誓い
「マスター、ご馳走さま!」
会計を終え陸は挨拶する。
「陸、お前本当に変わったな…!花ちゃん、大切にしろよ。」
父親の様な優しい眼差しは陸の心にグッと刺さる。
「はい。また来ます。」
陸の力強い眼差しを受け取り、マスターは頷く。
「じゃ、花行こう。」
そっと差し出された手を取り、二人は肩を寄せ合いバーを後にする。
すっかり遅くなって人通りの少なくなった道沿いでタクシーを待つ。
夜風が酔いを覚ますかの様に爽やかに花の頬を撫でていく。
その心地よさに花は陸の肩に寄りかかる。
「陸さん…。」
嬉しそうに名前を呼ぶ花。
「どした?」
花はまた、
「陸さん!」
陸の名前を口に出しては顔が綻ぶ。
「なんだっつーの!?」
陸もそんな花を見て笑いだす。
「素敵な名前ですね!」
陸の名前を呼べる事が幸せだった。
苗字で呼んでいた時よりもずっと距離が近くなった気がしていた。
「何遍だって呼んでいたいです。」
ハニカミながら言う花。
「花…。花は凄いな、本当に。」
自分の名前を大切に呼んでくれる人が、自分の両親以外にいただろうか?
こうして小さな事を大切にしてくれる花を陸は尊敬し、今までもたくさん当たり前の大切さを気づかされて来た。
「凄い…?私がですか??」
キョトンとした顔がまた陸を虜にする。
「自分で分かってないところがまた凄いんだ。」
花の手を強く握る。
遠くから車のヘッドライトが向かってくる。
目の前にとまったタクシーに二人は仲よさそうに乗り込んだ。
その後を見覚えのある黒い車がスーッと後をつけて行く…。
アパートに辿り着いた二人はそのまま花の部屋の中に吸い込まれていく。
じっと、倖田愛は二人の姿を凝視していた…。
「花、週末、物件見に行こう。温泉も行きたいけど、社内旅行も近いしその後でもいいだろう?」
ネクタイを外しながら陸は言う。
「はい。でも本当に引っ越しするんですか?」
花は念を押して聞く。
「あぁ、一刻も早い方がいいと思うんだ。倖田さんに嗅ぎつけられてからじゃ遅いからな。」
ソファーに座り花の出したコーヒーに口をつける。
「でも、陸さん、海外に行っちゃったらいつ帰ってくるか分からないんですよね?
私一人でも家賃払える様なところでないと…。」
少し寂しそうな表情の花。
「俺、離れたからって花の事手放したくないんだ…。わがままだってわかってる。花に何年も待ってくれとは言わない。嫌になったら引き払ってくれてもいいんだ。だから、俺の借りた家に住んで欲しい。花を待たせないように俺、できる限りの事はするつもりだから…。」
陸は深々と頭を下げる。
「そんな、頭をあげてください…。わがままだなんて全く思ってないです。私だっておんなじ気持ちです。
陸さんが望むなら私その通りにします。でも、無理だけはしないで欲しいです。」
お願いする様に陸を見る。
「花…。今度ご両親に合わせてくれないか?俺と一緒に住むことも、その先のことも、ちゃんと説明して納得して欲しいんだ。中途半端に花に近づいているわけじゃないこと、伝えたいんだ。」
陸の真剣な眼差しから花は身動きが取れなくなる。
「今すぐとは言わない…。でも将来、…俺と結婚してくれないか?」
花は自分の周りだけ時間が止まった様な錯覚に陥る。
「…陸さん…?私なんかでいいんですか?」
花は目の前が涙でぼやけて陸の顔がはっきりと見えない。
「花以外に一生を共にしたい人なんて、俺の人生この先出てくる事はないよ。花は、俺の運命の人だ。」
溜まりきれず零れ落ちる花の涙を長い指で掬い取る。
「嬉しいです…。」
花は陸の胸に飛び込む。
「花、手出して。」
そっと花の左手を取り、薬指にリングをはめる。
「まだちゃんとしたやつじゃないけど…、花は俺が予約済みだから、印にな。」
笑いながらペアになってる自分の指にはめられたリングを見せる。
「陸さん、私がはめさせてもらってもいいですか?」
頰を赤く染めお願いする花。
「…あぁ。」
嬉しそうに自分の指輪を外し花に渡す。
花は長く綺麗な陸の指に心を込めてはめていく。
「あとは、誓いのキスだな。」
陸は花を抱き寄せ優しく、深く、これで花は俺の物だ…と重なる唇から広がる幸せで心が満たされるのであった。




