旅記 一匹狼の魔法剣士は森のダンジョン攻略に挑む 後編
引き続き、四天王討伐パーティーの魔法剣士視点です。
オレの名前はヴォルフガング。
四天王討伐パーティーのリーダーをしている魔法剣士だ。
黄翼の聖女の部屋から出てきた謎の白い鳥が魔王軍の手先かもしれないと考えたオレは、町の中を走りながら鳥の後を追った。
現在、白い鳥は冒険者組合の支部の前にいる。
そういえば傭兵のディーゼルが、冒険者組合で情報収集をすると言っていたが、もう来ているのだろうか。
そう思いながら白い鳥の行動を観察していたが、やはりやつは不可解な鳥だった。
町の冒険者組合の支部を窓の外から覗いていると思ったら、そのまま建物の中に入ってしまったのだ。
鳥はすぐに外へと追い出されはしたが、なぜかその嘴には一枚の紙を咥えていた。
あれはおそらく、モンスターの手配書。
なぜ鳥が手配書を盗む?
あの鳥は、オレの財布を盗んだ恩知らずの鳥と同じ種類の鳥だ。
もしかしたら人間の物に興味があるのかもしれない。
だが、もしもあの鳥が知能を持った鳥で、誰かに操られているのだとしたらどうだろう。
オレの財布を盗んだのは、主人に命令されたから。
あの手配書をわざわざ盗んだのも、主人が冒険者組合に立ち入ることができないから。その主人というのは、もしかして魔族なのではないだろうか。
白い鳥は手配書を隠すように茂みの中に置くと、再びどこかへ飛んでいった。
オレは鳥が隠した手配書を確認するために、茂みの中に手を伸ばす。
「紅花姫アルラウネの手配書だ……」
まさか、あの鳥の主人は紅花姫アルラウネなのか?
アルラウネの命令で町を探っている。
その目的は、オレたち討伐パーティーで間違いないだろう。
黄翼の聖女に近づいていたのがなによりの証拠だ。
このままあの鳥を町から逃がすわけにはいかないな。
それからも尾行を続け、鳥が町外れの木の枝の上で休んでいるところで、オレは決意する。
鳥を退治する。
今がその好機!
そう思って剣を抜いた瞬間、木の上から何かが鳥の元へと落ちてきた。
猫だ。
白色の猫が、鳥にかぶりつくように襲いかかったのだ。
そのまま地面へと落下する猫と鳥。
オレは二匹のもとへと近づこうとすると、「ヴォルフガングの旦那じゃないですかい」と、声をかけられる。
「ディーゼル……ここで何をしている?」
木の裏から突然、スキンヘッドの傭兵ディーゼルが現れたのだ。
オレがまったく気配に気がつかなかった。やはりかなりの腕を持っているようだな。
「あっしはアイエーの散歩に付き合ってただけですぜい」
アイエーというのは、ディーゼルの愛猫の名前だ。
その猫に噛まれた白い鳥は、眠ったように動きを止めていた。
「その鳥は、死んだのか……?」
「いえいえ、眠っただけですぜい。ここだけの話ですが、実はあっしは動物使いでしてねえ。この鳥もあっしのペットだったんですが、逃げ出してしまったというお恥ずかしい話なんですよ」
白い鳥が手配書を盗んだのは、主であるディーゼルのため。
オレたちは紅花姫アルラウネを討伐するためにここに来たのだから、つじつまはあうな。
あの鳥が紅花姫アルラウネの手先だと思ったのはオレの早とちりか。
「あっしは白色の生き物がとにかく好きでねえ。自然色の白ってのは、この世のものとは思えない神聖なものなんじゃないかと思うんですよ」
「オレは神聖というと、金色をイメージしてしまうがな。光の女神様をイメージできるから」
「旦那はそうでしょうとも。ここだけの話ですが、あっしは教会の信徒ではないのでねえ。女神様の御色には、心が響かないんですよ」
傭兵ディーゼルは鳥を大事そうに抱えながら、「じゃああっしは宿屋に戻ります」と、猫と一緒にこの場から去って行った。
傭兵は変わり者が多いとは聞いたことがあったが、あの話は本当だったみたいだな。
結局、白い鳥はディーゼルの鳥だった。
そういうことなら、これ以上オレが詮索をすることはできないだろう。
この日はそのまま宿に戻り、英気を養うことにした。
明日はついに、森のダンジョンへと侵入する。
ゆっくり休めるのも、今夜が最後になるだろう。
翌朝。
オレは仲間たちよりも一足先に、森の入り口へとたどり着いた。
森に危険がないか、先に偵察しておこうと思ったのだ。
黄翼の聖女たちには、後から森に来るように言ってある。
だが、オレは現在一人ではない。
祖父の大賢者様からもらったという二本の魔剣を腰に差す少女が、勝手にオレの後をつけてきたからだ。
「アンナ、なぜついてきた? ここへの集合時間にはまだ早いようだが」
「犬耳リーダーが心配だったからね。何をするかわかったもんじゃないし、一人にはしておけないよ」
ぷいっと横を向きながら応えるアンナ。
旅の途中、こいつはなにかとオレから離れようとしなかった。どこかへ出かけようとすると、こっそりとついてくるのだ。だから今回ももしやと思ったのだが、その予感は的中していたらしい。
「まあ来てしまったものは仕方ない。せっかくだ、付き合ってもらおうか」
「もちろんだよ!」
アンナとともに、森の中を進む。
偵察するのはあくまで入口付近だけだ。
町の人間の話によると、この辺にはモンスターは出ないらしい。
それでも、森の奥には動く木などのモンスターなどが生息しているという話だ。敵が移動できるのなら、楽観視はできない。
枝を払い、木の根を踏みながら道を作る。
周囲からは敵の気配はしない。監視されているような雰囲気もない。この辺りは安全だな。
──そう思った時、それは起こった。
「リーダー、あれ!」
アンナがすぐそこの地面に指を差す。
地面から突然、植物の芽が出てきたのだ。
まるで魔法のようだった。
その植物は急激に成長していき、大きな球根のように膨らんでいった。
なにかの幻覚かと思ってしまうほどの成長スピードを見せるその植物。球根の上部に緑色の葉が生え、その葉の間から赤色の大きな蕾が現れた。
そこでオレは、紅花姫アルラウネの手配書の内容を思い出す。
たしか四天王のアルラウネは、赤色の花びらのモンスターではなかったか?
オレが剣を抜くのと、蕾が花を咲かせるのは同時だった。
光の粒子をまき散らしながら、一人の幼い少女が花から誕生した。
その子は黄緑色の長い髪を伸ばしている美しい少女だった。
服は着ていない。
それもそのはず。上半身は人間の姿だが、腰から下は植物と繋がっている。
間違いない、アルラウネだ。
でも、なぜここにアルラウネがいる?
やつは塔の街付近の森に生息していたはず。
しかも手配書とは違って、子供の姿をしている。
いや、冷静になれ。
塔の街の騎士団長が、アルラウネは幼女の姿となって街付近の森に姿を現すことができると言っていただろう。
ここは隣町だが、おそらくアルラウネの行動範囲内だったというだけのこと。ここで慌てたら、敵の思うつぼだ。
オレは警戒しながら、小さなアルラウネを観察する。
しかし、驚愕のあまりか、つい心の声が漏れてしまった。
「そんなバカな……」
このアルラウネの顔つきに、オレは見覚えがあった。
手配書を見た時はたまたま似ているように絵描かれただけだと思っていたのに、ここまでくるともう信じられない。
髪の色は違うが、間違いない。
このアルラウネは、幼い頃のイリスと同じ顔をしているのだ。
突然の敵の出現、そしてなぜかイリスに瓜二つのアルラウネの顔。
驚きの連続で口を開けてしまったが、なぜかオレと同じように驚きながらこちらを見るアルラウネと目が合ってしまった。
アルラウネは蔓を手足のように動かしながら、寝ぼけているように目元をごしごしとこすりながら声を発する。
「なんで、ここに……?」
アルラウネがしゃべった。
紅花姫アルラウネはユニークモンスター。
言葉を操るのは知っている。
ということは、こいつはやっぱり紅花姫アルラウネにちがいない。
まさかオレたちが討伐するべき標的が、向こうからやって来るなんて思いもしなかった。
アルラウネがなぜここに現れたのかはわからないが、この機会を上手く活かすしかないだろう。
敵が油断している今こそが攻撃の好機!
そう理性ではわかっているのに、オレの手はなぜか動こうとしてくれなかった。
アルラウネが、イリスと同じ顔をしているからだ。
落ち着け、ヴォルフガング。
いくら敵がイリスの幼い頃に似ていると言っても、本人ではない。
たまたま顔つきが似ているだけだ。
だからこのアルラウネは、オレの従妹ではない。
植物のモンスター。つまりは敵だ!
剣に魔法をこめながら、アルラウネに突き刺す。
動きをイメージしながらやっと腕が動いたところで、オレの体は再び硬直することになる。
なぜなら、アルラウネがおかしなことを言ったからだ。
「もし、かして、ヴォル兄、なの?」
──ヴォル兄。
オレのことをそう呼んでいた少女に、一人だけ心当たりがあった。
五年前に裏切り者として死んだ聖女。
イリスだけが、オレのことをヴォル兄と呼んでいたのだ。
というわけで狼耳のヴォルフガングのお話でした。ついに二人は森で再会してしまったようです。
次の更新ですが、書籍化記念として発売日である6月16日に行いたいと思います。よろしくお願いいたします。
次回、従兄に見つかりましたです。







