第四章 クーデター
二日目も議論は白熱していた。
熱を上げているのは、第一王子カムドと第三王子ジュリオの二人だけではあったが。
「貴様は、クルレドの成長に戦いているだけだろうがっ!」
「なっ!? 如何に兄上と言えど、その言葉は許容しかねるっ!」
「誘致したはいいが、全てがクルレドの成果となっている事が不満なのだろうっ!? 知っているぞっ!」
「黙れっ!」
「貴様こそ口を閉ざせっ! 成果欲しさに国を売るつもりかっ!」
「国の繁栄を願えばこそ必要な処置だと言っているでしょうっ!? 何故衰退しているこの国の現状を直視しようとしないっ!」
「貴様こそ、カザーダ人の本質をみよっ! 甘言に惑わされるなっ!」
「惑わされてなどいないっ! そちらこそ現実を見ろっ!」
このやりとりも、もう何度目か。
当事者であるレビはそれでも真面目に会話を聞いていたが、レグの耳にはもう何も届いていなかった。
真面目な顔でレビの斜め後ろに立ち、発言する王子へと顔を向けてはいるが、その目に映っているのは姫様の姿。
姫様が討論していると思えば、目も覚める。
そのおかげで、筆頭執事らしくビシッと立っていられるのだ。
そんなレグだからこそ、異変に気付いた。
王の後ろに控える付き人の、その更に後ろ。
カムナ統一王国の国旗が下げられた壁が、徐々に薄くなってゆく。
国旗に隠れて分かりにくくはあるが、白い石材が薄くなり、最終的には消えた。
そして、国旗の端から複眼が覗いた。
「侵入者だっ!」
「ちっ」
レグの声に、真っ先に反応を示したのはジュリオだった。
懐へと手を入れ、銃を抜き放ち構える。
父でもある王へと向かって。
「全員動く」
「うるせぇっ!」
バシャンッ!
「なっ! がああああっ! ごふっ! げぇほっ!」
「お前等先に行けっ! レビもだっ!」
「父様をっ!」
「わーってるっ!」
円卓へと飛び乗り、レグは机にうつ伏せになっている第四王子の上をまたいで王の下へ。
ジュリオに投げたのは、昨日食器を片付けに行ったついでに作っておいた香辛料爆弾だ。宇宙用携帯飲料に、刺激の強い香辛料を混ぜまくった眼球とお鼻に悪い兵器である。
結局黒くなった液体は、望んだ以上の効果を出してくれた。
王子と言う事もあってか、ジュリオがセーフティを外しもしなかったというのも幸いだった。
国旗の後ろからワラワラとカザーダ人が出てくるが、王の下まではレグの方が近い。
「陛下っ!」
身じろぎ一つせず、動じた様子すらなく椅子に座ったままの王へと、ラグは最後の一歩を踏み出す。
その瞬間、胸に二つの痛みが走った。
足を止め、呆然と見下ろせば、右胸に刺さった二本の針。そこから伸びた二本のワイヤーが向かう先は、カザーダ人の一人が構えた銃。
その威力を、痛みを、レグは知っている。
諦めと共にレビの方へと顔を向ければ、開いた扉の先で書記官が全身鎧に打ち倒された所だった。
――痛みが、来る。
「がああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
全身に焼けるような痛みが走り、筋肉が収縮し、目の先から光が溢れる。
テーザーガンによる電流。
その痛みにレグは抗う事すら出来ず、跪いて絶叫を上げたのだった。
(……生きてる)
円卓の上に崩れ落ちながらも、レグは意識を保っていた。
(これも、女神様の御心があればこそ)
その思いに限って言えば、レグが狂信者というだけが理由ではなかった。
脳に埋め込まれたチップ。
その保護の為にインプラント手術を追加で行った際、万が一に備えて電流の流れ道も作って貰えたのだ。
構想はアユによるものだが、レグは知らない。ただ、カナメの慈悲で手術を受けられたと言う事だけは知っている。
だからこそ、女神に感謝を。
円卓に額を付けたまま、気絶した風を装って脇の下からレビを見つめる。
その熱に気付いてくれたのか、レビと視線が交わった。
気付かれないように、瞼の動きだけで合図を交わす。
レビがカザーダ人に殺される。その話を聞いた時からレグは準備はしてきたし、覚悟もしてきた。いざというとき、どう行動するかの打ち合わせも済ませてあるのだ。
後は、その時を待つ。
「ああああああっ! くそっ、くそっ! 平民が、殺してやるっ!」
「ジュリオ、待て」
「アベイド兄さんっ!? そのクズが、俺をっ!」
「ジュリオ。説明せよ」
王の言葉が響くと、顔を赤く染めていたジュリオは大きく息を吸い、長々と吐いて平静を取り戻した。
「失礼いたしました、陛下」
「これはなんだと聞いているのだ」
「……陛下には、退位していただきたく」
圧倒的優位に立っているにも関わらず、そう告げるジュリオは傍目にも緊張しているのが分かるほどに全身が強張っていた。
対する王は平然としたもので、一度瞼を閉じ、天井へと息を吐いてジュリオへと鋭い視線を向けた。
「構わん」
「――ではっ!」
「だが、ならば明確な指針を示せ」
「……指針?」
訝しげなジュリオへと、王は呆れたように肩を落とした。
「当然であろう? この地位は、百億の命を背負っているのだ。無能には務まらぬ。明確な意思なき者には荷が勝ちすぎる。故に問うのだ。王と成り、何を成すのか。その為に何が必要で、何を犠牲にし、どれほどの結果を得られるか」
「陛下……」
「さぁ、答えよジュリオ」
王の投げかけに、静寂が落ちた。
カザーダ人達ですら微動だに出来ない威圧。
その静寂を破るように、廊下から交戦の音が響き始めた。
正規の近衛と、近衛に成り済ましていた者、或いはジュリオが潜伏させていたカザーダ人達との戦闘が始まったのだろう。
「ここまで為したのだ。当然私を納得させるだけの動機が、予想が、結末があるのだろう? 国の為と言うのならば、その明確な指針を告げよ」
「……それは、何度も言ったはずです。カザーダ人を受け入れるメリットは、計り知れないと」
「誰が、そのような曖昧な答えを求めた?」
「曖昧?」
「計り知れないなどと、曖昧な言葉を使うなっ! 数字で語れっ! 明確な指針を定めよっ! その程度も出来ずにこの地位を望むというかっ!!!」
立ち上がり、怒鳴る王の気迫に、ジュリオは目を見開いて固まる。
そのタイミングで、レグは動いた。
廊下から、近衛の声が近付いてきたのだ。
レグは懐から取り出した物を、中空へと放り投げつつ、王の下へと飛び込む。
パンッと手を叩くような音。それと同時に、背を向け瞼を閉ざして尚眩しさを感じる光が部屋を貫いた。
閃光筒。
光だけだが、複眼が大半を占めるカザーダ人には効果が抜群だ。
「陛下っ」
レグは小声で声をかけ、王の手を引っ張って走り出す。
だが、ほんの二三歩進んだ所で舌打ちを漏らし、その身体を抱え上げた。
あまりにも遅かったのだ。
そして、軽い。あの威厳が嘘のような軽さだ。
「失礼」
「いや、構わぬ」
「レビ」
「うん。ホゥラ、先行して」
「はっ」
秘書官が先行し、その後ろをレビが。王様をお姫様抱っこしたレグは最後尾だ。
「クルレド殿下っ!?」
「陛下もいるぞっ! 前に出ろっ!」
「「おおおおぉぉぉ!」」
咆哮と共に二人の全身鎧が扉脇の二人へと突っ込み、派手な音を立ててぶつかった。
「殿下、陛下、こちらへっ!」
室内からも銃撃が始まる。
地上と言う事もあり、実弾も多い。
パンパンと響く音は鼓動を急き立てる。
奇跡的に被弾無く部屋へと逃げ込むと、待機していた全身鎧三名が廊下へと出て、会議の間へと進み始めた。
「カザーダ人の賊だっ! 王城の包囲を指示せよっ!」
「申し訳ありません、殿下。電子攻撃(ECM)により通信が遮断されています」
「ちっ。なら、状況が分からぬのか」
「本邸より、カザーダ人の攻撃を確認しております。そちらに六名を残し、我々六名がこちらに急行いたしました」
「避難経路は」
レビの言葉に、近衛の返答はない。
その事実に顔を顰めるレビを横目にレグが王を下ろしていると、廊下から『おおおおぉぉぉっ!』と咆哮が響き、閉めたばかりの扉が蹴り開かれた。
「父上、無事ですかっ!?」
「カムド殿下っ!? け、怪我をっ!」
「被弾したのはエネルギー兵器だ。おかげで出血は少ない」
平然とそう言って、打ち抜かれた肩の無事を証明するように一回転させるカムド。
だがちゃんと回しきる事は出来ず、肩を押さえてその場に蹲った。
「はぁ。……ホゥラ、手当を」
「は、はいっ! 失礼します、カムド殿下」
「ほぅ。包帯持ってるのか。随分と準備がいいな」
「はい。クルレド殿下から、非常時に備え最低限の医療品は持っておくように指示がありまして」
「ほぉ」
カムドは疑惑の視線を向けるが、それを阻んだのは王だった。
「状況を理解せよ、カムド」
「ですが父上」
「私を救ったのは、この者達だ。疑わしいと思うのならば、次はお前が私を救え」
「……はっ」
「クルレド。お主の事だ、逃走手段は用意してあるのだろう?」
「父上? 何故クルレドが」
カムドの疑問に、王は落胆したように肩を落とした。
「そこがお主の悪い所だな。情報収集を怠るでない」
「……申し訳、ございません」
「あの場では相応に調べておるかと思ったが、まだまだだな」
そうは告げるが、反省を態度で示すカムドに王は微笑み、言葉を続ける。
「この一年ほど、クルレドは福祉事業で大きく貢献している。特に大きな成果が≪ディアホーム≫の誘致であり、数年後には税収の倍増が望めるだろうな」
「確かに目に見える成果ではありますが……それほどですか?」
「答える必要を認めんな。重要なのは、その成果によりジュリオに命を狙われる可能性が出てきたと言う事だ」
その言葉にもカムドは不思議そうだったが、今度は疑問を口にしはしなかった。
「第三州に≪ディアホーム≫の営業許可を出したのも、思惑合ってと考えるのが普通であろう。そして、今回の会議。万が一に備え、逃走経路を用意しておくのが普通だ」
であろう? と顔を向けられて、レビは小さく頷いた。
「正面門を出てすぐの所に、車を用意させてあります」
「幸いここは二階。敵の姿も見えませんし、これを伝って降りればどうにかなるでしょう。正面が封鎖されてたら、話は別ですが」
一人カーテンを結んでロープ代わりを作っていたレグが、そう言葉を継いだ。
廊下と外から銃声が聞こえては来るが、開いた窓から覗いてみても人の姿はない。
「では父上、私の背に」
「怪我は大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。問題ありませんので、早く」
「あの、クルレド様。モブは」
「ホゥラ。すまないが、生きていたとしても……」
沈痛な面持ちで首を振るレビに、奥歯を噛み締める秘書官。
そんなやりとりの間にも、レグはカーテンを伝って下へ通り、周囲を確認していた。
それに続いたのは、ホゥラ。それにレグが続き、最後がカムドだ。
「陛下。万が一に備え、私はここに残ります」
胸に手を当て、そう報告する近衛に、王はカムドの背から鷹揚に頷いた。
「うむ、任せる」
「はっ」
「首謀者はジュリオだ。いいように使われている可能性は高いが、ジュリオが主導である以上、こちらの戦力を把握した上での暴挙だろう。制圧ではなく、生存に重きを置き行動せよ」
「拝命いたしました」
「うむ。……武運を」
「はっ!」
別れの言葉を交わし、カムドと王は外へ。
彼ら二人が降りてくるのを確認してから、レグは先行して駆けだした。
正面玄関に人はいない。正面門から先には、一般人が溢れかえっている。
レグが駆け寄ると当然の権利のようにアナウンサーとカメラマンが人混みを退かして目の前を陣取るが、無視して警備員に声をかける。
「おいっ! 門を開いてそこら辺にいる≪ディアホーム≫の車呼んでくれっ!」
「いや、しかし」
「王命だっ! お前達も邪魔をするなっ! 道を開けっ! これは王命だぞっ!」
カムナ統一惑星における王命とは、絶対だ。
一般人が王命を語れば死刑まであり得るほどに重い言葉。
それをメディアの前で公然と口にするレグを前に、邪魔となり得る行動を出来る者は誰一人として存在しなかった。
パッパーッとクラクションを鳴らして、レグの前に止まる≪ディアホーム≫の福祉車両。
レグが思わず顔を顰めたのは、失敗したと思ったからだ。
さすがにここまでの事態に発展するとは思っておらず、保険として足を用意しただけなので、社用車になってしまった。
デカデカとペイントされた≪ディアホーム≫の目立つ事。逃走用の足としてここまで適さない車も少ないだろう。
「この車ですぐに出るっ! 道を塞ぐなっ! 王命だっ! いいなっ!?」
大声でそう叫んで助手席へと乗り込むと、運転手は青い顔で両手をハンドルに置いていた。
「ま、マジかよ。ヤバいって事しか分かんねぇ」
「バーダ、出せっ! そこの玄関前だっ!」
「いいのかよ、いいのかよっ!? 王城だぞっ!?」
「あの王城の主より偉い人の指示だっ! 急げっ!」
「そ、そ、そんな奴一生会わなくていいってのに……」
震える声でそう呟きつつも、車は動き出す。
四本のタイヤにガソリンエンジン。惑星によっては数十世代も昔と言われる自動車だが、このカムナ統一惑星では一般的な代物だ。
その理由は、コスト。最先端を行く惑星では反重力装置を利用したフローティングカーが一般的だが、兎に角高い。それに伴ったエンジンを乗せねばならず、一番安い物でも乗用車二十台分はするのだ。
だからタイヤの車が一般的で、燃料も電気より安いガソリンが一般的になっている。
「よしっ! ちょっと待ってろ」
助手席を降りて、レグはバックドアを開いた。
内装は救急車と同じで、右手側に三人座れる座席、左手側に固定した担架がある。
「おぉっ! これが庶民の車かっ!」
「カムド兄様。福祉車両なので、これは特別ですよ」
「特別っ!」
「あー……うん。もう良いですから乗って下さい」
「これはベッドか? 固いな」
「兄様……。兎に角、父様を下ろして、シートベルトで固定して下さい。ホゥラ、悪いけど君は担架で」
「お気になさらず」
そんな会話を終えてレビが親指を立ててくれたので、レグは頷いてバックドアを閉めた。
駆け足で助手席へ。
バーダは相変らわず小刻みに震えていた。
「お前、そんな奴じゃなかっただろーが」
「お、お、王様陛下に、王子様が二人もいて、ど、どーしろってんだ……」
「良いからさっさと出せ。まずは車を変えるぞ」
「あ、あぁ。ゴッソのとこか?」
「そうだ。さっさと行け」
「お、おう」
再び車が動き出す。
急加速にタイヤが嘶いたが、そこはご愛敬。
バーダは譫言のように「ごめんなさいごめんなさい」と呟きながらも、ちゃんと制限速度を守って道を進んでゆく。
「……まぁ、大丈夫っぽいな」
出発して数分。
尾行っぽい車がない事を確認して、レグは胸を撫で下ろした。
と、後部座席からレビが顔を覗かせた。
「レグ。悪いんだけど、寄って欲しいところがある」
「このタイミングでか?」
「妹がいるんだ。いつもなら正王城の離宮で療養してるんだけど、今回は連れて来たみたいで……」
「マジか」
『タイミング悪いな』と声に出せるはずもなく、レグは頰を引きつらせる。
「で、場所は?」
「現在地からだと十キロぐらい。ゴッソさんの所からなら、十五キロぐらいかな」
バーダが車を加速させ、走行車線に入って自動運転モードへと切り替えると景色が早く流れ出した。
自動運転対応の路面なら、安定して時速百二十キロでの走行が可能だ。十キロでも五分少々で済む。
だが、今引き返すのは悪手だ。この車は目立ちすぎる。
「手動運転にするぞー」
「おう」
自動運転で目的地近くまで来た為、路地を折れて手動運転の区間に。
更にもう一本曲がると、車体が僅かに揺れ始めた。
路地裏なんてこんなものだ。車がすれ違えるスペースがあるだけ、まだマシと言える。
「しゃーない、ゴッソの所で分かれるぞ」
「分かれるって……」
「場所さえ分かれば俺一人で行ける。そっちはメラニーさんの所かグレッグさんのところに行け。何かあった時匿って欲しいって、事前に伝えてある」
そこまで言った所で、バーダがいきなりクラクションを鳴らした。
「おいっ!」
「仕方ないだろぉっ!? 連絡手段がないんだもんっ!」
「もんってお前……」
バーダが顎で示した先は、シャッター。
クラクション一回では開かず、更に二回三回とクラクションが鳴らされてようやくシャッターが開き始め、めんどくさそうな動作で人が出てきた。。
整備士ゴッソ。
大枠では軟体系に当たる人種で、例えるならイカが人に近付いたような外見だ。
八本の足に、二本の腕。加湿用ダウンジャケット一枚を羽織っていて、見える肌は全体的にヌロンとしている。
一挙一動が緩慢に見えるのは、人種的な問題ではなく、彼の性格によるものだ。
車庫に車を止めて、レグが降りると、ノッタリとした動きでゴッソが近付いてきた。
「何だよいきなり」
「知らないのか?」
「知らないって……ん、テレビか? そりゃあ映像が来ねぇから切ってるよ」
「あー、そうか」
「兎に角、来るなら予約し」
そこでゴッソの言葉が止まった。
バックドアが開き、降りてきた人物達を目の当たりにしたのだ。
「……え?」
ゴッソが向けてきた呆然とした顔に、レグは沈痛な面持ちで頷く。
次の瞬間、ゴッソは床に全身をこすりつけた。
「へ、へ、へいかあぁぁぁぁ~~~!!!」
「う、うむ?」
このまま干せば良い干物になりそうな程薄く広がったゴッソに、珍しく王が困惑していた。
ただ、この惑星の住人としては特別おかしな行動でもない。
それほどに王の権力が強いのだ。
無礼打ちこそ無いが、気分でポイントを剥奪されれば路頭に迷う。なので、王や王族相手に土下座的な真似をする者は少なくない。
まぁ、これはやり過ぎだが。
はぁ、と息を吐いたレグは、その足の一本を軽く蹴った。
「いいから立て。で、車を三台貸して欲しい」
「はいっ! いかようにもごろうじろますっ!?」
「……頼むから言語はちゃんとしてくれ」
「無理でございましゅるっ! 俺は、言葉を買えるのは、相手で、無理でしゅるっ!」
「うん、分かった。黙って聞いててくれ」
分からないけど、レグは喋らせない選択を選んで、面々を見渡した。
「ここからは、追っ手と電波障害外からの監視を警戒して、三手に分かれます。まずはバーダ」
「うい」
「適当な車を借りて、適当にドライブ。ここに車を戻したら、≪ディアホーム≫の車で施設に戻って、今日の業務終了だ」
「了解っ!」
もの凄く良い笑顔なのは、王族と関係を持たずに済むからだろう。
レグとしては妬ましい限りである。
「で、二台目。俺が運転して、第一王女殿下を連れて来ます。ナビが機能しないと思うので、正確な住所か、同行者を一人お願いします」
「俺が行こうっ!」
「……第一王子殿下が、ですか?」
「うむっ!」
カムドは勢いよく頷くと、王へと顔を向けた。
「父上。いえ、陛下。万が一を考えれば、陛下と私の移動手段は別にすべきでしょう。カトレアの事はお任せ下さい」
「……そうだな。任せるぞ、カムド」
「はっ」
胸に手を当てるカムドを横目に、レグはゴッソへと口を開いた。
「で、三台目の運転はゴッソに頼む」
「俺ぇぇっ!?」
「普通にお出かけって感じで出てくれればいいんだ。レビと陛下が同行するけど、お前は何も喋らなくていい」
その説明でもう喋るつもりがないのか、何度も頷くだけのゴッソ。
「車借りるし運転も頼むしで悪いんだけど、頼む。メラニーさんかグレッグの所まで連れてってくれ」
コクコクッ! と頷いてくれたので、レグも頷いて返す。
ゴッソもそうだが、全員が≪ディアホーム≫の顧客だ。ゴッソはその繋がりでメラニーさんとかから仕事を貰えたりしているので、道案内に不安は無い。
「で、ホゥラさん。ゴッソがちゃんと説明できれば問題ないとは思いますが、先方のこのカードを見せて、匿って貰って下さい。自分も後で合流しますので」
「分かりました。お預かりします」
「では、自分が主導で申し訳ありませんが、行動を始めましょう。ゴッソ、車の用意を頼む」
すでに頷く事しかしなくなったゴッソに苦笑して、レグも行動を開始した。
「あー……レグ、と言ったか」
「はい。どうかいたしましたか? カムド殿下」
「カムドで良い」
「さすがに、それは」
「何故だ? クルレドのことはレビと呼び、親しくしているのだろう?」
心底不思議そうなカムドに、運転席に座っているレグは顔を顰めた。
車を出したばかりなので運転する必要がある。だが、自動走行にしたら顔を合わせて会話をしなければならない。
そう思うだけで胃が痛むのは、一般人として当然の感覚だろう。
「確かにクルレド殿下とは仲良くさせて貰っていますが、カムド殿下はクルレド殿下の兄であります」
「そうだな」
「……友の兄は、友ではありませんので」
言外に『出来れば会話したくねぇんだよ』と言う意味を込めて放った言葉に、だがカムドはニンマリと笑みを見せた。
「クルレドは良い友を持ったな。面白い」
「殿下。先に伝えておきますが、私は他惑星のスラム出身です。礼節に疎く、かつこの惑星の王族に対し敬う気持ちは薄いので、その点だけはご了承下さい」
危険な事を言っていると言う自覚はある。
だが、この程度の言葉では激高しない人格の持ち主だという確信が、レグにはあった。
少なくとも、豪快なだけの男ではない。
あの状況で、王と行動を別にすると発言できたのがその証拠だ。
「ふむ。ならばまぁ、口調ぐらいは好きにしろ。お前達は恩人だ。王族として、無下にはせん」
「ありがとうございます」
「それでだな」
「はい」
レビが逆方向と言っていたので、来たのとは逆車線に向かい、加速。自動走行オードに切り替える。
「道が分からん」
「……は?」
その言葉の意味が分からず、レグは思わずカムドを見返す。
と、カムドは悪びれもせずに笑った。
「いやな、建物は分かるが案内できるほど地理に詳しくなくてなっ!」
「笑いごっちゃねーんですけど」
「はははははっ! すまない、許せ」
「……責めてもしょうがないので、別にいいですけど」
単に馬鹿だから豪快なのかも知れない。
そう評価を改めつつ、レグは風景へと視線を移した。
惑星マネージャーではあるが、この第三州でも実務をこなした経験はあるのだ。中道となると難しいが、大体は把握している。
(レビに住所聞いておいて良かった……)
「いやぁ、日頃空を移動するだろう? こんな視点で移動するのは、たまにある馬車以外はなくてな。まぁ、これはこれで面白いが」
「金持ちなら反重力装置のついた車が普通ですからね」
この車に屋根がなければ、頭上に時速三百キロで走っている反重力車が見えた事だろう。
制動の関係でタイヤ付きは百二十キロが精々(せいぜい)だが、反重力車は急停止が可能なので法定速度が高いのだ。
「そういえば、マンションに入る方法はどうなっているんですか?」
「このカードだ。で、一階の妹の場所に行くにはこの指輪を使う事になる」
「……一階?」
「セーフルームとして、父上が個人的に所有しているだけだからな。上の階は普通に貸し出している」
「えぇー。……あ、もしかして国王陛下の私兵とか」
「だったら全員でこっちに来てるに決まっているだろうが」
僅かな期待を裏切られて、レグは肩を落とした。
まぁ、もっともである。
「一階なのは、避難経路の都合上だ。市民を住ませているのは、カモフラージュって奴だな」
「確かに良いカモフラージュですね。身内が敵に回らなければ」
「はっ、言うじゃねぇか。けど、セーフルームに関しては、父上と俺しか知らない。ジュリオのシマだからマンションに関しては把握されてるだろうが、部屋の位置までは知られてないはずだ」
「……けど、手は入るでしょうね」
どうにしても、足が付く可能性はある。
それなら予定通り、≪ディアホーム≫の入居者親族に匿って貰った方が遙かに安全だろう。
「で、どうする?」
「自分が行きます。殿下の外見は知られてますので」
「そうなるか。受け取れ」
指輪とカードを受け取り、レグは手動走行モードへと切り替えた。
遠目でも分かるほどに高層マンションが乱立しているエリアだ。特徴的なマンションが多いので、カムドの記憶に頼った方が見つけやすい――筈。
そんな事を思いつつ車を進めていると、カムドが「おっ!」と声を上げた。
「あれだっ! あのピンクのマンションっ!」
「趣味悪っ」
「がっはっはっ! あぁ、父上に言っておいてやろう」
「マジでやめてくれます?」
「はっはっはっ! ……ま、確かに趣味は悪いが、だからこそ金持ち向けなんだ」
「はい。俺には分からない世界って事が、分かりました」
そんな会話をしつつマンションへと到着するのと、マンションの屋上にヘリが降下を始めたはほぼ同時だった。
「あれって……」
「ジュリオの手先、だろうな」
「行ってきます」
何故かのんびりしたカムドの言葉に、マンション入り口近くに車を止めたレグは、慌ててマンションへと駆けだした。
「屋上からなら、随分と余裕はあるはずなんだが……」
車のキーだけを置いて駆けだしていったレグ。
その慌てっぷりに少し呆れつつも、カムドは頰を緩めていた。
民間人が、自分達(王族)の為に頑張ってくれる。
対価も求めず協力してくれる。
その事実が、ただ嬉しかった。
▼△▼△▼△▼△
「何故、匿ってくれるのだ?」
コーヒーで口を潤し、王が発した第一声がそれだった。
今は上着を脱ぎ、ゴッソの車庫にあったボロ布を頭から被っている。
それはレビも同様。まともな服装なのは、秘書官であるホゥラだけだ。
だと言うのに、三十になったかどうかと言う女性は、快く三人を招き入れてくれた。レグの身分証を見せるまでは警戒されていたが。
ちなみに、ゴッソは結局一言も言葉を発する事無く帰って行った。
ホゥラが「ありがとうございました」と告げた時に返してきた笑顔と、タイヤがもの凄い音を立てて車が急加速して行ったのは、王にとって印象的だった。
「なにゆえって……レグさんに頼まれてたから?」
王の対面に座ったメアリーは、コーヒーを一口飲んで片目をつぶった。
「ま、ホントに来るなんて思ってなかったけどね」
「なのに、招き入れてくれたのか」
「そりゃあ、レグさんの知り合いならね。『困った時は助け合い』なんて綺麗事じゃなくて、≪ディアホーム≫さんには恩がある。だから、返すの」
「……恩? ただの介護施設であろう」
「お爺ちゃん、ホントにレグさんの知り合い?」
メアリーは訝しげな視線を向けたものの、一度咳払いをして言葉を続ける。
「ま、いいわ。けど、ただのなんて言わないようにね? あそこは、私達にとって救いなんだから」
「救い?」
「……介護って、どんだけ大変か分かる?」
仄暗さすらある真剣な目を向けられて、王は素直に首を振った。
「まぁ、でしょうね。そんなボロ布被ってるけど、いい所の人なんでしょ? そりゃあ介護なんて分かんなくても無理はないわよ」
そう言いつつも、メアリーは疲れきったように肩を落とした。
「お金があれば、問題ない。けど、私達みたいなのは、お金を稼がないと生きていけないの。なのに、介護に時間をとられる。一日とか、一週間じゃない。死ぬまで、ずっと」
「……うむ」
「お母さんが疎ましいわけじゃない。けど、あのままだったら、二人とも死んでた。≪ディアホーム≫出来てくれたから、私達は救われたの」
メアリーは目に溜まった涙を拭うと、微笑んだ。
「安いのに、入居者や家族の事も考えてくれる。働いてる人たちもいい人ばっかで、本当に助かってるの」
「そう、か。……惑星フェラットではかなりの数支社がある、としか聞いていなかったな」
「フェラットに産まれてれば良かったのにって、切実に思うわよ」
一つ苦笑してコーヒーを飲み干すと、メアリーは席を立った。
「ま、そんな感じ。だから、匿うぐらいで手助けになるならいくらでもするわよ。……王様とかだったら例外だけどねー」
冗談交じりにメアリーはそう言ったものの、場の空気は凍った。
「……何?」
「あ、あの、王様だと駄目なんですか?」
「当然じゃない。少なくともここの≪ディアホーム≫利用者は、みーんな王様の事嫌いなんだから」
「き、嫌い……」
呆然と呟くホゥラに、固まったままの王とレビ。
そんな面々の様子に首を傾げつつも、メアリーは続ける。
「何もしらないの? 何か凄い絵が寄付されたみたいで、それ寄越せって王様が圧力かけてきてるのよ。で、≪ディアホーム≫の人達は、『寄付された物を売ったり渡したりはしない』って要求を突っぱねてるんだけど、そのせいで営業許可が取り消されるかもって」
「そうなったら、第五州に引っ越しかなぁ」なんて言いつつ台所へと向かうメアリーを見送って、王とレビはボロ布を外した。
「クルレド。彼女の言葉は、本当なのか?」
「……ジュリオ殿下の関係者が、寄贈された絵を求めているのは事実です」
「あやつは……どこまで、愚かなのだ」
歯を食いしばり、拳を強く握る王に声をかけられる者はいなかった。
そこにメアリーが戻ってくる。
「お菓子あったけど食べる? って、すんごい美形……。……?」
お菓子の袋を持ってきたメアリーは、レビを目に思わずといった様子でそう呟いてから、首を傾げた。
更に王へと顔を向けて、首を逆側へ傾げる。
「どこか、で……みた……」
「全て私の責任だ。すまない」
テーブルに両手を置き、頭を下げる王。
その姿をぼんやりと眺めていたメアリーは、首を正しい位置に戻すと、
「へい、か」
その言葉を最後に白目を剥き、仰向けにぶっ倒れたのだった。




