味方
「古谷さん、おはよう!」
見たこともない笑顔で倖田愛が花に話しかけてきた。
「え?あ、おはよう…。」
驚きのあまり言葉がなかなか出てこなかった。
花は陸に頼まれて資料室に足を運ぶところだった。
180度変わった愛の態度に戸惑い、素直に喜ぶには余りにも気味が悪い。
そのまま愛は通り過ぎ、今まで経理部にいた時の様に特別絡んでくることもなかった。
愛の異変は続く。
「古谷さん、お昼一緒に食べに行かない?」
花は自分の耳を疑った。
警戒して、
「ごめんなさい、まだ仕事残ってるから…。」
やんわりと断る。
「さすが辻本さんに一目置かれるだけあるわね!」
笑顔の愛は、どことなく蝋人形の様な表情で心が全く読めない。
「じゃあ…。」
軽く会釈して陸のいるブースに向かっていく。
ここ最近は確かに仕事を詰め込んで陸に送り迎えしてもらっているため、昼休みも花の作ったお弁当を食べながら二人で仕事をしていた。
「辻本さん…、仕事と関係ないんですけど、ちょっといいですか?」
花は職場ではちゃんと気持ちを切り替えて上司と部下の関係を誰に言われることもなく、自ら忠実に守っていた。
「あぁ、どうした?」
顔を上げて花を見る。
花は陸の近くに寄り小声で話す。
「倖田さんの事なんですが…。」
今日突然起こった一部始終を報告する。
「…気味悪いな…。」
考え込む様に陸の表情が曇る。
頭の中には自分の大切な人が花だとバレたのでは無いか…そんな不安が頭をよぎる。
一刻も早く引っ越したほうがいいなと改めて思う。
「花、変に誘われても絶対断れよ。嫌な予感がするんだ…。」
花も全く陸と同感だったため、
「はい。」
と頷く。
陸は警戒を強めなければいけないと顔を強張らせていた…。
コンコンとノックの音が聞こえる。
「はい。」
陸が答える。
先日休憩している時に親密な二人を目撃していた楓が入ってくる。
「辻本さん、この前の商談の資料です。
あと、別件なんですが、来週の社内旅行の案内です。参加はされますか?」
陸だけまだ返事がなかったため、社内旅行の係になっている楓は流石に待てないと直接聞きに来たのだ。
「あぁ、ごめん!すっかり忘れてた!社長からほぼ強制的に参加しろって言われてるから参加で頼む。今色々やる事たまっててみんなもそれどころじゃ無いだろうに…、すまないな。」
そう部下を思いやり言葉をかける。
「いえいえ、辻本さんもたまには息抜き必要でしょうし!
あの、お節介かもしれないんですけど、部屋割り私が担当してまして、古谷さんと辻本さん近くの方がいいですか?」
ふふふと顔を赤くしながら楓は二人に聞く。
「えっ?!」
陸は驚き、言葉を失う。
「あの…、お二人って付き合ってるんですよね?私見ちゃったんです、休憩所で話してるとこ…。」
口を押さえて「言っちゃった!」と言うような顔をする楓。
「何?会話も聞こえたのか?」
陸は詰め寄る。
「はい…、少しだけ。でも私誰にも言って無いです!!言うつもりもないですし!!お二人の事尊敬してますし!」
陸はここの支店に来た時から楓の性格はなんとなく掴んでいた。
表裏なく、いい意味で観察力があり要領のいい彼女は敵ではなく味方になるだろうと直感的に陸は感じた。
「花、彼女に俺たちの事話そうか?」
今は一人でも味方をつけておいた方が花を守りやすいと判断した結果だ。
「はい、辻本さんがそうおっしゃるなら…。」
商品部に来てからは陸と二人きりの事が多かったので余りブースの外で仕事をしている社員との絡みが花は少なかったため、それが正しい判断かどうかは陸を信じるしかなかった。
「今日、夜時間あるか?ご飯でも行こう。もちろん奢るから。」
とりあえず愛の様子も気になるし、少しでも情報が欲しかった陸は楓を誘う。
「あの、差し出がましいようですが、吉田くんも誘っていいですか?最近倖田さん専属になって病んでるみたいで…。辻本さんに相談したいって…。」
心配そうな表情に変わる楓。
吉田浩介とは彼が入社した頃から深くはないが多少の長い付き合いがあり、今回、厄介な愛を丸投げしてしまった事を申し訳無く思っていた。
彼における信頼は陸の中では上位にあったため、彼なら大丈夫だろうと了承する。
「一つ頼みがあるんだ。花と三人で先に店に行っててくれないか?二人きりで外をふらふら出来ない事情があるから…。」
楓は曇る陸の表情を見て素直に了承する。
「じゃ、古谷さん、仕事終わったら迎えに来るね!」
そう爽やかな笑顔を送った楓は『失礼しました。』と普通に用件を終えた様にブースを出て行く。
花は自分たちの事が第三者に知られてしまう事に不安を隠せなかったが、このままでは愛の謎の行動にがんじがらめにされてしまうと一歩踏み出す事を決意した。




