第二部・第六話(第31話) 聖女裁判――異端の烙印
精霊を証人とする裁判形式を導入し、信仰の重苦しい空気とレティシアの孤立を強調しました。伝わるか自信ない。
三日間の猶予の二日目。
私はエルフ族の神殿に連れてこられた。
そこは世界樹の枝で編まれた荘厳な広間、精霊信仰の聖域。
円陣を組むように並んだ長老たちが、私を中央へ導く。
大理石の床には複雑な紋章が刻まれ、精霊石が淡く光を放っていた。
「これより“聖女裁判”を執り行う」
議長である最長老の声が響き、広間は静寂に包まれる。
儀式の中心には水晶の祭壇が据えられていた。
その中には小さな精霊が宿り、震えるように光を放っている。
「聖女を名乗る者よ。精霊に誓え。
偽りなきことを。世界樹を救う意思があることを」
私は膝をつき、両手を胸に重ねた。
「……私、レティシアは誓います。偽りなく、この森と世界樹を救うと」
水晶が淡く輝いた。
だが、それは信認を示す光ではなく、揺らぐような不安定な光だった。
――俺の心が迷っているからか。
“聖女”と呼ばれることに、まだ覚悟が固まりきっていない。
その隙を突くように、ヴェルゼンが歩み出た。
「見よ、光は揺らいでいる。真の聖女ならば精霊は強く輝くはず。
この娘は偽りだ。森を滅ぼす災厄だ!」
広間にざわめきが広がり、長老たちの視線が突き刺さる。
「やはり人間を信じるのは誤りだった……」
「異端の聖女に惑わされるな!」
私の心臓は強く打ち、息が詰まった。
――またか。政争に利用され、罠に嵌められる。
俺はただ、守りたくてここに来ただけなのに。
最長老が重く口を開く。
「聖女レティシア。そなたに三日の猶予を与えたが、証は示されぬ。
このままでは“異端の烙印”を刻まざるを得ぬ」
場の空気は完全に敵意へと傾いていた。
私は唇を噛み、必死に声を絞り出した。
「私は……聖女などではない。ただの人間です。
でも――私は諦めません。この森を救うために来たのです!」
しかしその言葉すら、広間の誰もが冷笑で受け止めた。
「異端だ」
「偽りの聖女だ」
「森を穢した人間だ」
声が次々と浴びせられ、私は完全に孤立した。
光を宿すはずの水晶は、沈黙したまま。
精霊たちも、私を拒んでいるように見えた。
――どうすればいい。
俺には数字しかなかった。信仰も奇跡もない。
だけど、あの世界樹が枯れていくのを黙って見ているなんて、絶対にできない。
裁判は結論を先送りにされた。
「明日の最終日。世界樹が再生しなければ、異端の烙印を刻む」
そう告げられ、私は狭い石室に閉じ込められた。
冷たい床に膝を抱え、夜の闇に震えながら思った。
――俺は、この森で消えるのか。
それとも……本当に、聖女になれるのか。
次回予告
第二部・第七話(第32話)
「エルヴィンの選択――信じる矢」
聖女裁判で孤立したレティシア。だがその陰で、エルフの青年エルヴィンは一人の戦士として、信じるべきものを選び取る。彼の矢は誇りか、それとも聖女か――。




