第五章 カトレア
ベザルちゃんと別れてから、私はカムナ統一惑星へと移動していた。
距離という概念は、殆ど無い。
現実の人がアクセスすればすぐ電脳世界に来られるのと同じで、どっちかと言えば電脳世界の存在である私にとって、現実こそがアクセスして移動するような場所なのだ。
だから、すぐにカムナ統一惑星へと移動できる。
まずは昨日も来た戦艦に。
今回はちょっとメインプログラムにアクセス。
カザーダ軍の艦籍だからプロテクトがしっかりしているかと思いきや、何の対策もしてない。今どき珍しく、AIすら搭載していないようだ。
全てがかカザーダ製。
艦体はしっかりしているし、武装も現代なりにちゃんと揃っているんだけど、プログラムに関してはあんま興味が無いらしい。メインプログラムなのに、宙賊の艦よりなんか薄い。
艦内カメラを拝借してみれば、なるほど、手書きの資料とかが詰め込んである部屋がある。
メインデッキでも紙でやりとりしてたりするし、現代にしては妙な拘りがある軍らしい。
ま、調べたいのは別の事だ。
外部カメラとレーダーにアクセス。展開している数を確認する。
全部で十隻。
駆逐が九で、この艦だけが戦艦だ。
交戦を意識した編成としては貧弱すぎるので、単なる監視なんだろう。
そう判断したのも束の間、レーダーの端に機影が映り始めた。
大小様々、かなりの数だ。
この艦から通信を飛ばしてやりとしもしてるし、カザーダ軍なんだろう。
……レビレグは、一体何をしてるンやら。
少なくとも、王子だって言うレビはあの艦隊と関係あるんだろう。
仕方ないなぁ。
直接訊く為に、カムナ統一惑星へ。
阻害障壁は、私の認識的には薄い膜。ちょっと抵抗は感じるけど、通り抜けるだけならそんな難しくはない。
と、阻害障壁を越えた所でノイズが走った。
頭痛、と言っても良いかもしんない。
『助けて……』
パッパッと、認識が切り替わる。
まるでテレビのチャンネルを変えるように、見ている世界が、光景が、移ろう。
『見たくない』
不安。
絶望。
『怖い』
白い部屋。
白いベッド。
『死にたくない』
移ろう季節。
動けない自分。
『嫌だ』
薄いピンクの入院気を着て、外を眺めている。
……これは、私?
『嫌だ』
――違う。
死へと向かっていた私。
その時と酷似しているけど、違う。
この思いは、この感覚は。
私以外の誰かのモノだ。
『誰か』
その誰かが、嘆いている。
こんなになった私に、届くほどの思いで。
『誰か――』
諦めと絶望に沈みながらも、それでも願っている。
あの頃の私と同じように。
『――助けて』
その声に引き摺られるように、私の意識はこの世界から掻き消えた。
「……むぅ」
私は、そこにいた。
白いだけの空間。
部屋ではない。
ただ、ひたすらに白いのだ。
けど、上下感覚はある。地面に足を着いていると言う感覚も。
目の前には、ベッドがある。
病室にあるようなベッドだ。
そこに、金髪の女の子が上半身だけを起こして虚空を見つめていた。
その青い瞳が、私を向く。
「……神様?」
「ふふっ。違うわよ。……残念な事に、たまにそー言われるけど」
苦笑しつつ、少女へと歩み寄る。
もし少女が言葉を発しなかったら、私が『天使?』なんて聞いていた事だろう。
青く大きな瞳。
痩せて、青白いけれど、それでも愛らしさが損なわれないほどに整った顔立ち。
「神様……」
その大きな瞳から、涙が零れた。
「どうしたの?」
「怖い……怖いですっ」
ギュッと私にしがみつき、泣き始める少女。
その声が呼び水になったかのように、私の脳裏にいくつかの光景が浮かんだ。
金色の複眼、甲高い声、爆発、血、沢山の叫び、レビの死体。
「……?」
何でレビが出てくるのかが分からずに、私は首を傾げた。
少なくとも、現状で死んでるって事は無いはずだ。……多分。
嗚咽を漏らす少女を撫でながら、周囲を見回して、少女を見下ろす。
「なるほど」
妙な空間だけど、私は私として存在している。
電脳世界と違って、翼を生やしたりなんて真似も出来ない。つまり、存在が固定されてるって事なんだろう。
そして、たぶん、この子がこの世界の主。
この子の夢の世界に、何でか私が巻き込まれた。
たぶん、そう言う事だ。
何せ、この子にだけコードが集っているのだから。
少女の髪を梳くように撫でると、ボロボロとコードが落ちてゆく。
金色の髪から黒い髪が落ちてゆくようだ。
「……未来が、見えるの?」
私の呟きに、こくんと頷く少女。
「ふむふむ」
この、少女の髪からこぼれ落ちてゆくコードが、少女が視る未来の欠片。
そのコードは、地面に落ちる前には消えてゆく。
「つまり、狭間って事かな」
現実と電脳世界の狭間。
夢がそれだとするのなら、コードが存在する理由にもなる。
コードで形成される電脳世界ではない。けど、現実ではないからコードが干渉できる世界。
「……なるほど?」
無意識に電脳世界にアクセスできるなら、未来予知だって不思議ではない。
何せ、電脳世界だ。
状況から演算して、可能性の高い未来を見せる事だって出来るだろう。
まぁ、私にやり方は分かんないけど。
撫でれば撫でるほど、コードが落ちてゆく。
いつしか泣き止んでいた少女は、頰を上気させて私を見上げていた。
「神様……」
「カナメよ。カナメさんって読んで」
「カナメ、さん?」
「よ~しよしよし良い子だ。もっとか、もっと撫でて欲しいのか」
「えへ~」
「このいやしんぼめーっ」
抱きついてくる少女をぐりぐり撫でていると、こぼれ落ちるコードの量が減ってきた。
チラチラ見えていた映像も、今は見えない。
多分、未来視のコードなんだろうけど。
そこまで考えて、私はピタリと手を止めた。
「……? 撫でて」
「あの、未来視なくなっちゃったら、困る?」
「あんなのいらないっ!」
ギュッと抱きついてきた少女に安堵して、再び金色の髪に指を通す。
焦った。
未来視が出来なくなったとか、普通なら大問題だ。
本人が良いらしいから、多分大丈夫だろうけど。
「……まぁ、ホントに未来視が出来なくなるかどうかは、分かんないしね」
「みらいし……。あっ!」
バッと顔を上げた少女は、大きな瞳に涙を溜めると、私にしがみついてまた泣き出した。
「え、え? ……どっち?」
号泣である。
視えていた未来が見えなくなった。だからこその涙だというのは分かるが、どっちなのかが分からない。
喜び、ならいいんだけど……。
下手に頭を撫でる事も出来ず、少女の背中をポンポンと叩く。
『未来視無くしやがってコノヤロー!』なら、こんなギュッとしがみついてこないとは思うけど。
そんな事を思いつつ泣き止むまで暫く待つ。
と、私の服でゴシゴシと顔を拭って、少女が顔を上げた。
瞼が赤く腫れてるけど、可愛い顔で、良い笑顔。私の服に鼻水が伸びてなければ、完璧だったね。
「神様、ありがとうっ!」
「うん、カナメね? 神様じゃないから」
返事はなく、少女はニーッ! と笑顔を見せた。
うん、可愛いんだけどね?
と、突然世界が消えた。
見慣れたデータの海だ。
多分、少女が目覚めたんだろう。
さすがに、あれでお別れは無い。
未来視用のコードがかなりの量剥がれてしまったのだ。現実の肉体に影響が無いとは言い切れない。
外見の特徴から少女を検索。
金髪に青い瞳、白い肌。年齢は十二才以下。
そこから私の記憶にあるさっきの少女と照合する。
ヒット。
後は現在地を検索するだけ。
二日前に移動している映像がヒット。高そうな車椅子を押されて、ピンクのマンションへと入ってゆく映像だ。
それ以降、カメラの映像では確認されていない。
つまり、そのマンションの中。そこまで絞れれば後は楽勝だ。
マンション内のサーバーにアクセスして、手当たり次第に利用者を調べるだけ。
そしてヒットしたのが、一階の一室だった。
スクリーンを展開して顔を出しつつ、カメラで周囲を確認――するまでも無く、目の前のベッドから少女を抱え上げる男が目に入った。
つい最近も見た顔だ。電脳世界で頻繁に会っている相手ではある。
『……ドン引きだわー』
少女を抱えたままビクッと跳ねさせて、こっちを向いた男は目を見開いた。
「ひ、姫様っ!?」
『レグ。幼女誘拐はさすがに……』
「ち、違うのです姫様っ!」
少女をベッドに戻し、その場に跪くレグ。
その姿を半眼で見下ろしていると、少女が目を擦りつつ身体を起こした。
「ん……あ、神様っ!」
『カナメさん』
「あ、はい」
『おねーさんでもいいわよ?』
「お、おねーちゃん」
ほっぺを赤く染めて、俯きつつそう呟く女の子。
これは、可愛い。
『うん。レグが誘拐したがるのも分かるわ』
「違いますよっ!? 違いますからっ!」
「お兄さん、だれ?」
『やっぱそうじゃない』
「違いますっ! カトレア殿下は、レビの妹さんなんですっ!」
『……うん。まぁ、無理矢理はやめようね?』
「ホントに違うんですっ!」
涙目のレグに苦笑して、カトレアちゃんへと言葉を向ける。
『それで、カトレア……殿下?』
「うんっ。あ、おねーちゃんちょっと待って」
ベッドから足を下ろして着地。
背筋を伸ばしたカトレアちゃんは、驚いたように自分の身体を見下ろして、私を見た。
その目に、みるみるうちに涙が溜まってゆく。
「からだが、うごく……」
『うん。でしょうね』
ベッドの医療スキャンデータを見ても、特に異常は無い。過去のデータを遡ってみても、若干衰弱傾向にあるってだけだ。
そう言われてみれば、この場所を見つけた映像データだと、車椅子だった。
まぁ、何かあったんだろう。分かんないけど。
鼻を啜って涙を堪えようとしたカトレアちゃんは、それでもボロボロと涙を零して、唇を引き結んだ。
どうやら、夢の中程思いっきり泣くつもりは無いらしい。
「わ、わたしは、カムナ、とういつ、わぐせい。……第一、おうじょの、カトレア、です」
ボロボロと涙を零して、僅かに嗚咽を混ぜつつも、レグの隣に片膝をついて挨拶をするカトレアちゃん。
「ありがと、ごじゃましだっ!」
わっと泣き出すカトレアちゃん。
その様子に、何故かレグが満足げに頷いた。
「さすが女神様」
『おい、何納得してる』
「姫様。一目会っただけで王女の心を掴むとは、このレグ、臣下として誇らしい限りです」
『おいっ! 何も分かってないのに自慢げなのやめろっ!』
「この忠誠、姫様の為に」
『やめろっ!』
恭しく頭を垂れるレグに突っ込むと、突然扉が蹴り開かれた。
「カトレアっ!」
現われたのは、ガタイの良い男性。
彼は駆け込んでくるなり声を上げ、泣きじゃくるカトレアちゃんを目に憤怒の表情を見せた。
「何が起きているっ! レグ、答えよっ!」
「に゛い゛ざま゛」
「カトレアっ!? お前、足が……」
男の胸に飛び込んだカトレアに、薄い青の瞳が見開かれる。
反応的に、カトレアちゃんは歩けなかったんだろう。
「かみさまが、治してくれたの」
「神様」
カトレアちゃん。その紹介はやめろ。
「カムド第一王子殿下。我が主を紹介いたします」
「レグ? お前の主は、クルレドなんじゃ……」
戸惑うカムドと呼ばれた男に、レグはニッコリと微笑んで私が見えるように一歩横へと移動した。
「この御方こそが我らが王。電脳の女神にして、≪女神の箱庭≫を統べる姫王、カナメ様です。くれぐれも失礼の無きよう」
『何その紹介っ!?』
「申し訳ありません、姫様。短すぎました」
『違うしっ! 名前だけでいいじゃんっ! 何なの≪女神の箱庭≫っ!?』
「≪廃棄城≫では姫様に相応しくないと、公募で」
『聞いてないんですけどっ!?』
その名前自体はチラチラ聞いていたし、そうなんだろーなーとは思っていたけど……まさか公募で決まっていたとは。
「あー、すまない。それで、カナメ様でいいのか?」
『別に呼び捨てでも良いわよ?』
「そんな、なりませんっ! そんな事は女神教に対する冒涜ですっ!」
『人を勝手に祭り上げた宗教の何が冒涜だっ! 女神教自体が私に対する冒涜でしょうがっ!』
「それとこれとは話が別です」
『なんでそんないきなり平静に戻って無茶苦茶言えるわけ?』
愕然としてそう返すと、カムドがいきなり吹き出した。
「ごほっ! あ~、すまん。ただ、そう言う状況じゃないんだ」
『あ、私もそれを知りたかったのよ。何がどうなってるの?』
「姫様。現状だけで言うのでしたら、カトレア殿下を敵の手の者が狙っている、と言う状況です」
『ふ~ん。……あぁ、今上の階から家捜ししてる奴らね。九人か』
中々酷い手口だ。
扉を蹴り開いて、室内を一通り見て、人が隠れられそうな場所は全部ひっくり返して次の部屋に。
三人一組で行動してはいるが、三組ともに似たようなものだ。抵抗しない奴を殺さないだけ、マシかも知れないけど。
『うん、良いマンションね。これなら余裕かな』
三人組が空き部屋に入る。
間取りは、入って左側がトイレやバスルームなどの水回り。正面から右側がLDKで、正面をまっすぐ行けばベランダ、右手に進めば個室が三つって感じだ。
ただ、このマンションの凄い所は、防犯とかの設備だ。
三人がリビングに入った所で、私は玄関の防火壁を落とした。
ガゴンッ! と響き渡る音に三人が振り向く。
次はベランダへと続くガラス前の防犯シャッター。更にはキッチンの防火壁と、個室へと続く廊下の防火壁。
これで隔離は完了だ。
他二組にも同じ事をして終了。うん、良いマンションだ。
ちなみに、防火壁の落ちる速度は私が操作した結果だ。本来なら警報が鳴り響いてからゆっくり落ちてくるんだけど、それじゃあ間に合わないから仕方ない。
床が凹んじゃったけど、あれだ。コラテラル・ダメージって奴である。
『はい、終わり』
「さすが姫様ですっ」
「おねーちゃん、すごいっ!」
「いや、何故そう簡単に信じる」
一人冷静なカムドに、だがレグは微笑み、カトレアちゃんは首を傾げた。
「姫様ですから」
「神様なんだよ?」
「おかしいだろう。現状は、通信すら出来ないんだ。何故彼女はここにいて、何故遠隔で何かを出来る。ありえない」
「姫様ですから」
「神様なんだよ?」
「うっ」
あぁ、唯一まともっぽいカムドが、妹さんの可愛さに負けてしまう……。
まぁ、カトレアちゃんは可愛いから仕方ない。
仕方ないけど、こいつまで私の事を神様とか姫様とか呼びだしたらもう終わりだ。
電脳世界に逃げ込んで、カムナ統一惑星には関わらないようにしよう。
『で、時間は出来たわけだけど、状況は?』
「はっ。第三王子ジュリオがカザーダ人を手引きし王族会議中に襲撃。王とレビは先に潜伏場所へと向かっています」
『他の王子は?』
「第二、第四王子は第三王子と繋がっているかと」
『ふむ。それで、今後の予定は?』
「まずは王族の安全を確保し、中央か第五州の軍に助けを求める予定でした。通信障害により連絡が取れませんので、当面は潜伏しているつもりでしたが」
『ふ~ん。……でも、それじゃあ間に合わないかな』
スクリーンを一枚立ち上げて、リアルタイムの映像を流す。
『――するっ! 故に、我らは戦わねばならいっ! 王と、民と、この地の安寧の為にっ! 今ここに宣言しようっ! カムナ統一惑星星王代理、アベイド・フォン・カムナ・ルビ・レイの名の下に、惑星カザーダに対し宣戦布告するっ!』
映像内でも、この部屋でも、静寂が満ちた。
暫くして、再びアベイドが言葉を紡ぐ。
今後どう展開するか。有志を求めている事、等々。
「意味が、分かんねぇ。なんで第三王子じゃねぇんだよ」
「それもそうだが、あれからまだ二時間経ってないぞ? それに宣戦布告って、何がどうなってやがる……」
「アベイド兄様、何話してるのですか?」
「カトレア。気にしなくて良い」
カムドはカトレアを抱き上げると、私に向かって頭を下げた。
「カナメさん。協力に、感謝を」
『気にしないで良いわよ』
「そうはいかん。カトレアに関してもそうだ。今は難しいが、この礼は必ず」
「おねーちゃん、ありがとう、ございます」
『んふ~』
真正面から褒められると、やっぱり嬉しい。
「さすがです姫様」
『お前の褒め言葉はいらない』
「何でです姫様っ!?」
『何だろう。胡散臭い?』
ガンッ! と鈍器で殴られたようにフラつき、その場に崩れ落ちるレグ。
ちょっと悪いとは思うけど、『さすひめ』はもうお腹いっぱいだ。レビといちゃいちゃしてくれてた方が個人的には嬉しい。
「あー……すまないんだが、まだ協力をして欲しい」
『内容に寄るけど』
「まずは王と合流。その後、軍と連絡を取りたい。中央と第一、第五だ」
『ま、それくらいなら』
レビの家族のお願いだ。カトレアちゃんも可愛いし、ちょっとぐらいの干渉ならいいだろう。
「感謝する。我々は車で向かうが、貴女はどうするんだ?」
『現地で合流で』
「分かった。おい、行くぞ」
軽く尻を蹴られたレグは、よたよたと立ち上がって頭あを下げた。
「では、姫様。また、後で」
「はいはい。ちゃっちゃと行った行った」
レグが大仰に凹むのはいつもの事なので、気にしない。
私は手を振ってくれるカトレアちゃんに笑顔を返して、手を振ったのだった。
「カトレアあああぁぁぁぁぁっ!」
お爺ちゃん、号泣である。
まぁ、お父さんなんだろうけど。
もらい泣きなのか、カトレアちゃんまで大泣き。カムドやこの家の家主であるメアリーさんまで鼻を啜っている。
うん、微笑ましい光景なんだけどね?
『そんなヤバかったの? カトレアちゃん』
「ヤバい……と言うより、手の打ちようがないと言うべきでしょうか。回復の見込みが無かったんです」
『その割には、すぐ立ててたけど』
「王族ですからね。……若干オカルトじみてはいますが、医者の見立てでは肉体の衰弱では無く、魂の衰弱が原因と。実際肉体に異常は見られなかったので、運動はしていたはずです」
『……魂、ねぇ』
状況的に、コードがその魂を衰弱させてたと見るのが妥当だろう。
けど、コードってのは電脳空間を構成するだけの代物な筈だ。
まぁ、プログラムがコードな訳だから、現実世界にも影響を及ぼしている、とはいえるんだろうけど。
『あ、そういえばカトレアちゃん、多分もう未来視出来ないから』
「……姫様?」
驚きの表情を向けてくるレビに、私は肩を竦めた。
『自分が殺されるみたいなこと言ってたの、そのせいなんでしょ? 王家としては不満かも知れないけど』
「そんな事はありませんっ!」
大声に私が驚く間すら無く、レビは私へと居住まいを正し、その場に跪いた。
「改めて感謝を、姫様。今後は、より一層の忠誠を誓い、務めさせていただきます」
「同じく。絶対の忠誠を」
レグまで跪いて、頭を垂れる。
その隣へと、とてとてと走ってきたカトラまで同じように真似をした。
「神様……」
『カトレアちゃん?』
「おねーさん」
私の笑顔ですぐ察したのか、カトレアちゃんは言い直してくれたモノの、すぐに思い付いたように笑顔を見せた。
「ひめねーさまっ!」
『はぅっ』
可愛いっ!
頭を撫でられないのが残念過ぎる。
と、近付いてきたカトレアパパがおもむろにレビの頭をひっぱたいた。
「いたっ!」
「クルレド。感謝するのは良いが、それは違うだろう。王族である事を自覚せよ」
「父様」
スクリーン越しなのに威圧を感じるほどの思い口調、険しい顔。
だがレビは怯みもせずに立ち上がり、真正面から父親――王を見返した。
「でしたら廃嫡をお願いいたします」
「……なんだと?」
「姫様に忠誠を誓えないのでしたら、このような地位など不要。現状では難しいですが、落ち着き次第廃嫡の手続きを」
「クルレドっ!」
怒声を上げたのは、カムド。
だがレビは、それでさえ怯みはしない。怯えたのはカトレアちゃんの方だったりする。
「カムド兄様。……いえ、第一王子殿下。ご理解いただけているとは思いますが、私のような継承順位では、いるだけ民の負担なのです」
「……だが、王族だ。俺の弟だ」
「それは勿論です。今回はこのような事になりましたが、アベイド兄様、ジュリオ兄様、モーム兄様も、家族だと思っています。ですが、姫様への忠誠を否定されるのでしたら、血による権力など不要です」
そう告げたレビは、自嘲気味に笑う。
「おそらく今回の一件、私の行動にも原因があるのでしょう。……ただ、手を差し伸べるべき立場故に、事を為した。その結果が、アベイド兄様とジュリオ兄様を追い詰める事になってしまった」
「違うっ! お前はただ、民の為に成したのだろうっ!?」
「えぇ。ですが、王という地位を望める位置にいる兄様達には、負担だったはずです。たかが一年で、財政を好転させてしまったのですから」
「クルレド……」
「兄様。皮肉ではなく単純な意見なのですが……事を成したのが私で、安心したのではないですか?」
うむっ! 何かドロドロしているっ!
ま、君主制なら当然なのかもしんない。絶対王制なのかもしんないけど。
ちなみに、カトレアちゃんはレグが『お菓子食べよう』と早い段階で連れて行った。
気が利く奴ではあるのだ。私相手だと何かおかしいと言うだけで。
「今まで私が何もしなかったのは、下手に成果を上げれば命を狙われると分かっていたからです。王という地位に興味は無くとも、兄様達にとって継承順位は誇りなのでしょう?」
「……そうだ」
「末弟にその順位を抜かれるというのが、どれほどの屈辱なのか……理解は、出来ます。ですから、王族として活動はしなかったのです。姫様に出会うまでは」
おぉう。ここで振ってくるか。
目、合わせないようにしとこう。
「電脳世界の十層で、燻っていました。王族という地位すら関係ない、最も公平で、不平等な世界。そこで私は、本当の意味で持たざる者達を知りました。……それでも、動けなかった。姫様が、『成すべきを為せ』と言ってくれるまでは」
……記憶に無いなあ。
お金があるなら、そのお金で誰か救え、なんて事は言った覚えがあるんだけども、
「ですから、王族としての地位など不要なのです。お金も、地位も、今となっては不要です。全て失ったとしても、今は友がいて……仕えるべき主がいますから」
レビの熱烈な視線を受けて、私は考える。
突っ込んだ方が良いんだろうか? 何か、下手に口を出すと悪化しそうなんだけど。
「父上……」
「王族として未熟と言わざるを得んな」
瞼を閉じ、腕を組んだ王は、深々と息を吐くと薄い笑みを浮かべた。
「だが、上に立つ者の資質はある」
「父様?」
「今回の一件、どう転ぼうと王位継承権は無くなる。だが、その考え方は民の為となろう。アベイドの元に下る事になろうとも、我が治世が続こうとも、民の為に王族として身を尽くすが良い。私が望むのは、それだけだ」
王はレビに歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「成長したな、クルレド」
「父様。……ありがとうございます」
頭を垂れるレビに苦笑して、王は私へと顔を向けた。
「カナメ殿、で良かったかな? それとも姫様と」
『マジでやめて』
「はっはっ! ……カナメ殿。息子が世話になっている」
『こちらこそ。ただ……あの、私を崇めさせるのは、やめさせてくれません?』
「だそうだが?」
王の言葉に、レビはぷるぷると首を振った。
「無理です」
「はっはっはっ! ……嫌では無く無理では、私としてはどうしようもないな」
『えー。頑張ってよパパさん』
「すまんな。父親として接してやれる機会も少なかったのだ。今更父親面して強制する事は出来んよ」
思ったよりずっとちゃんとしたお父さんである。
そう言われたら、私としても突っ込みにくい。
『……そういえば、奥さんは大丈夫なの?』
「あぁ。カムド、クルレド、カトレアの母親は同じでな。二年前にこの世を去った。残る三人の母親は、正王城だ。実母である以上、問題はあるまい」
『そ。なら私からは特に言う事無いかな』
「……この惑星の行く末に関して話したいのだが」
『それは貴方達の仕事でしょ?』
「女神として助言はくれないのか?」
試すように、うっすらと笑みを浮かべた王。
そんな王へ、私は笑顔を返した。
『本当に神様なら、この程度の事に姿なんて見せもしないでしょうね。たかが家族喧嘩の一つや二つで消えるような惑星があっても、世は事もなし』
「は、ははははははははははっ!」
王が、笑った。
作り物ではない、心底からの笑いだ。
「父様が……」
「笑ってる、だと……」
呆然としている二人を見るに、実は愉快なお父さんでしたって落ちは無いらしい。
と、目元に涙まで浮かべて笑っていた王は、大きく息を吐いてからレビ達の方へと身体を向けた。
「では、今後の方針を纏めよう。そう、家族喧嘩如きで多くの民に被害を出すわけにはいかんのだからな」
おや、なんかもの凄く若返った感じがする。
「クルレド、カムド。まずは信用できる者の選定だ。カナメ殿、連絡は請け負ってくれると聞いているが、可能なのか?」
『それぐらいならね』
「ありがたい。クルレド、テーブルの使用許可を求めよ」
なんかやる気になったようだ。
まぁ、うん。多分間に合わないけど。
カザーダ軍は既に展開済み。そこへとカムナ統一惑星の宇宙要塞が向かっているのだ。
開戦は確実。宣戦布告の速さも含めれば、明日にでもドンパチが始まる事だろう。
全てが誰かのシナリオ通りに。
『じゃ、ちょっと外すわよ。一時間後ぐらいに来ればいい?」
「よろしく頼む」
『はいはーい。じゃあね』
フラフラ手を振って、電脳世界へ。
深く干渉するつもりは無い。
けど、物語のシナリオを先に知りたくなるのは、女子高生としての性なのだ。




