、悪い。少しぼうっとしていた」

「にゃ? きっと、故郷のお菓子を作ってくれたから、思い出にひっていたんですね」

「やれやれ、子猫は勘が鋭いな」


 ごまかすように、軽く笑う鍛冶屋。故郷に居る妹にするように、子猫の頭を何度かなでた。

 耳元をなでられ、心地よさそうにしっぽを揺らす猫娘。ご機嫌になり、準備した契約書を見せる。


「にゃ♪ ノア殿、代弁者の契約書に署名してください」

「どれ、見せてみろ。僕たちの相談の間、閉鎖結界を張る……か。いいぞ、署名する。ノア・ゴールドスミス」


 契約内容を確認した鍛冶屋は、名前を告げる。西の大陸で使っている、通り名を。

 代弁者の契約書に書かれる、鍛冶屋の真名。東方の言葉だった。

 契約書を覗き込んだ子猫は、しっぽを揺らした。鍛冶屋を見上げる。


「読めませんが、真名による署名を確認しました。契約書を発動します」


 猫娘の持つ代弁者の契約書は、五色の粒子に変わり、溶けて消えていく。周囲の世界の理に干渉した。

 白い粒子が湧き出し、周囲に広がり、応接室を包み込んだ。エルフにも破れないほど、強力な閉鎖結果が敷かれる。

 腕組みをしながら、鍛冶屋は本音を漏らす。西大陸の白い代弁者の契約書を扱う、子猫に。


「……あんた、白の世界の理の愛し子なのに、契約書が必要なのか? この程度の閉鎖結界なら、自力で作れるだろ?」

「にゃ? 愛し子?」

「あー、ここらでは特異点だったか」

「にゃ。特異点の魔力としては、作ることはできます。しかし感情が乱れると、魔力制御ができなくなるので、多用したくありません」

「魔力が乱れるはずないだろ。親方が作った制御用の腕輪を土台に、僕が補強した魔道具があるんだ」

「にゃ……また壊しそうで怖いです。大事にしたいから、安全策を取ります」

「やれやれ、仕方ないな」


 猫娘の左手首の腕輪を、一瞥する鍛冶屋。耳を伏せる子猫の言葉に、眉をひそめながらも引き下がった。

 気まぐれな子猫は、伏せていた耳を戻す。思いついたことを、鍛冶屋に尋ねた。


「あ、ノア殿にお聞きしたいことがありました。いつも、真名が読めません。なんて読むのですか?」

青帝チンディ 諾亞ヌォヤァ

「にゃ? ち……あ……?」

「まあ……読めないだろな。僕の故郷の言葉は、こっちと違う」

「にゃ……東方の海の国でしたっけ? 昨日、兄上にそう言っていましたよね」

「猫は耳がいいな。そうだ。僕の故郷は、東大陸の東の端だ」

「真名の意味をうかがってもいいですか? 意味は、あるんですよね?」

「意味か? 文字は『うべない次ぐ者』だな」

「にゃ? さっぱり分かりません」

「クリスには、難しいか。あんた、頭はよくても、子猫だもんな。僕の故郷の前提として、一文字、一文字に意味があるんだ」


 再び猫耳を伏せる子猫。腕組みをしたまま、軽く笑う鍛冶屋。故郷にいる、年の離れた妹に教えるように、優しく語りだした。


「僕の名前の諾亞は、『承諾する』という意味の『うべなう』。そして、『次の代』を意味する『亞』という言葉から成り立つ」

「にゃ……『跡継ぎとして承諾する』ですか?」

「そうだな。僕は、将来、一族の長になることを望まれて、生まれてきた」


 だんだんと理解できてきた猫娘。猫耳を元に戻す。


「にゃ、文字一つに意味があるなら、家名もですか?」

「ああ、そうだ。こっち風に言えば……『青い万物をまとめて総括する者』になるか?」

「にゃ?」

「僕の故郷じゃ、青は『青色』を指すが、植物の葉っぱの色や空の色をひっくるめて、青というんだ。簡単に言えば、『青の世界の理』のことだな」

「青の世界の理ですか……。では、もう一つは?」

「確か……西の詳しい言葉にすると『世界をとりまとめる最高の者、地上をおさめる最高の支配者』だったと思う。仰々しい意味だろ?」

「にゃ……最高の支配者? では、国王みたいなものですか?」

「国王? あー、こっちじゃ、『皇帝』や『国王』、『君主』と訳す場合もあったな。忘れていた」


 腕組みを軽く説き、顎を撫でる鍛冶屋。

 二十年間使っていなかった、西の言葉。忘れていることも多い。未だに分からないことも多い。


「にゃ……青の世界の理の君主? なんで、青の世界の理に関する家名なのですか? ノア殿は、王族なのですか?」

「細かいことはいいだろ、気にするな」

「良くありません! 教えてください! 教えてくれるまで粘ります!」


 身を乗り出して、宝石のようにキラキラした瞳で尋ねる猫娘。異次元級のわがままを振りかざし、宣言する。

 げんなりした顔になる鍛冶屋。白猫族の気質は、嫌というほど知っている。猫娘の祖父や父親、……古き友人たちのおかげで。


「……青色魔法、僕の一族は青色魔法が得意なんだ。空が飛べる」

「それだけではないでしょう? きちんと答えてください!」

「……あんた、頑固だな。さすがダニエルの孫だ」


 鍛冶屋の言い訳に、しっぽを膨らませる猫娘。猫の勘は侮れない。

 大きくため息をつく鍛冶屋。昔、猫娘の祖父に振り回された悪夢が蘇る。腹をくくるしかなさそうだ。


「……僕は代弁者の契約書を書ける。あんたと同じだ。契約書の色は、青いがな」


 そう告げるなり、腕組みを解いて、力ある言葉を唱える鍛冶屋。

 空中に、ひときわ大きい青い光が描かれる。続いて小さな赤、青、黄、白、黒の輪が。

 光の輪の中に走る五芒星、成立する魔法陣。魔法陣は、即座に砕け散り、五色の粒子に変化した。

 一番大きな青色の魔法陣の光は、鍛冶屋の手元で一枚の青い紙になる。小さな五つの魔法陣のかけらは、青い紙に吸い込まれ、虹色の文章になった。


「ほれ、証拠だ。契約文を確認したら、署名してくれ。僕の秘密を、僕の許可がない限り、誰にも教えることはできないってな」


 白猫しっぽを膨らまし、猫の目をまん丸にする猫娘。突き付けられた契約書を凝視し、しばらく固まる。

 まん丸の目のまま、ようやく言葉を絞り出した。青い契約書に書かれる、猫娘の真名。


「にゃ……。了解しました、契約書に署名します。クリスティーン・ベイリー・フォーサイス」


 猫娘の言葉に答えず、契約書に視線を走らせた鍛冶屋。淡々と告げた。ひどく事務的な声だった。


「契約は締結した。これより適用する」


 青い契約書は、五色の粒子に姿を変えた。そして、世界の理に溶けて、消えていった。


「ノア殿、どうして東のあなたが、私の国へ? 次の君主が一人で出歩くなんて、普通ではありません!

ましてや、このような場所にいて、身分を隠すなんて……。東で何か起こっているのですか?」


 頭の良すぎる猫娘、子猫の柔軟さを発揮する。鍛冶屋の秘密を知っても、あわてなかった。

 受け入れたうえで、鍛冶屋に問う。西大陸を守る、フォーサイス王国の法の番人として。

 予想外の子猫の反応に、鍛冶屋は戸惑った。

 

「……あんた、理解が早いな。子供の反応じゃないぞ」

「にゃ? 兄上も、同じ反応をすると思いますが」

「やれやれ……白猫族か……。まあいい、教えてやる。あんたも無関係じゃない。

始まりは、小さな世界の理の流れのゆがみだ。陸続きの西大陸から、やってきていると分かった。

僕の一族は見守ることが仕事だから、静観していたんだ。西の事だし、西のやつらが直すと思ってな」

「にゃ……つまり直っていないんですね?」

「直るどころか、年々ひどくなった。爺さんが、とうとうしびれを切らして、『原因を探って来い』って、僕を派遣したんだ」


 猫娘は、猫耳を伏せた。世界の理の流れの歪みは、あちこちに作用する。最悪なのは、魔物を生む原因になること。


「にゃー、歪みの原因は分からないのですか?」


 鍛冶屋は真剣な猫娘を見る。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


『原因の一つは、あんただ』


 鍛冶屋は、昨日まで知らなかった。猫娘が特異点だと。

 白の世界の理が、わざと理の流れを歪ませた存在だと。


 半年前、ゴールドスミス親方の作った魔力制御の腕輪は、猫娘の異常な魔力を完璧に制御していた。

 鍛冶屋が見破れないほど、秀逸な品だった。


「……わからん」


 言葉数が少なくなる鍛冶屋。現実を突きつけることは、出来なかった。

 古き友人たちが可愛がる家族で、尊敬する親方が目をかけている子猫に。


 口達者な猫娘、鍛冶屋が静かになっても、会話を止めない。核心に迫ろうとする。


「にゃ……ノア殿、人の形をした魔物が関係している可能性は?」

「今のところ気配は無いはずだが……なんでそんなことを聞くんだ?」

「魔物が得意な、精神感応魔法を使える人が居ます。その人のせいで、この国は、滅茶苦茶になりかかっています」


 鍛冶屋の眉が動いた。腕組みをして、猫娘を見据える。


「どんなやつだ?」

「黄色の聖獣様から加護をもらっている、赤の特異点の少女です。ご存知ありませんか?」

「はあ? あの赤の愛し子が、そんなことをするのか? あれは、間違いなく、黄の代弁者の力だぞ。

代弁者は、めったなことで魔法陣を授けない。よっぽど相手を気に入らないとな。あんたの勘違いだろ」

「にゃ……」


 鍛冶屋の言葉に、猫娘は猫耳を伏せる。銀の瞳に涙が浮かんできた。


「おい、ちょっと待て! なんで泣くんだ?」

「どうせ私は、聖獣様に気に入られてません! きっと、一生加護を貰えないんです!」

「泣くな、頼むから泣かないでくれ。僕の言い方が悪かった!」


 慌てる鍛冶屋。故郷にいる妹を泣き止ませる要領で、話しかけた。


「そうだ! クリス、おやつはどうだ? 食べないのか?」

「にゃ? おやつです?」

「ああ、僕の故郷の菓子だぞ。こっちじゃ珍しいのに、食べないのか? 泣いてたら食べられないぞ。ほら、ちょうど食べ頃になってるぞ。お茶も飲みごろだ」

「にゃ、食べたいです!」


 ピタリと泣き止む、腹ペコ子猫。鍛冶屋の差し出した、蓮蓉包れんようほうを受けとる。

 涙をぬぐうとパクリとかみつき、幸せそうな顔になった。緑茶を入れながら、そうっと尋ねる鍛冶屋。


「どうだ? 甘くて、うまいだろ?」


 返事の変わりに、何度も猫しっぽを振って答える子猫。内心安堵する鍛冶屋。

 猫娘の扱い方は、年の離れた妹と同じようにしたら大丈夫そうだ。


「クリス、心配するな。あんたは、もう代弁者の加護を得ている。僕が保証する。だから、もう泣くな」

「にゃ? あ、代弁者の契約書がありましたね。あれは、聖獣様が、うちの一族にくれた加護です。

白の聖獣様は獣人の守護者だと、父上やおじいさまが言っていました」


 あっという間に、一個目の蓮蓉包れんようほうを食べ終えた子猫。コロッと機嫌を直した。

 嬉しそうに二個目に手を伸ばしながら、答える。ふっと、鍛冶屋を見上げた。


「にゃ、ノア殿にお願いがありました。昨日の魔道具の件です」

「なんだ?」

「先ほどの精神感応魔法に対抗できる、魔道具を作ってください。体験入学のときに、必要になると思います」

「やれやれ……あんたの話、聞いてやる」


 おやつにかぶりつく子猫を横目に、鍛冶屋は湯飲みを手にする。青い瞳に、真剣な光を浮かべながら。

●作家の独り言

ゴールドスミス親方の一人息子ジル君は、あたしの小説のファン第一号♪


最近は元気が無い日が多くて、可哀そうなんだけど。

……実は現在の親方さん、そろそろ天命が尽きそうなの。

三百才を過ぎてるから、ドワーフとしては大往生なんだって言ってたわ。

この小説の頃に三百才を迎えたんですもの、納得はできるわね。


落ち込み気味のジル君を叱咤するのが、新婚のノア君の仕事。

ジル君が生まれた直後に、ノア君は親方さんの弟子になったのよ。

だから、ジル君にとって、ノア君はお兄さん同然。今でも「兄さん」って呼んで、慕っているわ。


現在のノア君は奥さんのマリアちゃんと一緒に、故郷に住んでるのよ。

最近は、親方を心配して、夫婦でよくフォーサイス王国に来てるけどね。


ノア君の奥さんのマリアちゃんは、昔、フォーサイス王国で過ごしたことがあるのよ。

子猫のセーラ夫人が誘拐されたときに、マリアちゃんは東からやって来て、助けてくれた恩人。

セーラさんを助けたあと、修行中のノア君と一緒に、親方の工房で十年間お世話になってたんですって。

娘の居ない親方さん夫婦は、マリアちゃんを可愛がったらしいわ。


そんなマリアちゃんの話題は、「16話 北の公爵家の賢姫」で、ちょっとだけ出てるわ。

公爵家の双子やセーラ夫人の緋色の髪、王家の緋色を「赤の祝福」って、教えた人だってね。

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