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第三部・第十四話(第57話) 魚人族の里へ

 意識が戻ったとき、最初に感じたのは――冷たい水の感触だった。

 けれど、不思議と息苦しさはなかった。

 「……ここは……」


 目を開けると、青白い光に満ちた世界が広がっていた。

 珊瑚でできた柱、光る海藻が天井のように揺らめき、魚たちが群れを成して泳いでいる。

 水中にいるのに、まるで空気の中にいるかのように呼吸ができた。


 私は岩の寝台に横たえられており、手足には装飾的な貝殻の腕輪が嵌められていた。

 ――これは拘束の印。





 「目覚めたか、陸の聖女」


 低く響く声に顔を向けると、そこには漆黒の鱗を纏った魚人族の戦士が立っていた。

 鋭い瞳は赤く光り、波音のような響きが混じる声は威圧感を放っていた。


 「あなたたち……魚人族」

 「そうだ。お前をここへ連れてきた」


 戦士の言葉は冷ややかだった。

 「陸の民は海を荒らし、魚を奪った。我らは黙ってはいられぬ。

  だがまずは、お前に問いただす。――聖女と呼ばれる者よ、陸の民の罪をどう考える?」




 彼に導かれ、私は岩の扉をくぐった。

 そこに広がっていたのは――水の都。


 光るクラゲが街灯のように漂い、珊瑚の家々が立ち並ぶ。

 通りには魚人族の子どもたちが泳ぎ、母親たちが網を繕っている。

 その目には、疲労と飢えの影が色濃く刻まれていた。


 「……こんなに、豊かな都なのに」

 「豊かだった、だ」戦士が低く答える。

 「魚は消え、海は痩せていく。我らは飢えに沈みつつある」




 やがてたどり着いたのは、海底宮殿の広間。

 貝殻と真珠で飾られた玉座に、漆黒の鱗を持つ壮年の男が座っていた。

 ――魚人族の王。


 その瞳は深海のように暗く、重苦しい声が響いた。

 「聖女レティシアよ。

  お前を生かしたのは、ただ一つ――陸と海の間にまだ対話の余地があるか、確かめるためだ」


 私は一歩前に進み、王の視線を正面から受け止めた。

 「……話をさせてください」





 その瞬間、周囲の水の流れがかすかに揺れた。

 精霊の気配が確かにあるのに――やはり沈黙していた。


 ――どうして、声を上げてくれないの。

 胸の奥で叫びながらも、私は王を真っ直ぐに見据えた。

次回予告


第三部・第十五話(第58話)

「会議と決裂」

海底宮殿で開かれる会議。

獣人族と魚人族の言葉は平行線をたどり、ついに決裂の時を迎える――。

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