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地獄の怪物

再び、レナード視点です。


 病院内に獣の唸り声が響き、彼らの息遣いまで聞こえてくる。

 この状況、音だけならば、まるで動物園にでもいるようだ。

 だが時折、その中に醜くくぐもった声で、獣の声で人間の言葉が聞こえてくると、ガリガリと精神が削れていくのを感じた。


「何とかここまできたけど……」


 このままじゃいけない。

 そう感じ取った僕は、興奮して火照った体を慰めるように、今の状況を脳内で整理する。


 今のフロアは3階。

 ウィルから連絡があってから、およそ五分後。

 あれから五階から下りた僕は、そのまま1階まで降りようとしたものの、途中で階段が崩れてしまっていた。

 ここから1階に降りるには反対側にある非常階段を利用しなくてはならない。

 ここまでくると順調に思える。 が、そう簡単にはいかなかった。

 階段からそう遠くない所で、階段付近に置かれたソファに身を隠しながら、廊下をのぞき込む。

 するとそこには……化け物達が5.6匹廊下に座り込み、美味しそうに『何か』を咀嚼しながら談笑していた。

 どうすることもできずに、嫌でも化け物達の会話が耳に入る。


「でよ、生き残ったガキになんつったと思う?」


「いや、分かんねえな」


「へへ……『助かりたいんだろう? なら、今から鬼ごっこをしよう。 うまく逃げられたら、嬢ちゃんの勝ち。 もし捕まったら……』」


「お前、本当に変態だな。 まだ『これ』子供だったんだろう?」


「まあな。 勿論、狩りを楽しみながら捕まえて、今に至るわけよ。 やっぱ、肉は子供に限るわな。 ガハハハハハハッ!!!!!!!」


 何事かと思い、化け物たちが持つ、『何か』を凝視してみる。

 そして、後悔した。


「あれ、手だ……」


 間違いない。 あれは人間の手だ。

 まるでフライドチキンを食べるようにしゃぶり、下品に食らいついている。 

 僕の手よりも小さい。 恐らく、話していたのは……

 そう考えると、急に胃から胃酸が込み上げ、思わず目から涙が出て、視界が滲む。

 が、僕はその光景を視界から離さなかった。

 目をそらすこともできた。 だけども、僕の中にある、ちんけな正義感がそれを許さない。

 そんな僕を、非力な人間を、嘲笑うかのように品のない獣たちの笑い声が廊下に響く。

 ……あいつらも義父と同じく、元人間なのだろう。 人間から堕ち、獣以下に成り下がった『モノ』。 僕からすれば、あれが元人間だとは思えない。

 地獄から這い出た魑魅魍魎。 もしくは、人からはみ出た悪意そのもの。

 ……許せない。 あんなものがこの世に蔓延っていていいわけがない。

 怒りに身を任せ、このまま廊下にいる奴らを皆殺しにしたい。 あいつらに殺された人々と同じように苦痛を味わわせてやりたい。

 けど、僕は非力だ。 このまま突っ込んだところであの人数じゃあ、返り討ちにされるのがオチだ。

 

「クッ……」


 口惜しさのあまり、歯軋りしてしまいそうになる。

 ……落ち着け。 今は押さえろ。

 今の僕にできることは、ここから生きて生還すること。

 そうさ。 この現状を目に焼き付けて……今の思いを忘れるな。

 絶対に生還して、この思いが無駄にならないようにしっかりと心に焼き付けろ。

 そして思い出せ。 これこそが許してはならないモノ。 滅ぼすべきものだ。

 そう理解し、よく見ようと身を乗り出す。


 と、その時だった。 突然、爆発音が辺りに響き渡る。

 いや、爆発音じゃない。 これは……激突音だ。 それも車がぶつかったような……

 すると、今度は下の方が騒がしくなった。 獣たちの怒声や銃声。 ……そして、肉が引き裂かれるような音。

 僕はソファから即座に近場の部屋に身を隠した。 中は薄暗く、隠れるにはもってこいな場所だ。

 もしかしたら化け物が下から来るのでは……そんな予感がした。

 

「なんだ!?」


「し、襲撃か!?」


「馬鹿言うな!! この辺の敵対グループは壊滅させたはずだろ!?」


 談笑していた化け物たちは、動揺しているのか、辺りを見渡し、声を荒らげている。

 すると、下からまた別の化け物が、息を切らして階段を上ってきた。


「襲撃だ!! 数は二人だ!!」


「二人だあ!?」


「ああ、一人は俺達のような狐の男で、もう一人はおっかない女だ。 もう十人以上はやられてる」


「馬鹿かおめぇ。 たった二人でそんなことができるもんか。 魔法でも使わない限り……」


「いや、それが使うんだよ!! 狐の男は何もないところから弓を出したし、女も古臭い銃を引っ張り出して、たった一発の銃弾で三人も殺っちまった!!」


「な、なんだよそれ……」


 化け物達は動揺し、不安の表情を浮かべている。 が、僕は対照的に胸が高鳴った。

 狐の男……ウィルだ。 おっかない女はフォクシーか。

 すかさず、携帯を取り出し時間を確認する。 ……確かに二十分後に来てくれたようだ。

 だが、安心はできない。 ウィルの顔を見るまでは。


「と、ともかくだ!! 女が暴れまわっているから、こっちに援護回ってくれ!!」


「わ、分かった!!」


 そう言いながら慌てつつ、化け物達は立ち上がり、階段を下りて行った。

 確かに、下から叫び声や、銃声が聞こえてくる。 結構派手にやっているようで、ここからでもよく聞こえる。

 そういえば、ウィルは戦えるのだろうか? よく昔話をしてくれたが、戦争や戦闘魔術の話になると、顔を渋っていた記憶がある。 

 今のところ、フォクシーの話しか聞かないし、ウィルが戦闘ができなくとも上手く立ち回っていることだろう。

 ……と、こんなことを考えている場合じゃない。 下にウィル達がいるのが分かった以上、ここにいる必要がない。 さっさとここから逃げなくては。


「誰も……いないよな?」


 ドアから顔を出し、辺りを見渡す。

 やはり誰もいない。 だが油断は禁物だ。

 僕はそっと体を出し、廊下に出る。

 今にでも走り出したい。 が、銃声が鳴りやまない以上、フォクシーやウィルだけが銃を持っているとは限らない。

 もし、僕が恐怖に耐えかねて走りだして、その間に武装している化け物に出会ったら……

 想像しただけでゾッとする。 ここは冷静に行動するのが正解だろう。

 そう考えつつ、身を構えながら廊下を歩いていく。 途中、化け物達が残した『残飯』が見えたが、顔を見ないふりをした。

 正直、弔ってやりたい。 しかし、今の僕にそんな余裕はない。 それに、もし……見てしまったなら恐怖で自分を忘れてしまう可能性だってある。 それだけは避けたい。

 身が震え、足がすくむ。 今、僕は『残飯』を踏んで歩いている。 びちゃびちゃと音を立て、僕の靴が汚れていくのが分かる。

 すると、目に力が入り、思わず目を瞑ってしまう。 ……いや、そうした方がいいかもしれない。 さっきから僕の靴の裏になんとも耐え難い感触が残っている。

 しばらく歩くと、感触は消え、嫌な音は聞こえなくなった。 僕は恐る恐る、目を開ける。


「ハァー……ハァー……」


 いつの間にか、残飯から通り過ぎていたようだ。 息も止めていたようで、目を開けた瞬間に息苦しさを感じた。

 たまらず、壁に寄り添い、肩で呼吸をする。 血の匂いが鼻から離れないが、息が詰まるよりはましだ。

 ある程度、落ち着くと再び非常階段の方へ視線を向ける。 あと数歩歩けば着く距離だ。

 が、それよりもあるものに目が留まった。


「なんだ、ここ……」


 階段の近くにある大きな鉄の扉。 遠くからでは分からなかったが、恐らく、倉庫かオペ室だろうか。

 だが、それだけなら何も気に留めることはない。 大量の血が付着してなければ、だが。

 明らかにおかしい。 ここは異常だ。 僕の何かが危険を発している。

 そのまま、視線を落とす。 血は何かに引きずったように見える。 無論、あの『残飯』もあそこから出たものらしい。

 となると、ここは。


「……食糧庫」


 理解した瞬間、鳥肌が立った。

 好奇心から頭が勝手に想像しようとするが、理性をもってそれを拒絶する。


 だめだ。 もう、ここにはいられない。


 そんな言葉が頭に浮かび、自然と体が階段に向く。 

 そのまま、階段へ体を運ぼうと一歩を踏み出し――。



 ガタン。



「え?」


 後ろから、扉が開く音が聞こえる。

 ありえない。 だって、あの扉は閉まっt――


「どこに行く気だ?」


 ふいに、襟を捕まれ、後ろに引っ張られる。

 訳が分からず、必死に抵抗するものの、対抗できる筈もなく。

 気が付いた時には顔面に鈍い痛みと共に、吹き飛ばされた。


「な……」


 視界が真っ暗になり、頭がパニックになる。

 ……ただ、これだけはハッキリと分かる。


 僕は、あの食糧庫に引きずり込まれたのだと。




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