208 聖女イリスの行方
騎士リュディガーの言葉が森の中に小さく響いていきます。
その言葉は私の胸の中で木霊するように次第に大きくなっていきました。
──私がイリスだとバレた……!?
人間たちの視線が私の顔に集中しているのがわかる。
みんな、私の顔を見定めているのだ。
ニーナなんて私と人間たちを交互に見ながらあたふたしているよ。
そんな困惑のなかの静寂を破ったのは、またしても騎士リュディガーでした。
「まさかディーゼルの言っていたとおり、アルラウネが聖女イリスと同じ顔だったなんて……」
リュディガーは驚きをとおりこして私の顔を見て呆然としているご様子。
そんな反応されると、私もショックを受けてしまうって!
というかディーゼルって誰?
なんで私の顔がイリスと同じことを知っていたんだろう。
「もしかしてお前は……イリスなのか……?」
震えながら問いかけるリュディガーの顔を、私は正面から受け止めます。
──落ち着くのよ、イリス!
質問してきたということは、きっと私の顔が聖女イリスと同じというだけで、まだイリスだと気づかれたわけではないはず。
むしろ聖女がアルラウネになっているなんて思考には普通はならない。
あのニーナにも最初は信じてもらえなかったからね。
だから今はとにかくしらを切ろう。
人間を辞めてしまったいまの私の夢は、森で平穏な植物ライフを送ること。
そのためには、私の正体を知られるわけにはいかないのだ!
「その名前、知っていますよ。街の領主様が、よくわたくしの、顔のことを、そう呼んで、いますから」
「領主様が……?」
「ええ、わたくしは、街の人間と、友好的な、関係を築いて、いますので」
嘘はついていません。だって全部本当のことだから。
ただ、イリスそのものが私であると明かすつもりはないけどね。
「だがホフマンは、お前のことを人食いアルラウネと……まさかお前、イリスを食って体を取り込んだのか……?」
あながち間違ってはいないけど、それが正解でもないの。だって私自身がアルラウネになっているからね。
というかホフマンって、もしかして花器になった騎士団長さんのこと?
名前、初めて知ったよ!
剣先を向けてくる騎士リュディガーに対して、ニーナが弁護するように私をかばいます。
「紅花姫様は人を食べたりしません! それにあたしも驚きましたが、イリス様のお顔と似ているのも偶然のことです!」
「偶然にしては似すぎだろう……取り込んだのでなければ、イリスが魔王軍に寝返って体を魔物のものに変えたんじゃないか?」
「そんなバカな話、あるわけないではないですか!」
「だがその証拠に、そのアルラウネは魔王軍の四天王なんだろう。イリスは死んだが、体だけは魔王軍に改造されたイリスそのものなのかもしれないぞ」
確信しました。
リュディガーは、私が魔王軍に寝返ったという嘘の話を信じているんだ。
きっと、聖女見習いのクソ後輩がリュディガーに話して騙したに違いない!
ぐぬぬ、クソ後輩め、許せない。
ニーナはこのことを知らなかったことを考えると、元勇者パーティーのメンバーにしか、私の最期の話は知られていないのかも。
ということは、ヴォル兄も私が国を裏切ったと思ってるのか……なんだか嫌だね………。
「黄翼の聖女様、あなたはイリスに憧れていたらしいな。イリスと同じ顔をしているアルラウネにイリスを重ねて、信奉しているってわけか」
リュディガーが少しずつ私に近づいてきます。
ヴォル兄は黙ってこちらを見つめたままで、女剣士さんは臨戦態勢のまま。
スキンヘッドの男はいつの間にか後方に下がっていて、どこからか出てきた白猫と何かしています。
「白い猫……そうでした、紅花姫様大変です!!」
何かを思い出したニーナが私の傍まで近寄ってき、他の人に聞こえないように小さくささやきます。
「あの白い猫と一緒にいる男が、鳥に変身したルーフェちゃんを捕まえているんです」
な、なんですと!?
ということは、魔女っこはあの男に誘拐されていたってこと……?
「ディーゼル様の懐に鳥かごがあるはずです。ルーフェちゃんはその中に」
ニーナ、よくぞ教えてくれました。
魔女っこがどこにいるかずっと気になっていたからね。
なんであの男が魔女っこを捕獲しているのかは知らないけど、このまま人間たちがお帰りになったら魔女っこは二度と戻って来られなかったかもしれない。
魔女だとバレて火炙りにされる未来もあったかもしれないよ。
だから、これは魔女っこを取り返す千載一遇のチャンス!
私の視線に反応したのか、白猫が「にゃあ」と鳴き、飼い主であるスキンヘッドの男がこちらに気がつきました。
ですが次の瞬間、騎士リュディガーが叫びながら私に突進してきます。
「モンスターになって魔王軍に堕ちた聖女イリス、なんて哀れな。いますぐ俺が土に帰して、その身ごと解放してやろう!」
殺気を放ちながら私に剣を突き刺して来るリュディガー。
なんだかさっきからちょっとうるさいですね。
あなたは昔から私によくちょっかいをかけてきていましたが、今日こそはもう我慢できません。
リュディガー、ちょっと邪魔ですよ!
蔓を丸太に変化させ、大きく振りかぶります。
「ギャア!」という情けない声とともに、騎士リュディガーは森の茂みへと吹き飛んでいきました。
これは欅の木。
硬くて太いから、叩くにはもってこいなの。
とはいえ甲冑を着ていたのだし、致命傷にはならないだろうから安心してね。
さて、邪魔者はいなくなりました。
早く魔女っこを取り返さないと!
「動くな、紅花姫アルラウネ」
ヴォル兄が剣を鞘に納めたまま、こちらに歩み寄ってきます。
「黄翼の聖女はイリスと同じ顔なのは偶然だと言った。偶然にしてはできすぎだが、そういうこともあるかもしれない。なら、俺の名前をなぜ知っていた?」
私が分身アルラウネになったときに、ついヴォル兄の名前を呼んでしまったことを言っているのでしょう。
迂闊だったと、ちょっと反省です。
「教えてくれ。お前は魔王軍の四天王なのか?」
「……違い、ます」
「ならばイリスと何か関係があるのか……?」
殺気を出していたリュディガーとは違って、ヴォル兄はまっすぐと私のことを凝視してきます。
「オレをヴォル兄と呼んだのは、イリスだけだった。変なことを言っていることはわかっているが、あの時オレをヴォル兄と呼んだお前と、生前のイリスの姿がどうしても重なるんだ……」
間違いない。
ヴォル兄は私のことを、イリス本人なんじゃないかと疑っている。
「さっきは攻撃して悪かった。だから教えてくれ。お前は、イリスなのか?」
ヴォル兄に正体は明かさないと決めたばかり。
でも、ヴォル兄になら言ってもいいかなとその決意が揺らいでいく。
「……私が、イリスだと、答えなかったら、モンスターだからと、襲ってくる、のですか?」
私の正体を明かしたら、裏切り者だと斬りかかって来るかもしれない。
でも、私がイリスではないと言ったら、今度はモンスターだからと攻撃をしかけてくるかもしれない。
どちらにしろ、私は人間から襲われる側なのだ。
ヴォル兄の奥にいる、白猫と一緒にいる男へと目を動かします。
あそこに魔女っこがいる。
そうだよ。いまの私にとっての最優先事項は、魔女っこを助けること。
聖女イリスとしての人生は、裏切られたあの時に終わってしまった。
そうして私は、植物モンスターのアルラウネになった。
いまの私がこうして森で生活しているのは、一緒に暮らしてくれている魔女っこたちのおかげ。
森で一人ぼっちだった私に、手を差し伸べてくれた。
だから聖女イリス時代の仲間であったヴォル兄ではなく、いまのアルラウネとしての家族を選びたい。
「どいて、人間。わたくしは、奥の男に、用があるの、です」
私はスキンヘッドの男へと蔓を向けます。
「あなたたちと、敵対する、つもりは、ありません。わたくしの望みは、あの子を、助けること……それだけ、です」
私の正体を隠したまま、魔女っこを無事に取り返す。
それがいまの私がするべきこと。
魔女っこを、助けるのだ!
欅:ニレ科ケヤキ属の落葉樹。硬いのが特徴で、木造建築の家や家具としても使われます。
次回、魔女の力。







