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討魔の剣  作者: とんじる


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7/7

小憩

 咲月は器用に手を動かしている。梅の実に集中しているからか、珍しく会話はない。咲月の黒目がちな目は、梅しか見ていないようだった。


 あの日、廃工場から上がる炎の柱を見た近隣住民が通報、廃工場に警察が駆けつけて咲月は保護された。


 『飛天使』のメンバーは全員が逮捕あるいは補導された。宇佐美は当初、メンバーの一人と勘違いされて警察に連れて行かれたが、咲月の証言もありすぐに解放された。宇佐美は怪我も酷かったが、警察に誤解を受けて説明する方が堪えたらしい。宇佐美らしいと言えばそうだが、宇佐美はおもしろおかしく聴かせてくれた。


 現場で不可解だったのは、大量のネズミの死骸が発見されたことだった。中には犬のように大きなネズミが死んでいた。地元のニュースにもなったが、不良グループの起こした大事件としての報道が主だったので、最近増えている事が少しだけテレビと新聞を賑わしただけである。


 咲月は保護された後に病院で検査を受けて何日か入院した。十五歳になったばかりの女子中学生にしてみれば、心にどれほどの傷を負ったか計り知れない。実際、あれほど表情豊かで明るい咲月が、事件後は殆ど石の様な無表情になってしまったそうだ。病院で身体に異常がないことを確認され、家に帰った咲月がはじめて表情を露わにしたのは、クラリネットの鞄を見た時だと昤は聞かされた。鞄を抱きしめてぽろぽろと涙を流したそうだ。昤が会った時にはいつもの咲月だったが、昤は事件などなかったように接した。


◇


 咲月の入院中、咲月両親が会いに来た。事件の時に色々迷惑かけたと薫と昤に御礼を言ってきた。いつもは捌けた感じの亮が目を真っ赤にしていた。何度か昤に、


「咲月は何もされていなかったんだ……」


 と声を詰まらせて亮は昤に説明をして、妻の渚に嗜められている。その言葉は昤と言うより、亮自身に言い聞かせているようだった。男親は娘に対して特別な感情があるらしい。姉も妹もいない昤は、その胸の内を想像するしかなかった。


 学校を休んでいる咲月が、昤の家に行くと言い出したのは、昤の家の青梅が実った話を聞いたからだ。毎年、梅シロップと梅酒を作る手伝いに来ていたが、今年は事件の後で、昤もいる。渚は聴いてみたが、昤なら大丈夫とだけ答えたらしい。昨日の晩、再び亮が訪ねて来て昤に明日はよろしく頼むと言ってきた。昤は、梅シロップを作るだけだよと答えたが、亮は両手で昤の手を握って拝むように頼む、と言って去った。昤にはどうしたらいいか分からなかったが、頷くと亮は頷き返して去った。


◇


 初めは二人の祖母たちが一緒にいたのだが、お湯で梅を入れる瓶を消毒するとかで台所と蔵を行き来している。昤は咲月と二人、縁側に座りながら梅のヘそを爪楊枝で黙々と取り除いている。


「昤ちゃん、何も聴かないね……」


 咲月が突然言い出したのは、半分程取り終えた頃だろう。昤はうん、とだけ答えた。咲月は昤の方を見ずに梅を見ながら話している。咲月は続けた。


「……地蔵ライダー、好きなの?」


 咲月はドキリとすることを言った。昤はあわてて視線を梅にもどした。集中しているフリをした。咲月はそんな昤には構わず続けた。


「……私は、好き」


 咲月は独り言のように言った。


「……私、助けてくれたの、地蔵ライダーなんだ。」


 昤は咲月の顔を見れない。そう……とだけ答えた。


「駿がね、昤ちゃんとお祭りで買った地蔵ライダーのお面が無くなったって騒いでたの。私が大変な時に駿って馬鹿ね。でも、大事なこと、思い出した。あの人たちに捕まった時に地蔵ライダーが助けてくれたんだ……」


昤は頷くだけになった。その時、薫が縁側に来て、


「さっちゃんは、流石に上手ね。丁寧で速いわ。昤はまだまだ修行中!」


 と言った。咲月を見ると笑っていた。いつもの咲月が帰ってきた、と昤は思った。


◇


 梅シロップと梅酒の漬け込みが終わり、薫がカレイを焼き始めた。この季節、この辺りの浜にはマガレイが上がる。口が窄まった形からクチボソガレイとも呼ばれ、塩焼きが初夏の味であった。今日は豪華に咲月の好きなコロッケも作った。松と四人で夕食となった。


「この子はお父さんに似たのかね、中学生なのに、肉より魚が好きなのよ」


 薫の話の『お父さん』は、祖父の事である。この日加工した梅の木の元・持主である。昤は記憶にはない。梅の木は祖父が子供の頃には今の形で庭にあったらしいから、相当な年寄であるが、毎年白い可憐な花とその香りで春を告げてくれる。


「だって、東京いた時はこんなにおいしい魚食べられなかったもの……」


昤が言い訳すると、


「でも、中学生がカレイの塩焼きが好物で、それも皮でご飯を巻いて食べるなんて渋すぎるでしょ」


 咲月が笑って突っ込んだ。松はそれを見て、涙ぐんでいた。食事はいつものように進んだ。


 帰り際、咲月は昤に捨て台詞を投げて行った。


「お面、駿に返してあげて。アイツ、うるさいから」


 昤はしばらく玄関に立ち尽くし、薫に早く風呂に入るように急かされた。


◇


 翌週から咲月は一緒に投稿するようになった。前と違うのは冷やかされなくなったことだ。事件によって咲月が怖い思いをしたのは事実であり、その点周囲にも遠慮がみられた。


「昤ちゃん、ありがとね」


「なぁに?」


「いや、ちゃんと御礼言えてなかったし。昤ちゃんが見つけてくれなかったら、クラリネットも無くしちゃったかもしれないじゃん。私、病院でも怖くて怖くて。でも、家に帰ったらソファにこの鞄があって。お父さんから、昤ちゃんが見つけてくれたって聞いた。やっと戻ってこれたし、私は何も失ってない、全部、昤ちゃんと地蔵ライダーが守ってくれた」


 咲月は少し前へ駆けてゆき、振り向くと、


「だから、地蔵ライダー、だいすき」


と言った。続けて、


「地蔵ライダーは私のこと、好きかな?」


「好きじゃなきゃ、地蔵ライダーも助けないと思うよ」


昤はそう答えるので、精一杯だった。空が青い。


◇


 次の日の放課後、昤はパソコン・歴史科学部の連中と来週パソコンが届くので、置き場所やら回線の準備をしていた。また、駅前にあるショップまで行って買い物をしたり楽しい時間を過ごした。


 みんなと別れ部屋に戻ると、いつものカラスが窓の外の木に止まっている。残ってる梅は完熟を待って梅干しの材料となる。青梅とは明らかに違う香りがする。カラスがイタズラしないように昤は口頭注意を、おこなった。


「梅干しの材料にするから梅には触るなよ。祖母ちゃん、楽しみにしてんだから」


 いつものように、カラスはつぶらな瞳でこちらを見つめている。次の瞬間、カラスは昤へ向かって話はじめた。


「オイ!オマエ、キタミ、レイ!昤!折角、地蔵の加護を得ても戦い方がまるでなってねぇ、宝の持ち腐れだよ。稽古つけてやろうか」


 昤が、自分の頭の中に直接語りかけているのは目の前のカラスだと気がつくのに、時間は掛からなかった。外の人からは、カラスはただ鳴いているように見えるだけだろう。


「稽古だと?カラスにどんな稽古をつけてもらうんだよ」


「馬鹿、俺がつけるんじゃないよ。烏天狗の黒羽根さまさ」


「黒羽根さまは、何度かお前の戦いぶりを見ている。その上で、お前が力の使い方を知らないから、教えてやろうって言って下さってるんだぞ」


 昤は半信半疑である。確かに普通じゃない力が宿ったのを昤は実感してる。でも、カラスの言うことだし、あやしい。そういえば、白猫の方は地蔵菩薩の使いだと言っていたような……力を託すとか。


 カラスは無知な昤を馬鹿にするような口調で、話す。


「オマエも知ってるだろ、仙道を。仙術とも言う」


「俺は、仙人になんてならないぞ」


「オマエ、この前だと苦戦して自分だけでなく周りが巻き込まれるぞ。オマエが大丈夫でも、周りで死人がでる」


 昤もそれは困る。今回の事件は昤が巻き込まれる形だったが、逆もあり得る。


「会うだけ会ってみろ、黒羽根さまは800年ほど前も人間に稽古をつけてやったそうだ。そう、人間の言う……なんだっけ……そう!実績!実績がある。なんて言ったっけ、確かヨシツネとか言う小僧だ。」


 昤は少し考えたが、


「会うだけ会ってみる。案内してくれ」


と返事をした。


「そうこなくっちゃ!」


 いつの間にか昤の身体はベッドの上。カラスは昤の魂を山へ連れてゆく。



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