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姉記 イリスちゃん観察記録帳 No.59

トゥルペ視点です。

 わたくしの名はトゥルペ・エーデルワイス。

 聖女イリスこと、イリスちゃんの姉ですわ。


 最愛の妹であるイリスちゃんがアルラウネになって、わたくしに会いにきてくれた。

 あの夢のような日々のことは、今でも忘れられません。

 しかも、エーデルワイスを魔王軍の手から救ってくれました。


 イリスちゃんはアルラウネになっても、聖女なのですわね。


 そんなイリスちゃんは、再びこの街から旅立ってしまいました。

 二度と会えないと思っていた愛すべき妹(イリスちゃん)とせっかく再会できたのに、また会えなくなってしまうなんて悲しいですわ。


 わたくしたち姉妹は、生まれた時から一緒に過ごしていたわけではありません。

 そのため同じ家で暮らした時間がとても短いのです。

 今度こそ、姉妹として──家族として、暮らしたい。

 だからせめて……せめて小さなアルラウネの分身だけでも、公爵邸に置いていってほしかった。


 なのに。

 なのになのに。


 イリスちゃんはあろうことか、アルラウネの分身を一体も置いて行かずに、旅立ってしまったのですわ!


 なんということでしょう。

 さ、寂しいですわ!

 アルラウネは増殖できるのですから、一人くらい置いていってくれてもよかったですのに!


 ああ、悲しい。悲しすぎますわ。

 次にイリスちゃんと会えるのは、いったいいつになるのでしょうか。

 それこそ、さっきの別れが、今生(こんじょう)の別れになってしまっていたかもわかりません。

 うぅ、めちゃくちゃ悲しいですわ。



 ですが、わたくしはただ、悲観に暮れているだけの女ではございません。

 イリスちゃんを亡き者にした憎き(かたき)──聖女ゼルマと第二王子殿下に天罰を下すべく、行動しなければなりません。


 我がエーデルワイス公爵家は、ガルデーニア王国でもかなりの力を持っております。

 いくらゼルマの陰謀によってエーデルワイス公爵家が窮地に立たされていたとしても、問題ございません。


 わたくしはこの身に燃え(たぎ)る怒りを、すべてゼルマと第二王子にぶつけます。

 イリスちゃんをハメたあの者たちが、今でも王城で涼し気に暮らしていることが許せません。許せないのですわ!



 そう思いながら、さっそくあの二人を失脚させる陰謀を計画しようとしていると──突然、事件が起きました。


 イリスちゃんがエーデルワイスから旅立って、半日後。

 突如として、我が家の庭に小さなアルラウネがニョキッと()えてきたのです!!!!



 イリスちゃんは馬車に乗って、今朝エーデルワイスから出発したばかり。

 それなのに公爵邸(ここ)に戻って来たということは──やはりわたくし(お姉ちゃん)が恋しかったのですね。


 いいですわ。

 このわたくしの胸に飛び込んできてくださいません。

 もちろん、心の準備はできております。

 今すぐ、イリスちゃんに会いにいきますわよ!


 メイドに案内され、わたくしはすぐさま庭へと移動しました。

 すると再会して早々、イリスちゃんはわたくしにこんなことを言ってきたのです。


「道の先に、グランツ帝国の兵士がいた。捕まえておいたから、回収しに来て」


 驚くべきことに、エーデルワイスは情報封鎖されていたのです。

 わたくしが王都へ送った使者は、すべて帝国の兵士によって捕まっていたようでした。

 伝書鳩すら、ハ-ピーによって捕獲されていたようです。


 これは──由々しき事態ですこと!


 エーデルワイスが侮辱されたに等しい行為です。

 グランツ帝国、許すまじ。


 しかし、徐々にことの深刻さを理解してきました。

 先日エーデルワイスを侵攻しようとした魔王軍とも手を組んでいるようですし、これは大変なことですわね。

 ガルデーニア王国が、魔王軍とグランツ帝国によって、侵略されそうになっているのです。

 国の一大事。貴族としては、黙っていることなどできません。

 すぐに騎士団を召集して、王都へ援軍を派兵しなければ。


 本来なら国王陛下に事前にお許しを得ないといけないことですが、そんなことを言っている間に、王都が陥落してしまう恐れがあります。

 幸い、情報封鎖は、イリスちゃんの手によって解除されました。

 急いで王都へ鳩を飛ばせば、問題ないでしょう。


 そして、イリスちゃんはこう続けました。


「私はこのまま、ルーフェと王都に行く。お(とう)さ……エーデルワイス公爵は、私が助けるから、トゥルペは心配しないで」


 庭に()えたアルラウネを見るために、メイドや執事が集まっていました。

 わたくしたちが実は姉妹だということを、周囲の者に気付かれるわけにはいきません。


 人目(ひとめ)があるせいで、トゥルペお姉ちゃんと呼ばれないことは残念ですわね。

 ですが、今朝わたくしたちは感動的な別れを済ませたばかり。

 この場ではイリスちゃんの姉としてではなく、エーデルワイス公爵代理として、きちんと勤めを果たさせていただきます。


「帝国十二剣将(じゅうにけんしょう)の弟子、を名乗る人も、捕まえた。もしかしたら、エーデルワイスの近くに、十二剣将(じゅうにけんしょう)本人が、潜伏してるかも、しれないから、気を付けて」



 帝国十二剣将(じゅうにけんしょう)とは、グランツ帝国が誇る十二人の剣士のことです。

 将軍に匹敵する地位で、全帝国臣民の憧れの存在だとか。

 武の国であるグランツ帝国では、剣の腕があれば平民ですら十二剣将(じゅうにけんしょう)になれると聞いたことがあります。


 たしか帝国の皇太子妃であり、『舞剣のマライ』の異名で有名なマライ・グランツヴァイスハイトも、この十二剣将(じゅうにけんしょう)だったはずですわね。

 女性でありながら、帝国最強の称号である十二剣将(じゅうにけんしょう)の一人に名を連ね、さらにはあの金虎(きんこ)皇子の妃になった。

 そんな彼女の名は、隣国である我がガルデーニア王国にも轟いております。


 この話を聞いたわたくしは、とある妙案を思いついてしまいました。

 わたくしは、イリスちゃんにこう訴えることにします。


「現在のエーデルワイスは、もぬけの殻も同然ですわ。騎士団長をはじめとした強者(つわもの)公爵(お父様)についていってしまったので、十二剣将(じゅうにけんしょう)が現れたら誰も太刀打ちできません」


 せめて“エーデルワイスの守護者”と名高き大魔導士(あの子)が残っていたら、なんとかなったでしょう。

 けれども、公爵(お父様)の護衛をするために王都に行っているので、仕方ありません。


「ああ、どこかに強くて頼りになる方がいないかしら。もしもエーデルワイスを救った新たな聖女が、小さなアルラウネとなってこの街に住んでくれれば、わたくしは安心できるのに……」


 チラリと、イリスちゃんへと視線を向けてみます。

 アルラウネは、何かを諦めたような表情で応えてくれました。


「いいよ、私がエーデルワイスに残る」


「本当ですわね!?」


「私といっても、本体(わたし)じゃなくて、子どものほうね。トゥルペ……に、何をされるか、わからないから、本当は嫌だったんだけど……」


 そう言いながら、イリスちゃんは信じられないことをしました。

 蔓から花を咲かせると、そこから種を出し、土に植えたのです。


 すると、どうでしょう。

 地面から新たに、小さなアルラウネが()えてきたのです!


「こ、これはまさか……!」


「そう。私の子ども」


「初めまして、トゥルペ。私は、アルラウネと申します」


 イリスちゃんに続いて、その小さなアルラウネがわたくしに挨拶をしました。

 つまり、こういうことでしょうか。


 今イリスちゃんは、わたくしの目の前で──子どもを産んだ、ということですの!?!?!?



 妹が子どもを産んだ。

 しかも一人で。

 い、意味がわかりませんわ!!!!!


「常にエーデルワイスに、子アルラウネを一人、駐在させるね。魔王軍四天王クラスの敵が、攻めてきても、多分撃退できるくらいは、強いと思う」


「私はママの子どもであり、その力のほとんどを継承しておりますので、とても強いです。ママが愛する、エーデルワイスを害する者は、すべて肥料にしてみせます」


「ママ……ママ!?」


 イリスちゃんが、ママ。

 つまりこの子は……わたくしの(めい)ということ??


 6年前に亡くなったはずの妹が植物モンスターになって、子どもを産んだ。

 そしてわたくしに、アルラウネの姪ができた。

 しかも聖女であったイリスちゃんのことを、「ママ」と呼んでいる。


 の、脳がおかしくなりそうですわ。

 世の中、なにが起こるかわからないのですね。


「安心してくださいませ。このわたくしが全身全霊をもって、この姪アルラウネを、大事に大事に育てて、愛してみせますわ!」


「姪って……まあ、いいか。よろしく、頼むね」


「ママのためにも、私、頑張ります!」


 メイドと執事が、不可思議なものを見るような目でわたくしを見てくる。

 姪だとかママだとか、意味がわからないのでしょう。


 ですが、わたくしはそれどころではありません。

 イリスちゃんの顔をしたアルラウネと、イリスちゃんの顔をした姪アルラウネが、わたくしに話しかけてくるのです。

 これ、夢じゃないですわよね?


「あのう、アルラウネちゃん……この広いエーデルワイスを守護するのに、姪アルラウネが一人というのは、心許ないです」


「…………」


「あと何人か、姪アルラウネが欲しいですわ。少なくとも、あと十人……いいえ、三十人は必要だと思うのです!」


「……それはダメ」


「なぜですの!?」


「子アルラウネが増えると、それはそれで大変。この子たちは、かなり自分勝手だから」


「わたくし、それでも構いません。なぜならわたくしは、この子たちの叔母なのですから!」


「……叔母じゃ、ないでしょう」


 イリスちゃんは周囲のメイドたちに向けて、そう誤魔化してくれました。

 お気遣いは嬉しいですが、問題ございません。

 わたくしがアルラウネに対して、実の妹のように接していることは、屋敷のすべての者が知っております。

 今さらこの程度で不審に思う者は、誰もいないはずですわ。


「それに子アルラウネは、いざとなったら、増殖できるから」


「そ、それ、本当ですの!?!?」


「ママー。妹たち、作ってもいいの?」


「緊急事態以外は、勝手に増えちゃ、ダメだからね」


「わかった、ママー」


 姪は一人で増殖することができる。

 わたくしの姪……すごいですわね。



 その後、イリスちゃんはわたくしに何か大事なことをお願いしてきました。

 でも、わたくしの頭は、これから姪アルラウネをどう愛でていくかを考えることに全力で集中していたせいで、よく聞いてはいませんでした。


 たしか塔の街から二人組の誰かがエーデルワイスにやって来るから、その二人をイリスちゃんが手配した馬車に乗せて王都まで送ってほしいとか、そんな話だったはずですわね。

 まあ詳しいことは執事が聞いていたので、後で教えてもらうことにしましょう。


 それよりも……イリスちゃんの知らない一面を知ってしまって、いまだに心臓がバクバクですわ。

 あのイリスちゃんが、ママ。

 イリスちゃんに新しい家族ができて………わたくし、本当に嬉しいですわ……。


 あぁ、またインクが染みてしまいましたね。

 イリスちゃんと再会してから、なんだか涙もろくなってしまいました。



 姪アルラウネを置いていったアルラウネちゃんは、『転移』とやらを使って、また街から旅立ってしまいました。

 そして、種に戻って地面へと消えていったイリスちゃんの横には、新たにわたくしの家族となった姪アルラウネが!


 姪アルラウネを鉢植えに植え替えてわたくしの部屋で一緒に暮らそうと思ったのですが、地面の根と繋がっていないと警備ができないと断られてしまいました。

 そのため、姪アルラウネはいまだにお庭に()えたままです。

 それは残念でしたが、わたくしの部屋から庭にいる姪アルラウネは丸見えなのですよね。


 わたくしはここから姪アルラウネを日夜観察するつもりです。

『イリスちゃん観察記録帳』とは別に、新しく姪のための本を作ってもいいかもしれません。


 わたくし、これから毎日が楽しみですわ!





 姪アルラウネが公爵邸に住み着いた翌日。

 街に不審者がやって来たと、報告が上がりました。


 イリスちゃんの言っていた、帝国十二剣将(じゅうにけんしょう)かもしれませんわね。

 その話を姪アルラウネにしたところ、「エーデルワイスは、私が守る」と言って転移していきました。


 本当に頼りになる姪ですわ。

 とはいえ、何か忘れている気もしなくもないですが……まあ気のせいでしょう。


 ゼルマと第二王子に天罰を下すことと、姪アルラウネを愛でること以上に大切なことは、今のわたくしにはありません。


 あぁ、本当に楽しみですわ。

 今夜はあの子に、どのドレスを着せましょう。


 姪アルラウネが帰ってくるまで、まだ時間がかかるはずです。

 その間に、可愛い姪っ子への英才教育計画を完成させなければなりません。


 大切なイリスちゃんの子どもですもの。

 可愛い姪っ子は、このわたくしが立派に育てて──イリスちゃんのように立派な聖女にしてみせますわ!

というわけで、トゥルペ視点でした。

いつか姪アルラウネ視点とか出てくるかもしれません。


次回、別行動です。

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― 新着の感想 ―
これはダメなお姉ちゃんだ…でもイリスに家族がいることを喜んでくれる素敵なお姉ちゃんでもあるし… 頑張れ、トゥルペの理性。
> 「わたくし、それでも構いません。なぜならわたくしは、この子たちの叔母なのですから!」 > 「……叔母じゃ、ないでしょう」 そのとおり、トゥルペはイリスの姉なので叔母(父母の妹)じゃなくて伯母(父…
うーん、逞しい。流石はというべきか手腕や機転が抜群というべきか
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