↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スノードームを殺してくれ  作者: 染井由乃
第1章 空の憐れみ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/232

第26話

 監視カメラのハッキングが始まるまでの五分間、私と合崎は中央エレベーターにほど近い休憩室で体制を整えていた。他の五つの班は、一足先に目的のフロアへ向かったらしい。


 私たちは本来立ち入りの禁じられている最上階へ向かうため、監視カメラが無効になってから向かう方が安全だと判断し、こうして休憩室に身を潜めていた。


 休憩室とは名ばかりで、辺りに人はいない。研究員たちは皆、忙しすぎて休憩室に足を運ぶ暇もないのだろう。


 学院指定のグローブをつけ、銃をすぐに取り出せる場所へ移動させる。準備は万端だ。できることならば、こんな物騒なものを使うことなく「白」に帰りたいものだが。


 一方で合崎は呑気に端末をいじりだしたかと思うと、私の目の前に研究所の見取り図を投影させた。あまりにも唐突だ。


「……何だ?」


「いいか、一条。よく聞いてくれ。この建物はあと51分で西側が崩壊する」


 合崎は至って真剣な表情でそう告げた。突然の告白に、戸惑いの混じった笑みが零れてしまう。


「……崩壊?」


「どう崩壊するのかは分からない。恐らく爆破か何かだと思う。この2時間で目で見て確認できた場所しか断言はできないが、少なくとも今見学してきた6階から15階の西側はすべて崩壊する」


 彼は見取り図をいくつも展開させて、指で西側に当たる半分を指していた。


「それから、ロビーのオブジェの辺りも割と早い段階で崩落する。見てきた中で最も早く崩落が始まるのは8階で、今からおよそ40分後だが、始めにただの研究室しかない8階を崩壊させるというのも考えにくい。司令塔やら社長室やらも極力後回しにすると予想すると、一番始めに崩壊が起こるのは恐らく礼拝所のあるフロアだろう。そして、消すことが目的ならば恐らく礼拝所は西側にあるとも考えられる」


 今まで呑気にオブジェやら照明やらを眺めているように見えたのも、全て「終わり」を見ていたからなのか。彼の目が見据えたその終末の細かさに寒気を覚えた。


「……他の班はこのことを知っているのか?」


「さっき、本部に俺が見た終末についてはすべて伝えた。個別に指示が下っているだろう」


 始めに礼拝所のあるフロアが崩壊するのならば、私たちよりもずっと他の班のメンバーの方が危険だった。予想以上に過酷な状況に置かれてしまったようだ。


「恐らく、崩壊が始まる前に外へ出ることは出来ない。そうなると警戒すべきは非常用シャッターだ。ちょうど東西を境に大きなシャッターが各フロアにある。できるだけ、このシャッターより西側へは行かないほうがいい」


 彼は、そう説明しながらフロアの中心部を指さした。表示されているのは、「東西分離シャッター」と称されたその一つだけだ。


「……各フロアに一つだけなのか?」


 この大きな建物で、各フロアにシャッターが一つだけとは防災上の観点からしてあまりにも脆弱だ。


「実際は、もっとあるはずだ。……警戒しなければならないな。緊急用シャッターを解除するパスコードまでは、用意されていないんだ」


 シャッターに行く手を阻まれれば、おしまいだ。だが、帝国のハッカーもそこまでは予期していなかったのだろう。仕方のないことだ。


「データ管理室は東側だな?」


 私は見取り図を眺めながら合崎に確認を取る。


「……ああ。でも、不幸なことに俺たちが使う職員用エレベーターは西側にあるんだ」


 データ管理室は限りなく中央に近い東側に位置していた。そして職員用エレベーターは西側の端にある。基本的には円形の造りになっているとはいえ、どれほど近道をしてもデータ管理室からエレベーターまでは500メートル強、そしてエレベーターを使った後、降り立った5階でそのエレベーターから再び東側へ戻るために500メートルほど移動せねばならないのだ。


 往復1キロメートルにも及ぶ道のりを、平和にやり過ごすことなどできるのだろうか。思わず息を呑む。


「8階よりも先に崩壊が始まるフロアがあるとすれば、あと40分もない。せめてそれまでに5階に辿り着いていなければ絶望的だな」


 合崎はさらりと言ってのけたが、それがどれだけ厳しいことか彼自身よく分かっているはずだった。作戦は始まったばかりだというのに、冷や汗が首筋を伝う。


 恐らく、帝国の想像以上にこの作戦は過酷だ。訓練半ばの私たちがこなせるような任務ではない。合崎の終末予想があって尚、この状況なのだ。言い知れぬ不安に胸が締め付けられる。


「……こんな状況では、終末予想もかなり左右される。普段よりはずっとあてにならない」


 不意に合崎はぽつりとそんなことを呟いて、私の目を見据えた。


「……でも、今のところ俺らは死なない。この条件下では、そういうことになっている。崩壊が進んで条件が変わればどう転ぶかは分からないんだけどな」


 合崎なりに、私を安心させようとしているのだろうか。笑わせる。「終わりがみえる」というその能力に、救われる日が来ようとは思ってもみなかった。


「――千翔が待って居るんだ。こんなところでは死ねないよ」


 無理やり口角を上げて、笑ってみせる。合崎はそんな私を見て柔らかな表情を浮かべた。


「……格好いいこと言ってくれるじゃないか」


 千翔と交わした約束は、必ず果たさなければならない。私と合崎のどちらが欠けても彼女は深く悲しむだろう。彼女を泣かせるわけにはいかなかった。


 やがて合崎もグローブをつけ、準備を整え始めた。いよいよ始まるのだ。心臓の音がいつもより、はっきりと聞こえてくる。


「あと1分で作戦開始だ」


「了解」


 合崎となら、きっと大丈夫だ。凛とした彼の横顔を見上げながら、ふと、そんなことを思った。大丈夫、私たちはこんなところで死ぬような運命にはない。


 例え帝国が私たちの生還を望んでいなかったとしても、きっと生きて帰ってみせる。目に焼き付いた千翔の笑顔に、そう固く誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。