陸の涙
花は実家に持って帰るものをカバンに詰めていく。
ふとタンスの上を見ると『針谷徹』と名前の入った封筒が未開封で置かれていた。
なんだろう…?
封を開けようと思ったが玄関の開く音が聞こえカバンにしまい込む。
「コーヒー買ってきたよ。」
そっと差し出された缶コーヒーを受け取り、花は陸の方を向く。
「ありがとうございます。」
自然と笑顔が出てくる花。
そんな自分に向けられた花の笑顔をみて、嫌われてはいないのだと安心する。
「あの…私…辻本さんの事思い出せなくて…本当にごめんなさい。
きっと、私あなたにたくさん幸せにしてもらってたんでしょうね。」
今日、陸に付き添われてここに来るまでに、花は何度も陸が記憶がなくなる前の自分を大切に思ってくれている事を感じていた。
「どうして…そう思うの?」
陸はずっと距離を置いて花と接しているのに、何故そう感じるのか分からなかった。
「うまく言えないんですけど、凄く温かくて…守られている感じがしました。
でもそれが何故か苦しくなって…。本当に分からないんです。あの時…今日電車の中で、私の意思とは違うところで涙が出ていました。きっと、私の中に辻本さんを知るもう一人の自分がいるんだと思います…。」
陸は花の言葉にせっかく落ち着いてきた気持ちがまた震え始める。
「古谷さん…。最初で最後にするから、一度だけお願い聞いてもらってもいいかな…?」
詰まる声を必死に絞り出す。
「…はい。」
陸を心配そうに伺う。
「抱きしめて…いいかな…?」
目を真っ赤にして微笑む陸。
その表情を見た花はとても彼を放っては置けない気持ちになった。
「いいですよ。」
少し緊張しながら答える。
「ありがとう…。」
静かに近づいてくる陸。
優しく、壊れない様に、花を包み込む。
久しぶりに触れる花の温もりに、こんなにも自分は彼女を求めていたのだと震える程に再認識させられる。
どうして自分の知っている彼女はここにいないのだろう…?
逢いたい…。
彼女に逢いたい…!
「…花。…花…!」
目の前にいる花の中に自分の事を知っている花がいると信じ逢いたくて涙に咽ぶ陸。
こんなみっともない自分を見せたくはなかった。
でも、ずっと堪えてきたものがどうしても我慢できなかった。
「辻本さん…。」
花は辛かった。
どうして思い出せないのか…。
彼の震える背中に手を回し、優しく摩る。
陸の匂いがなんだか懐かしく、また花の心を締め付ける…。
気がつけば花もいつの間にか、涙が溢れていた。
なかなか離れられない二人。
「辻本さん…。私のお願いも聞いてもらえますか?」
抱きしめあったまま花は陸に話しかける。
陸は泣き顔を花に見せられず、そのまま、
「あぁ…。」
とだけ答える。
「今度お時間ある時、二人で行った場所に連れて行ってもらえませんか…?
何か、思い出せるかもしれないし…。」
精一杯の思いを込めてお願いする。
涙を懸命に拭き取り陸は花を見つめる。
「一緒にいってくれるのか…?」
「はい。忘れる前の二人の話、聞かせてください。」
笑顔で答える花。
「わかった…。ありがとう、花。…いや、まだ古谷さんだな。」
泣き顔をクシャッと崩して陸が笑う。
「花でいいです。そう呼んでくださってたんですよね?」
その笑顔に答える様ににっこり微笑む花。
「あぁ、花。俺、本当に大好きだったんだ。花のことが…。」
花を見つめる陸。
「私、思い出せる様に頑張りますから。」
記憶は思い出せないのに、不思議と花の心は温かかった…。




