23話 王家の第一王子
「リズ、母上からお菓子を預かってきたんだ。母上の手作りで、ニンジンやゴマを混ぜているから、体にいいと言っていた。二人で一緒に食べよう」
第一王子は、お土産をネタに、公爵令嬢の気を引こうとする。
婚約者と二人でお茶会をしても良いか、公爵家の大旦那の返事を待った。
沈黙する前宰相。王宮での王子たちの態度の変化や、会議のことが頭によぎる。
空気の読めない子猫は、父方の親戚である、前宰相に視線を向けた。感じたままを告げる。
「にゃー、大おじ上。エドは、リズと二人でお茶会希望のようです。リズを怒らせたから、お菓子で、ご機嫌取りしたいようです」
「クリス、なにを言うんだ!?」
「だって、エドの態度、おばあさまを怒らせたときの、おじいさまとそっくりです」
「そんなに似てるか?」
「にゃ」
子供は、大人の行動をよく見ている。そして、人前で言って欲しくないことを、言葉にしてしまう。
「にゃー、心当たりがありませんか? うちのおじいさまは、おばあさまに新作の薬草茶を贈って、二人でお茶会を開いていますよ。
『君には、怒り顔より、笑顔が良く似合う』と決まり文句をいっています」
「……言われてみれば、おじい様は、おばあ様の機嫌が悪いときは花を贈って、庭園散歩に誘っていたな」
「にゃ? 王家のおじいさまとおばあさまもですか?」
「……そう。僕も知ってる。おばあ様、花が大好きだから」
「あー、確かに。うちのおじいさまも、おばあさまを歌劇鑑賞に誘って、機嫌取りしてるよね、リズ」
「そうですわね、マット。喧嘩をなさった翌日は、二人で出かけておりますわ」
猫娘は、男爵家の祖父母の上下関係を暴露した。王子たちは、同席していた先代国王妃を見てしまう。
公爵子息は、大旦那と大奥に視線を。公爵令嬢も飲んでいたカップを机に置き、祖父母を見やった。
純粋な子猫は、ゆっくりと王家の祖母や、親戚の大人たちを見渡す。
盛大に咳ばらいを始める、大人たち。公爵家の大旦那は、急いで話題を切り替える。
「エドワード王子、二人とも、病み上がりなのだ。どちらかが体調不良を起こせば、すぐに知らせてセーラの診察を受けるように。
約束が守れるなら、エリザベスと一緒に過ごしても構わない」
「ありがとうございます、ヘンリー前宰相!」
条件つきだが、婚約者とのお茶会を認められた第一王子。条件も、納得できる内容だ。
凍えたような雰囲気がとけ、春の日差しのような空気をまとう。明るい笑みを浮かべた。
そのまま腰を浮かせ、公爵令嬢の側に近づく。愛する婚約者の手を取り、語りかけた。
「リズ、僕からのお茶会の誘いを受けてくれるな?」
「……エド、時間は?」
「大丈夫。まだ三時だ、夕方まで時間がある」
「にゃ!? もう三時なのですか!?」
子猫は、空気を察せない。恋人たちの甘い空気をぶち壊す。
猫耳を伏せ、しっぽを膨らませ、椅子から勢いよく立ち上がった。
「にゃー! ノア殿との約束の時間です! 急いで行かないといけません!」
「子猫ちゃん、もう遅刻なんじゃないかしら?」
「にゃ……大丈夫です。『お菓子を準備して待っている』って、言ってくれました!」
「……子猫ちゃん、お菓子目当てなの? ノア君に相談することがあるんじゃなかったの?」
「にゃ、相談が目的です。ですが、三時のおやつの方が大切です!」
ずっと黙って、成り行きを見守っていた、部外者のエルフ。ようやく口を開き、猫娘に話しかけた。
両手を握りしめ、全身で訴える子猫。膨れたままのしっぽは、天を向く。
なんだかんだ言っても、食べ盛り、育ち盛りである。
「クリスティーン、お待ちなさいな。今からノアの所に行きますの?」
「にゃ。そうです、おば上」
「了解しましたわ」
白猫公爵夫人は、姪っ子に優しい視線を送っていた。王女とはいえ、まだまだ子猫だ。
王女らしからぬ態度は、愛らしい仕草として許される年齢である。
「エドワード、お土産のクッキーは、イザベルが作りましたのね?」
「はい、セーラ夫人」
「エリザベスのお見舞いの品として頂きましたけど、クリスティーンに分けてあげても、よろしくて?」
公爵夫人の呼びかけに、第一王子は気軽に答えかけ、思いとどまった。
ゆっくりとつばを飲み込む。婚約者の手を取ったまま、背筋を伸ばした。
「セーラ夫人、いいえ、将来の母上。それを僕に尋ねるは、お間違いかと。
エステ公爵家に持ってきて、受け取っていただけた時点で、リズのものです」
「エリザベス、エドワードはこう言っていますわよ。どう考えますの?」
「母上、王妃様の愛情あふれるクッキーは、わたくし、たいへん感謝して受け取っておりますの。
ぜひとも、クリスちゃんにも、王妃様の愛情を感じていただきたいものですわ」
先代国王妃や、北の公爵家の大人たちの視線を浴びながら、第一王子と公爵令嬢は言葉を紡ぐ。
試されていた。
将来の国王夫妻としての試験は、いつも突然、開始される。
「それに、クリスちゃんが約束の時間に遅れたのは、わたくしの病気のためですもの。訪問先へ、お詫びの品を用意し、一筆したためるべきだと思いますわ」
王家の微笑みを浮かべ、答える、公爵令嬢。内心、冷や冷やしながら。
「エリザベス、誰が手紙を書くのですか? 内容は?」
「わたくしが書きますわ。クリスちゃんは、診察で遅れたと……」
「エリザベス、あなたの病気は、まだ国民に発表していません。発表していないことを、手紙に書くつもりですか? それに、お詫びの品に、何を準備するのですか?
そこまできちんと考えてから、答えなさい。口先だけの回答は、要りません」
「……はい、先代妃さま。申し訳ございません」
扇子を閉じる音がした。先代国王妃が、王家の微笑みを浮かべながら指摘する。冷静に。
公爵令嬢は、気弱な表情を浮かべ、頭を下げるばかり。第一王子は、心配そうに婚約者の顔を覗き込んだ。
「リズ、やっぱり調子が悪いのか? おばあさまに怒られる事なんて、あまりないだろう」
常日頃から、凛とした雰囲気をまとう公爵令嬢。気弱な表情は、第一王子の記憶でも、数えるほどしかない。
「クリス、リズの病気は本当に治ったのか? 新しい薬を使ったと聞いたが」
「にゃ……結論から言うと、わかりません。病気自体は、現時点では消失しています。
ただ新薬なので、副作用が出る可能性もありますし、病気が再発する可能性もあります」
婚約者を覗き込んだままの第一王子からの質問。子猫医者は素直に答える。分からないと。
公爵令嬢の病気自体は、治っている。しかし、治療薬は新しい、開発中の薬だ。
どのような副作用が出るか、分からない。鉱石病が再発する可能性もある。
「そうか……ありがとう」
第一王子は、猫娘を責めなかった。回答してくれたことに感謝を示し、引き下がる。
左手も動かすと、両手で公爵令嬢の右手を包み込んだ。小さな手だった。白く、小さな手。
覗き込んだ王子の青い瞳は、公爵令嬢の金の瞳とぶつかる。先代国王妃に注意され、うるみかけた金の瞳。
「リズ、部屋に行こう。その方が、くつろげるだろう? 僕はリズの部屋で、お茶会をしたい」
「エドワード、待ちなさい。話は終わっていませんよ。エリザベスの提案、手紙とお詫びの品はどうするつもりですか?
あなたたちは、将来、国王夫妻になる予定なのですよ。きちんと結論を出しなさい」
公爵家の大奥は、勝手に移動しかけた第一王子をたしなめる。将来の国王としては、軽率な態度だと。
「……兄上、リズが心配でも、結論が先」
「わかってる」
「……父上なら、どうしてる?」
「そうだな……母上の調子が悪い時、重要な事を先に終わらせて、母上を休ませたな」
「……そう。重要な事はおろそかにせず、皆と相談して、迅速に決めてた」
第二王子は、苛立ちをみせかけた兄に話しかける。少し考えて答える、第一王子。
幼いころから見てきた、父親の背中。国王の責務を背負った、戦王シャルルの生き方。
「エドって、変なところでバカだよね。困ったなら、ボクを頼りなよ。国王を補佐するために、宰相がいるわけじゃん」
「え? マットに、何ができるんだ?」
第二王子の言葉に乗っかり、軽口をたたく公爵子息。第一王子の不思議そうな声に、不機嫌な顔つきになった。
「エドの補佐。父上が国王様の補佐をしてるんだよ? 跡継ぎのボクが、エドの補佐をできないわけないじゃん。
ほら、リズから手を放して!」
「痛っ」
不機嫌顔のまま、すっくと立ちあがり、双子の姉と第一王子に近づいた公爵子息。
一時的に火傷の治った右手で、姉の婚約者の頭を容赦なく叩く。
痛さで相手がひるんだ隙に、姉を取り返した。背中にかばいながら、皮肉をぶつける。
「リズはボクの双子の姉。リズの結婚相手は、ボクが認めた奴じゃないとさせない。今みたいな態度のエドに、リズを渡せるわけないじゃん。
リズと話したいなら、それ相応の行動を見せなよ。将来の国王になるんだろう?」
「うぅ……」
「まあ……エド君って、カッコ悪いのね。マット君の方が、カッコ良いわ」
「にゃ。私も、そう思います。それはそうとして……エド、結論を出してください。私は、早くおやつが食べたいです!」
痛いところを突かれ、反論できない第一王子。観客と化していたエルフと猫娘の素直な感想が、心をえぐる。
気まぐれな子猫の一言が、追い打ちをかけてきた。第一王子の事情よりも、おやつの方が大切らしい。
痛む頭を押さえつつ、思考を巡らせる。公爵子息に視線を送りながら、意見を求めた。
打てば響く、公爵子息の返答。いたずら常習犯だった二人は、言い訳を考えるのも早い。
「……マット、クリスが遅刻した言い訳について考えた。
王族であるマットの病気について、宮廷魔法医師の意見を求められて、遅れたことにしてもいいか? マットの件は、今朝の学校で生徒たちが目撃しているからな」
「ボクの病気? ああ、火傷病ね。ふーん、エドにしては考えたじゃん。
じゃあ、先方へのお土産は、ボクの病気を発見してくれた宮廷魔法医師のクリスちゃんに、王妃様直々に贈られた褒美の品ってことで」
「それでいこう。クリスに贈られた品は、クリスのものだ。お裾分けとして持参しても、問題ない」
あっという間に出来上がる、筋書き。
王族である、公爵子息が病気にかかってしまった。最初に病気を発見した宮廷魔法医師は、猫娘。
猫娘は病気についての見解を、公爵家に求められて、遅刻してしまった。
そして、猫娘がゴールドスミス工房に持っていくお詫びの品は、病気を発見したご褒美に、王妃様からもらったことにする。
第二王子は、悪知恵の働く兄と親戚に、ため息をつく。青い瞳を、猫耳の従妹に向けた。
「……クリス、兄上たちが勝手に決めてしまったけど、構わない?」
「にゃー、エドとマットの暴走は、いつものことです。フィルがため息つくだけ、無駄です。
まあ、筋が通っているようには、聞こえます。王家のおばあさまが認めるならば、私には異論ありません。早く、おやつを食べに行きたいです!」
猫娘は、部屋の隅に居た。エルフを急かして、上着を着ている途中だった。
離れていても、すべての会話が聞こえている。白猫耳を動かしながら、言葉を返した。
「にゃ! 部外者のリリー嬢もいるので、口裏を合わせるために、代弁者の契約書を作る方がいいと思います。
王家のおばあさまの許可が無い限り、この話を聞いたことを外部に知らせることができないように。
これならば、リリー嬢が居なくても、おば上とおばあさまだけで契約できます」
「……分かった。ありがとう」
腹ペコ子猫も、悪知恵が働くようだった。すべての責任を、祖母に押し付ける。
第二王子は、仕方なく祖母に視線を移す。
「……おばあさま」
「わかりました。クリスティーンも急いでいるようですし、今回は、エドワードとマシューの意見を認めましょう。
クリスティーン、ゴールドスミス親方の所へ、通信を忘れないように。非礼を詫びてから、訪問するのですよ」
「にゃ、了解しました」
「エドワードは、お茶会をしてもよろしい。エリザベスの体調を気遣うのですよ。
フィリップは、エステ公爵家の方々に非礼の無いようにお話を。マシューは、わたくしとお茶会ですね」
「ありがとうございます、おばあ様! ほら、マット、意見をまとめたぞ。リズ、部屋に行こう♪」
「はい、はい。王子様」
扇子を開き、宣言する先代国王妃。孫を見やる。
婚約者とのお茶会を喜ぶ第一王子と、渋々姉を任す公爵子息。
兄と同い年の親戚を眺めながら、静かなる第二王子は察した。お調子者の二人には、お茶会の後で、お仕置きが待っていると。
そうこうするうちに、猫娘は部屋の出入り口に陣取っていた。スカートの裾を両手で持ち上げ、ちょこんとお辞儀する。
礼儀も、空気も、何もかも、すっ飛ばして。
「にゃ、皆さま、お先に失礼します。礼儀作法についてのお話は、後日改めて聞きます。それでは、ごきげんよう。
リリー嬢、早く行きましょう。おやつ……じゃなくて、ノア殿が待っています!」
「子猫ちゃん、そんなに押さないで。お菓子は逃げないわよ」
鍛冶工房へ行き、お菓子が食べたい子猫。あとで、怒られる気満々だった。
スカートから手を離すと、エルフの背後に回り、背中を押し始める。
「子猫ちゃんの親戚の人たち、今日はありがとう。リズちゃん、また明日、学校で会いましょうね♪」
「ええ、ごきげんよう」
子猫に押されながら、軽く笑うエルフ。右手を振りながら、部屋から出ていく。
「あ、クリスちゃん、クッキーは要りませんの?」
「にゃ!? 要ります!」
公爵令嬢に言われ、舞い戻ってくる猫娘。分けてもらった王妃のお手製クッキーを、大事そうに抱え込む。
白猫しっぽを幸せそうに振りながら、扉を開けて待っていたエルフの元へ。
王族と親戚たちは、口々に別れの言葉を告げながら、慌ただしい二人を見送った。
●作家の独り言
何度も言うけど、この頃のエド君とマット君って、お調子者よね。
フォーサイス王族の血筋が、色濃く出てると言うか。
この二人が、将来の国王様と宰相になるのよ。信じられる?
エド君の弟のフィル君が、しっかりしてくるはずよね。
フィル君は、父親の王族の血筋よりも、母親の青の英雄の血筋が強いかしら。
母方の従兄、ユーイン君も、しっかり者だしね。
客観的に見れば、子猫ちゃんも、お調子者の王族の血筋が出てるのかしら?
性別や口調が違うだけで、エド君と言動が似てる部分が多いし。
子猫ちゃんの場合は、お父さんもお母さんもフォーサイス王族。つまり、生粋の王族のお姫様。
エド君よりも、お調子者でも、おかしくないわね。
……子猫ちゃんの近衛兵のユーイン君が、しっかり者になるはずだわ。




