207 森の聖女と王都からのお客人
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
久しぶりにニーナと再会することができました。
蔓でニーナの体を抱き寄せながら、無事を確認します。
地面に倒れていたから心配したけど、どうやら大きな怪我はしていないみたいだね。
そう思ったのも束の間、ニーナが申し訳なさそうな表情で私に声をかけてきます。
「あのう……できればもう一口、聖蜜をいただけますか?」
「まだどこか、痛むの、ですか?」
「いえ、おかげさまで体が動けるようになりました。ですがもう少しだけ聖蜜が欲しくて……本当にちょっとでいいので…………」
非常に申し訳なさそうに私にお願いしてくるニーナ。
私の蜜には回復効果がある。
もしかしたらまだどこか怪我をしていて、内心苦しんでいるのかもしれないね。きっと私に気を遣って、平気なふりをしているのでしょう。
初めてニーナと出会った時、庭の隅で一人泣いていたあの子がこんなに健気になるなんて、私は感動しましたよ!
元気になるまで、私の蜜を思う存分飲んでくださいね。
私は蔓をパクリと咥えて、たくさん飲めるように蜜をたっぷりと付けてあげました。
たら~んと今にも垂れそうになる私の蜜を、ニーナはごくごくと勢いよく私の蜜を飲み干していきます。蜜の回復効果のおかげで痛みが引いたのか、ニーナはとても嬉しそうな表情をしていました。
ニーナが元気になってくれて、私も嬉しいよ。
「あれ……この羽根は、あの時の?」
いま気がついたのだけど、ニーナの髪には金色の羽根がついているね。
これは黄金鳥人さんの羽根で間違いないはず。何かの役に立つはずだとプレゼントしたけど、まさか髪飾りにしているとは思わなかったよ。
私の視線に気がついたニーナは、金色の羽根を触りながら恥ずかしそうに口を開きます。
「これはイリ……紅花姫様からいただいた、大切な物ですから」
そういえばニーナは私が聖女時代に渡したハンカチをいまも大事に持っていてくれました。
聖女として死んでしまった私のことをずっと忘れないでいてくれたように感じられて、胸の中がほんのりと温かくなります。
このまま感傷に浸りたいところだけど、そうも言っていられない状況なんだよね。なにせ、火炎瓶で襲われたところなの。
ニーナが蜜を舐めている間に周囲に視線を向けます。
私とニーナと敵対するように、人間たちがこちらを警戒するように睨みつけていました。なかには武器を構えている人もいます。
この状況から察するに、ニーナは私を守ろうとしていたんじゃないかと思うんだよね。
そのせいで仲間から攻撃されて、動けなくなって倒れていた。
しかもそれだけでなく、仲間であるはずの人間からニーナに火炎瓶が投げつけられていた。
モンスターである私を守ろうとするなんて、人間から裏切り者扱いされることは目に見えているはず。
それなのに私を助けようとしてくれたなんて、ニーナはやっぱり良い子だよ。
お礼にもっと蜜あげちゃうよ!
「聖蜜甘くて美味しい……って、聖蜜を飲んでいる場合じゃないんですよ紅花姫様!」
ニーナが慌てたように人間たちへと指を差します。
そのとおりですよニーナ。
せっかく森の奥深くまで足を運んでくださったお客様を丁重におもてなししないといけませんからね。
お客様は全部で五人。
一人目は従兄のヴォル兄。
ヴォル兄は勇者パーティーとして一緒に行動していたのでよく知った相手でもあり、聖女時代の私からすると頼れる兄貴分のような人です。
森の外れで遭遇したからこの場に来ているとは思っていたけど、まさかこんなに早く再会するとは思っていなかった。なんで私がいる場所がバレたんだろう。
いまのところ、私の正体が聖女イリスであることには気がついていないみたい。
私がイリスであることに気がついて欲しいけど、私がモンスターになってしまったことを知られたくない。そんな矛盾した気持ちが渦巻いていて、すごくモヤモヤする。昔からの知り合いだし、できれば穏便に済ましたいところだね。
二人目は、森の外れでヴォル兄と一緒にいた女剣士さん。
この人、初めて会ったはずだけど、誰かに似ている気がするんだよね。誰だったかなあ。
三人目は、さきほどから私のことを親の敵のように睨みつけている、懐かしの塔の街の騎士団長さん。
「人食いアルラウネめ、今日こそ駆除してやる!」と、やる気満々のご様子。
まさかまたこうして顔を合わせることになるとはね……。
個人的にはもう二度と会いたくなかったけど。
四人目は驚くことに、勇者パーティーで一緒だった騎士のリュディガーです。
王国騎士団長の息子であるリュディガーとは小さい頃からの知り合いでもあるわけだけど、まさかヴォル兄以外の勇者パーティーもこの場に来ているとは思わなかった。ヴォル兄とは違って、リュディガーには私の正体がイリスだとは知られたくないというのが正直な気持ちです。
五人目はマントを着たスキンヘッドの男性。初めて見る人だし、この人のことはよくかわらないね。
間違いなくみんなで私を討伐しに来たんだろうけど、万が一のことも考えて一応確認はしないと。
「私に、なんの、御用で、しょうか?」
人間たちに声をかけながら、反応をみます。
けれども私の問いかけを無視するように、スキンヘッドの男がニーナに声をかけました。
「黄翼の聖女様、アルラウネと随分親しげのご様子ですが、いったいどういうことですかい?」
──聖女様!?
まさか私の正体が死んだはずの聖女イリスであるとバレている!
一瞬そう思ってビックリしたけど、私のことではないよね……?
だって私、黄翼の聖女だなんて言われたこと一度もないし!
だから私がアルラウネになってしまったと、まだ知られたわけじゃないよね?
「この方は敵ではありません。紅花姫様は人に危害を加えるような邪悪なモンスターではなく、むしろあたしたちの味方です」
黄翼の聖女様という問いかけに、ニーナが応じた。
そしてニーナの頭には、金色に輝く羽根が。そこから導かれる答えは一つ。
えぇええええええ!?
ニーナ、聖女見習いから正式に聖女になったの??
「あたしは黄翼の聖女としてみんなを裏切ったつもりもないです。敵対する意思もないですから、その剣を収めてください」
ニーナが聖女になった。
そのことは先輩聖女としてはすごく嬉しい報告だけど、同時に心配でもあります。
ニーナの実力は私や聖女見習いのクソ後輩と比べるとかなり劣っている。それに平民出身で後ろ盾もないし、いろいろと利用されて事件に巻き込まれでもしないかと心配になってしまうの。
そのうえアルラウネである私の味方までしたら、さらにニーナの立場が悪くなっちゃうよ……!
私の懸念とおり、「魔物の味方をするなんて、聖女として恥ずかしくないのですか!」 と、女剣士さんがニーナに叫びました。
うぐぅ……聖女なのに魔物の味方をしたどころの話ではなく、聖女なのに魔物そのものになってしまった人が、あなたの目の前にいるのです。
だからもう少し優しくして……!
「あたしは聖女です! イリス様のような立派な聖女になると決めたんですから!」
仲間であった人間たちからの罵詈雑言を受けたニーナが、堂々と前を向きながらはっきりと宣言をしました。その立派な雄姿を見て、私の心が打たれます。
に、ニーナ……なんだかじーんとしちゃって、まぶたから蜜が溢れてきちゃったよ。
「騙されるな! 黄翼の聖女は聖女見習いの頃からその人食いアルラウネと親しかった。街の連中と同じで、洗脳されているのだ!」
塔の街まで届きそうなくらい大声で叫んだのは、私を目の仇にしている騎士団長さんでした。
顔を真っ赤にさせているし、私に会うのが恥ずかしくなるくらい嬉しかったみたいです。
もしかして、前みたいに口からタマネギの花を咲かせて花器になりたいとご所望なのでしょうか。
いいですよ、最初のご相手は騎士団長さんにしましょう。私がまた騎士団長さんに華道の心得をお教えいたします。
「土騎牛」
騎士団長さんが土魔法の騎牛を作り出しました。
その数、五体。
森の外れからここまでやって来るのが随分と早かったと思ったけど、もしかしたらこの騎牛たちに乗って森を突破してきたのかもしれないね。
前は一体しか出せなかったはずなのに、騎士団長さんも腕を上げたようです。
ですが、成長したのはなにもあなただけではないのですよ。
「忌々しい人食いアルラウネめ、今日こそ討伐してやる!」
騎牛とともに突撃してくる騎士団長さん。
なにやら物騒ですね。華道をするのですし、まずは騎士団長さんには騎牛から降りてもらいましょうか。
私は地面からネナシカズラの根っこを生やして、土魔法の騎牛たちに差し込みます。
この森はいまや私の体の一部。だからどこからでも植物を生やすことができるのですよ。
「これくらいの根で動きを止める土騎牛ではないわ!」
どうやら騎士団長さんご自慢の牛さんのようですね。
でしたら、ちょっと味見してみましょうか。
「いた、だき、ます!」
私が声をかけると、土魔法の騎牛たちが砂のように崩れていきました。
「一瞬でオレの騎牛が……人食いアルラウネ、いったい何をした!?」
「土の騎牛、とはいえ、悪くない、水の味、でしたよ」
特別なことはなにもしていないの。
騎牛は土魔法でできている。
なら、その土の水分を全部飲んでいただいてしまおうと思ったの。
サラサラになった土は塊になることができなくなって、崩壊してしまったというわけだね。
動揺している騎士団長さんをモウセンゴケの粘着質の蔓で捕獲。
触手に襲われる騎士団長さんはそのまま鎧を脱がされていき、ちょっと恥ずかしい姿になられてしまいました。
でも、安心してください。
私が騎士団長さんを立派な名器にしてみせますから!
騎士団長さんの口を無理やり蔓で開いて、その中にトウガラシを植物生成します。トウガラシエキス満載の真っ赤な液体を飲み込んだ騎士団長さんは、目を充血させながらもごもごと喜び始めました。
前は大泣きするくらいタマネギが好きだったみたいだから、きっとトウガラシも好きだと思ったんだよね。
最後に口の中に赤いトウガラシの実を活ければ、鑑賞用のトウガラシのできあがり。
うるうると滝のような涙を流して騎士団長さんもご満悦のご様子です。
感動のあまりか、カクンと気絶までしてしまいました。
やっぱり騎士団長さんにはこれだよね!
私のことを懲りずに人食いアルラウネと呼んでいるうちは、またこうやって花器になっていただきますから覚悟しておいてくださいよ。
さて、お客様方。
私を襲おうとする人間がどうなるか、よくわかっていただけたでしょうか。
私は植物モンスターのアルラウネだけど、人間なんかにはそう簡単にやられないんだから!
自慢するように胸を張る私に対して、一人のお客様が前に出てきました。
誰が来ても、半精霊化した私の相手ではありません。
ですが騎士団長さんを倒したことで少し調子に乗っていた私は、その者が次に発する言葉に対して、動揺を隠すことができませんでした。
倒れた騎士団長さんを見向きもせずに、元勇者パーティーの一員である騎士リュディガーがゆっくりと呟きます。
「おい……なんであのアルラウネ、イリスと同じ顔をしているんだ?」
お読みいただきありがとうございます。
更新、たいへんお待たせいたしましたm(_ _)m
ここで突然ですが、皆様にお知らせです。
なんと、『植物モンスター娘日記』のコミカライズ化が決定いたしました!!
こうして嬉しいご報告ができるのも、いつも応援してくださっている皆さまのおかげです。いつも本当にありがとうございます!
きたるコミカライズの連載日ですが、実はComicWalker様とニコニコ静画様より本日から開始しております。
漫画版の植物モンスター娘日記もお楽しみいただければ嬉しいです。
詳しくは活動報告でご報告させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
次回、聖女イリスの行方です。