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記憶を辿る夜

「さあ、そろそろ行こうか。遅くなったらお義母さん心配するだろうし。」

 陸は度々手が止まり考え込んでいる花の様子を伺いながら声をかける。


「…そうですね。いつも手元にあって馴染んでいるものと、まったく記憶のないものもあって…。

 私、泥棒とかしてたらどうしようって思うくらい見覚えのないものがたくさんあるんです。」

 不思議そうに花は言う。


「ダンボールもこんなに…。私すぐにでも引っ越しでもする予定だったんでしょうか?」

 考え込む花を見て、そういえばお義母さんは花がパニックにならないように、自分のことを『結婚を考えていた人だってことくらいしか詳しいことは言ってないわ』と話していたのを思い出す。


「…そうだな。」

 複雑な思いで、相槌を打つ陸。


「あの、私もう逃げませんから…全部話してほしいです。私と辻本さんの事…。

 だからといって思い出せる保証はないんですけど、辻本さんが話すこと嫌じゃなかったら…私は知りたいです。」

 今日一日陸の側にいて、彼を信頼できる人だと花は思った。

 どんな真実を言われようと受け入れる覚悟を決めていた。


「わかった。じゃあ帰り道で少し話そうか?」

 花の気持ちは嬉しかったが、あまり遅くまで復帰初日から連れ回したくなかったので帰宅を促す。


「はい。」

 素直に応じて荷物を持ち玄関に向かう。


 陸の目にふと、寂しそうにポツンと取り残されたオルゴールが目に入る。

「花…、これ覚えてる?」

 そっと目の前に差し出す。


 少し考え込んだ花は、

「いえ…。」

 そう口にしたものの何かが心に引っかかった。


「これ、しばらく俺が預かっててもいいかな…。必ず返すから。」

 陸は花にお願いする。


 花は引っかかりの原因を知りたかったが陸のオルゴールを大切に扱う仕草を見ると、引き離すのが可哀想な感覚に陥り『はい』と頷いた。


「ありがとう。」

 丁寧にお礼言う陸にとって、そのオルゴールはよっぽど特別なものなのだろうな…と花は思った。






 真っ暗な帰り道、陸は『タクシーを呼ぶから』とスマホを手に取る。


 花は、

「電車で帰りませんか?」

 そう提案する。


「遅くなっちゃうよ?疲れてるだろうし、ここから一時間くらい電車だとかかるだろ?」

 陸は心配する。


「辻本さん忙しいですもんね。ごめんなさい…。」

 花は残念そうに下を向く。


「俺は大丈夫だけど、花が心配だよ。」

 花の肩に手を置く。


「少しでも手がかりが欲しいんです。モヤモヤ引っかかるところはたくさんあるのに思い出せない…。

 少しでも材料が欲しいんです…。私、思い出したい…辻本さんの事…。」

 花の苦しそうな表情が、陸に辛いのは自分だけではなかったんだ…と気づかせてくれた。


「わかった。実家にはちゃんと連絡して、ゆっくり行こう。」

 陸は微笑む。


「はい!」

 元気になった花を見て陸は嬉しかった。





「花、せっかくだから、ここから近い思い出の公園があるんだ。すぐに着くから少しだけ寄っていかないか?」

 今の時間ならあの時と同じ景色が見れるかもしれない、そう思った陸。


 花の横に並んで歩く二人の距離は、会社を出た時よりもずっと縮まっていた。


 3分ほど歩いて公園に着く。


 二人が一緒に座って『恋人ごっこ』をしたベンチに座る。


「ここの景色…花は綺麗だって凄く喜んでたんだ。見覚えないかな…?」

 記憶を辿る様に陸は花に話しかける。


「いいえ…、覚えてないです。」

 申し訳なさそうな花に、


「いいんだよ。謝ることなんてない。

 ここの夜風に当たって…俺我慢できなくて、花にまだ付き合ってないのにキスしたんだ。」

 ふふと思い出し笑いをする陸。


「えっ?キス?私が??」

 そうか、花にとっては俺以外の人とキスしたことがなかったんだ…。

 なんだか申し訳無い気持ちになる。


「そうだよな、ごめんな。花にとっては初めてだったのにな。」

 本当はバーで酔った時のキスが花にとっては初めてだったなんて、とてもじゃないが話題には出せなかった。


「いえ…。そうですよね、私辻本さんの彼女だったんですもんね。キスくらいしますよね…。」

 自分に言い聞かせるように花は呟く。

 大切なファーストキスの記憶がないなんて…少なからずやっぱりショックだった。


 陸は悩んだ。

 キスどころか、その先はもちろん、最終的には一緒に家まで借りて住む準備をしていたのだから…。

 花にそれを全て伝えるには、ちゃんと段階を踏まないと傷つけてしまう様な気がしていた。


「なんか、ごめんな。まだここに来るのは早かったな。」

 スッと立ち上がって花の手を差し出す。

 花は陸の手を取り温もりを感じる。

 それは決して嫌な感じではなく、むしろファーストキスが彼で良かったと思える温かさだった。


 陸との花の間を吹き抜ける風に、また花は心を締め付けられる。

 心臓がドキドキ高鳴り出す。


「その時も、こうやって私ドキドキしたのかな…?」

 そう呟く花の頰は赤く染まっていた…。



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