変化の原因、そして焦り
フィル視点になります。
人が消え、代わりに怪物が蔓延る町に車を走らせる。
フォクシーが手渡したという携帯電話を頼りに、レナードがいると思われる病院へ向かっていた。
「くそっ……」
内心、私は焦っていた。
気分転換の散歩から戻ってみれば、愛弟子はおらず、それを催促した駄狐が私の魔術工房を漁っているのを見て、怒らずにいられようか?
確かに、レナードには魔術の心得がある。
才能もあるようで、私の教えた知識をどんどん吸収していた。
だが、実戦経験は全く無い。
電話では一人撃退したらしいが、数人だと話は別だ。
「気持ちはわかるけど、あまり焦ると事故を起こすわよ」
「うるさいっ!! 大体、アンタがレナードを……」
「だから、さっき申し訳ない、って言ったでしょう? レナード君も言ってたけど、説明しなかったあなたが悪いんじゃ?」
「くぅ……」
悔しいが、フォクシーが言っているのは正論だ。 説明しなかった私が悪い。
……しかし、この状況をどう説明すればいい? 私も正直混乱しているというのに。
すると、助手席に座って、ノートパソコンを見ていたフォクシーが口を開いた。
「このバイオハザードはフィルの予想通りね。 おそらく、幾ら人間が生物兵器の技術が進歩していたとしても、魔術を用いずにこんな芸当は出来る筈がない」
「というと?」
「恐らく、私たちのような者がマジックテクノロジーを用いて、バイオハザードを引き起こした。 それしか考えられない」
「やはりそうか」
フォクシーが見ている資料は、私が秘密裏に町に降り、判明した情報をパソコンでまとめた資料だ。
私もある程度の知識を持っているが、やはり、その手の者に限る。
こう見えても、フォクシーは魔術生物学の権威だ。
いや、始祖と言ったほうがいいかもしれない。
「で、心当たりは?」
「多分、異世界での技術を応用して、生物災害を引き起こした可能性が高いわ。 こんなことしたら、選定者が来るけど、滅ぶ運命にあったこの世界でわざわざ大々的な事をやった……ってことは……」
「それらを知っている者がこの事態を引き起こした、と?」
「ええ、そう。 それしか考えられない。 恐らく、情報にあった『蛇』ね」
「『蛇』?」
「今日話したでしょ? 選定者が何者かの妨害を受けたために、予定を変更した、って。 で、自ら自分を『蛇』と名乗ったらしいわ」
蛇、か。
私は見たことはないが、選定者はどれも竜の姿をしていると聞く。
蛇は竜のなりそこない、と師匠が教えてくれたことがある。
当事者からすれば、とんでもない皮肉だろう。
「……あんたは見たことはあるのか?」
「ないわ。 けど、フードを被った長身の男、という情報だけ。 ……ただ」
「ただ?」
「もし、そいつがこの状況を引き起こしたのなら、それ相応の知識と信念がある、ということになる。 正直、世界丸ごとバイオハザードを起こすなんて、相当のイカレ野郎よ」
フォクシーの声が震えているのが分かる。
怒るのも当然だ。
滅ぶと分かっていたとはいえ、自分が守るべき世界を好き放題に弄繰り回された挙句、阿鼻叫喚の地獄に変えられてしまったのだから。
「しかし……どんな奴であれ、このウイルスを作り出したのは評価できるわね」
「ウイルス……?」
それを聞いて、再び焦りが体内に駆け巡り、嫌な汗が湧き出る。
が、彼女はケロッとした表情で慌てた私を一笑した。
「安心しなさいな。 このウイルス、空気感染はおろか、まったく感染力は無いものよ」
「そうなのか……」
「恐らく、これはこの世界の人間に限定した魔術ウイルスで、あなた達があの結界を張った魔術工房にいる間にこの世界に広まった、みたいね。 このウイルスは宿主の魔力を変化させることによって、精神や肉体を変化させてる。 普通の人間を対象としてるから、あなたと契約したレナード君は、何も影響もない」
「悪質だな」
「でしょ? でも、ここまで広範囲で、対象を限定した魔術ウイルスは初めて見るわ。 正直、これを作った奴に生成方法を聞きたいくらいよ」
さっきまで守護者として怒りに震えていたはずなのに、科学者としての性分を抑えられないらしい。
現に彼女はそれっきり、黙り込んでパソコン操作に夢中になってしまってる。
まあ、無理はない。
昔からこういった物事があったりすると、自分が納得するまでそのことにつきっきりになる癖がある。
だから、彼女はあらゆる物事に精通しており、世界の全てを知り尽くしている、といっても過言ではない。
私はというと、彼女を科学者とするならば、私は教師、もしくは医者のほうが似合ってる。
私の師匠がそうしてきたように。
……そう考えていると、交差点が見えてきた。
大きな歩道橋のある、交差点。
ここを左折すれば、目的地の病院だ。
目的地の病院には助っ人として行ったことがあるので、間違いはない。
左折しながら、レナードの安否をフォクシーに聞いてみる。
「フォクシー、発信機は?」
「ん、まだ病院内ね。 プランはあるの?」
「小細工はいらん。 正面から突っ切る」
右折し終わると、正面に病院が見えた。
正門は開いているものの、多数のロードバイクと車、そして、何体かの化け物になった元人間達が見える。
恐らく、レナードを誘拐した者達だろう。
「……戦闘は避けられん、か」
と、なれば先天必勝。 アクセルを踏み込み、エンジンを唸らせる。
先手を打って、怯んだ相手を一掃する……こういう時はこの一手に限る。
「突っ込むぞ!!」
「はっ!! 策を張り巡らせるのも、いいけどそういうの嫌いじゃないわよ!!」
私に同調するようにフォクシーも声を荒げる。
その瞬間、車は正門を突破し、私の車は何体かのバイクと、元人間達を何体か轢いた。
車にダメージが入ったが、問題はない。
どうせ、異世界に持っていけないものだ。
「なんだぁ!?」
「敵だ!! どっかの馬鹿が俺達の根城に侵入してきやがった!!」
そんな怒声があちこちから聞こえてくる。
すぐさま車から降りて、魔力を練る。
「思い出すな……昔を」
フォクシーに聞かれないように独り言を呟きつつ、魔術変換による、物質創造を行う。
これはレナードに教えた炎の魔術……いわゆる、現象創造と呼ばれる魔術の、上位魔術だ。
イメージが容易にでき、発現が簡単な現象創造とは違い、物理創造は鮮明なイメージが要求される。
……私とて、100%確実に物理創造できるのは一つしかない。
「ぬうぅ……」
一気に魔力を持っていかれる感触。
本当に、本当に昔を思い出す。
数々の死線を潜り抜けたあの時を。
古き良き、吐き気を催すようなあの時を。
様々な感情が入り混じりながら、手の中に『それ』は発現する。
「フィル、11時の方向!!」
フォクシーが叫ぶ。
すぐさま『それ』を構え、フォクシーが指定した場所に狙いを定める。
すると、そこには私たちを迎撃しようと、銃を構える途中の化け物がいた。
瞬間、辺りがスローモーションになり、私とそいつの目が合う。
怯えた目だ。 新兵特有の怯えた目。
対照的に、私は冷静だった。
いつものように、構え、引く。
それと同時に、威力増加のために魔力を込める。
相手は化け物だ、用意に越したことはない。
慌ててトリガーに指を当ててるが、もう遅い。
化け物の頭はリンゴのように飛んでいき、矢と共に壁に突き刺さった。
「相変わらず古臭い魔術をつかうのね。 こっちの方が楽よ」
そういいつつ、彼女は何もない空間に手を突っ込む。
すると、そこから何かを引き出したかのように、銃が現れた。
あの魔術は知っている。
空間魔術の一種で、別空間から物質を取り出す際に用いられる魔術だ。
普段から自衛のための戦闘をし、武器を保管している彼女にとって、あのほうが楽だろう。
それに、空間を開き、取り出すだけなら失敗もない。 無駄な魔力を使わなくて済む。
それほどまでに、物理創造はハイリスクローリターンな魔術だ。
できることなら、そんなものは使いたくはない。
「いままで戦闘とは無縁だったんだ。 それに……武器はあの頃に全部捨てた」
「そうよね。 でも、その弓……久しぶりに見たわ」
「忘れたい過去の遺物だ。 ……ところでその銃は?」
彼女が持つ銃に視線を移す。
彼女が持つ銃はマスケット銃だ。
大雑把に言ってしまえば、先込めの古臭い銃で、先程化け物が持っていた自動小銃とは違い、リロードも遅く、命中精度も悪い。
正直、何故こんなものを使おうとしているのか、正気を疑う程だ。
彼女は私の考えが読めたのか、銃を病院玄関の方へ構えた。
「ま、見てなって。 面白いものが見れるから」
すると、病院玄関に3人程、化け物達が現れた。
どの化け物も先程と同じ自動小銃を持っており、真っ向から立ち向かうには分が悪すぎる。
ひとまず、私は乗ってきた車のドアを盾替わりにして身を隠す。 が、フォクシーは銃を構えたままだった。
「何をやってる!! このままだとハチの巣になるぞ!!」
そう叫ぶが、彼女は微動だにしない。
だが、その時、私はハッキリと見た。
フォクシーが歪に口角を上げ、嘲笑うように目を細める彼女の表情を。
同時に思い出す。
彼女が何かしらの非道な行いをする時、いつもあの表情をすることを。
「あれだ!!う……」
化け物達が叫び終わる前に、彼女の銃が火を噴いた。
いや、光を放った、というのが正しい表現だろうか?
銃から聞いたことない銃声が聞こえたかと思うと、まるでSF映画に出てくるような青白い光を放ち、対象の方へ飛んでいく。
そして、一人目の眉間に光が撃ち抜く。 が、光は減速せずにそのまま二人目、三人目へと向かっていく。
まるでその光景は、妖精が悪戯をするような光景だった。
「ふう……制御できるのは四秒までか。 ……調整が必要だな、こりゃ」
光が消え、銃を降ろしつつ、彼女は呟く。
殺意を向けるものはもういない。
先程の、その場にいた化け物たちは、意思のある肉体からただの肉塊に変換され、壁や床を紅く染めていた。
「な、なんだ、それは」
恐る恐る彼女に質問してみる。
「別世界で見つけた魔術兵器『魔導銃』よ。 もっとも、私が魔改造を施したものだけどね。 悪いけどテストのために、ここの化け物達の大半は私が相手するけど……問題ない?」
「……問題ない。 そもそも競うつもりもないし、レナードを助けられたなら、それでいい」
「そ。 なら、ここからは別行動しましょ。 何かあったら私の携帯に連絡頂戴ね~」
そうして、彼女は手を振りながら、意気揚々と病院の中に入っていく。
……何がどうあれ、第一目標はレナードを助けることが最優先だ。
それさえ出来れば、他の事はどうだっていい。
「待っていろ、レナード......今助けるからな」
そうして、私は暗示をかけるように病院内を入っていった。




