326 故郷との別れ
トゥルペに街から出ると告げてから、二日後。
今日、私はエーデルワイスを旅立つ。
最後にこの街を出たのは、私がまだイリスだった時。
その頃の知人とも、アルラウネとして再会できた。
向こうは私の正体を知らないから「はじめまして」と挨拶をしたけど──それで十分。
故郷のみんなが今も元気に暮らしている。それだけで、心が軽くなった。
いろいろあったけど、本当にエーデルワイスに来て良かった。
村でお世話になった、村長さんの息子さんとも挨拶をしたよ。
壺ゴーレムが暴れた際に助けてあげたことを、何度もお礼を言われたっけ。
今度パン屋で「アルラウネパンを作る!」と張り切っていた。
私がそのパンを目にする日が来るかはわからないけど、どんなパンになるのか楽しみだね。
エーデルワイスから王都への道筋の予習もバッチリ。
道中の情報もトゥルペに教えてもらったので、困ることはないはず。
それでも、ひとつだけ気がかりが残っている。
王都で大流行しているという、美容と再生の女神アルラウネを祀るというアルラウネ信仰については、気になることが多い。
とはいえ、ここで考えても仕方ないので、まずは行ってみてから悩むことにしました。
街の人たちへの挨拶だけでなく、旅の準備も終えています。
『ピルツ商会』の人たちからは、水と食料をもらいました。
しかも、頼んでいた倍の量をもらってしまった。
「アルラウネさんには、命を助けられました。これはそのお礼だと思ってください」
商会長さんはそう言って、代金を受け取ってくれなかった。
たしかに『ピルツ商会』の人たちの命は救ったけど、それとこれは別でいいのにね。
ご厚意を断るのも悪いので、ありがたく受け取らせてもらいました。
浮いたお金は、そのまま街の復興資金に回した。
壺ゴーレムのテロによって、街の一部はまだ破壊されたままになっている。
故郷のために、少しでも役に立ちたい。
そう思って、それなりの金額を寄付してきました。
そして現在、私たちは公爵邸の庭で、『ピルツ商会』からもらった荷物を馬車に積み込んでいます。
見送りに来てくれた使用人たちも手伝ってくれているため、かなりの人がこの場に集まっている。
ウッドホースゴーレムの近くでそれらの様子を眺めていると、新しく仲間になったスフィンクスのクスクスさんが目を輝かせながら近寄ってきました。
「ねえねえアルラウネちゃん、これって、ゴーレムだよね?」
「そうだよ」
「すごい……見た目が逞しいだけでなく、とてつもなく強力な力を内部に秘めてる! こんな規格外なゴーレム、あたい見たことないよ!」
「そうなの?」
「あたいの一族は代々ゴーレムを使う家系なんだけど、一族で一番すごいゴーレムですら、このウッドホースゴーレムの足元にも及ばないよ!」
そう言いながらクスクスさんは、ウッドホースゴーレムの足に頰を擦りつけ始めた。
どうやらウチのゴーレムのことをお気に召したみたい。
このウッドホースゴーレムは、元々は山のように巨大なゴーレムだった。
なぜか魔王軍の宰相──氷龍が持っていたみたいだけど、そもそもは女神様が創造したといわれる古代のゴーレムだ。
クスクスさん一族のゴーレムより優れているのは、そういう理由だからだろうね。
このことをクスクスさんに教えたら、どんな反応をするんだろう。今度話してみようかな。
ちなみに、このゴーレムは氷を操るフロストゴーレムだったけど、私が所有権を奪った際に木製のウッドゴーレムになった。
それを馬の形に変えた結果、ウッドホースゴーレムが誕生したんだよね。
「しかも木製のゴーレムだなんて珍しい! アルラウネちゃんが操ってるの?」
「まあ、そうかな」
手動で操ることもできるけど、今では勝手に動くようになっている。
そのせいもあって、なんだかペットみたいでかわいいんだよね。
「アルラウネちゃんもゴーレム使いだったとは……しかも、あたいよりも高位のゴーレム使いだなんて……」
「顔が真っ青だけど、大丈夫?」
「大丈夫……ちょっと自信なくしちゃっただけ……あたいのアイデンティティって、いったい……」
クスクスさんがウッドホースゴーレムに顔をうずめた。
別に私はゴーレム使いというわけではないから、気を落とさないでほしい。
クスクスさんを慰めたあと、幌馬車へと視線を移します。
妹分であるアマゾネストレントは、せっせと荷物を運んでくれている。
妖精のキーリは、そんなトレントに何か指示を飛ばしているみたい。
魔女っこはどこだろうと思ったところで、急に体が浮いた。
私が入っている鉢植えを、誰かが持ち上げたのだ。
背後を振り返ると、オレンジ色の髪の女性が目に入る。
「トゥルペ?」
「イリ…………ではなく、アルラウネちゃんたちの見送りに来ました。やはり今日、行ってしまうのですね」
「……うん」
姉のトゥルペと再会できたことが、エーデルワイスに来た一番の収穫だった。
イリス時代以上に、姉妹の仲が深まった気がする。
だからこそ、まだ街に残っていたいという気持ちが強く残っていた。
「寂しくなりますわ。もしよろしければ、もっとエーデルワイスにいてくれてもいいのですのよ? 公爵家は、あなたがたを家族のように歓迎いたします!」
「その気持ちは、嬉しいけど……やっぱり行かなくちゃ」
「そう……ですわね。わかっております」
トゥルペと私の視線が絡み合う。
本当はもっといろいろと話したいことがあったけど、この場で口にするわけにはいかない。
なぜなら、アルラウネの正体がイリスだということを知っているのは、この街では姉のトゥルペだけ。
そのため、他の人の目があるここでは、腹を割って話すことはできなかった。
「……ねえ、トゥルペ」
「はい、なんでしょう」
二人きりでお茶会をした際に、「トゥルペお姉ちゃん」と呼ぶようになった。
とはいえ、急に呼び方を変えることは、なんだか恥ずかしい。
だからあえて「トゥルペ」と呼んだりしていたけど、今となってはそのことが悔やまれる。
アルラウネである私が、トゥルペのことを『お姉ちゃん』と堂々と呼ぶ機会は、もうないのだ。
──トゥルペお姉ちゃん。
そう、この場で呼びかけたい。
姉に甘えながら、抱きつきたい。
でも、もうそういったことはできなかった。
もしかしたら二度と、そんな機会は巡って来ないのかもしれない。
それが悲しくて、つい心が揺れ動いてしまう。
「アルラウネちゃん……ここに残ってもいいのですよ?」
「……もしかして、顔に、出てた?」
「出ておりましたわ。わたくし、不思議とあなたのことはなんでもわかるのです」
──お姉ちゃんですから。
と、トゥルペが続けて口を動かした。
もちろん声には出していない。
姉妹であることを隠して、こうやって接しなければならない。
そのことがここまでもどかしくなるなんて、思いもしなかった。
あと一日だけでも、エーデルワイスにいたい。
故郷の家族と一緒にいたい。
それがほんの少しの時間でも、離れ離れになりたくない。
「やっぱり、出発は、明日に──」
「アルラウネさまー! 準備できたよー!」
妖精のキーリが呼ぶ声が聞こえてきた。
荷物の運び込みが終わったようで、キーリが私を手招きしている。
すでに馬車は出発準備ができているみたいで、トレントが御者台に座っていた。
「アルラウネ。行こう」
さっきはどこかへ行っていた魔女っこも、いつの間にか戻って来ている。
魔女っこはこちらへ小走りでやってくると、トゥルペに向かって両手を広げた。
「アルラウネは、わたしが運ぶ」
「そうですわね……ルーフェさん、アルラウネちゃんをよろしくお願いいたします」
私の鉢植えが、トゥルペから魔女っこに渡る。
名残惜しそうに私を見つめるトゥルペの視線が、胸に刺さった。
「も、もう少し……」
「行くよアルラウネ」
魔女っこが私を馬車へと連れて行く。
もう少し、トゥルペとおしゃべりがしていたかった。
でも、そうもいかない。
私たちはこれから、この街を出発するのだから。
魔女っこと私が幌馬車に乗ると、ウッドホースゴーレムが動き出す。
公爵邸の敷地内に続く石畳の道を、車輪が音を立てながら進んでいった。
私は魔女っこに抱っこされたまま、幌馬車の後ろから公爵邸を見る。
少しずつ遠くなっていく実家を眺めていると、一人の女性がこちらへと駆けてきた。
トゥルペだ。
スカートを履いていて走りにくい格好をしているのに、気にせずに手を振ってくれている。
それでも馬車のほうがスピードは速いので、どんどんトゥルペとの距離が遠くなっていった。
小さく見えていくトゥルペの姿を目にした私は、我慢できずに蔓を上げる。
「トゥルペ!」
「無理はあまりせずに、危険なことも控えてください! 手紙を送るので、必ず送り返してくださいね! それで体には気を付けて、元気でいてくださいませ!」
そう返答してくれたトゥルペは、ゆっくりとその場に立ち止まる。
続けて、こう叫んだ。
「行ってらっしゃい──!」
そのあと、トゥルペが続けて何かを叫んでいた。
声にはならなかったけど、何と言ったのかはわかる。
きっと姉は、私のことを『イリスちゃん』と呼びたかったのだろう。
それでも、私には伝わったよ。
だから──。
私は蔓を振りながら、同じように応える。
「行ってきます!」
──トゥルペお姉ちゃん。
次回、旅路の再開です。







