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第五章   カトレア

 ベザルちゃんと別れてから、私はカムナ統一惑星へと移動していた。

 距離という概念がいねんは、ほとんど無い。

 現実の人がアクセスすればすぐ電脳世界に来られるのと同じで、どっちかと言えば電脳世界の存在である私にとって、現実こそがアクセスして移動するような場所なのだ。

 だから、すぐにカムナ統一惑星へと移動できる。

 まずは昨日も来た戦艦せんかんに。

 今回はちょっとメインプログラムにアクセス。

 カザーダ軍の艦籍かんせきだからプロテクトがしっかりしているかと思いきや、何の対策もしてない。今どきめずらしく、AIすら搭載とうさいしていないようだ。

 全てがかカザーダ製。

 艦体かんたいはしっかりしているし、武装も現代なりにちゃんとそろっているんだけど、プログラムに関してはあんま興味が無いらしい。メインプログラムなのに、宙賊ちゅうぞくの艦よりなんか薄い。

 艦内カメラを拝借はいしゃくしてみれば、なるほど、手書きの資料とかがんである部屋がある。

 メインデッキでも紙でやりとりしてたりするし、現代にしてはみょうこだわりがある軍らしい。

 ま、調べたいのは別の事だ。

 外部カメラとレーダーにアクセス。展開している数を確認する。

 全部で十隻じゅっせき

 駆逐くちくが九で、この艦だけが戦艦せんかんだ。

 交戦こうせんを意識した編成へんせいとしては貧弱すぎるので、単なる監視かんしなんだろう。

 そう判断したのもつか、レーダーのはし機影きえいが映り始めた。

 大小様々、かなりの数だ。

 この艦から通信を飛ばしてやりとしもしてるし、カザーダ軍なんだろう。

 ……レビレグは、一体何をしてるンやら。

 少なくとも、王子だって言うレビはあの艦隊と関係あるんだろう。

 仕方ないなぁ。

 直接ちょくせつく為に、カムナ統一惑星へ。

 阻害障壁ジャミングシールドは、私の認識的にんしきてきには薄いまく。ちょっと抵抗ていこうは感じるけど、通り抜けるだけならそんな難しくはない。

 と、阻害障壁ジャミングシールドを越えた所でノイズが走った。

 頭痛、と言っても良いかもしんない。

『助けて……』

 パッパッと、認識が切り替わる。

 まるでテレビのチャンネルを変えるように、見ている世界が、光景が、うつろう。

『見たくない』

 不安。

 絶望。

『怖い』

 白い部屋。

 白いベッド。

『死にたくない』

 うつろう季節。

 動けない自分。

『嫌だ』

 薄いピンクの入院気を着て、外を眺めている。

 ……これは、私?

『嫌だ』

 ――違う。

 死へと向かっていた私。

 その時と酷似こくじしているけど、違う。

 この思いは、この感覚は。

 私以外の誰かのモノだ。

『誰か』

 その誰かが、なげいている。

 こんなになった私に、届くほどの思いで。

『誰か――』

 あきらめと絶望ぜつぼうしずみながらも、それでも願っている。

 あの頃の私と同じように。

『――助けて』

 その声にられるように、私の意識はこの世界からえた。


「……むぅ」

 私は、そこにいた。

 白いだけの空間。

 部屋ではない。

 ただ、ひたすらに白いのだ。

 けど、上下感覚はある。地面に足をいていると言う感覚も。

 目の前には、ベッドがある。

 病室にあるようなベッドだ。

 そこに、金髪の女の子が上半身だけを起こして虚空こくうを見つめていた。

 その青い瞳が、私を向く。

「……神様?」

「ふふっ。違うわよ。……残念な事に、たまにそー言われるけど」

 苦笑しつつ、少女へと歩み寄る。

 もし少女が言葉を発しなかったら、私が『天使?』なんて聞いていた事だろう。

 青く大きな瞳。

 せて、青白いけれど、それでも愛らしさがそこなわれないほどに整った顔立ち。

「神様……」

 その大きな瞳から、涙がこぼれた。

「どうしたの?」

「怖い……怖いですっ」

 ギュッと私にしがみつき、泣き始める少女。

 その声が呼び水になったかのように、私の脳裏にいくつかの光景が浮かんだ。

 金色の複眼、甲高い声、爆発、血、沢山の叫び、レビの死体。

「……?」

 何でレビが出てくるのかが分からずに、私は首をかしげた。

 少なくとも、現状で死んでるって事は無いはずだ。……多分。

 嗚咽おえつらす少女をでながら、周囲を見回して、少女を見下ろす。

「なるほど」

 妙な空間だけど、私は私として存在している。

 電脳世界と違って、翼を生やしたりなんて真似も出来ない。つまり、存在が固定されてるって事なんだろう。

 そして、たぶん、この子がこの世界のヌシ

 この子の夢の世界に、何でか私が巻き込まれた。

 たぶん、そう言う事だ。

 何せ、この子にだけコードがたかっているのだから。

 少女の髪をくようにでると、ボロボロとコードが落ちてゆく。

 金色の髪から黒い髪が落ちてゆくようだ。

「……未来が、見えるの?」

 私の呟きに、こくんとうなずく少女。

「ふむふむ」

 この、少女の髪からこぼれ落ちてゆくコードが、少女がる未来の欠片かけら

 そのコードは、地面に落ちる前には消えてゆく。

「つまり、狭間はざまって事かな」

 現実と電脳世界の狭間はざま

 夢がそれだとするのなら、コードが存在する理由にもなる。

 コードで形成される電脳世界ではない。けど、現実ではないからコードが干渉かんしょうできる世界。

「……なるほど?」

 無意識に電脳世界にアクセスできるなら、未来予知だって不思議ではない。

 何せ、電脳世界だ。

 状況から演算えんざんして、可能性の高い未来を見せる事だって出来るだろう。

 まぁ、私にやり方は分かんないけど。

 でればでるほど、コードが落ちてゆく。

 いつしか泣き止んでいた少女は、頰を上気させて私を見上げていた。

「神様……」

「カナメよ。カナメさんって読んで」

「カナメ、さん?」

「よ~しよしよし良い子だ。もっとか、もっとでて欲しいのか」

「えへ~」

「このいやしんぼめーっ」

 抱きついてくる少女をぐりぐりでていると、こぼれ落ちるコードの量が減ってきた。

 チラチラ見えていた映像も、今は見えない。

 多分、未来視みらいしのコードなんだろうけど。

 そこまで考えて、私はピタリと手を止めた。

「……? でて」

「あの、未来視みらいしなくなっちゃったら、困る?」

「あんなのいらないっ!」

 ギュッと抱きついてきた少女に安堵あんどして、再び金色の髪に指を通す。

 あせった。

 未来視みらいしが出来なくなったとか、普通なら大問題だ。

 本人が良いらしいから、多分大丈夫だろうけど。

「……まぁ、ホントに未来視みらいしが出来なくなるかどうかは、分かんないしね」

「みらいし……。あっ!」

 バッと顔を上げた少女は、大きな瞳に涙をめると、私にしがみついてまた泣き出した。

「え、え? ……どっち?」

 号泣ごうきゅうである。

 えていた未来が見えなくなった。だからこその涙だというのは分かるが、どっちなのかが分からない。

 喜び、ならいいんだけど……。

 下手に頭をでる事も出来ず、少女の背中をポンポンと叩く。

 『未来視無くしやがってコノヤロー!』なら、こんなギュッとしがみついてこないとは思うけど。

 そんな事を思いつつ泣き止むまでしばらく待つ。

 と、私の服でゴシゴシと顔を拭って、少女が顔を上げた。

 まぶたが赤く腫れてるけど、可愛い顔で、良い笑顔。私の服に鼻水が伸びてなければ、完璧だったね。

「神様、ありがとうっ!」

「うん、カナメね? 神様じゃないから」

 返事はなく、少女はニーッ! と笑顔を見せた。

 うん、可愛いんだけどね?

 と、突然世界が消えた。

 見慣れたデータの海だ。

 多分、少女が目覚めたんだろう。

 さすがに、あれでお別れは無い。

 未来視用のコードがかなりのりょうがれてしまったのだ。現実の肉体に影響が無いとは言い切れない。

 外見の特徴とくちょうから少女を検索。

 金髪に青い瞳、白い肌。年齢は十二才以下。

 そこから私の記憶にあるさっきの少女と照合しょうごうする。

 ヒット。

 後は現在地を検索するだけ。

 二日前に移動している映像がヒット。高そうな車椅子を押されて、ピンクのマンションへと入ってゆく映像だ。

 それ以降、カメラの映像では確認されていない。

 つまり、そのマンションの中。そこまでしぼれれば後は楽勝だ。

 マンション内のサーバーにアクセスして、手当たり次第に利用者を調べるだけ。

 そしてヒットしたのが、一階の一室だった。

 スクリーンを展開して顔を出しつつ、カメラで周囲を確認――するまでも無く、目の前のベッドから少女をかかげる男が目に入った。

 つい最近も見た顔だ。電脳世界で頻繁ひんぱんに会っている相手ではある。

『……ドン引きだわー』

 少女を抱えたままビクッとねさせて、こっちを向いた男は目を見開いた。

「ひ、姫様っ!?」

『レグ。幼女誘拐ようじょゆうかいはさすがに……』

「ち、違うのです姫様っ!」

 少女をベッドに戻し、その場にひざまづくレグ。

 その姿を半眼で見下ろしていると、少女が目をこすりつつ身体を起こした。

「ん……あ、神様っ!」

『カナメさん』

「あ、はい」

『おねーさんでもいいわよ?』

「お、おねーちゃん」

 ほっぺを赤く染めて、うつむきつつそう呟く女の子。

 これは、可愛い。

『うん。レグが誘拐ゆうかいしたがるのも分かるわ』

「違いますよっ!? 違いますからっ!」

「お兄さん、だれ?」

『やっぱそうじゃない』

「違いますっ! カトレア殿下は、レビの妹さんなんですっ!」

『……うん。まぁ、無理矢理はやめようね?』

「ホントに違うんですっ!」

 涙目のレグに苦笑して、カトレアちゃんへと言葉を向ける。

『それで、カトレア……殿下?』

「うんっ。あ、おねーちゃんちょっと待って」

 ベッドから足を下ろして着地。

 背筋を伸ばしたカトレアちゃんは、驚いたように自分の身体を見下ろして、私を見た。

 その目に、みるみるうちに涙がまってゆく。

「からだが、うごく……」

『うん。でしょうね』

 ベッドの医療スキャンデータを見ても、特に異常は無い。過去のデータをさかのぼってみても、若干じゃっかん衰弱すいじゃく傾向けいこうにあるってだけだ。

 そう言われてみれば、この場所を見つけた映像データだと、車椅子だった。

 まぁ、何かあったんだろう。分かんないけど。

 鼻をすすって涙をこらえようとしたカトレアちゃんは、それでもボロボロと涙をこぼして、くちびるを引き結んだ。

 どうやら、夢の中程思いっきり泣くつもりは無いらしい。

「わ、わたしは、カムナ、とういつ、わぐせい。……第一、おうじょの、カトレア、です」

 ボロボロと涙をこぼして、わずかに嗚咽おえつを混ぜつつも、レグの隣に片膝かたひざをついて挨拶をするカトレアちゃん。

「ありがと、ごじゃましだっ!」

わっと泣き出すカトレアちゃん。

 その様子に、何故なぜかレグが満足げにうなずいた。

「さすが女神様」

『おい、何納得してる』

「姫様。一目会っただけで王女の心をつかむとは、このレグ、臣下しんかとしてほこらしい限りです」

『おいっ! 何も分かってないのに自慢じまんげなのやめろっ!』

「この忠誠ちゅうせい、姫様の為に」

『やめろっ!』

 うやうやしくこうべれるレグに突っ込むと、突然扉がり開かれた。

「カトレアっ!」

 現われたのは、ガタイの良い男性。

 彼は駆け込んでくるなり声を上げ、泣きじゃくるカトレアちゃんを目に憤怒ふんぬの表情を見せた。

「何が起きているっ! レグ、答えよっ!」

「に゛い゛ざま゛」

「カトレアっ!? お前、足が……」

 男の胸に飛び込んだカトレアに、薄い青の瞳が見開かれる。

 反応的に、カトレアちゃんは歩けなかったんだろう。

「かみさまが、治してくれたの」

「神様」

 カトレアちゃん。その紹介はやめろ。

「カムド第一王子殿下。あるじを紹介いたします」

「レグ? お前のあるじは、クルレドなんじゃ……」

 戸惑とまどうカムドと呼ばれた男に、レグはニッコリと微笑ほほえんで私が見えるように一歩横へと移動した。

「この御方おんかたこそがわれらが王。電脳の女神にして、≪女神の箱庭(ディアガーデン)≫をべる姫王ひめのおおきみ、カナメ様です。くれぐれも失礼の無きよう」

『何その紹介っ!?』

「申し訳ありません、姫様。短すぎました」

『違うしっ! 名前だけでいいじゃんっ! 何なの≪女神の箱庭(ディアガーデン)≫っ!?』

「≪廃棄城はいきじょう≫では姫様に相応ふさわしくないと、公募こうぼで」

『聞いてないんですけどっ!?』

 その名前自体はチラチラ聞いていたし、そうなんだろーなーとは思っていたけど……まさか公募こうぼで決まっていたとは。

「あー、すまない。それで、カナメ様でいいのか?」

『別に呼び捨てでもいわよ?』

「そんな、なりませんっ! そんな事は女神教に対する冒涜ぼうとくですっ!」

『人を勝手に祭り上げた宗教の何が冒涜ぼうとくだっ! 女神教自体が私に対する冒涜ぼうとくでしょうがっ!』

「それとこれとは話が別です」

『なんでそんないきなり平静に戻って無茶苦茶言えるわけ?』

 愕然がくぜんとしてそう返すと、カムドがいきなり吹き出した。

「ごほっ! あ~、すまん。ただ、そう言う状況じゃないんだ」

『あ、私もそれを知りたかったのよ。何がどうなってるの?』

「姫様。現状だけで言うのでしたら、カトレア殿下を敵の手の者が狙っている、と言う状況です」

『ふ~ん。……あぁ、今上の階から家捜やさがししてる奴らね。九人か』

 中々(なかなか)ひど手口てぐちだ。

 扉をり開いて、室内を一通り見て、人がかくれられそうな場所は全部ひっくり返して次の部屋に。

 三人一組で行動してはいるが、三組ともに似たようなものだ。抵抗ていこうしない奴を殺さないだけ、マシかも知れないけど。

『うん、良いマンションね。これなら余裕かな』

 三人組が空き部屋に入る。

 間取まどりは、入って左側がトイレやバスルームなどの水回り。正面から右側がLDKで、正面をまっすぐ行けばベランダ、右手に進めば個室が三つって感じだ。

 ただ、このマンションのすごい所は、防犯ぼうはんとかの設備せつびだ。

 三人がリビングに入った所で、私は玄関げんかん防火壁ぼうかへきを落とした。

 ガゴンッ! とひびわたる音に三人が振り向く。

 次はベランダへと続くガラス前の防犯シャッター。更にはキッチンの防火壁ぼうかへきと、個室へと続く廊下ろうか防火壁ぼうかへき

 これで隔離かくりは完了だ。

 他二組にも同じ事をして終了。うん、良いマンションだ。

 ちなみに、防火壁ぼうかへきの落ちる速度は私が操作した結果だ。本来なら警報が鳴り響いてからゆっくり落ちてくるんだけど、それじゃあ間に合わないから仕方ない。

 床が凹んじゃったけど、あれだ。コラテラル・ダメージって奴である。

『はい、終わり』

「さすが姫様ですっ」

「おねーちゃん、すごいっ!」

「いや、何故なぜそう簡単に信じる」

 一人冷静なカムドに、だがレグは微笑ほほえみ、カトレアちゃんは首をかしげた。

「姫様ですから」

「神様なんだよ?」

「おかしいだろう。現状は、通信すら出来ないんだ。何故なぜ彼女はここにいて、何故なぜ遠隔えんかくで何かを出来る。ありえない」

「姫様ですから」

「神様なんだよ?」

「うっ」

 あぁ、唯一ゆいいつまともっぽいカムドが、妹さんの可愛さに負けてしまう……。

 まぁ、カトレアちゃんは可愛いから仕方ない。

 仕方ないけど、こいつまで私の事を神様とか姫様とか呼びだしたらもう終わりだ。

 電脳世界に逃げ込んで、カムナ統一惑星には関わらないようにしよう。

『で、時間は出来たわけだけど、状況は?』

「はっ。第三王子ジュリオがカザーダ人を手引きし王族会議中に襲撃しゅうげきう。王とレビは先に潜伏場所せんぷくばしょへと向かっています」

『他の王子は?』

「第二、第四王子は第三王子とつながっているかと」

『ふむ。それで、今後の予定は?』

「まずは王族の安全を確保し、中央か第五州の軍に助けを求める予定でした。通信障害により連絡が取れませんので、当面は潜伏せんぷくしているつもりでしたが」

『ふ~ん。……でも、それじゃあ間に合わないかな』

 スクリーンを一枚立ち上げて、リアルタイムの映像を流す。

『――するっ! ゆえに、我らは戦わねばならいっ! 王と、民と、この地の安寧あんねいの為にっ! 今ここに宣言しようっ! カムナ統一惑星星王代理、アベイド・フォン・カムナ・ルビ・レイの名の下に、惑星カザーダに対し宣戦布告せんせんふこくするっ!』

 映像内でも、この部屋でも、静寂せいじゃくが満ちた。

 しばらくして、再びアベイドが言葉を紡ぐ。

 今後どう展開するか。有志ゆうしを求めている事、等々。

「意味が、分かんねぇ。なんで第三王子じゃねぇんだよ」

「それもそうだが、あれからまだ二時間経ってないぞ? それに宣戦布告せんせんふこくって、何がどうなってやがる……」

「アベイド兄様、何話してるのですか?」

「カトレア。気にしなくて良い」

 カムドはカトレアを抱き上げると、私に向かって頭を下げた。

「カナメさん。協力に、感謝を」

『気にしないでいわよ』

「そうはいかん。カトレアに関してもそうだ。今は難しいが、この礼は必ず」

「おねーちゃん、ありがとう、ございます」

『んふ~』

 真正面からめられると、やっぱり嬉しい。

「さすがです姫様」

『お前のめ言葉はいらない』

「何でです姫様っ!?」

『何だろう。胡散臭うさんくさい?』

 ガンッ! と鈍器どんきなぐられたようにフラつき、その場にくずちるレグ。

 ちょっと悪いとは思うけど、『さすひめ』はもうお腹いっぱいだ。レビといちゃいちゃしてくれてた方が個人的にはうれしい。

「あー……すまないんだが、まだ協力をして欲しい」

『内容に寄るけど』

「まずは王と合流。その後、軍と連絡を取りたい。中央と第一、第五だ」

『ま、それくらいなら』

 レビの家族のお願いだ。カトレアちゃんも可愛いし、ちょっとぐらいの干渉かんしょうならいいだろう。

「感謝する。我々は車で向かうが、貴女はどうするんだ?」

『現地で合流で』

「分かった。おい、行くぞ」

 軽く尻をられたレグは、よたよたと立ち上がって頭あを下げた。

「では、姫様。また、後で」

「はいはい。ちゃっちゃと行った行った」

 レグが大仰おおぎょうに凹むのはいつもの事なので、気にしない。

 私は手を振ってくれるカトレアちゃんに笑顔を返して、手を振ったのだった。


「カトレアあああぁぁぁぁぁっ!」

 お爺ちゃん、号泣ごうきゅうである。

 まぁ、お父さんなんだろうけど。

 もらい泣きなのか、カトレアちゃんまで大泣き。カムドやこの家の家主であるメアリーさんまで鼻をすすっている。

 うん、微笑ほほえましい光景なんだけどね?

『そんなヤバかったの? カトレアちゃん』

「ヤバい……と言うより、手の打ちようがないと言うべきでしょうか。回復の見込みが無かったんです」

『その割には、すぐ立ててたけど』

「王族ですからね。……若干オカルトじみてはいますが、医者の見立てでは肉体の衰弱すいじゃくでは無く、たましい衰弱すいじゃくが原因と。実際肉体に異常は見られなかったので、運動はしていたはずです」

『……たましい、ねぇ』

 状況的に、コードがその衰弱すいじゃくさせてたと見るのが妥当だとうだろう。

 けど、コードってのは電脳空間を構成するだけの代物しろものはずだ。

 まぁ、プログラムがコードな訳だから、現実世界にも影響をおよぼしている、とはいえるんだろうけど。

『あ、そういえばカトレアちゃん、多分もう未来視みらいし出来ないから』

「……姫様?」

 驚きの表情を向けてくるレビに、私は肩をすくめた。

『自分が殺されるみたいなこと言ってたの、そのせいなんでしょ? 王家としては不満かも知れないけど』

「そんな事はありませんっ!」

 大声に私が驚く間すら無く、レビは私へと居住いずまいを正し、その場にひざまづいた。

「改めて感謝を、姫様。今後は、より一層の忠誠ちゅうせいちかい、つとめさせていただきます」

「同じく。絶対の忠誠ちゅうせいを」

 レグまでひざまづいて、こうべれる。

 その隣へと、とてとてと走ってきたカトラまで同じように真似をした。

「神様……」

『カトレアちゃん?』

「おねーさん」

 私の笑顔ですぐさっしたのか、カトレアちゃんは言い直してくれたモノの、すぐに思い付いたように笑顔を見せた。

「ひめねーさまっ!」

『はぅっ』

 可愛いっ!

 頭をでられないのが残念過ぎる。

 と、近付いてきたカトレアパパがおもむろにレビの頭をひっぱたいた。

「いたっ!」

「クルレド。感謝するのはいが、それは違うだろう。王族である事を自覚せよ」

父様とおさま

 スクリーンしなのに威圧いあつを感じるほどの思い口調、けわしい顔。

 だがレビはひるみもせずに立ち上がり、真正面から父親――王を見返した。

「でしたら廃嫡はいちゃくをお願いいたします」

「……なんだと?」

「姫様に忠誠ちゅうせいちかえないのでしたら、このような地位など不要。現状では難しいですが、落ち着き次第しだい廃嫡はいちゃくの手続きを」

「クルレドっ!」

 怒声を上げたのは、カムド。

 だがレビは、それでさえひるみはしない。おびえたのはカトレアちゃんの方だったりする。

「カムド兄様。……いえ、第一王子殿下。ご理解いただけているとは思いますが、私のような継承順位けいしょうじゅんいでは、いるだけ民の負担ふたんなのです」

「……だが、王族だ。俺の弟だ」

「それは勿論もちろんです。今回はこのような事になりましたが、アベイド兄様、ジュリオ兄様、モーム兄様も、家族だと思っています。ですが、姫様への忠誠を否定されるのでしたら、血による権力など不要です」

 そうげたレビは、自嘲気味じちょうぎみに笑う。

「おそらく今回の一件、私の行動にも原因があるのでしょう。……ただ、手を差し伸べるべき立場故に、事をした。その結果が、アベイド兄様とジュリオ兄様をめる事になってしまった」

「違うっ! お前はただ、民の為にしたのだろうっ!?」

「えぇ。ですが、王という地位を望める位置にいる兄様達には、負担だったはずです。たかが一年で、財政を好転させてしまったのですから」

「クルレド……」

「兄様。皮肉ひにくではなく単純な意見なのですが……事を成したのが私で、安心したのではないですか?」

 うむっ! 何かドロドロしているっ!

 ま、君主制くんしゅせいなら当然なのかもしんない。絶対王制ぜったいおうせいなのかもしんないけど。

 ちなみに、カトレアちゃんはレグが『お菓子食べよう』と早い段階で連れて行った。

 気がく奴ではあるのだ。私相手だとなんかおかしいと言うだけで。

「今まで私が何もしなかったのは、下手に成果を上げれば命を狙われると分かっていたからです。王という地位に興味は無くとも、兄様達にとって継承順位はほこりなのでしょう?」

「……そうだ」

末弟まっていにその順位を抜かれるというのが、どれほどの屈辱くつじょくなのか……理解は、出来ます。ですから、王族として活動はしなかったのです。姫様に出会うまでは」

 おぉう。ここでってくるか。

 目、合わせないようにしとこう。

「電脳世界の十層で、くすぶっていました。王族という地位すら関係ない、もっとも公平で、不平等な世界。そこで私は、本当の意味で持たざる者達を知りました。……それでも、動けなかった。姫様が、『すべきをせ』と言ってくれるまでは」

 ……記憶に無いなあ。

 お金があるなら、そのお金で誰か救え、なんて事は言った覚えがあるんだけども、

「ですから、王族としての地位など不要なのです。お金も、地位も、今となっては不要です。全て失ったとしても、今は友がいて……つかえるべきあるじがいますから」

 レビの熱烈ねつれつな視線を受けて、私は考える。

 突っ込んだ方が良いんだろうか? 何か、下手に口を出すと悪化しそうなんだけど。

「父上……」

「王族として未熟と言わざるを得んな」

 まぶたを閉じ、腕を組んだ王は、深々と息をくと薄い笑みを浮かべた。

「だが、上に立つ者の資質はある」

父様とおさま?」

「今回の一件、どう転ぼうと王位継承権は無くなる。だが、その考え方は民の為となろう。アベイドの元にくだる事になろうとも、治世ちせいが続こうとも、民の為に王族として身をくすがい。私が望むのは、それだけだ」

 王はレビに歩み寄ると、その肩に手を置いた。

「成長したな、クルレド」

父様とおさま。……ありがとうございます」

 こうべれるレビに苦笑して、王は私へと顔を向けた。

「カナメ殿、で良かったかな? それとも姫様と」

『マジでやめて』

「はっはっ! ……カナメ殿。息子が世話になっている」

『こちらこそ。ただ……あの、私をあがめさせるのは、やめさせてくれません?』

「だそうだが?」

 王の言葉に、レビはぷるぷると首を振った。

「無理です」

「はっはっはっ! ……嫌では無く無理では、私としてはどうしようもないな」

『えー。頑張ってよパパさん』

「すまんな。父親として接してやれる機会も少なかったのだ。今更父親面して強制きょうせいする事は出来んよ」

 思ったよりずっとちゃんとしたお父さんである。

 そう言われたら、私としても突っ込みにくい。

『……そういえば、奥さんは大丈夫なの?』

「あぁ。カムド、クルレド、カトレアの母親は同じでな。二年前にこの世を去った。残る三人の母親は、正王城せいおうじょうだ。実母である以上、問題はあるまい」

『そ。なら私からは特に言う事無いかな』

「……この惑星のすえに関して話したいのだが」

『それは貴方達の仕事でしょ?』

「女神として助言はくれないのか?」

 ためすように、うっすらと笑みを浮かべた王。

 そんな王へ、私は笑顔を返した。

『本当に神様なら、この程度の事(・・・・・・)に姿なんて見せもしないでしょうね。たかが家族喧嘩かぞくげんかの一つや二つで消えるような惑星があっても、世は事もなし(・・・・・・)

「は、ははははははははははっ!」

 王が、笑った。

 作り物ではない、心底からの笑いだ。

父様とおさまが……」

「笑ってる、だと……」

 呆然ぼうぜんとしている二人を見るに、実は愉快なお父さんでしたって落ちは無いらしい。

 と、目元に涙まで浮かべて笑っていた王は、大きく息をいてからレビ達の方へと身体を向けた。

「では、今後の方針をまとめよう。そう、家族喧嘩かぞくげんかごときで多くの民に被害を出すわけにはいかんのだからな」

 おや、なんかもの凄く若返った感じがする。

「クルレド、カムド。まずは信用できる者の選定せんていだ。カナメ殿、連絡はってくれると聞いているが、可能なのか?」

『それぐらいならね』

「ありがたい。クルレド、テーブルの使用許可を求めよ」

 なんかやる気になったようだ。

 まぁ、うん。多分間に合わないけど。

 カザーダ軍はすで展開てんかいみ。そこへとカムナ統一惑星の宇宙要塞うちゅうようさいが向かっているのだ。

 開戦は確実。宣戦布告せんせんふこくの速さもふくめれば、明日にでもドンパチが始まる事だろう。

 全てが誰かのシナリオ通りに。

『じゃ、ちょっと外すわよ。一時間後ぐらいに来ればいい?」

「よろしく頼む」

『はいはーい。じゃあね』

 フラフラ手を振って、電脳世界へ。

 深く干渉かんしょうするつもりは無い。

 けど、物語のシナリオを先に知りたくなるのは、女子高生としてのさがなのだ。


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