289 獣人たちの出陣式
すみません、更新遅くなりました!
「「「乾杯―!!!」」」
場違いな掛け声。
それは、宴会の合図でした。
大テントの中に入った私たちが最初に目にしたのは、大騒ぎをしながら酒を飲み交わす獣人たちの姿。
さっき中から聞こえてきた声は、宴会の声だったみたいだね。
というか──え、なにこの状況。
いったい、なにしているの!?
私の鉢植えを持っている猫耳の魔女っこも、唖然としたように入り口に立ち尽くしてしまいます。
「ねえアルラウネ。これってもしかして、チャンス?」
「たしかに、そうかも!」
テントの中には、数えきれないくらいの獣人たちが酒と肉を口に運んでいました。
ワイワイと騒ぐ獣人たちの間を、給仕係の獣耳族がいそいそと食事を運んでいる。
誰も私たちのことなんて、気にしていないみたい。
そしてテントの一番奥には、大柄の獅子顔の獣人が酒を飲んでいました。
あの獅子顔の獣人、魔王軍四天王の獣王マルティコラスさんにそっくりだね。
ということはおそらく、あいつがこの獣人たちのリーダーである獣鬼マンタイガーで間違いないでしょう。
そんな獣鬼マンタイガーの腰には、小さな籠がくくりつけられている。
その籠の中に、猿ぐつわをされて横になっている妖精キーリの姿がありました。
──キーリ!
良かった、無事だったんだ!
とはいえ、捕まっているのには変わりない。
なんとか助け出さないと!
そう思ったときに、獣耳族の少女から声をかけられます。
「そこの白猫! おみゃーも手伝うニャ!」
どうやら魔女っこは、給仕の応援に来た獣耳族と勘違いされたみたい。
いまの魔女っこは猫耳が生えているから、どう見ても獣耳族の少女にしか見えない。
とはいえ、魔女っこが給仕係になるのは良いことかもしれない。
給仕係に扮して、獣鬼マンタイガーに近付けるからね。
でも問題は、話しかけてきた獣耳族が知り合いだったということ。
そう彼女は、馬車でキーリたちを盗み出した、あの時の泥棒猫だったのです!
たしか名前はカッツェさん。獣耳族のお姫様らしいね。
そんなカッツェさんに声を掛けられた魔女っこは、明らかに動揺していました。
「え、わたし……?」
「猫の手も借りたいくらいだったから、良いタイミングで来てくれたニャ。さあ白猫、この酒を獣人さまたちに運ぶニャ」
せっかく獣耳族として侵入したのに、私たちのことを知っている相手と出会ってしまった。
魔女っこは困った顔をしながら、私が入った鉢植えを背中に隠します。
「なにボーッと突っ立ってるニャ。さっさと手伝う…………おみゃー、あの時の人間に似てるニャ?」
どうしよう、やっぱり魔女っこのことを疑ってるよ!
ここで騒がれたら、面倒なことになってしまう。
「おみゃー、怪しいニャ」
「あ、怪しくない…………にゃ、にゃん」
「ふんだニャ。獣耳族の偽物は、耳を触ればすぐにわかるニャ」
そう言いながら、カッツェさんは魔女っこの猫耳をもみもみと触ります。
魔女っこは猫耳に触れられて、恥ずかしそうに顔を紅く染めました。
「この柔らかい触り心地──本物ニャ! でも見たことない顔だニャ」
「ええと……わたし、獣鬼様に連れてこられたばかり……にゃん」
「そうだったのかニャ」
さっきまで魔女っこのことを警戒していたカッツェさんは、大切な仲間に語り掛けるように優しい口調になります。
「おみゃーも大変だろうけど、同じ獣耳族の仲間ニャ。なにか困ったことがあれば、すぐに言うニャよ」
「…………わかった……にゃん」
魔女っこにウインクをしたカッツェさんは、テントの壁際へと移動していきました。
泥棒猫って印象だったけど、仲間には優しいところがあるみたいだね。
「アルラウネ、どうしよう?」
「とりあえず、給仕に紛れて、様子を、見ようか」
キーリは無事みたいだったし、無理やりここで襲い掛かることもない。
マンドレイクの居場所は、まだわからないからね。
それから私と魔女っこは、獣耳族のフリをしながら獣人たちに食事を運びました。
その際に、熊の獣人に手招きされます。
「おいそこの白猫、聖蜜はまだか!?」
「えっ、お酒じゃなくて、聖蜜? い、いま探してくる…………にゃん」
どうしよう。
魔女っこの目が回ってるよ!
こういった給仕の仕事は、森でのパーティーの時以来なうえに、それ以外の経験はない。
慣れないことをしている魔女っこは、見るからに疲れている様子でした。
ここは、魔女っこのお姉ちゃんとして、私が頑張らないとね!
「お兄さんたち、聖蜜なら、ここにあります、よ!」
彼らの見えないところで、器にたっぷりと蜜を注ぎます。
甘い香りが獣人たちの鼻腔をくすぐったのか、熊獣人たちはすぐに蜜を飲みだしました。
「せ、聖蜜だァ! また飲みたいと思ってたんだよ!」
「マジか! オレにもくれぇ!」
「甘ぇえよ! こんなの、病みつきになっちまうよ!」
「聖蜜がなくちゃ、もう生きていけねえ……」
うんうん、なんの宴会なのかしらないけど、せっかくだしみんなたくさん飲んでね。
もしかしたらこれが、最後の晩餐になるかもしれないんだし……。
わいわいと聖蜜に食らいつく獣人たちを眺めていると、突然テント内の獣人たちが雄叫びを上げ始めます。
その声の中心にいるのは、最奥に座る獣鬼マンタイガー。
彼は獣人たちの掛け声に合わせて、一人立ち上がります。
「諸君、時は来た!」
どうやら、獣鬼マンタイガーの演説が始まったみたい。
獣人たちは口を閉ざし、じーっと獣鬼マンタイガーの言葉を待っている。
私と魔女っこは、邪魔にならないようにテントの壁際に移動します。
魔女っこの隣には、さっきのカッツェさんが立っていました。
「戦の時間だ。我らは宰相様の第三軍団に所属することになるッ!」
戦だって?
もしかしてパンディア司祭が話していた、魔女王を奪還するために魔王軍が王都を狙っているっていうあの話のこと?
しかも魔王軍宰相って、炎龍様の姉である姉龍のことじゃん。
こいつら、姉龍の部下だったんだ。
「狙うは、ガルデーニア王国の王都だ! ついに悪しき人間どもを滅ぼすときが来たのだッ!」
どうやらこの宴会は、戦の前の出陣式だったみたいだね。
獣耳族に聖蜜を集めさせていたのも、ここから王都まで遠征するための準備ってところかな。
「まずは王都南部に位置するエーデルワイスを占拠し、そこから王都を狙うッ!」
「「「オオーッ!」」」
その街の名前が出た瞬間、私は目を見開きます。
魔女っこも聞き覚えがあったみたいで、小声で話しかけてくる。
「ねえアルラウネ。エーデルワイスって、たしか地図に書いてあった街だよね?」
「うん、そうだね…………」
エーデルワイス──そこは、聖女イリスが生まれた街の名前です。
こいつら、王都を襲撃するだけじゃ飽き足らず、私の故郷まで襲おうとしているんだ。
自然と、蔓に力が入ってしまいます。
そんな時、獣鬼マンタイガーが、「あいつらを連れてこい!」と叫びました。
すると鎖に繋がれた獣耳族の少女たちが、獣鬼マンタイガーの前に連れ出される。
彼女たちはボロボロの格好で、目は虚ろっている。まるで奴隷のよう。
「これから遠征になる。戦士以外の足手まといは不要、こいつらは今夜の夕食にする! 好きなだけ食って、英気を養ってくれッ!」
「「「オオーッ!」」」
餌宣言された獣耳族の少女たちが、涙を流します。
それを見た給仕係の獣耳族たちが、悔しそうに目を伏せる。
「さあて、オレ様はメインディッシュといこうか!」
獣鬼マンタイガーは、籠からキーリを取り出します。
まさかこいつら、獣耳族たちだけじゃなくて妖精まで食べようとしてるの?
信じられない。
見境もなく人を食べ物のように扱うなんて、許せないよ。
「妖精は丸呑みするのが、一っ番うめぇえんだ」
キーリが「うぐぐー!」とうめき声をあげている。
このままキーリを食べさせるわけにはいかない。
そろそろ獣人たちに正体を明かそうと思ったところで、隣にいるカッツェさんが見覚えのある鉢植えを突っついていることに気が付きます。
テントの壁際に置いてある観葉植物に紛れて、マンドレイクが置いてあったのだ。
「ほら、寝てないで早く起きるニャ。早くしないと、みんなが食べられちゃうニャ」
もしかしてカッツェさん、マンドレイクを起こそうとしてる?
でも、いったいなんで?
マンドレイクが起きたら、叫び声によってここにいるみんなが倒れてしまうのに。
そこで、私はさらに気が付きます。
カッツェさんの猫耳に、耳栓がしてあることに。
まさか、カッツェさんがマンドレイクを盗んだ理由って…………。
「って、そんなこと、してる場合じゃ、ない!」
視線を戻すと、獣鬼マンタイガーがキーリの体に聖蜜をかけていました。
しかも、「味付けはやっぱり聖蜜じゃないとな」なんて言ってるよ。
もしかしなくとも獣鬼マンタイガーは私の蜜が好きみたいだね。
でも、そのおかげでキーリを助ける時間ができた。
「ルーフェ、私を、投げて!」
「え……? うん、わかった…………にゃん」
魔女っこが、私を投げる。
向かうは、キーリを食べようとしている獣鬼マンタイガー。
空中から蔓を伸ばして、キーリを奪い取る作戦です。
鉢植えがふわりと弧を描きながら、宴会中の獣人たちの頭上を飛行する。
そして口を大きく開けている獣鬼マンタイガーへと私が蔓を伸ばした、その瞬間──背後から、聞き覚えのある絶叫がテント内に響き渡ります。
「オンギャァアアアアアアアア!!!」
マンドレイクが、起きたのだ。
次回、テントの晩餐会です。







