288 私の妹に猫耳が生えた件
私、植物モンスターのアルラウネ。
本日、私の妹に猫耳が生えました。
私のバケツを抱きかかえる魔女っこへと視線を移します。
雪のように真っ白な魔女っこの髪に、ふさふさの猫耳が生えていました。
しかも人間の耳は髪で隠しているから、ぱっと見は獣耳族の少女にしか見えない。
魔女の変身魔法の凄まじさに、改めて感嘆してしまいます。
ふと、猫耳の魔女っこと目が合いました。
魔女っこはうつむきながら、自信なさげに口を開きます。
「アルラウネ、やっぱりわたし……なにか変?」
「変じゃない、よ! 似合ってるし、むしろ、かわいすぎる、くらいだよ!!」
そうなの。
猫耳の魔女っこが、めちゃくちゃかわいいんですけどー!!
つい、何度も見てしまうよ。
この愛らしいルーフェの姿を目に焼き付けるため、再び魔女っこの姿を見上げます。
その瞬間、私は見てしまった。
魔女っこの猫耳が、ぴょんと勝手に動いたところを!!
「ねえルーフェ…………その猫耳、触っても、いい?」
「え、これ? 別にいいけど……」
やったー!
では、お言葉に甘えて。
「うーん、手が、届かない」
バケツに入るために幼女アルラウネとなっている私は、手が短い。
そのせいで、魔女っこの耳に届きませんでした……無念。
仕方ないので、蔓を魔女っこの頭まで伸ばしました。
そのまま白色の猫耳を、蔓でやさしく撫でます。
「うわぁ! 柔らかい、よ! 本物の、猫の耳、みたい!」
「ひゃっ!? ア、アルラウネ…………?」
ふんわりとした産毛が蔓の先端に触れる。
そっと猫耳を蔓でなぞると、驚くほどの柔らかさに私の心が揺れ動きます。
つい我慢できなくなった私は、蔓を増やして魔女っこの猫耳をもみもみと触りまくりました。
両耳を一気に撫でまわしながら、耳の付け根から先端に向かって蔓を這わせる。
同時に耳の内側に蔓を滑らせれば、柔らかな耳毛が私の触覚を包み込みました。
蔓越しに伝わる至福の感覚に耐えられなくなった私は、さらに蔓の数を増やします。
人間は二本の腕でしか、猫耳に触れられない。
でも、私は違う。
植物だから、蔓を何本だって動かせるのだ!
私の蔓が猫耳を撫でまわすたびに、魔女っこが小刻みに震えます。
「ねえ、アルラウネ…………くすぐったい、よぅ」
「ルーフェの耳、すごく良いよ。でもなんだか、触ってると、すごく癒されるの」
たまにルーフェがビクッっと反応するけど、それがなんだか猫っぽい動きだなと思えて微笑ましい。
猫耳に触れていると、この世のものとは思えないほどの優美さに魅了されてしまいそうになります。
猫耳って、こんなに良いものだったんだ。
私、知らなかったよ!
続けて、私の視線は魔女っこの足元へと移ります。
スカートの中から伸びている猫の尻尾が、ゆらゆらと揺れているのが目に入る。
「ルーフェ、尻尾も、触っても、いい?」
「うぅ…………え? 尻尾も!? だ、だめっ!」
尻尾を隠すように、魔女っこは両手でガードをしました。
その際も、私は猫耳を触ることをやめません。
かなりくすぐったいみたいで、魔女っこの瞳が潤んできているのがわかる。
名残惜しいけど、可哀そうだからこのくらいで止めておこうかな。
「アルラウネぇ…………そろそろ、耳も……」
「わかった。ルーフェ、触らせてくれて、ありがとう」
私が猫耳から蔓を離すと、魔女っこはバッと猫耳を両手で隠しました。
その猫のような子のような仕草が、ますます可愛らしい。
今度、魔女っこにお願いして、尻尾も触らせてもらおう!
その後、猫耳少女のシャムから獣鬼マンタイガーの居場所を教えてもらい、私と魔女っこは獣耳族の集落を進みます。
その道中に、テントから出てくる獣耳族を何度か見かけました。
猫耳と尻尾が生えている以外は、人間と変わらないね。
いまの猫耳ルーフェであれば、完全に獣耳族として溶け込んでいるはず。
そう安心したところで、獣耳族たちの話声が聞こえてきました。
「あの白猫の子、綺麗な猫耳してるにゃん」
「でもあんな子、ウチの部族にいたっけにゃん?」
そうだ、「にゃん」だよ!
猫耳の感触を堪能していたせいですっかり忘れていたけど、魔女っこはまだ「にゃん」って言ってないよね。
「ねえルーフェ。語尾に、にゃんって、つけてなかったよ?」
「…………ちょっと、恥ずかしい……」
魔女っこは照れているみたいで、頑なに語尾に「にゃん」とつけてくれません。
絶対に、かわいいと思うんだけどなー。
それから私たちは、集落の一番奥にある大テントへと到着しました。
大テントの入り口には、狼の獣人が守衛のように仁王立ちしています。
そしてテントの中からは、騒ぐような大声が聞こえてきました。
もしかしたら、キーリが中で襲われているのかもしれない。
助けに行くために、私と魔女っこはテントの入り口を潜ろうとします。
その瞬間、大テントの前に立っている狼の獣人に待ったと声をかけられます。
「おい、止まれ!」
緊張のせいか、蜜を飲み込みます。
もしかして私たち、バレちゃったかな?
狼の獣人は怪しむように、魔女っこに話しかけます。
「お前、何を持ってるんだ?」
「これはアル……じゃなくて、珍しい植物の鉢植えです」
「ううん? 見たところ、小さなアルラウネか? さっきはマンドレイクを持ってきたばかりだっていうのに、また植物モンスターを持ってくるとは、単純な獣耳族らしいな」
そのマンドレイク、きっと私のマンドレイクだ!
やっぱり獣鬼マンタイガーさんのところに、運ばれていたんだね。
早く助けてあげるからねと私が蔓を掲げたところで、狼の獣人が魔女っこに鋭い視線を送ります。
「それにしてもお前──獣耳族にしては、なんだか言葉使いが人間みたいだったな」
「そ、それは……」
マズイ、魔女っこが怪しまれてる!
やっぱり語尾に「にゃん」ってつけないのが、悪いんじゃないかなあ。
「それにお前、獣耳族のくせに獣の匂いがしないな。むしろ人間臭いというか…………」
クンクンクンと、狼獣人が魔女っこの頭を嗅ぐ。
どうしよう、このままだと魔女っこが獣耳族じゃないって、バレちゃうよ!
「クンクンクン……この甘い匂い、もしや聖蜜の匂いか?」
「…………え?」
狼獣人が、私に視線を移します。
もしかして私から、蜜の香りがしているの?
でも、これは好機だよ。
狼獣人の注目が私に注がれている隙に、なんとか魔女っこに獣耳族のフリをしてもらわないと!
私はこっそり蔓を伸ばして、魔女っこの猫耳に触れます。
「ひゃっ!?」
顔を紅く染めながら、魔女っこが小さく跳ねました。
いったい何事かと私のことをジーっと見つめてきた魔女っこに、私は口を動かして合図を送ります。
(にゃんって、言って!)
口の動きだけでも、伝わったのでしょう。
魔女っこはわなわなと口を震わしながら、大きく深呼吸をします。
そうして魔女っこは恥ずかしそうに流し目を作りながら、軽くうつむきます。
「獣鬼マンタイガーさまに、献上品をお持ちしました……にゃん」
魔女っこの猫耳が、ぺたんと垂れました。
恥ずかしさを隠そうとしているのか、尻尾が変な動きをしています。
「ん、声が小さくて聞こえなかった。なんだって?」
「け、献上品……です…………にゃん」
そう告げながら、恥ずかしそうに顔を下に向ける魔女っこ。
か、かわいいよー!!!
うん、決めました。
これからもたまに、魔女っこに猫耳を生やしてもらおう。
魔女っこがしっかり「にゃん」と言ったおかげなのでしょう、狼獣人は快く 中へと通してくれます。
猫耳ルーフェの奮闘のおかげで、私たちは無事に大テント内へと足を踏み入れました。
でも、まだ安心はできない。
状況によっては、テントに入った瞬間に戦闘が始まるかもしれないからね。
もしもキーリが獣鬼マンタイガーに襲われているようなら、こちらから先制攻撃をしてやりましょう。
すぐに助けてあげるからね、キーリ、マンドレイク!
ですが、大テントに入った瞬間。
いつでも戦闘ができるよう臨戦態勢を整えた私の耳に、場違いな掛け声が聞こえてきたのです。
というわけで、今回はルーフェ猫耳回でした。
次回、獣人たちの出陣式です。