第三章 阻害障壁
「……そー言えば、最近レグに会ってないわね」
ふと思い付いて、私はそう独りごちた。
場所は≪廃棄城≫執務室。≪廃棄城≫の長として、一段落ついた所だ。
いつもよりかなり遅い時間帯。現実で言えば夜十時って所か。
今までならもう帰っている時間だけど、熱烈な視線を向けてくる秘書がいないので案外居心地が良いのだ。
担当してくれている秘書もちゃんと気を遣って部屋を出てくれるし、たまに休憩しましょうってお茶を持ってきてくれる。
これぐらいの気遣いが丁度良い。
部屋にいる間じーっと見つめてきたり、報告の度に賞賛が入るレグ相手は、ホント疲れる。そりゃあ慕われてるのが分かるから、邪険にはしないけど。
ちなみに、最後にあった時のレグはちゃんと美形の青年だった。
一時期は認識のズレでもあったのか、現実では美形青年なのに、電脳世界では少年だったのだ。現実で会う度に『誰?』となっていたのだが、今はちゃんと現実と同じ姿になっている。
「寂しい、ですか?」
「ジョーダンやめてよヨシコちゃん」
「あの、ベザルですけど」
「分かってる分かってる」
誰の言葉かは分からないけど、なんかそんなフレーズ合ったなぁと思って返しただけなのだ。
空笑いを返しつつ、今日の秘書役である彼女へと顔を向ける。
彼女は地球人からもかけ離れた外見なのだ。私の時代でも聞いた事無いって言う人が殆どなフレーズが通じるはずも無い。
「そー言えば、ベザルちゃんの故郷にいるんだっけ? あの二人」
「私の故郷ではなく、私達発祥の惑星というだけですね」
少し気に障ったのか、ベザルちゃんの触角が僅かに下がった。
カザーダ人。
その外見を端的に言い表すなら、半虫人だろうか。ただ、ベザルちゃんは人間に近いタイプらしく、顔自体は殆ど人間と同じだ。違いがあるとすれば、額に日本の触角が映えている点と、金色の瞳を覗き込んでみれば複眼になっている、と言う点ぐらいだろう。
ただ、身体に関しては大きく違う。
服越しには女性らしいフォルムに見えるのだが、肌は硬質。虫人種に分類されているように、基本的には外骨格なのだ。
首は蛇腹状になっていて、メイド服の袖から覗く手も黒い硬質なモノ。
褒めても本人は喜ばないけど、私的にはお人形さんみたいで綺麗だと思う。
その上カザーダ人は性能も優れていて、補助腕という腕が左右に二つずつ付いているのだ。『補助だから使いません』とはベザルちゃん)の言葉で、私は見せて貰った事こそないものの、肩甲骨辺りから、上下に展開出来る感じで生えてるらしい。
更に更に、カザーダ人は手の平から強靱な糸を出せるらしいのだ。熟練者ならそれぞれの指先からも出せて、手だけで36本。足も含めれば42本の糸を自在に操れるらしい。
ロマンの塊だと思う。
ベザルちゃんは見せてくんないけど。
「後、彼らが向かったのはカムナ統一惑星ですよ。王族会議に出席するとか」
「……おーぞくかいぎ?」
「あの、二日前にレビさんが報告に来てたと思うんですが」
「やー、あの二人の話は半分ぐらい聞き流してるから」
「カナメさん……」
非常に可哀想なモノを見る目を向けてくるベザルちゃん。
だが、それがいいっ!
殆どの人が『カナメ様』『姫様』呼び。一部の人に至っては『女神様』呼び。
そんな中で、ベザルちゃんは等身大の私を見てくれる数少ない友人の一人なのだ。
「心のオアシス、マイ・ベザル」
「何訳わかんない事言ってるんですか」
「あ、声に出ちゃってた?」
「わざとでしょう。……全く」
呆れた素振りながらも、ちょっとほっぺが赤くなってるのが可愛らしい。
私は永遠の十六歳で、ベザルちゃんは十歳年上。おねーさんなんだけど私を敬ってくれてるし、対等に付き合っても嫌な顔しないから大好きだ。
「それで、王族会議ですが。レビさんが王族なんですよ。カムナ統一惑星の」
「ふ~ん」
「……そんな興味ないんですか? あの、レビレグですよ?」
「何そのレビレグって」
純粋な疑問と共にベザルちゃんを見つめると、目を逸らした彼女は|徐々《じょじょ』に頰を赤く染めてゆく。
これ、あれだ。
レビ×レグだ。
今度調べよう。
私がそう固く決意すると、扉がノックされた。
「カナメ様」
「ん、いいよ」
他に人がいる時は様付けだ。
まあ立場上仕方ないので、そこは妥協している。
ベザルちゃん)が扉を開くと、蛸足の騎士が入ってきた。
「失礼しますっ!」
「あー。えっと……おぽりゅっしょ、だっけ?」
「はっ! オポリュッショと言う名前にしますっ! よろしくお願いしますっ!」
「いやいやっ! 間違ってたなら言ってっ!?」
「女神様にいただいた名前の方が大事ですのでっ!」
「名付けてないからっ!」
ベザルちゃんがどれだけ貴重な人材かは、このやりとりだけでも分かるだろう。
本腰を入れて、私を崇め奉っている女神教とやらをぶっ潰すべきかもしんない。
ざっと彼を構成するコードを眺め、正確な名前を把握する。
「えっと、オボリッセスね」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
「何の感謝だよぉ……」
名前を呼んだだけで感涙間際になるのはホントやめて欲しい。
こんな感じで、≪廃棄城≫の住人は半数以上がイカレているのだ。
こいつに至っては、始めてちゃんと話した時にその蛸足で私を拘束して乱暴しようとしてた筈なんだけど……あの後どんな洗脳受けたんだろうか。
「オボリッセスさん、用件を」
「はっ! 本日の交代要員が来ず確認した所、カムナ統一惑星からのアクセスが禁止されたようでありますっ! 姫様に直接ご報告に上がるのは不敬かと思いましたが、上役が不在ですので処罰を覚悟でこうして参りましたっ!」
「処罰って、ンな事しないから。報告ありがとね」
「は、はい」
「警備ならこっちでどうにかするから、勤務時間終わってるなら帰っちゃって。お疲れ様」
「あ、あびばどう、ごばいまぶっ!」
「何語だよ。ってか、なんで泣いてんの?」
「良かったですね、オボリッセスさん。では、ご退室を」
「は、はいっ!」
執務室に響き渡る返事をして、勢いよく一礼したオボリッセスは、来た時と違って楽しそうに身体を上下させつつ部屋を出て行った。
扉を閉めたベザルちゃんは、ため息を一つ。いつものような愛想の無い顔を私に向けてくる。
「姫様。下々の者をあそこまで労る必要はありません」
「下々って……。労るって言ったって、働いてくれてるんだから感謝するのは当然だし。後姫様はやめろ」
「だから姫様なんですよ?」
「意味分からんしっ!」
≪廃棄城≫は十層に落ちるようなクズの中でも組織立って動ける者達の住処だった。
アユちゃんの依頼もあり、そのクズ達をそこそこ片付けた結果、何故か私が≪廃棄城≫の主になった。
ただそれだけだ。
現実でまともにやっていけるように教育を施したり仕事を斡旋したりしているけど、管理者としては当然だと思う。
≪ディアホーム≫の労働力も格安で手に入るので、一方的に感謝される覚えも無い。
「兎に角、姫様禁止っ!」
「畏まりました、カナメさん」
「頼むわよ? 全く。……じゃ、私はそのカムナ統一惑星とか言う所を確認して、そのまま今日はあがるから」
「はい。お疲れ様でした」
「うん。じゃあ、またね」
「はい、また」
その時だけはうっすらと微笑むベザルちゃんに笑顔を返して、私は意識をカムナ統一惑星へと向けたのだった。
私は今、ある戦艦のメインカメラから、カムナ統一惑星を見下ろしていた。
人類が発生するような惑星は、大体水が豊富だ。なので、パッと見た感じは地球に見えなくも無い。
ただ、大地の形は全く違うし、僅かに灰色がかっている。何よりも違う点は、デブリの環が存在している点だろう。
遠目には綺麗と言えるかも知れないけど、ズームしてみると隕石だったりビニール、液体に生ゴミだったりで、かなり汚い。
で、問題はこの中にある。
阻害障壁。
従来のジャミング装置とは異なり、阻害障壁は最低三基からなる装置だ。
相互に強力な妨害電波を流す事で面で電波を阻む。今回の場合、カムナ統一惑星の公転軸上下に一基ずつ、後は環の中に二十基仕込む事で、完全にカムナ統一惑星を隔離しているわけだ。
まぁ物理的にはさほど障害にはならないので問題なく通れるし、私の存在はそんな障壁よりも強固らしく、若干の抵抗があるだけでカムナ統一惑星内にアクセスも出来る。
別に調べる気は無いからしないけど。
そんな事より、気になるのは私がアクセスしている戦艦だ。
艦籍はカザーダ軍。
ベザルちゃんと同じ人種が乗っているわけだが、これが凄い。
情報としては知っていたけど、虫人に相応しいだけの外見をしていた。
どう例えても虫なのだ。
ベザルちゃんみたいに人間っぽい顔なのは半分ほどだけど、口が肉食昆虫のそれと同じくワシャワシャしてたり、仮面ライダーに髪の毛が生えたみたいなのだったり。
彼らはまだ人と言える感じだけど、完全に蟻の四足歩行だったり、バッタの二足歩行だったり。大体で共通しているのは、足と手、合わせれば八本になるという所ぐらいだろうか。
凄い。キモい。
一つの惑星から派生したとは思えないほどの多様性だ。
外見がバラバラ。特徴もバラバラ。
これで単一の民族として纏まってるとか、世界ってのは奇跡で満ちあふれてる。
蜘蛛みたいに身体を揺らしつつ一歩踏み出そうとして、戻って、踏み出す、みたいな動きをしている奴もいれば、羽を無くして身体をスリムにしただけのゴキブリみたいなのが天井を駆け抜けていったり。
そんなにも特徴的な個々が、ちゃんと言語を介して一つの艦に乗っている。
ちなみに、彼らの言語は一般的な共通語ではなく虫人語。
何というか、金属を擦ったり叩いたりするような音だ。甲高い声に聞こえなくも無いけど。
口の構造が言語に向かないので、顎や羽を重ね合わせる事によって音を出し、その波長で意思の疎通を行っているのだ。
翻訳は出来るけど、しない。
ガラスを引っ掻くような音、金属を叩くような音。
お世辞にも聞き心地が良いとは言えないけれど、様々な音が重なっておもしろい。
戦艦のメインデッキ。
真剣な話をしているんだろうけど、私はそこにいる人達が発する音を、暫くの間楽しんだのだった。
翌日。
いつものお悩み相談室を終えて執務室へと戻ると、ベザルちゃんが待機していた。
「珍し。二日連続?」
私が言うのもなんだけど、私が良く来る昼を過ぎた辺りからの秘書ポジションは争奪戦。
私と直接会える、話せるという立場が限られているので、雇用している秘書十人で毎回凄い事になっている――らしい。
レグがニコニコ笑顔で、『でも半分は筆頭執事の権限で譲りませんが』と言っていたので、まぁ事実なんだろう。
ちなみに、≪廃棄城≫では執事とメイドが秘書兼任だ。
私用の部屋なんて執務室しかないんだから、当然である。
「無理を言って代わって貰いました」
「何かあったの?」
「……何があったか聞きたいのは、こちらですが」
ぴょこぴょこ動く触覚を眺めつつ、首を傾げる。
何かあったかな?
「あぁっ! うん、カザーダ人の人達凄かった」
「凄い?」
「やっぱ、情報で知ってるだけと、実際に見るのじゃ違うわね。あんな多様性があるなんて思わなかったわよ」
でもって、ベザルちゃんが特別なんだって事も実感した。
両親がカザーダ人って言ってたけど、あの人達からベザルちゃんが産まれたんだとすれば、それは進化を通り越した突然変異だ。出産した環境に適応する因子でもあるんだろうか。
「……あの、カムナの事を聞きたいんですが」
「あ、そっち? うん、阻害障壁が張られてたけど」
「はい」
「はい」
「……いえ、ですから内部の様子を」
「え? 見てないけど」
私の言葉に、ベザルちゃんは目を伏せると、数歩下がって壁に寄りかかった。
「そう、ですか。カナメさんでも、無理……」
「何が?」
「カムナ惑星内の情報が、集まらないんです。……そういえば、カナメさんは何故惑星カザーダに?」
「近くに戦艦があって、それがカザーダ軍所属だったってだけだけど」
「そんな……。数は、分かりますか?」
「へ? 数……。見える範囲にはその一隻だけだったけど」
実際には眼下の宇宙港に離着陸している艦がそれなりにあったものの、環の内側だったのであえて調べなかったのだ。
カザーダ人のやりとりに夢中で、他に興味が湧かなかったとも言う。
「そう、ですか。……それなら、まだ間に合うかも」
「えっと、ベザルちゃん。何を言ってるのかさっぱり分かんないんだけど。何かやってるの?」
私の疑問に、ベザルちゃんはジッと私を見ると、小さく息を吐いた。
「やってるというか、やっていたんです。何事も無ければ今頃、レグさんとレビさんがこの≪廃棄城≫に来ているはずなのですが……」
「あ、王族会議」
今更状況をそこそこ理解できて、私はぽんと手を打った。
レビとレグは王族会議の為にカムナ統一惑星に行っていて、阻害障壁が張られていたのもカムナ統一惑星。
そこに一隻とは言えカザーダ軍の戦艦があったと言う事は、まぁ少なからず絡んでいるって事なんだろう。
ちゃんと順番立てて考えればそれぐらい分かるんだけど、何か会話が理解できていなかった。
どんだけ頭使ってないんだって話だ。
ちょっと反省しつつ、首を傾げる。
「なんでベザルちゃんがそんな気にしてるの?」
「それは……レビさんに、惑星カザーダの内情調査を頼まれたからです」
「あー。王族会議に何か関係があるんだ」
「いえ、そうではなく……どうも、カザーダ人に命を狙われていると言う確信があったようで」
「レビが?」
「はい。頭を下げて頼まれましたので、今は惑星カザーダに向かう航行艦の中です」
「何してんのあんたら」
思わずそう呟いてしまったのも仕方ないだろう。
当然だけど、星間航行は高額なのだ。時間もかかる。
≪廃棄城≫で友情なり愛情なりが芽生えて現実で交流を持つってのは素晴らしいと思うけど、今回のは負担が大きすぎだ。
そんな私の考えを察したのか、ベザルちゃんは口を開く。
「今回は、仕事としての依頼ですし、成否に関わらず経費と報酬をいただけますので、問題ありません」
「……現実に負担はない?」
「むしろ感謝しています。一度行ってみたいと思っていましたし、いただいた前金だけでも世帯収入二年分ですから」
まぁ、問題ないならいいんだけど。
「レビの奴、なんで私に頼まないかな」
「姫様ですから。……本人としては確信しているようでしたが、証拠があるわけでもないのに頼めない、と」
「変なとこで気を遣うわよね。レグにしたって、必要な情報ならちゃんと聞けば良いのに」
「レグさんも姫様に心酔していますので」
「姫様やめろ」
ちゃんと突っ込んでから、椅子に寄りかかる。
「ま、あの二人なら大丈夫でしょ。ベザルちゃんも危険は無い?」
「私は問題ありません。ですが、あの二人に関しては……阻害障壁があるとなると」
「連絡が取れない、か」
確かに、あの状態だとカムナ惑星内から電脳世界にアクセスは出来ないだろう。
まぁ、接触しようと思えば簡単に出来るけど。
「しゃーない、ちょっと動くわよ。ベザルちゃんが何するつもりか知らないけど、自分を大事に。危険を感じるようなら、早めに連絡してね?」
「はい。ありがとうございます」
「いーのいーの。、それより、先に仕事かたづけちゃいましょ。今日の報告は?」
「カムナ統一惑星内からのアクセスが制限された事で、各部署から少し問題が上がってきています。無断欠勤が発生したようなものですので」
「現実じゃないんだから、そんなしっかりしなくてもいいんだけどね」
「姫様の城ですから」
「姫様言うな」
ぴしゃりと返して、執務机の報告書を手に取る。
電脳世界第十層≪堕ちた世界≫。
私にとってはゲーム的な感覚だけど、この世界がなければ生きていけない人達もいる。
だから私は、内政ゲームみたいな感覚ながらも、ちゃんとお仕事をこなすのだ。