エピローグ
「ありがとう。創業当時を思い出すよ……長かったなあ、ここまで」
「いえ、お役に立てたなら光栄です」
いくつもの表彰状や訓辞が飾られたその部屋に、新たな写真が飾られる。六十年以上前、まだ周りに高層ビルなどなかった時代に撮影されたその写真は、当時の空気感を完璧に再現しつつも最新の画質でカラー化された。
あかりが今力を入れているのはそんな事業だ。
『アルビレオ・アーカイブス』と銘打った。諦めてしまったデータを掬い上げたり、モノクロの写真を仕立て直したり。
思い出を鮮明に、をキャッチコピーにしつつ、カメラ屋としての矜持を忘れぬまま邁進している。
今はまだ、広く知ってもらう段階でこうして知り合いに営業をかけたりしているが、地道に続けていくことで花を結ぶと彼女は確信している。
誰もがスマホで写真を撮れる現代だからこそ、記念日の特別な写真の需要もじわじわ伸びてきている。カメラのキノミヤは、あなたの人生の大切をいつまでも保存します。
スマホが震える。
せっかちなメイドからの連絡だ。
「もしもし」
「あかりちゃんさあ、遅れるなら連絡せえよ。スタバ行くかどうか迷ってたのに余裕だったじゃん」
相変わらず、社長に対する態度とは思えないが、まあいい。
「ごめんなさい。つい話し込んじゃって」
仕事を終えたことを伝えると、やがてささらの運転する車があかりをピックアップしに来る。
「少しでも早く行きたいって自分で言ってたのに」
「それはそうだけど……仕事をおろそかには出来ないでしょ」
GWに入る前に片付けようと思うと、ついついスケジュールが押してしまう。
「おかげで私はドリンクも得られずこれから長時間運転ですよ。かったるい」
「途中で替わるわよ」
「あかりちゃん運転下手だから怖いんだよね。ちゃんとやるからさ、スタバ寄っていい?」
あかりの返答を待つこともなく、ささらはドライブスルーを目的地に設定した。
「何か飲む?」
「いい、ばぁーやのお茶が飲みたいから」
まるで実家に帰るみたいな言い草を、ささらは鼻で笑った。
「ひろくんのコーヒーじゃなくていいの?」
「やだ、あの人ブラックで飲めって強要してくるんだもん」
しばし文句や思い出話をしながら、車は長野の山奥へと向かっていく。
◇◇◇
「なんだよまた来たのか。繁忙期で部屋は埋まってるぞ」
蛍火の門の前で車を出迎えたのは、ちょうど箒をかけていた紘人だ。
事前に連絡をしていたのに、顔を見た瞬間に意地悪を言うのだからたまらない。
「あなたはドームで寝なさいな。女性にベッドを譲るくらいの甲斐性はあるでしょ?」
「長期休暇の度に顔見せに来るなんてよほど仕事がないんだろうな。会社の行く末も危ぶまれる」
「あら? こんな小さなペンションぐらい今すぐキャッシュで買い取ってもいいのよ? 経営権を奪ったら、ゆきさんにあなたの分までお給料をあげるの」
「俺は?」
「クビよ。残念ながら」
「退職金という制度は知っているか? ゴールデンパラシュートが俺を守るだろう」
「払えばいいんでしょ払えば。100円でいいかしら?」
紘人は舌打ちしてあかりを無視した。あかりも当然のように門扉に手をかける。
あの夏から何年経っても、帰ってくる度に懐かしさがこみ上げる。
サマードレスからスーツに着替えて、少しだけ大人になって。
また、この大好きな場所で過ごせる休日に感謝しながら。噛みしめながら。
すれ違いざまに、紘人へ。
「ただいま」
またねの後の挨拶を、告げる。




